2013-03-17 13:12 | カテゴリ:キリスト教
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー

イエス・キリストの系図
アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図。アブラハムはイサクをもうけ、イサクはヤコブを、ヤコブはユダとその兄弟たちを、ユダはタマルによってペレツとゼラを、ペレツはヘツロンを、ヘツロンはアラムを、アラムはアミナダブを、アミナダブはナフションを、ナフションはサルモンを、サルモンはラハブによってボアズを、ボアズはルツによってオベドを、オベドはエッサイを、エッサイはダビデ王をもうけた。ダビデはウリヤの妻によってソロモンをもうけ、ソロモンはレハブアムを、レハブアムはアビヤを、アビヤはアサを、アサはヨシャファトを、ヨシャファトはヨラムを、ヨラムはウジヤを、ウジヤはヨタムを、ヨタムはアハズを、アハズはヒゼキヤを、ヒゼキヤはマナセを、マナセはアモスを、アモスはヨシヤを、ヨシヤは、バビロンへ移住させられたころ、エコンヤとその兄弟たちをもうけた。バビロンへ移住させられた後、エコンヤはシャルティエルをもうけ、シャルティエルはゼルバベルを、ゼルバベルはアビウドを、アビウドはエリアキムを、エリアキムはアゾルを、アゾルはサドクを、サドクはアキムを、アキムはエリウドを、エリウドはエレアザルを、エレアザルはマタンを、マタンはヤコブを、ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。こうして、全部合わせると、アブラハムからダビデまで十四代、ダビデからバビロンへの移住まで十四代、バビロンへ移されてからキリストまでが十四代である。

イエス・キリストの誕生
イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっている事が明らかになった。夫ヨセフは正しい人であったので、マリアの事を表ざたにするのを望まず、ひそかに縁を切ろうと決心した。このように考えていると、主の天使が夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」この全ての事が起こったのは、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」この名は、「神は我々と共におられる」という意味である。ヨセフは眠りから覚めると、主の天使が命じたとおり、妻を迎え入れ、男の子が生まれるまでマリアと関係することはなかった。そして、その子をイエスと名付けた。


占星術の学者たちが訪れる
イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。『ユダの地、ベツレヘムよ、お前はユダの指導者たちの中でけっしていちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。そして、「行って、その子の事を詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。

エジプトに避難する
占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、ヘロデが死ぬまでそこにいた。それは、「わたしは、エジプトからわたしの子を呼びだした」と、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。

ヘロデ、子供を皆殺しにする
さて、ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。こうして、預言者エレミヤを通して言われていたことが実現した。「ラマで声が聞こえた。激しく嘆き悲しむ声だ。ラケルは子供たちのことで泣き、慰めてもらおうともしない、子供たちがもういないから。」

エジプトから帰国する
ヘロデが死ぬと、主の天使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて、言った。「起きて、子供とその母親を連れ、イスラエルの地に行きなさい。この子の命をねらっていた者どもは、死んでしまった。」そこで、ヨセフは起きて、幼子とその母を連れて、イスラエルの地へ帰って来た。しかし、アルケラオが父ヘロデの跡を継いでユダヤを支配していると聞き、そこに行くことを恐れた。ところが、夢でお告げがあったので、ガリラヤ地方に引きこもり、ナザレという町に行って住んだ。「彼はナザレの人と呼ばれる」と、預言者たちを通して言われていたことが実現するためであった。


洗礼者ヨハネ、教えを宣べる
そのころ、洗礼者ヨハネが現れて、ユダヤの荒れ野で宣べ伝え、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言った。これは預言者イザヤによってこう言われている人である。「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」ヨハネは、らくだの毛布を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べ物としていた。そこで、エルサレムとユダヤ全土から、ヨルダン川沿いの地方一帯から、人々がヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。ヨハネは、ファリサイ派やサドカイ派の人々が大勢、洗礼を受けに来たのを見て、こう言った。「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな。言っておくが、神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる。斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに水で洗礼を授けているが、わたしの後から来る方は、わたしよりも優れておられる。わたしは、その履物をお脱がせする値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる。」

イエス、洗礼を受ける
そのとき、イエスが、ガリラヤからヨルダン川のヨハネのところへ来られた。彼から洗礼を受けるためである。ところが、ヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った。「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか。」しかし、イエスはお答えになった。「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」そこで、ヨハネはイエスの言われるとおりにした。イエスは洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた。そのとき、天がイエスに向かって開いた。イエスは、神の霊が鳩のようにご自分の上に降って来るのを御覧になった。そのとき、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と言う声が、天から聞こえた。
2013-03-19 12:50 | カテゴリ:キリスト教
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洗礼者ヨハネ、教えを宣べる
神の子イエス・キリストの福音の初め。預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう。荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」そのとおり、洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の許しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」

イエス、洗礼を受ける
そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。すると、「あなたは私の愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。

誘惑を受ける
それから、“霊”はイエスを荒れ野に送り出した。イエスは四十日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた。その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。

ガリラヤで伝道を始める。
ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。

四人の漁師を弟子にする
イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。二人はすぐに網を捨てて従った。また、少し進んで、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、すぐに彼らをお呼びになった。この二人も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、イエスの後について行った。

汚れた霊に取りつかれた男をいやす
一行はカファルナウムに着いた。イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた。人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ。「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った。人々は皆驚いて、論じ合った。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言う事を聴く。」イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった。

多くの病人をいやす
すぐに、一行は会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った。ヤコブとヨハネも一緒であった。シモンのしゅうとめが熱を出して寝ていたので、人々は早速、彼女の事をイエスに話した。イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした。夕方になって日が沈むと、人々は、病人や悪霊に取りつかれたものを皆、イエスのもとに連れてきた。町中の人が、戸口に集まった。イエスは、色々な病気にかかっている大勢の人たちをいやし、また、多くの悪霊を追い出して、悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。悪霊はイエスを知っていたからである。

巡回して宣教する
朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた。シモンとその仲間はイエスの後を追い、見つけると、「みんなが捜しています」と言った。イエスは言われた。「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのために私は出て来たのである。」そして、ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出された。

重い皮膚病を患っている人をいやす
さて、重い皮膚病を患っている人が、イエスのところに来てひざまずいて願い、「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言った。イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、たちまち重い皮膚病は去り、その人は清くなった。イエスはすぐにその人を立ち去らせようとし、厳しく注意して、言われた。「だれにも、何も話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために献げて、人々に証明しなさい。」しかし、彼はそこを立ち去ると、大いにこの出来事を人々に告げ、言い広め始めた。それで、イエスはもはや公然と町に入ることができず、町の外の人のいない所におられた。それでも、人々は四方からイエスのところに集まって来た。
2013-03-21 23:04 | カテゴリ:キリスト教
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献呈の言葉
わたしたちの間で実現した事柄について、最初から目撃して御言葉のために働いた人々がわたしたちに伝えたとおりに、物語を書き連ねようと、多くの人々が既に手を着けています。そこで、敬愛するテオフィロさま、わたしもすべての事を初めから詳しく調べていますので、順序正しく書いてあなたに献呈するのがよいと思いました。お受けになった教えが確実なものであることを、よく分かっていただきたいのであります。

洗礼者ヨハネの誕生、予告される
ユダヤの王ヘロデの時代、アビヤ組の祭司にザカリアという人がいた。その妻はアロン家の娘の一人で、名をエリサベトといった。二人とも神の前に正しい人で、主の掟と定めをすべて守り、非のうちどころがなかった。しかし、エリサベトは不妊の女だったので、彼らには、子供がなく、二人とも既に年をとっていた。さて、ザカリアは自分の組が当番で、神の御前で祭司の務めをしていたとき、祭司職のしきたりによってくじを引いたところ、主の聖所に入って香をたくことになった。香をたいている間、大勢の民衆が皆外で祈っていた。すると、主の天使が現れ、香壇の右に立った。ザカリアはそれを見て不安になり、恐怖の念に襲われた。天使は言った。「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。彼は主の御前に偉大な人になり、ぶどう酒や強い酒を飲まず、既に母の胎にいるときから聖霊に満たされていて、イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる。彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する。」そこで、ザカリアは天使に言った。「何によって、わたしはそれを知ることができるのでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています。」天使は答えた。「わたしはガブリエル、神の前に立つ者。あなたに話しかけて、この喜ばしい知らせを伝えるために遣わされたのである。あなたは口が利けなくなり、この事の起こる日まで話すことができなくなる。時が来れば実現する私の言葉を信じなかったからである。」民衆はザカリアを待っていた。そして、彼が聖所で手間取るのを、不思議に思っていた。ザカリアはやっと出て来たけれども、話すことができなかった。そこで、人々は彼が聖所で幻を見たのだと悟った。ザカリアは身振りで示すだけで、口が利けないままだった。やがて、務めの期間が終わって自分の家に帰った。その後、妻エリサベトは身ごもって、五か月の間身を隠していた。そして、こう言った。「主は今こそ、こうして、わたしに目を留め、人々の間からわたしの恥を取り去ってくださいました。」

イエスの誕生が予告される
六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神にできないことは何一つない。」マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。

マリア、エリサベトを訪ねる
そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その体内の子がおどった。エリサベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」

マリアの賛歌
そこで、マリアは言った。「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです。今から後、いつの世の人もわたしを幸いな者と言うでしょう、力ある方が、わたしに偉大なことをなさいましたから。その御名は尊く、その憐れみは代々に限りなく、主を畏れる者に及びます。主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます。その僕イスラエルを受け入れて、憐れみをお忘れになりません、わたしたちの先祖におっしゃったとおり、アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」マリアは、三か月ほどエリサベトのところに滞在してから、自分の家に帰った。

洗礼者ヨハネの誕生
さて、月が満ちて、エリサベトは男の子を産んだ。近所の人々や親類は、主がエリサベトを大いに慈しまれたと聞いて喜び合った。八日目に、その子に割礼を施すために来た人々は、父の名をとってザカリアと名付けようとした。ところが、母は、「いいえ、名はヨハネとしなければなりません」と言った。しかし人々は、「あなたの親類には、そういう名の付いた人はだれもいない」と言い、父親に、「この子に何と名を付けたいか」と手ぶりで尋ねた。父親は字を書く板を出させて、「この子の名はヨハネ」と書いたので、人々は皆驚いた。すると、たちまちザカリアは口が開き、舌がほどけ、神を賛美し始めた。近所の人々は皆恐れを感じた。そして、このことすべてが、ユダヤの山里中で話題になった。聞いた人々は皆これを心に留め、「いったい、この子はどんな人になるのだろうか」と言った。この子には主の力が及んでいたのである。

ザカリアの預言
父ザカリアは聖霊に満たされ、こう預言した。「ほめたたえよ、イスラエルの神である主を。主はその民を訪れて解放し、彼らのために救いの角を、僕ダビデの家から起こされた。昔から聖なる預言者たちの口を通して語られたとおりに。それは、我らの敵、全て我らを憎む者の手からの救い。主は我らの先祖を憐れみ、その聖なる契約を覚えていてくださる。これは我らの父アブラハムに立てられた誓い。こうして我らは、敵の手から救われ、恐れなく主に仕える、生涯、主の御前に清く正しく。幼子よ、お前はいと高き方の預言者と呼ばれる。主に先立って行き、その道を整え、主の民に罪の赦しによる救いを知らせるからである。これは我らの神の憐れみの心による。この憐れみによって、高い所からあけぼのの光が我らを訪れ、暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、我らの歩みを平和の道に導く。」幼子は身も心も健やかに育ち、イスラエルの人々の前に現れるまで荒れ野にいた。


イエスの誕生
そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。

羊飼いと天使
その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、羊飼いたちは、その幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。聞いたものは皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。

神殿で献げられる
さて、モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に献げるため、エルサレムに連れて行った。それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」と書いてあるからである。また、主の律法に言われているとおりに、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった。そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた。シメオンが“霊”に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は、幼子のために律法の規定どおりにいけにえを献げようとして、イエスを連れて来た。シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの誉れです。」父と母は、幼子についてこのように言われたことに驚いていた。シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。――あなた自身も剣で心を刺し貫かれます――多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」また、アシェル族のファヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。非常に年をとっていて、若いとき嫁いでから七年間夫と共に暮らしたが、夫に死に別れ、八十四歳になっていた。彼女は神殿を離れず、断食したり祈ったりして、夜も昼も神に仕えていたが、そのとき、近づいて来て神を賛美し、エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に幼子のことを話した。

ナザレに帰る
親子は主の律法で定められたことをみな終えたので、自分たちの町であるガリラヤのナザレに帰った。幼子はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた。

神殿での少年イエス
さて、両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上がった。祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、それから、親類や知人の間を捜し回ったが、見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。両親はイエスを見て驚き、母が言った。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」すると、イエスは言われた。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをすべて心に納めていた。イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。


洗礼者ヨハネ、教えを宣べる
皇帝ティベリウスの治世の第十五年、ポンティオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの領主、その兄弟フィリポがイトラヤとトラコン地方の領主、リサニアがアビレネの領主、アンナスとカイアファとが大祭司であったとき、神の言葉が荒れ野でザカリアの子ヨハネに降った。そこで、ヨハネはヨルダン川沿いの地方一帯に行って、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。これは、預言者イザヤの書に書いてあるとおりである。「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。谷はすべて埋められ、山と丘はみな低くされる。曲がった道はまっすぐに、でこぼこの道は平らになり、人は皆、神の救いを仰ぎ見る。』」そこでヨハネは、洗礼を授けてもらおうとして出て来た群衆に言った。「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。『我々の父はアブラハムだ』などという考えを起こすな。言っておくが、神はこんな石ころからでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる。斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。」そこで群衆は、「では、わたしたちはどうすればよいのですか」と尋ねた。ヨハネは、「下着を二枚持っている者は、一枚も持たない者に分けてやれ。食べ物を持っている者も同じようにせよ」と答えた。徴税人も洗礼を受けるために来て、「先生、わたしたちはどうすればよいのですか」と言った。ヨハネは、「規定以上のものは取り立てるな」と言った。兵士も、「このわたしたちはどうすればよいのですか」と尋ねた。ヨハネは、「だれからも金をゆすり取ったり、だまし取ったりするな。自分の給料で満足せよ」と言った。民衆はメシアを待ち望んでいて、ヨハネについて、もしかしたら彼がメシアではないかと、皆心の中で考えていた。そこで、ヨハネは皆に向かって言った。「わたしはあなたたちに水で洗礼を授けるが、わたしよりも優れた方が来られる。わたしは、その方の履物のひもを解く値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる。」ヨハネは、ほかにもさまざまな勧めをして、民衆に福音を告げ知らせた。ところで、領主ヘロデは、自分の兄弟の妻ヘロディアとのことについて、また、自分の行ったあらゆる悪事について、ヨハネに責められたので、ヨハネを牢に閉じ込めた。こうしてヘロデは、それまでの悪事にもう一つの悪事を加えた。

イエス、洗礼を受ける
民衆が皆洗礼を受け、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開け、聖霊が鳩のように目に見える姿でイエスの上に降って来た。すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。

イエスの系図
イエスが宣教を始められたときはおよそ三十歳であった。イエスはヨセフの子と思われていた。ヨセフはエリの子、それからさかのぼると、マタト、レビ、メルキ、ヤナイ、ヨセフ、マタティア、アモス、ナウム、エスリ、ナガイ、マハト、マタティア、セメイン、ヨセク、ヨダ、ヨハナン、レサ、ゼルバベル、シャルティエル、ネリ、メルキ、アディ、コサム、エルマダム、エル、ヨシュア、エリエゼル、ヨリム、マタト、レビ、シメオン、ユダ、ヨセフ、ヨナム、エリアキム、メレア、メンナ、マタタ、ナタン、ダビデ、エッサイ、オベド、ボアズ、サラ、ナフション、アミナダブ、アドミン、アルニ、ヘツロン、ペレツ、ユダ、ヤコブ、イサク、アブラハム、テラ、ナホル、セルグ、レウ、ペレグ、エベル、シェラ、カイナム、アルパクシャド、セム、ノア、レメク、メトシェラ、エノク、イエレド、マハラルエル、ケナン、エノシュ、セト、アダム。そして神に至る。
2013-03-23 11:16 | カテゴリ:キリスト教
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言が肉となった
初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。彼は光ではなく、光について証しをするために来た。その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。言は世にあった。世は言によって成ったが、世は言を認めなかった。言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。ヨハネは、この方について証しをし、声を張り上げて言った。「『わたしの後から来られる方は、わたしより優れている。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。」わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである。いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。

洗礼者ヨハネの証し
さて、ヨハネの証しはこうである。エルサレムのユダヤ人たちが、祭司やレビ人たちをヨハネのもとへ遣わして、「あなたは、どなたですか」と質問させたとき、彼は公言して隠さず、「わたしはメシアではない」と言い表した。彼らがまた、「では何ですか。あなたはエリヤですか」と尋ねると、ヨハネは、「違う」と言った。更に、「あなたは、あの預言者なのですか」と尋ねると、「そうではない」と答えた。そこで、彼らは言った。「それではいったい、だれなのです。わたしたちを遣わした人々に返事をしなければなりません。あなたは自分を何だと言うのですか。」ヨハネは、預言者イザヤの言葉を用いて言った。「わたしは荒れ野で叫ぶ声である。『主の道をまっすぐにせよ』と。」遣わされた人たちはファリサイ派に属していた。彼らがヨハネに尋ねて、「あなたはメシアでも、エリヤでも、またあの預言者でもないのに、なぜ、洗礼を授けるのですか」と言うと、ヨハネは答えた。「わたしは水で洗礼を授けるが、あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。その人はわたしの後から来られる方で、わたしはその履物のひもを解く資格もない。」これは、ヨハネが洗礼を授けていたヨルダン川の向こう側、ベタニアでの出来事であった。

神の子羊
その翌日、ヨハネは、自分の方へイエスが来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の子羊だ。『わたしの後から一人の人が来られる。その方はわたしにまさる。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。わたしはこの方を知らなかった。しかし、この方がイスラエルに現れるために、わたしは、水で洗礼を授けに来た。」そしてヨハネは証しした。「わたしは、“霊”が鳩のように天から降って、この方の上にとどまるのを見た。わたしはこの方を知らなかった。しかし、水で洗礼を授けるためにわたしをお遣わしになった方が、『“霊”が降って、ある人にとどまるのを見たら、その人が、聖霊によって洗礼を授ける人である』とわたしに言われた。わたしはそれを見た。だから、この方こそ神の子であると証ししたのである。」

最初の弟子たち
その翌日、また、ヨハネは二人の弟子と一緒にいた。そして、歩いておられるイエスを見つめて、「見よ、神の子羊だ」と言った。二人の弟子はそれを聞いて、イエスに従った。イエスは振り返り、彼らが従って来るのを見て、「何を求めているのか」と言われた。彼らが、「ラビ――『先生』という意味――どこに泊まっておられるのですか」と言うと、イエスは、「来なさい。そうすれば分かる」と言われた。そこで、彼らはついて行って、どこにイエスが泊まっておられるかを見た。そしてその日は、イエスのもとに泊まった。午後四時ごろのことである。ヨハネの言葉を聞いて、イエスに従った二人のうちの一人は、シモン・ペトロの兄弟アンデレであった。彼は、まず自分の兄弟シモンに会って、「わたしたちはメシア――『油を注がれた者』という意味――に出会った」と言った。そして、シモンをイエスのところに連れて行った。イエスは彼を見つめて、「あなたはヨハネの子シモンであるが、ケファ――『岩』という意味――と呼ぶことにする」と言われた。

フィリポとナタナエル、弟子となる
その翌日、イエスは、ガリラヤへ行こうとしたときに、フィリポに出会って、「わたしに従いなさい」と言われた。フィリポは、アンデレとペトロの町、ベトサイダの出身であった。フィリポはナタナエルに出会って言った。「わたしたちは、モーセが律法に記し、預言者たちも書いている方に出会った。それはナザレの人で、ヨセフの子イエスだ。」するとナタナエルが、「ナザレから何か良いものが出るだろうか」と言ったので、フィリポは、「来て、見なさい」と言った。イエスは、ナタナエルが御自分の方へ来るのを見て、彼のことをこう言われた。「見なさい。まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない。」ナタナエルが、「どうしてわたしを知っておられるのですか」と言うと、イエスは答えて、「わたしは、あなたがフィリポから話しかけられる前に、いちじくの木の下にいるのを見た」と言われた。ナタナエルは答えた。「ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」イエスは答えて言われた。「いちじくの木の下にあなたがいるのを見たと言ったので、信じるのか。もっと偉大なことをあなたは見ることになる。」更に言われた。「はっきり言っておく。天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。」
2013-03-27 11:33 | カテゴリ:キリスト教
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
これは非常に危うい話題なのですが、フリーメイスンリーについて語る際には避けて通れない話題でもあります。基本的にフリーメイスンリーのロッジの中では宗教の話題は禁忌な訳ですが、フリーメイスンリーに集まる理由のかなり大きな部分が宗教に関する部分でもあり、その点では特に以前にも触れたヨセフ物語の話ではないですが、ユダヤ教とキリスト教とフリーメイスンリーとの関わりは多くのフリーメイスンにとって興味の対象であり、それは多くの伝統宗教に対して寛容とすることを憲章とした今日のフリーメイスンリーにおいてもフリーメイスンリーのメインテーマとも言える話題であるかと思います。
わたしはもちろんフリーメイスンリーについて触れる以前にはキリスト教やユダヤ教の知識を持ちえない、いわゆる典型的な日本人の宗教観でいたわけで、そもそも聖書を通読してユダヤ教やキリスト教について知ろうと思い立った直接的な動機はこのブログでも何度も触れた「ロストシンボル」を読んでフリーメイスンリーを理解するためには聖書を読んでそれらを理解しなければならないと思ったからです。
キリスト教の一般的な理解については日本ではほとんどが新約聖書の概略であり、それもほぼこの前に挙げた四福音書の最初のマタイによる福音書の内容に基づくかと思います。わたしも聖書を通読してから後にいわゆるキリスト教に理解のある日本のカトリックの信者や準信者という人々に会う機会が増えましたが、ほとんどの場合においてマタイによる福音書の内容以上の理解はしていないことがほとんどでした。特に多くの場合には決まり事のように日本語への翻訳によって内容が歪められているので、聖書の内容を語るのであれば日本語訳を読んではいけないというチンプンカンプンな意見でありました。まあ多少キリスト教に関する知識が増えてくると、それがいわゆるカトリックの方針の一つの怠慢とも言うべき伝統的な姿勢であり、それがそもそもプロテスタントとカトリックの対立の原因であり、その後のフリーメイスンリーを生み出すそもそものきっかけとも言えるものであることが分かってきました。
さてまあ今回はキリスト教とフリーメイスンリーという話題にしたわけですが、その中でも最も重点を置くのはキリスト教からフリーメイスンリーが誕生していくきっかけや違いであり、その共有するものや相似の部分ではないというところでしょうか。キリスト教とフリーメイスンリーの類似性と言えば洗礼や聖餐といった儀式や、アーメンとか格式ばった用語の共通性、聖書に対する取り扱い方やチャリティー、奉仕の精神や活動などの点で非常に似ているというか、そもそもキリスト教の伝統の中にそれらを見いだすものが多数認めらるという点でしょうか。それらもまたキリスト教の中でもカトリックとプロテスタントと分けると、カトリック→プロテスタント→フリーメイスンリーという連続性が認められるのが歴史的な起源となるのだと思われます。さらにそれらに旧約聖書の内容や考古学的な起源を付け加えると、エジプト宗教→原始一神教→ユダヤ教→カトリック→プロテスタント→フリーメイスンリーという流れが成り立つと思われ、こうするとフリーメイスンリーが宗教なのか、一神教なのかというところが問題になりますが、理解としては宗教ではなく宗教を越えた存在と言うのが良いのだと思われます。現実に存在する数多くの世界の宗教の神々を統一しうる一つの一神教的な宗教を越えた考え方もしくはそれに至る道とでもなるのかなというところでしょうか。ただしそもそもエジプト宗教はオリエントの様々な神々を含み、またエジプトの各地域の神々を取り込んだ多神教であり、アテン信仰に基づく原始一神教もそもそも王による強引な宗教改革による混乱を引き起こした社会実験であり、その後のユダヤ教にしてもこれはまさに旧約聖書やユダヤ古代誌の通読によって理解がなされると思いますが、地中海社会の安定を目指した古代エジプト王国と古代オリエント王国の妥協の結果成り立ったような時限的な滅びの必然を含んだ異民族排斥の民族教であり、いわゆるキリスト教の世界観で示されるような一神教の世界宗教ではありません。そのキリスト教であってもそもそも旧約聖書の世界からそういったオリエントやエジプトの多神教の神々や逸話を豊富に取り込んだ豊かな多神教世界を基礎として、一応貫かれたテーマが一神教における預言者を通した神との契約という、いわゆるアブラハムの宗教という世界観を示していますが、実際にはローマ帝国の勃興による地中海世界の世界帝国化の中で滅びゆくユダヤ教を、神と一体化された預言者を越えた存在という特別な神の子であるイエス・キリストの存在によって、新たに世界宗教化するというそれまでの流れからいうとかなり大きな方向転換をして成り立った、旧約聖書の内容と新約聖書の内容の分量や重要さの比較から言うと基本的にはユダヤ教の大改革の上に成立した考え方と言えるかと思います。

もちろんそうなると今回のテーマとも言えるキリスト教からフリーメイスンリーへの転換点、一般的にはグーテンベルクの活版印刷術によって始まった聖書の印刷による、聖書を読んでカトリック教会に抗議する人々、プロテスタントの出現、そしてそれらがイングランドやスコットランド、フランス、北方ドイツなどで石工のギルドの組織と相混じり合った結果フリーメイスンリーとして成立するわけですが、そのキリスト教からフリーメイスンリー成立へのポイントであるイエス・キリストの聖書における解説である新約聖書の四福音書の内容に必然的に注目が集まるかと思います。
このテーマを論じるために四福音書の内容を洗礼者ヨハネのキリストの洗礼までの項目を含んだ章までで抜粋してこれ以前に載せたわけですが、すでに読んでいただけたでしょうか。もちろん旧約・新約を含めた聖書の通読が勧められるわけですが、ブログという形態上ブログの枠に基本となる情報を載せていかないと話題となりえないという制約があり、色々な聖書の本文抜粋という著作権の問題もはらみながらあえて掲載したわけです。

まあここまでいくと聖書にもキリスト教にも興味のない人を無理やりフリーメイスンリーに絡めて強引に誘導しているような形になってしまいますが、基本的にはごくごくわかりやすい形にして日本人からは理解しがたいキリスト教とフリーメイスンリーの繋がりをできるだけ簡潔に少ない情報量でわかりやすく、誤解のないように適切に伝えようと苦労しているわけです。

まあいずれにしても四福音書の抜粋部分は全て読んでいただけたということを前提として話を進めていきます。それでは四福音書の抜粋した洗礼者ヨハネによるキリストの洗礼までを含む章までの本文について細かく見ていくこととします。

長くなりそうなので毎度のように3分割して掲載していくこととします。今回はここまでで終わりです。
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(キリスト教と関係していそうな十字やペリカン、三角形や聖書、神がコンパスを持つ図を載せました。参考としてください。)
2013-03-29 09:30 | カテゴリ:キリスト教
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
さてかなり難しい話題で分割して掲載するのも色々問題があるようですが、あまりに内容が長くなりそうなのでどうしても分割して掲載することとします。

それでは四福音書の内容についてですが、もちろん是非全文を読んでほしいわけですが、ここでは洗礼者ヨハネのキリストの洗礼までの内容を含んだ章に限定して見ていくこととします。

まずは新約聖書の内容を読む前に前提として旧約聖書の内容を私なりに概括したものをここで示します。非常に長いのですが実際には個々人で通読することをお勧めしますが、ほとんどそれは絶望的なので解説することとします。まずユダヤ教は前提としてアブラハムと神との契約、預言者を通した民族の神との契約というものがあります。契約とはいわば民族の保護と安寧を神への信仰で約束されるというもので、そのための重要な約束が出エジプトで示される十戒とされますが、実際にはユダヤ教で最も重要なことは「異民族と交わってはいけない」です。そしてその次に大事なことが「異民族の宗教やそれに類する偶像を崇拝してはいけない」、つまり一神教を頑なに信仰し、その権威である預言者、司祭、神殿、戒律、民族集合体を絶対に信奉しなければならないという事です。ほぼこれら二大信条にプラスするのがいわゆる割礼のアイデンティティーと神殿や聖櫃と言ったいわゆる出エジプトやその後のイスラエル王国に関わる聖別されたものへの信仰で、戒律に占める重要なものが生贄とそれら神殿に納める貢物に関わるレビ達司祭階級の特権といったところでしょうか。基本的にイスラエル王国では共産主義と神官貴族並列制とも言うべき、部族を主体としたいわゆる嗣業の土地という、日本の班田収受の法のようなシステムが存在しますが、ほぼ部族間同士の抗争でシステム自体が壊滅していき、結果的に必然という形で新バビロニアなどメソポタミア文明の王国に滅ぼされていきます。出エジプト後のわずかな期間の最大最高のイスラエル王国の成功時期がいわゆるダビデ王とその息子ソロモン王の時代で、ダビデ王が貧しい羊飼いから異民族の戦士であるゴリアテを投石器で命中して手柄を立てその後王となっていくまでの過程はナポレオンの出世のような話で物語として良く知られ、非常に興味深い旧約聖書最大の盛り上がりであります。その後のダビデ王が愛妾から産ませたソロモン王への相続と、ソロモン王がエジプトのファラオの娘を正妻としてイスラエル王国が最大の繁栄を築くのがユダヤ民族の最も栄光の時代であり、その際に築かれたというソロモン神殿がフリーメイスンリーのほとんどの建物の規範となる建築とされています。もちろんその後のユダヤ民族の衰退がこの時点でもソロモン王が妾を多数抱えていたとか、その後の王たちが皆妾を多数抱えて神から離れたという表現をなされているのも旧約聖書の非常に興味深い歴史書とも教訓書とも言える部分であるかと思われます。結局新バビロニアに侵略された結果、必然とも言う形でバビロン捕囚が行われ、イスラエル王国分裂後のユダ王国は一時的に滅びますが、有能なユダヤ民族は新バビロニアでも結果的に王を操ったり様々に活躍し、史実ではこの時期に旧約聖書やユダヤ教の形態を整えたと言われています。その後ペルシアのキュロス2世の時代にイスラエルの土地に帰ることを許されますが、大半の民族は現地に残ったそうで、この時点で最初に挙げた「異民族と交わるな」という教えは現実的には空文化していながら、民族のアイデンティティーとして強化され、結果として現在まで残るイスラエルとして成り立っているようです。その後はいわゆる第二のソロモン神殿の建設やアレクサンダー大王の東征などで、地中海世界自体も大きく変化し、古代エジプトの力がほとんど過去のものとなり、ローマ帝国が勃興してくることでユダヤ民族のアイデンティティーの危機は頂点に達し、いわゆる救世主、メシア信仰が強くなってくるわけです。そもそもユダヤ教にはアブラハムから始まる族長が同時に宗教的長である預言者を兼ねるという部分と、ほぼ周囲には理解不能な挙動を示しながら高次の情報判断を行って独自の情報分析能力を持つ独立した預言者という存在の二つのパターンがあり、それらは特に出エジプト以降の分業化したイスラエル王国では貴族制や王制と、神殿の司祭と在野の預言者と言う分業が明確になってきて、特に在野の預言者というのは辻立ち説法のような形で政権野党の形をとり、旧約聖書に定義されるところの偽の預言者や真の預言者が入り混じりながら奇跡や預言を巧みに示して王が神に近づいたり離れたりと表現されつつ、時に王にとって邪魔な預言者が悲劇的な死を迎えたり、王が敬って治世を成功に導いたりと様々な事例が順を追って出てきます。アレクサンダー大王の東征以降はいわゆるその後のローマの歴史になるのだと思いますが、恐らく聖書が成立した2世紀から3世紀のローマ帝国では常識であったのであえてその時代の歴史は聖書に加えられなかったのだと思われますが、実際にはフラヴィウス・ヨセフスのユダヤ古代誌に示されるように非常に陰惨で現実的でそれでいてダビデ王の物語を彷彿とさせるような壮大ないわゆるヘロデ大王の時代(新約聖書に出てくる幼児を皆殺しにしたというヘロデ王、その後の息子達もヘロデを名乗った。)があり、シーザーなどローマの歴史上の人物と丁々発止のやり合いがありながら、既にエジプト王国が勢いをなくし、ユダヤ王国も明らかな危機を感じている時代となって新約聖書のキリストの時代に入るわけです。ヘロデ大王がまさに苦悩の中で死んだ時をキリストの生誕としているわけですが、ユダヤ王国は結果的にローマの直轄領となりユダヤ教自体の政治的自立性がほぼ失われた時と同時になるようです。

さてでは色々問題のありそうな旧約聖書の要約はここまでとして最初にマタイによる福音書を見ていきます。
まず最初にイエス・キリストの系図が出てきます。旧約聖書でも特にアブラハムやイサク、ヤコブ、ヨセフ、モーゼ、アロン、ヨシュアなどの時代には何度も何度も繰り返し系図の記述が出てきます。これは古事記や日本書紀などでも同様に認めますが、神代から人代に至る際にそれらが綿々と繋がっているという権威の象徴であり、逆に言うと曖昧な伝承と言えるかもしれません。この系図ではバビロン捕囚までの系図までは歴代のユダヤ王国の王の名前を挙げているようですが、その後の系図に関しては後に出るルカによる福音書の最後に出る系図と比較しても最後のヤコブとヨセフとイエス(ジョシュア)の最後の二人だけが一致しており、14という数字とその三名の名前にだけ意味があるということなのかもしれません。ヤコブとヨセフとジョシュアと言えば旧約聖書ではそれぞれ重要な役割を行っている人物であり、新約聖書を読む者は当然その知識を持つべきであるという前提で書かれたものと思われます。

その後がいわゆる有名なマリアの処女懐胎ですが、ここでは絵画で有名なジョルジュ・ド・ラトゥールによる聖ヨセフの夢の話が語られます。
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これについては以前にヨセフ物語の回で取り上げたことかと思います。

その後はいわゆる東方の三博士で知られる占星術師の訪問ですが、原文では少なくとも新共同訳では三人とは書かれていません。ベツレヘムからメシアが生まれるというのはダビデ王の出身地と重ね合わせているそうです。ちなみにヘロデ大王が幼児を殺したというような話は全くその他の歴史書にはないそうですが、フラヴィウス・ヨセフスのユダヤ古代誌にはヘロデ大王が様々な悩みをこじらせながら最終的に愛した妻とその子供たちを権力に任せて死刑にするという過程が壮大な史実として描かれていて、恐らくそのオマージュなのではないかと思われます。その後いわゆる「ナザレのイエス」の表現が出てきており、これは四福音書に共通するものであり、この点に関しては関連はわかりません。実在であるかもしれないというところでしょうか。

そしてその後在野の預言者として洗礼者ヨハネがヨルダン川に現れ、いわゆる旧約聖書に多く認められる預言者のいでたちで洗礼というかつてありえなかった儀式を行い、その当時の主流派であったファリサイ派(戒律主義、現在のユダヤ教)やサドカイ派(神殿祭司派、当時の現実主義で神殿の崩壊で消滅した)の人々が洗礼に来たとあり、ヨハネらがいわゆるエッセネ派(洗礼派)という存在であったと考えられます。そこでイエスが洗礼を受けて、鳩が天から降りてくる光景が描かれます。鳩のシンボリズムは聖書ではここにも認められます。

それでは次にマルコによる福音書です。
マルコによる福音書はいわゆるQ資料仮説に基づく最古の共観福音書とされ、内容は簡潔でキリストの活動が淡々と描かれています。処女懐胎などの話は一切なくいきなり洗礼者ヨハネによるキリストの洗礼です。この洗礼者ヨハネの話は福音書に基づくブラザーオスカー・ワイルドのサロメの伝説が有名ですが、いわゆるフラヴィウス・ヨセフスのユダヤ古代誌では王に対する批判などではなく、単に洗礼によって人気が出たヨハネを政権の危機と予知して扇動の罪で処刑したとあるのみです。恐らくわたしはこの洗礼者ヨハネがキリストのモデルであり、ローマ帝国直轄地の領主の命令によって殺された洗礼者ヨハネを直接の指導者と仰ぐことは、ローマ帝国に対する直接の反逆となるために、前駆洗礼者としてその後のジョシュアの名を持つ救世主を想像したのだと思われます。その後の四門出遊などのようなキリストの伝道の話はそれこそガンジスの洗礼のように様々なアレクサンダー大王東征後の世界にもたらされた東の新しい方法の導入だと思われます。漁師を弟子にするなどの話からの魚を食べる文化も主に東の方から来たのかもしれません。その後のイエスの伝道の話のほとんどはいわゆる医療に類するか奇跡の類であり、これらも旧約聖書で神の所業とされるユダヤ教の知恵が医療や衛生の知恵であったり、数々の奇跡の類であることと共通であるかと思われます。もちろん規模や種類が時代と共に変遷していることがあるのだと思われます。ユダヤ教のラビによればイエスの教えのほとんどは高名なユダヤ教のラビ、特に時代の近い以前取り上げたアキバ・ベン・ヨセフによるものであるとしています。(ユダヤ5000年の知恵 ラビ・マービン トケイヤー)
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さて段々偏って来たようですが、次がルカによる福音書です。
長くなりそうなのでここで分割します。
2013-03-31 13:03 | カテゴリ:キリスト教
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さて次が共観福音書最後のルカによる福音書です。
最初にテオフィロという謎の人物への献呈文が書かれています。神を愛する者という意味だそうで、ローマの高官と解釈されているそうですが、どうでしょうか。
ルカによる福音書では何と冒頭でいきなり洗礼者ヨハネの生誕の由来が描かれます。母親の名前がエリサベトと言い、現在のエリザベスの由来となっています。不妊で高齢でありながら天使の前触れによって妊娠するという話は旧約聖書に認められる有名な話です。アブラハムとサラの子供イサクは神への捧げものとしてモリヤ山の山頂で生贄とされましたが、神がそのアブラハムの信仰心を確かめて、イサクは殺されませんでした。そのささげた岩が現在エルサレムの象徴である岩のドームの中にある岩とされています。つまり洗礼者ヨハネが神への捧げものとしての預言者イサクと同じであるとの象徴を意味しているのかもしれません。
その後同様にしてマリアにも天使のお告げがあり、エリサベトとマリアは親戚であったとされ出産前に会っていることとなりました。これは恐らく生前からその運命が決まっているという例えと共に、キリストの存在=洗礼者ヨハネであるという解説になるのだと思われます。その後洗礼者ヨハネは荒野をさまようわけですが、ユダヤ教において祭司の息子が荒野をさまようというのは、牧師の子供でありながら画家となったファン・ゴッホのようにあり得ない経過であり、相当の解説が必要なのですが、突然父親が祭司であると出てきているので、実際には当時のユダヤ教社会では旧約聖書に出てくるほど安定した系図や戸籍の形は成り立たず、突然のぽっと出の人物が歴史上に名前を残す人物であるというのが実際だったのではないでしょうか。それはアキバ・ベン・ヨセフの経歴などからも考えられます。
イエスの誕生が住民登録のためにベツレヘムで行われたとありますが、もちろん記録には残っていません。恐らくその後のローマ帝国の治世でそういう系図や住民登録のシステムが成立した時代の発想なのだと思われます。
羊飼いが見張りをしている逸話は有名であると思いますが、これは現在でも羊と羊飼いの関係として象徴とされることが多いです。神殿で献げられる際の心臓と剣の逸話はフリーメイスンリーの象徴とされています。もしかするとこの神殿での逸話は洗礼者ヨハネの実話であるのかもしれません。
その後の神殿での少年イエスの説教の逸話も有名ですが、ここでもやはりナザレの地名が出てきますが、どうも神殿に連れてきてそのまま両親が置いてきてしまうというのは捨て子のようです。実際には貧しかった洗礼者ヨハネの家では神殿に洗礼者ヨハネを捨てて行ったのかもしれません。
その後洗礼者ヨハネが現れいわゆるキリストと同じような内容の教えを説きます。洗礼者ヨハネは王の批判を行ったというかどで捕えられ殺されます。その際にイエスも洗礼を受け他の共観福音書と同様に鳩が降りて来ます。
マタイによる福音書の冒頭と同じようなイエスの系図がありますが、既に説明した通りイエスの父親のヨセフと言うところ以外はダビデ王からとバビロン捕囚からとほとんど一致するものがありません。それがそのまま聖典とされているのが新約聖書の福音書なのです。果たしてどういう意味なのでしょうか。

さて最後が最も格調高くフリーメイスンリーでもヨハネによる福音書の冒頭のページを儀式の際には開く決まりとなっている、四福音書で最後に100年ほど遅れて成立したと言われるヨハネによる福音書です。フリーメイスンリーではイエス・キリストの弟子の使徒ヨハネと洗礼者ヨハネを対峙した円と平行線で示したシンボルがありますが、このヨハネによる福音書は冒頭から使徒ヨハネと洗礼者ヨハネとを混同するような文章が続きます。というより同じ意味で書いているのかもしれません。言葉が神であり、言葉のうちに命があり、命は光であったとは名文とされています。宗教の本質、神の本質、人間性の本質を的確に捉えた文章といえるのだと思います。
洗礼者ヨハネは自ら預言者である事もメシアである事もないと否定します。フラヴィウス・ヨセフスのユダヤ古代誌によれば、洗礼者ヨハネは根っからの善人であったと描かれています。根っからの善人であり、洗礼という新しい習慣により大衆の絶大な支持を受けたが、王から危険視されて殺されたと記述されており、後代の加筆もあるそうですが、キリストに関する記述と異なり信用性があるものとされています。
イエスの洗礼が再び描かれます。イエスは神の子羊と表現され、これはルカによる福音書の羊飼いが生誕を見守ったことと対応するものと考えられます。ここでは鳩が霊の表現であると記述されています。この前3つの共観福音書の記述がさらに神秘的な象徴の表現に高められていっています。時間や比喩表現などやや謎めいた象徴的な表現が増えてきます。
やはりナザレの地名の表現が出てきます。恐らくわたしはこれが洗礼者ヨハネの出身地なのだと思います。その後ヤコブの梯子の天使が昇り降りする梯子の象徴が表現されます。

さて四福音書の抜粋を読んで比較してどのような感想を抱くでしょうか。2世紀の聖人エイレナイオスはこの四つの福音書をそれぞれ聖櫃のアークの上にある智天使の象徴であるケルビムを構成する四つの動物、鷲と牛とライオンと人に当てはめたそうです。四という数字は同時に映画フィフスエレメントでも有名になった、ギリシア哲学から生まれた四大元素を構成する数字であり、空気・火・土・水から世界は構成され、それらの結合や交わりによって世界は構成されているとするものです。プラトンはこれらに結晶のような正多面体の理論を加え、それらが後に錬金術やタロットの考え方にも取り入れられているそうです。
恐らくこのブログの読者の方で旧約・新約聖書をすべて通読した方は居ないでしょうし、フラヴィウス・ヨセフスのユダヤ古代誌を読んだ方もいないでしょう。わたしも後者に関してはまだすべて読み切ってはいませんが、とりあえず大体の概要を掴んだところでここまでの記事としました。ユダヤ教に関してはまだタルムードやユダヤ神秘主義について多くの知識が必要とされており、そこまでの時間が現在は得られていませんが、いずれ内容を咀嚼して理解したところでそれなりに記事にしていくつもりです。私としてはこの様な形式の聖書の通読の勧めとなるのは不本意ではありますが、実際に通読して得られたもの、残るものというものが過去と現在のフリーメイスンリーの原動力となっていることが理解されるかと思います。アイザック・ニュートンは万有引力の法則など様々な物理学の新発見を行った後に晩年を聖書研究と錬金術研究に没頭したとありますが、現代はその時代とは異なり数々の考古学上の発見や聖書に関しても死海文書やナグハマディ文書などそれら周囲の時代的背景を詳細に語る資料が発見されており、またカトリック教会の改革開放が進めばさらなるキリスト教についての新たな知見が世間に広まる事もありうるかと思います。私の解釈は恐らく現在でもまだ異端の部類に入るのではないかと思います。恐らく1717年6月24日の洗礼者ヨハネの日にイングランドグランドロッジを結成したブラザークリストファー・レン、ブラザージョン・デサグリエらにとっては最大の関心事であったのかもしれません。1717年という11とユダヤ教の聖数77とをまたいだ数字の年に結成したとされるフリーメイスンリーにとって、キリスト教の精神とその歴史は欠くことができない最高の秘密であるかと思われます。ちなみにイングランド連合グランドロッジの紋章には四つのケルビムと紋章中にはそれらを構成する四つの生き物が描かれています。四福音書の解き明かしこそ近代フリーメイスンリーの結成の原動力であったと思われます。(ちなみにGrand Lodge of British Columbia and Yukonのホームページではこれら四つの動物とユダヤの四部族を対応して説明する説を載せていました。)
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2013-07-07 07:07 | カテゴリ:キリスト教
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アヴェ・マリアというとカトリック信仰の象徴と思われるわけですが、最も有名なシューベルトのアヴェ・マリアの曲は実はミサ曲ではなくブラザーサーウォルター・スコットの詩集「湖上の美人The Lady of the Lake」のアヴェ・マリアで始まる部分のドイツ語訳に作曲したものでした。

以下ウィキペディアから引用です。

この歌曲は、しばしば《シューベルトのアヴェ・マリア》と呼ばれている。しかしながら元々この曲は、ウォルター・スコットの名高い叙事詩『湖上の美人』(『湖上の麗人』、The Lady of the Lake)の、アダム・シュトルク(Adam Storck)によるドイツ語訳に曲付けされたものであり、したがってシューベルトの《歌曲集『湖上の美人』》(Liederzyklus vom Fräulein vom See)の一部を成しているのである。
スコットの詩における「湖上の貴婦人」ことエレン・ダグラスは(スコットランドはハイランドの人で、この「湖」とはロホ・カトリーン(Loch Katrine)のことを指している)、父親とともに、城主である王の仇討ちから逃れるために、「ゴブリンの洞穴」近くに身を隠している。ダグラス親子は、王に追放されてからこの方、ハイランドの族長であるロデリック(Roderick Dhu)に匿われてきたのであった。エレンが、聖母マリアに助けを求めて祈りの言葉を口ずさむと、その声は、氏族を戦いへと鼓舞せんと山深いところにいたロデリックの耳元にも届いた。
《エレンの歌 第3番》は、オーストリアの寒村シュタイレク(Steyregg)にあるヴァイセンヴォルフ伯爵夫人ゾフィーの居城で初演されたため、後にこの伯爵夫人自身が「湖上の美人」として知られるようになった。
この歌曲の開始の文句で反復句である「アヴェ・マリア」(ラテン語で「めでたしマリア様」)は、シューベルトの旋律に、ローマ・カトリックに伝統的なラテン語の典礼文を載せるという発想に行き着いた。こうしてシューベルトの旋律にラテン語典礼文を載せて歌うことは、現在しばしば行われており、そのためシューベルトが素より典礼文に曲付けして、《アヴェ・マリア》という宗教曲を作曲したのだと誤解される原因となった。

Storck's translation used by Schubert
Ave Maria! Jungfrau mild,
Erhöre einer Jungfrau Flehen,
Aus diesem Felsen starr und wild
Soll mein Gebet zu dir hinwehen.
Wir schlafen sicher bis zum Morgen,
Ob Menschen noch so grausam sind.
O Jungfrau, sieh der Jungfrau Sorgen,
O Mutter, hör ein bittend Kind!
Ave Maria!
Ave Maria! Unbefleckt!
Wenn wir auf diesen Fels hinsinken
Zum Schlaf, und uns dein Schutz bedeckt
Wird weich der harte Fels uns dünken.
Du lächelst, Rosendüfte wehen
In dieser dumpfen Felsenkluft,
O Mutter, höre Kindes Flehen,
O Jungfrau, eine Jungfrau ruft!
Ave Maria!
Ave Maria! Reine Magd!
Der Erde und der Luft Dämonen,
Von deines Auges Huld verjagt,
Sie können hier nicht bei uns wohnen,
Wir woll'n uns still dem Schicksal beugen,
Da uns dein heil'ger Trost anweht;
Der Jungfrau wolle hold dich neigen,
Dem Kind, das für den Vater fleht.
Ave Maria!

Hymn to the Virgin
Ave Maria! maiden mild!
Listen to a maiden's prayer!
Thou canst hear though from the wild,
Thou canst save amid despair.
Safe may we sleep beneath thy care,
Though banish'd, outcast and reviled -
Maiden! hear a maiden's prayer;
Mother, hear a suppliant child!
Ave Maria!
Ave Maria! undefiled!
The flinty couch we now must share
Shall seem this down of eider piled,
If thy protection hover there.
The murky cavern's heavy air
Shall breathe of balm if thou hast smiled;
Then, Maiden! hear a maiden's prayer;
Mother, list a suppliant child!
Ave Maria!
Ave Maria! stainless styled!
Foul demons of the earth and air,
From this their wonted haunt exiled,
Shall flee before thy presence fair.
We bow us to our lot of care,
Beneath thy guidance reconciled;
Hear for a maid a maiden's prayer,
And for a father hear a child!
Ave Maria!

サーウォルター・スコット「湖上の美人」第三曲29 佐藤猛郎訳

聖母への讃歌

「アヴェ・マリア!優しい乙女!
 乙女の祈りをお聞きください!
あなたは荒れ野の果てから聞くことが出来、
 絶望の淵からも、救うことがお出来になる。
追放され、見捨てられ、罵られても、
 あなたに見守られて、私達は眠ることが出来ます。-
聖女よ!乙女の祈りを聞いて下さい、
 御母(みはは)よ、乙女の願いを聞いて下さい!
                      アヴェ・マリア!

アヴェ・マリア!清らかな乙女!
 あなたのご加護があるならば、
私達が今、共に身を横たえる冷たい石の寝床も、
 まるで羽毛のしとねのように思えるでしょう。
あなたの微笑みがあれば、暗い洞窟の重くるしい空気も、
 芳香に満たされることでしょう。
ですから、聖女よ!乙女の祈りを聞いて下さい、
御母よ、幼子の願いに耳を傾けてください!
                   アヴェ・マリア!

アヴェ・マリア!汚れを知らぬ乙女!
 地上と空中に棲む汚らわしい悪鬼どもは、
高貴な美しさに満ちたあなたを目にすれば、
 棲(す)み慣れたこの洞穴から逃げ出して、姿を消すでしょう。
あなたのお導きとあれば喜んで、
 私達はつらい運命を堪え忍びます。
乙女のために、乙女の祈りを聞いて下さい、
 父のために、幼子の願いを聞いて下さい!
                   アヴェ・マリア!」

ミサ曲の原文となるアヴェ・マリアの祈祷文についてはウィキペディアを参照してください。最近多く歌われるようになったカッシーニのアヴェ・マリアは偽作のようです。その辺りもキリスト教信仰の象徴としてのアヴェ・マリアとしていろいろ背景があるようです。
シューベルトのアヴェ・マリア(詩はブラザースコットの湖上の美人)

シューベルトのアヴェ・マリアに祈祷文のアヴェ・マリアを合成したもの。

こちらもそれです。やはりイタリアではそうなるのでしょうが、やはり詳しく聞くと違和感があります。

こちらは日本語訳も出ています。

マリア・カラスの独唱です。もちろん詩は元のブラザースコットのものです。(10/25追記:Barbara Bonneyという方の歌唱だそうです。)

ちなみにこちらが偽作とされるカッチーニのアヴェ・マリアです。ソ連の作曲家の作品のようです。

ブラザーサーウォルター・スコットの作品についてもいずれ読む機会があればコメントしていこうかと思います。

まったくの妄想ですが、現在の日本の安倍首相の二度目の総理大臣就任後の復活劇もこのマリア信仰に基づくアヴェ・マリアが関係するかもしれません。
2013-10-28 23:54 | カテゴリ:キリスト教
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
フリーメイスンリーについてのブログなんですが、何度も言うとおりフリーメイスンリーについて調べれば調べるほどキリスト教やユダヤ教との繋がりは外せないものとなり、その中でもキリスト教は当初キリスト教徒のみで構成された歴史もあるほど欠かせないものであるのは何度も言って来た通りだと思われます。
まあその中で単なる聖書に描かれた神を盲目的に信じるのではなく、自らの理性の判断に基づいた世界の創造主としての至高の存在を信じるという共通の理念に基づいた信仰を確認する事をいわゆる英米系フリーメイスンリーは入会条件としていたわけですが、その際の唯一神の表現をGreat Architect of the Universe世界の偉大な創造主としたわけですが、実際にはGodやYHWHיהוה‎という表現が用いられることもそれはやはり聖書を読み込んだキリスト教徒やユダヤ教徒で構成された会であったわけで当然沢山出てくるのはかなり理解されるところかと思います。フリーメイスンリーのその他のシンボルであっても、石工の道具やAll Seeing Eyeのように汎宗教的なシンボルが認められることも多いわけですが、一方で碇や鳩や十字やイクトゥスと言った明らかに聖書やキリスト教徒の布教活動の中でシンボルと認められていったものが多いのもそういう歴史を鑑みれば当然な訳で、もちろん鳥居や仏像といった日本の伝統宗教のシンボルがフリーメイスンリーに採用されていくことも今後はありうるかとは思いますが、歴史や重要性、教えの要素を考えればそれらがあくまで局地的なもので留まるであろうことは容易に理解される所かと思います。仏教で普遍的であった卍がブラザーショーペンハウアーの研究などとも相まって、ナチスドイツが鍵十字として採用し今日世界的に使用が難しくなったことも一つの歴史の必然なのかと思われます。
まあその中で数字のシンボリズムとしての111の並びとキリスト教の繋がりをフリーメイスンリーからの視点で今回は取り上げていきたいかと思います。以前に11とユダヤ教の繋がりについてフリーメイスンリーからの視点で取り上げたわけですが、あの際はやはり聖書におけるヨセフの11男という数字や110歳という年齢やカバラの生命の樹の経路であるセフィラと隠されたダアトを合わせた数が11個あるというところで11という数字が関連があるという話としていました。もちろん数秘術として回文数であるとか10や12という完全数とされる数から1足りなかったり1多かったりする数という事で重要とされるのではないかという結論であったと思います。
11という数字はまた図形的にヤキンとボアズの二元性を示す柱とも形が似ているというところもあるのかと思われます。
そういうわけでまあなんとかキリスト教と111との繋がりを説明する事になるわけですが、そもそも三笠公園の噴水池の怪しげな半地下のパーフェクトアシュラーの謎解きから始まったこの数字のシンボリズムなわけですが、11のシンボリズムと同じくやはりキリスト教では明らかに日付の中で111のシンボリズムを認めます。
それが今日日本でも徐々に浸透してきた感のあるハロウィンに引き続いた万聖節、諸聖人の日と呼ばれる11月1日のカトリックの祝日であり、この起源はウィキペディアによれば8世紀ころであるそうです。ウィキペディアによればハロウィンと呼ばれるようなケルト人の祝祭日がそもそも10月31日に存在しそれにかぶせる形でカトリックが11月1日を取り上げたという事ですがどうもこれだと11月自体を特別視するような11月2日の死者の日や、アメリカの感謝祭11月の第4木曜日や11月30日の聖アンデレの祝日などを十分には説明できないと思われ、11の数字と111の数字にまつわる日付のシンボリズムであるというのが実際なんだと思われます。当ブログも去年の11月1・2・3日とロンドンのイングランド連合グランドロッジの訪問記を記事として、もちろん去年も成り行きで偶然そうなったわけですが、今年も成り行きで偶然スコットランドグランドロッジの記事がそこになりそうで、この後書き始めないといけない状況なんだと思われるという、まあ裏話に近いようなシンボリズムの話ですが、実際やはりキリスト教圏では11の数字や111の数字に対するシンボリズムのこだわりは強いようで、ヤキンとボアズの二本の柱の象徴性は挙げましたが、やはり3本の柱と言えば、フリーメイスンリーのロッジの目立つ3つの小さな光のシンボルであり、このブログでも最初の方で挙げた久里浜の3本の煙突などもこういう意味もあるのだなと考えています。
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その他フリーメイスンリーでは3本の柱としてドーリア式、イオニア式、コリント式という建築オーダーの柱頭の様式を示してそれぞれ力、知恵、美という美徳と対応させるというシンボルもあり、そういう意味もあるのだと思われます。これには他にトスカナ式と複合式を合わせて5つで建築の基本オーダーという事で重要になるという事です。
まあ三本の柱が111に見えるようになるには時間がかかるわけですが、実際シンボリズムについて勉強して解釈を重ねていくとツインタワーも11やヤキンとボアズの柱に見えてきますし、三本の柱が111に見えてくるのもそれほど不思議な感じはありません。もちろん3の象徴という事で111そのものが三位一体を示すものであることも当初より説明した通りだと思われ、三位一体そのものは聖書から直接導き出されるものではありませんが、三角形の象徴と同じく幾何学の象徴であり、三角関数や直角三角形の法則といった建築と直接つながる実用的な数学の基本を示す図形、概念としての象徴なのだと思われます。第三の目という意味でAll Seeing Eyeなどと重ね合わせられるときは、理性の目や第三者の目、客観性の象徴としてあるのかと思われ、3という数字のシンボリズムともやはり重ねられている3=△=理性という繋がりなのだと思われます。

で歴史的に認められる111のシンボリズムですが、恐らくそれがカトリックの万聖節となる前から数秘術の中でそれは認識されていたのだと思われ、ユリウス・カエサルが制定したユリウス暦の暦を使用していたローマ時代から西暦は存在するわけなので、シンボリズムと実際の歴史が関係するかというところで西暦111年と西暦1110年に何が起こったかを検討する事とします。

西暦111年で検索しても特に何も出てこないのでその周辺を検索すると西暦110年代のウィキペディアではシンプルにローマ帝国の領土が最大に達した。とあり、トラヤヌス:ローマ皇帝とあります。ローマ帝国史のブラザーギボンによって五賢帝の最初とされる皇帝であり、最初の属州出身のローマ皇帝です。トラヤヌス帝と言えばこのブログでも何度も螺旋階段のある柱として出てきた113年に建設されたトラヤヌスの記念柱の皇帝であり、ルーマニアに名前を残す、ダキアと呼ばれる地方での遠征を凱旋する目的で作られた記念柱を作らせた皇帝です。この頃はまだキリスト教はローマ帝国全土に広がりながらも異教徒とされるミトラ教を信仰する皇帝によって弾圧されることもあった時代であり、その中ではトラヤヌス帝は後のキリスト教徒にも評価される程の寛容な皇帝であったようです。キリスト教はそのおよそ200年後の311年にガレリウス帝が大迫害の後に寛容令を出し、313年コンスタンティヌス1世とリキニウス帝によるミラノ勅令によって、他の全ての宗教と共に公認され、その後の国教化に繋がっていくそうです。
こうして見るとまあ単純に111がキリスト教のシンボルであるからその年にローマ帝国が最大版図であったとは考えられないわけですが、少なくともトラヤヌス帝の記念柱と合わせてそういう数字とローマ帝国とキリスト教の挙動がどうも色々関係していそうだというのはあって良いのかと思われます。ΧΡのシンボルと合わせていわゆるキリスト教の歴史の中でのシンボリズムなんだと思われます。
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で、次の西暦1110年なわけですが、これも直接は何も出てこないので1110年代とその周辺で検索すると叙任権闘争といった話題が出てきます。いわゆるカノッサの屈辱などで代表される教皇権の拡大の時期ですね。でもう少し広げていくと12世紀は何があったかというとキリスト教圏では十字軍という事になります。十字軍のきっかけは東ローマ帝国がセルジューク朝イスラムに攻められてローマ教皇に救援を頼んだのが始まりであり、教皇ウルバヌス2世がクレルモン公会議で騎士達に十字軍の結成を呼び掛けたのが1095年だそうです。その後1096年には民衆十字軍が小アジアに達するも散り散りとなり、これと合流してエルサレム王国などいわゆる十字軍国家を建設するにいたった第一次十字軍が1099年まで続き、第一次十字軍の中心はフランスの諸侯であったようですが、彼らが聖遺物の発見や旧約聖書の奇跡のエピソードに合わせた宗教的情熱をもって聖地を奪回したそうです。つまり1110年というとそれら第一次十字軍が成功裡に終わり祖国に帰るものと現地で聖地の防衛についたものが分かれた時期であり、まさにテンプル騎士団やヨハネ騎士団が結成された時期です。それはその後にヴェネチアを中心とした地中海の交易ネットワークへと繋がり、その後に大航海時代に繋がるようなイスラム社会を中心とした東方世界への興味が拡大していくきっかけとなる時代であるかと思われます。
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まあ長々と書きましたが、どうも印象として西暦111年頃にはローマ帝国が最大版図となり、西暦1110年頃には第一次十字軍が成功してエルサレム王国等が成立してテンプル騎士団やヨハネ騎士団が聖地防衛に結成されたという事になるかと思います。それらが全てキリスト教の宗教的情熱というわけではなく、またそもそもその数字に合わせて物事が動いていたわけではないでしょうが、結果としておよそ2000年の西暦の年代の中でその二回現れる111のシンボリズムの年の頃にそうした西欧社会を象徴する決定的な時代が重なっていたという事はそうした数字に対する何らかの力が働いたか、単なる偶然か、無意識の数字の作用かいずれかだと思いますが、少なくとも後世から見た際にはそうしたシンボリズムの何らかの関連があるようにも思われる所ではないかと思われます。まあ少なくとも1110年頃の第一次十字軍については奇跡や聖書の記述に対する宗教的情熱がピークの時代であり、なおかつすでに諸聖人の日も認められる恐らくシンボリズムも意識されていた時代だと思われますので、そうしたミレニアムのような数字に合わせた教皇権を中心とした計画が意識されていた事はありうるのではないかと想像します。現に第一次十字軍にはフランス王フィリップ一世は離婚問題で破門されて参加できず、教皇権が王権を完全に上回り、その裏付けが聖地奪還とシンボリズムの数字や奇跡や聖遺物といったキリスト教の権威であったのだと思われます。そうしたシンボリズムや宗教的情熱の知恵がまた東方社会のイスラム教の文化や知恵と融合してテンプル騎士団らの十字軍の帰還によってヨーロッパ全土にもたらされ、結果としてルネサンスや宗教改革の基礎として地方に根付き、最終的には近代フリーメイスンリーとして現れた際に再び1666年や1717年といった反キリストやユダヤ教といったシンボリズムで現れてくるのは非常に皮肉な事でありまた必然なのかと考えます。

いずれにしても現在もフリーメイスンリーの非常に印象的なシンボルとして認められる3つの光のような三本の柱のシンボルがその成立の歴史の中でローマ帝国の最大版図や十字軍の成功といったキリスト教社会の重大な歴史と関わった可能性があるとすると、フリーメイスンリーに内在するキリスト教やユダヤ教のシンボリズムの歴史が非常に重要とされることが理解されるのではないかと思われます。

(題名のところに記号や文字を入れて対称性を表現したのはちょっとシンボリズムを魔よけのように示して一見さん除けのようにしただけです。)
(10/31追記:ユリウス暦について書きましたが、西暦1年をキリスト生誕の年と決めた現在の西暦の始まりは10世紀ころからのようで、そうなると少なくとも西暦111年のシンボリズムについてはかなり怪しいか後付けの話という事になるようです。第一次十字軍の聖地奪回に関してはそれに合わせて行われ、それとトラヤヌス帝の逸話に合わせたという事は多分に可能性はあるのではないでしょうか。いずれにしても教皇権絶頂の時代の考えうるシンボリズムの実際の話であるかと思われます。)
2013-10-30 18:44 | カテゴリ:キリスト教
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
これはちょっとどうでしょうか。
ゆるキャラで売っているところでこのブログで取り上げるのはちょっと躊躇われるのですが、まあ関係ありそうなので取り上げます。
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まあヨーロッパで好印象であったとか、天皇皇后両陛下がわざわざキャラクターに会われたとか、それも水俣初訪問で第33回全国豊かな海づくり大会出席とどうも色々重なってそうな状況であり勘の良い方は気付かれるのではないかと思いますがまあそこの重ね合わせですね。
くまモンのデザイン自体は白黒を基調とした赤丸でそれほど何かフリーメイスンリーに特徴的という事はありませんが、まあ白黒はそうなんでしょうね。赤丸は日の丸になるのだと思われます。熊はまあそれ自体ベアと言う事でテディベアに通じる存在であるのだと思われます。もちろんくまモン自体のシュタイフ社のテディベアも販売されている位なので、そういうキャラクターと言う事なのだと思います。
デザインした小山薫堂氏はフジテレビの人気番組である「カノッサの屈辱」や「料理の鉄人」を考案された売れっ子の放送作家という事で、経歴を見ると熊本県天草市出身でカトリック系の高校を卒業後日大芸術学部を卒業されているそうです。6月23日生まれという事と天草の乱の天草市出身とカトリック系の高校卒業という事でまあ大体分かるかと思います。
(デザイン自体を考えたのはデザイナーの水野学氏だそうです。NTTドコモのiDや宇多田ヒカルさんのCDのデザインを手がけていたりして、iDではいわゆるダ・ヴィンチ・コードで使われていたダ・ヴィンチのウィトルウィウス的人体図を使用しています。宇多田ヒカルさんのCDでは星空のデザインだそうです。茅ヶ崎市出身という事です。)
で、当のキャラクターになるわけですが、どうでしょうか。
kumamon01.jpgnews130712kumamon04.jpgjk-29bk.jpgkumamon.jpgKUMAMON (1)
まあ相変わらずのローマ字表記になるわけですね。KUMAMONと書くとMASONと似ているわけです。一席落ちたでしょうか。

MINIのシンボルも有翼日輪なんですね。
昭和天皇のキリスト教にまつわる話としては同じ九州の巡幸中のカトリック教会での逸話を取り上げた天皇のロザリオ 上巻 日本キリスト教国化の策謀があります。全部は読んでいませんがなかなか読ませる内容であり、赤間剛氏などと共通するいわゆる陰謀論に分類される筆致という事でなかなか取材がやたら書籍で細かいというところがありますが、天皇家とカトリックの接点というところで参考になるところではないでしょうか。

(現在何やらくまモンはほっぺの赤い丸をなくしたという企画をやっているようです。良く意味は分かりませんが、赤丸は日本の象徴でしょうから是非捜してあげてください。)
2013-11-22 22:11 | カテゴリ:キリスト教
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
MのシンボリズムについてはマクドナルドのMや3MのMでフクロウを意味するヒエログリフ起源のMという事で、テレビ東京のやりすぎコージーの番組の特集などで、フクロウの形をした建築というところで出たものでした。その後もロンドンのテムズ川にかかるウェストミンスター橋の上のシンボルでアヴェ・マリアを象徴したフリーメイスンリーのシンボルと近似のAMのシンボルもありました。
blog_import_4fcdeb1c095ed.jpg3M.png
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またフクロウの象徴としては大英博物館にある古代オリエントの女神である夜の女王のレリーフに描かれたフクロウと、イルミナティのブラザーアダム・ヴァイスハウプトによる著作に描かれた知恵の女神ミネルヴァの象徴としてのフクロウがありました。
Ishtar_goddess.jpgMinerval_insignia.png
ローマのカピトリーノ三柱神の一人としてのミネルヴァとそれと同じギリシア神話のオリンポス十二神の一柱のアテーナーです。ちなみにローマの三柱神はその他はジュピターのユーピテルと、ジューンブライドのユノだそうです。アテーナーはその名の通りアテネの守護女神です。ミネルヴァもアテーナーもどちらも芸術や工芸、知恵、音楽、戦争を司る神だそうです。
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まあこうして並べると何となくMとフクロウと知恵の象徴が繋がるかと思いますが、それといわゆる女神の存在が一致してくるのがフリーメイスンリーなのだと思われます。フリーメイスンリーではグラントリアンのマリアンヌがMのシンボルと知恵と女神と繋がるのだと思われます。
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これから繋がる自由の女神については以前にこのブログでも書きました。
もちろんキリスト教圏でマリアと言えばカトリックの信仰の象徴でもある上記にもある聖母マリアという事になるかと思われます。
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で、この知恵の象徴のMを含んだ聖母マリアとなるわけですが、新約聖書ではその他にもマグダラのマリアが出てきてそこにおける象徴性をダヴィンチコードでは触れていたりしたと思うのですが、もちろんこのブログでは大工のヨセフの話と同じく、マリアの名前も旧約聖書の中にその元を求める事になります。旧約聖書で女性が活躍する事はそれほど多くは無いのですが、ユダヤ教の中では比較的日本などと比べても重要な役を負っている事は割合にあって、マリアの名前はヘブライ語で苦いとかそういう意味であるそうですが、最初に出てくるのはなんと預言者であり、トーラー、モーセ五書を書いたとされる出エジプトを率いたモーセの姉という事になります。ミリアムというそうで、アラム語読みでマリアとなるそうです。詳細は英語版のウィキペディアに書かれていて、どうもミリアムという名前自体は苦いとか反抗的とか強い酒とかいう意味だそうですが、少ない可能性ながらアモン神に愛されるものという意味もありうるそうです。ファラオの命令でヘブライ人の新生児を殺すように命令された際に弟のモーセを川に隠してファラオの娘がそれを発見して育てるように見守っていたという役割をしたという事です。
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まさに新約聖書でのイエスがヘロデ大王の命令による新生児の虐殺を逃れてエジプトへ逃避行した話と全く同様の話になるかと思われます。出エジプトの際の初子を撃つという話ともかかっているようです。
出エジプトの際にも兄妹のモーセやアロンと共にユダヤ人を率いて、途中モーセがエチオピア人の女性と結婚したことを非難したことから神の逆鱗に触れて肌が白くなる皮膚病となりましたが、神の指図の通りに治療して治った逸話があるそうです。もしかすると肌の色の差別に関わる古代からの人種差別の忌避の教訓かもしれません。ミリアムは旧約聖書に現れる代表的な女預言者であるそうで、その他には聖書に登場する女性の一覧がウィキペディアにありました。
というわけでモーセ(引き上げるの意味)と共に知恵の象徴であるフクロウに由来するMの頭文字を持つミリアム、マリアの名前なわけですが、その女性と唯一神YHWHの頭文字Yodhを頭文字に持つ夢占いのヨセフと同名の大工のヨセフの男性の元に生まれたのが、モーセの後にカナンの地で征服の活動、いわゆる聖絶を行ったヨシュアと同名のYHWHの救いを意味する名前のイエスを救い主とするのが新約聖書なのですね。
ちなみにモーセのナイル川での引き上げられる話は原型と考えられる同様の話がエジプト神話のオシリスとイシスの伝説で伝えられており、ギリシャの歴史家プルタルコスによって紹介され、その他にも数多くのパピルスに残されていることがヒエログリフの解読から分かっているようです。この話はいわゆるホルスの目の象徴の起源ともされており、またイシスとホルスの聖母子信仰ともなって、ローマ帝国で流行し、後のクリスマスやキリスト教のマリア信仰にも繋がったとされる話ともされています。
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またオシリスの復活の話は死者の復活の話として古代エジプトのミイラMummy作成の元とされ、またイエス・キリストの復活の話の元となったともされています。
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エジプト神話に認められる敵役のセトも旧約聖書においても同名でアダムとイブの三人の息子のカインとアベルとセトとして認められ、その後のノアやアブラハムに繋がるユダヤ人の祖として描かれています。

この様にMで象徴される知恵の系譜はブラザーモーツァルトの魔笛、Magic Fluteでイシスとオシリスの神殿の信仰と例えられるように、女神と復活と再生の物語は同じモチーフを繰り返しながら古代エジプトや古代オリエントから延々と継続されてきたものであり、近代においてもセックスシンボルとしてのマリリン・モンローの頭文字や、フリーメイスンリーではマスターメイスン、ブラザーウォルト・ディズニーによるミッキーマウス、ミニーマウスに認めるものと思われます。新約聖書においてもマタイ、マルコの二福音書の頭文字など、知恵の女神としてのミネルバ、マリアンヌ、マグダラのマリア、聖母マリアとMのシンボリズムを認め、それらの起源はヒエログリフのフクロウであり、ミネルバ、モーセ、ミリアムをその後の始まりとして聖母マリアからMarianne、Masonryに至る知恵の象徴としてのシンボリズムを認めるものと考えます。

横浜においてもMM21地区などという表記もまさにそういうものを意識したものであり、最近でもMARK ISなどという施設もMark Masterやマルコ福音書のMarkを意識したMのシンボリズムと考えられます。日本でもバブル期には3Mなんて三人の女性アイドルを言ったりしてた事があったように記憶しています。

その他にも相当このMのシンボリズムはありそうで、思いつくところではフリーメイスンリーではMahabone、ManやMusic、Mathematics、Medicine、Mars、Moonといった英単語もあり、gooの英和辞書のmから始まる英単語によると、Magen Davidダヴィデの星やユダヤ教の戒律ミツワーmitzvah(613のミツワー)、Magi東方の三博士、神から与えられた食糧マナmannaマタイの福音書からの強欲の悪魔としてのmammonマンモンの神、フクロウの頭と人の胴体を持つという存在もあったりして、Messiah救世主、Methodistメソジスト、その他magic、magnetic、mother、mystery、mythology、maze、metro、mercury、monumentやmember、memory、単位のメートル、地名ではマンチェスターやマサチューセッツ、マルタ、ミラノ、ミュンヘン、モスクワで日本関連では満州などもあるようです。ミネルバの楯のメデューサもMのシンボリズムを重ねていたようです。イスラム教でもマホメットやムスリムなど恐らくモーセの名前のMから来ているのかもしれませんが、Mのシンボリズムがあるようです。英語の代名詞でもmy、mineとあるようです。

ManとWomanに代表されるMとWを対称させるシンボリズムもあるようです。フリーメイスンリーでもMaster MasonをMMと表記したり、Worshipful MasterをWMと表記するのも良くある表現ですが、Most Worshipful Grand Master MasonでMWGMMなんて表現もあります。ブラザーモーツァルトもWolfgang Amadeus Mozartで頭文字でWAMとアヴェ・マリアにも繋がる対称を示しており、そういうシンボリズムはあるのかと思われます。手塚治虫の漫画でもMWムウという米軍の毒ガスにまつわる話なんてのもありました。
Grand Orient de Franceの美術館のシンボルもAMのアヴェ・マリアのシンボルとなっています。
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GODF自体もGodのシンボルを含むのですね。その他ベルギーのチョコレート会社のGODIVAなんて会社もあります。

(追記:ミトラ教について触れるのを忘れていました。また宗教としては二元論の元として知られるマニ教や世界で最初の一神教と二元論を唱えたとも言われるゾロアスター教の神アフラ・マズダーの頭文字もMとされるようです。AMともなるようです。やはり古さでいうと大概オリエントになるのでしょうかね。今日の主要な文明の代表はエジプト、ギリシア、ローマの系譜になるのかと思われますが、やはりグラントリアンの名に認められる通りオリエントが大概の事の起源になっているようです。)
(追記:モーセの律法をMosaic Lawsというそうです。フリーメイスンリーの基本的なシンボルであるモザイク舗床Mosaic pavementも読みようによってはモーセの道、モーセの舗床とも取れるようです。モザイク舗床の意味についてはMasonic Educationにマッキーズエンサイクロペディアを引用してユダヤ教に由来する話が書かれていました。参照してください。)

Mのシンボリズムはフクロウの起源から来る知恵の象徴と共に、ローマカトリックの信仰の象徴でもあるマリア信仰の意味もあり、それらが様々に絡み合ったアルファベットでは複雑なシンボリズムであるかと思われ、まさにイルミナティで象徴されるシンボリズムかと思われます。
2014-08-15 22:51 | カテゴリ:キリスト教
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
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8月の マリア立つ日に ルーベンスの空を見ゆ
(10/8追記:3番目の絵はルーベンスではありません。あしからず。)
2014-12-30 12:41 | カテゴリ:キリスト教
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フリーメーソン カルトかクリスチャンか?歴史と聖書による分析フリーメーソン カルトかクリスチャンか?歴史と聖書による分析
(2013/12/18)
スティーブ ツカラス

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Kindle版の本で小冊子なので値段の割に内容は薄いのですが、いわゆる教会で配るような冊子の形なので非常にまとまっていて読みやすく、しかもそれに関して日本では珍しく邦訳されている内容なので、いわゆるキリスト教圏の特にプロテスタントが中心のアメリカでのフリーメイスンリー事情、特に日本では横須賀などでもそうでしたがフリーメイスンリー=キリスト教という考えや、カトリック>フリーメイスンリーといった考え方が当然と思われてしまうような所において、フリーメイスンリーがどの様に見られているかというのを明らかにするのに良くまとまった本だと思われます。
著者はフリーメイスンリーが明確にキリストを神とあがめないのでキリスト教ではない神を信じる宗教であり、非キリスト教のカルトであると断定しています。またフリーメイスンリーは宗教であり、クリスチャンはフリーメイスンとなるべきではないと説得していますが、ほとんどのフリーメイスンはそれに対してフリーメイスンリーに忠誠を誓うとありました。
まさにカトリック対フリーメイスンリーの対立の歴史、特にフリーメイスンリーのフランス革命とその後のカトリック否認の歴史を彷彿とさせる内容であるかと思われます。日本のようにキリスト教の教えって何?とか、聖書の内容って何?とか、フリーメイスンリーの儀式とか教えって何?という所であってもそれらについて具体的に分かりやすく書かれた内容となっており、訳者の方が元NTTの研究所勤務の元大学教授であったクリスチャンの方であるという所もポイントかと思われます。このブログでも触れましたがNTTデータなどがバチカン図書館のデータベース化の作業を行っているなども様々に影響しているもようです。IT革命もそれ自体がシンボリズムに彩られたカトリックとフリーメイスンリーを繋ぐ、フリーメイスンリーの理想の具体化でもあり、以前に挙げた横浜ロッジの本やその他のフリーメイスンリーの本も電子図書化されているところも合わせて、こういう内容の冊子が日本語で電子図書で読めるというのもまさにIT革命の嚆矢であるかと思われます。

フリーメイスンリーがキリスト教やユダヤ教の教えや歴史と切り離せないものであり、またそれらの歴史から目に見える形で生まれたものでありながら、それ以前から存在するものという普遍性を持ち、宗教的でありながら、宗教ではなく、理性に基づいた人間性の向上を図る仕組み、教育法、そういう生き方、法則、科学の土台となる考え方、そういう多種多様に表現されるものであることを、逆説的に示しているのがまたこういうキリスト教の信仰に基づいた自由の国の冊子ではないかと、あらためて思わされる小冊子でありました。
2015-09-19 15:42 | カテゴリ:キリスト教
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2016-04-05 18:40 | カテゴリ:キリスト教
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2016-04-09 05:24 | カテゴリ:キリスト教
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2016-05-01 18:22 | カテゴリ:キリスト教
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織田信長 修道会の 名を含み
2016-05-01 19:05 | カテゴリ:キリスト教
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2016-05-15 10:00 | カテゴリ:キリスト教
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千姫の 住みにし姫路 十の甍
沈黙の 鯱二匹 天を見つ
2016-05-15 15:20 | カテゴリ:キリスト教
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2016-06-19 12:09 | カテゴリ:キリスト教
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2016-07-01 15:37 | カテゴリ:キリスト教
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2016-07-03 10:05 | カテゴリ:キリスト教
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2016-08-07 14:04 | カテゴリ:キリスト教
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ジュストの マリアは 母の顔かな
2016-08-13 13:04 | カテゴリ:キリスト教
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2016-08-28 10:45 | カテゴリ:キリスト教
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2016-11-11 08:16 | カテゴリ:キリスト教
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2017-01-21 20:05 | カテゴリ:キリスト教
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2017-03-29 16:53 | カテゴリ:キリスト教
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クルス山の マリアの墓で アヴェ・マリアを奏でけり
2017-03-31 15:24 | カテゴリ:キリスト教
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2017-04-23 18:12 | カテゴリ:キリスト教
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2017-07-22 18:23 | カテゴリ:キリスト教
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2017-08-30 19:27 | カテゴリ:キリスト教
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