2014-11-16 15:25 | カテゴリ:静岡
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2015-08-29 11:04 | カテゴリ:静岡
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2015-08-29 12:43 | カテゴリ:静岡
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2015-08-30 17:31 | カテゴリ:静岡
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2015-08-31 08:48 | カテゴリ:静岡
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2015-08-31 10:31 | カテゴリ:静岡
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2016-06-01 16:06 | カテゴリ:静岡
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まああまり徳川家康の没後でイベントの話も聞かないわけですが、本日2016年6月1日がちょうど1616年6月1日の徳川家康が駿府で亡くなってから400年という事になるようです。公的なイベントとしては去年の平成27年に薨去400年として静岡県などでおこなわれていたようで、400年目という事になるようで、まあ古い時代の数の数え方で、最初の年を1年とした数え方であったようですが、まあ400年間という事ではちょうど今日がまさに400年経ったという事になります。おそらく、あえて1616年6月1日という誰もが奇妙に思う数字の明らかにイエズス会の刻んだ日付の没年月日のシンボリズムを無視せんがための昨年のイベントであったようです。

フリーメイスンリーと徳川家康というのは直接つながるものは全くないわけですが、あえて言えば、このブログでも触れた、三浦按針とのつながりがあり、当時の日本の為政者としてフリーメイスンリーにつながる世界的な視野を持った人間であった可能性があるという程度でしょうか。まさにフリーメイスンリーといえるシンボリズムの名前の石田三成を破って徳川幕府への道を築き、さらに当時のキリスト教の布教者であったイエズス会とほぼ同じ名前を持つ徳川家康なわけですが、その死の数年前にキリスト教禁教令を出し鎖国への道を作り、その後の第三代将軍家光の時代に島原の乱となり、家光による日光東照宮の建築をもって、シンボリズムと日本文化との融合を図り、戦国時代に入ってきたキリスト教文化と日本固有の文化との融合を図った時代、一方では厳格な禁教令の下でのキリシタン弾圧、隠れキリシタンの時代になったのだと思われます。

フリーメイスンリーやイエズス会と徳川家康を結びつけるのはなかなか普通の日本人には困難な事実であるのかもしれませんが、まあ私も島原城での隠れキリシタンの歴史の展示や、湯河原での隠れキリシタンの歴史を知るにつけ、それらの原点である我が国日本でのキリスト教布教の最初のイエズス会の活動というものが様々な歴史の事象から感じ取ることができるようになり、その中でも織部灯篭や茶の湯や禅といったキーワード、一種の日本での隠れキリシタンのシンボリズムだと思われますが、そういったまあカトリック信仰の方にとってはかなり当たり前の事実であるかと思いますが、そういう日本固有の独特のキリスト教信仰について知ることが出来、その結果、徳川家康の人生とその名前のシンボリズム、そして最終的な忌日のシンボリズムが理解されるようになったのだと思います。

それで、忌日のシンボリズムという事で、まあ本人が意識してその日に亡くなるという意図があるわけでなければ、他殺という事になるわけで、まあ結局グレゴリオ暦が制定されてすぐという時代であり、日本でもちろんグレゴリオ暦を使用したのはおそらくイエズス会士のみでしょうし、確実にイエズス会の指示の元にそうなったという事になるわけですが、具体的な実行者というものが想像されてくるわけですが、それはどういう人々なのでしょうか。私はこれは全くの想像ですが前年の1615年に千利休と同じく切腹で亡くなった古田織部やフィリピンに追放されて亡くなった高山右近らのようないわゆる洗礼したキリシタン、棄教したり、洗礼していないキリスト教信仰を持つ者たち、やはり茶の湯と関係した小堀遠州や織田有楽斎らと、もちろんまだ日本にいたイエズス会士、徳川幕府にも数多くいたそういう者たちであるのではないかと思われます。伝承では茶屋四郎次郎清次という朱印船貿易を行っていた京都の商人が、鯛のてんぷらを勧めて、それによる食あたりで亡くなったとなっていますが、この茶屋四郎次郎清次も忌日が1622年8月22日とシンボリズムを認めることから、キリスト教信仰を持った、徳川家康暗殺の具体的な実行者であったのかもしれません。

こういう為政者の暗殺のシンボリズムというとアメリカのリンカーン大統領暗殺やケネディ大統領暗殺などがあるわけですが、キリスト教布教についてはイングランドやスコットランド、アイルランドでの中世での為政者の死の逸話が数多くあり、それらがまたフリーメイスンリーの教えや歴史的な原点があることも事実であり、宗教と戦争と建築の請負人でもあった実務的メイスンリーの時代の教えの実際的なものがこういう為政者の実際の人生という話であり、そういう意味ではキリスト教伝道後の戦国三傑の最後の勝者である徳川家康の名前と忌日のシンボリズムは今日の明治維新と第二次世界大戦後の近代化を遂げた日本人にとって、一つの歴史的なシンボルとなるのではないでしょうか。

IMG_6091-1350.jpg
神君家康公、東照大権現を祭る日光東照宮の代表的な作品とされる三猿「見ざる、言わざる、聞かざる」です。UGLEのモットーである、AVDI VIDE TACE.と似ていて、こちらは見よ聞け黙れとなるわけですが、前者は論語や天台宗の伝承にもあるという世界的な道徳的な格言ですが、日本で最も有名な彫刻の表現としてはここのものかと思われます。日光東照宮建築後の1717年のイングランドグランドロッジ結成と、1813年のUGLEの再結成とその際の1815年のAVDI VIDE TACE.のモットーの決定となるわけですが、そういう過程で、規矩準縄と同じく、東アジアのこのキリスト教シンボリズムを含んだ為政者を祭る建築での代表的な教訓が参考とされたことはあるのかもしれません。ちなみにUGLEのAVDI VIDE TACE.のモットーはローマ帝国時代の説話やエジプト神話に認めるものであるそうです。直接日本の三猿とつながるものではなさそうですが、インドを経由してエジプトから広がっていった教えとして、キリスト教布教後の日本の建築として、象徴的なものとされるのではないでしょうか。

そうしてみていくともう一つの有名な彫刻である眠り猫もスフィンクスのように見えてくることがあるのかもしれません。
SleepingCatNikko.jpg
さらにその裏には雀が飛んでいてもそれを取らないほど平和であるという意味もあるという事で、まあ小雀局ではないですが、シンボリズムの妙がここにもあるという徳川家康没後400周年のシンボリズムのお話でした。
Sparrow_at_Nikko_Tosho-gu.jpg

(追記:信長、秀吉、家康とやはり権力とキリスト教との最終的な対立の末の死であるのですね。伊藤博文や明治天皇、大正天皇、昭和天皇などもカトリックに関して同様のシンボリズムや逸話があるようです。吉田茂やブラザー鳩山一郎はまた別でしょうか。結局は個人の主観によるのかと思われます。)
2016-08-14 16:50 | カテゴリ:静岡
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2017-02-05 11:14 | カテゴリ:静岡
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2017-02-05 14:02 | カテゴリ:静岡
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2017-02-05 14:24 | カテゴリ:静岡
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2017-03-05 14:22 | カテゴリ:静岡
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2017-07-19 18:59 | カテゴリ:静岡
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