FREEMASONRY
Blue Lodge, Scottish Rite & York Rite in Japan
| ホーム |
さて市章シリーズ最後を締めくくるのは丸に切れ込みでGに見えるもので、アンク・タウ十字やピラミッド、All Seeing Eyeとも分類されないものです。もろにGとも分類しましたが、そこにも入らなかったものです。
まあだから相当曖昧なわけですが、まあ曖昧なものが一番多数あるからシンボルが引き立つわけで、正規分布が成り立つからこそ真実が際立つわけです。まさにシンボリズムは数学であるというところを説明するために必要なものがこれらの曖昧なシンボルであり、逆に言うとシンボリズムというのは歴史と多数の集団の統計という背景を持ちつつ、一方ではある時点での生成と成り立ちという瞬間が伴っているという、まさに人間の知性の閃きを凝縮したものかと思われます。この辺りはカトリックとグノーシス主義との関係やユダヤ教の選民思想などとの関係も参考になるところでしょうか。
では最後の曖昧な市章を挙げていきます。
角田市宜野湾市菊池市宮津市牛久市郡山市古賀市江戸川区江田島市行橋市志布志市篠山市小金井市松原市西予市千代田区前原市相模原市多賀城市大竹市潮来市土浦市島根県東海市東大和市那覇市南城市八千代市富津市武蔵村山市福生市豊見城市鉾田市名護市名張市輪島市
郡山市はピースマークそっくりですね。土浦市などに認められる、日本だと剣大というのかもしれませんが、いわゆるシンボリズムではオリーブの葉の形になるのだと思います。あまり日本ではオリーブの葉は見られませんが、シンボリズムでは典型的な形で平和の象徴とされますが、一般にキリスト教の特に旧約聖書関連の象徴とされます。香川県の県章の色などに反映されているようです。千代田区なども場所柄色々なシンボルととれるようなとれないような工夫が感じられますが、はっきりとvesica piscisが認められるのがシンボリズムの解釈になるのかと思われます。
この中では比較的江戸川区、武蔵村山市、名張市がGの形に認められる感じでしょうか。多賀城市は小文字のgのカリグラフィーを意識しているようです。あとは市章は丸を基本としなければならないのかとか誤解しそうななんだか不可思議な法則性のみを残した感じでしょうか。
以上で日本の全国の市章シリーズは終了です。
それぞれのシンボルと認められた市章の数を大体数えてみたので参考になるかもしれないので挙げておきます。
さてまあ集計したからなんだというわけですが、まあ大体このくらいの数あるという概数でいいのではないでしょうか。Gのシリーズで329個あるのですね。市の数が787あり、特別区が23あり、このブログでは県章や市の下の区章なども含まれていますので、大体その辺を差し引きすると787の市のうちフリーメイスンリーのシンボルと認められるのが700位はあるという感じではないでしょうか。まあほぼ全ての市の市章に何かしらシンボリズムの意味が込められているという事かと思います。
さてこれで市章のシンボリズムについては終了ですが、大体シンボリズムについては理解いただけたでしょうか。これを発展させたのが企業の社章に認められるシンボリズムでしたが、これらはもちろん少し触れた国旗にも認められますし、その他大学の学章にも認められます。
後はやはりシンボリズムとしてさらに応用編なのがフリーメイスンリーの本場アメリカの州章になるかと思います。アメリカは州毎に日本で一つしかないフリーメイスンリーの各ロッジをまとめるグランドロッジがあり、州章にはそれぞれ州の開拓とフリーメイスンリーの発展の歴史が込められていますので、日本の市章よりもシンボリズムとしてさらにはっきりと認められるようです。
いずれ日本の大学の学章、社章の追加、アメリカの州章については取り上げる予定です。
(追記:終わりにしようと考えていた市章シリーズですが、町村章や旧章も載せたホームページがありましたので、それを参考にして、これはさすがに頑張ってる町村章というものは取り上げようかと思います。結構フリーメイスンリーのシンボルそのものという町村が数多く見受けられていて、これは取り上げる価値があるかと考えなおしました。よろしくお願いします。)
まあだから相当曖昧なわけですが、まあ曖昧なものが一番多数あるからシンボルが引き立つわけで、正規分布が成り立つからこそ真実が際立つわけです。まさにシンボリズムは数学であるというところを説明するために必要なものがこれらの曖昧なシンボルであり、逆に言うとシンボリズムというのは歴史と多数の集団の統計という背景を持ちつつ、一方ではある時点での生成と成り立ちという瞬間が伴っているという、まさに人間の知性の閃きを凝縮したものかと思われます。この辺りはカトリックとグノーシス主義との関係やユダヤ教の選民思想などとの関係も参考になるところでしょうか。
では最後の曖昧な市章を挙げていきます。
角田市宜野湾市菊池市宮津市牛久市郡山市古賀市江戸川区江田島市行橋市志布志市篠山市小金井市松原市西予市千代田区前原市相模原市多賀城市大竹市潮来市土浦市島根県東海市東大和市那覇市南城市八千代市富津市武蔵村山市福生市豊見城市鉾田市名護市名張市輪島市
郡山市はピースマークそっくりですね。土浦市などに認められる、日本だと剣大というのかもしれませんが、いわゆるシンボリズムではオリーブの葉の形になるのだと思います。あまり日本ではオリーブの葉は見られませんが、シンボリズムでは典型的な形で平和の象徴とされますが、一般にキリスト教の特に旧約聖書関連の象徴とされます。香川県の県章の色などに反映されているようです。千代田区なども場所柄色々なシンボルととれるようなとれないような工夫が感じられますが、はっきりとvesica piscisが認められるのがシンボリズムの解釈になるのかと思われます。
この中では比較的江戸川区、武蔵村山市、名張市がGの形に認められる感じでしょうか。多賀城市は小文字のgのカリグラフィーを意識しているようです。あとは市章は丸を基本としなければならないのかとか誤解しそうななんだか不可思議な法則性のみを残した感じでしょうか。
以上で日本の全国の市章シリーズは終了です。
それぞれのシンボルと認められた市章の数を大体数えてみたので参考になるかもしれないので挙げておきます。
シンボルの種類 | 市章の数 | 県章の数 | 重複 | 残りの数 | 合計 |
星型 | 10 | 1 | 11 | ||
五芒星・五角形 | 15 | 15 | |||
六芒星・六角形 | 19 | 4 | 23 | ||
G 丸に横棒 | 20 | 23 | 43 | ||
G 御殿場型 | 15 | 38 | 53 | ||
G 丸に切れ込み | 19 | 2 | 15 | 35 | |
All Seeing Eyeとかぶる | 2 | 33 | 35 | ||
ピラミッドとかぶる | 19 | 19 | |||
アンク・タウ十字とかぶる | 24 | 24 | |||
G 丸に切れ込み残り | 36 | 36 | |||
G 文様型 | 23 | 1 | 21 | 45 | |
G 反転型 | 15 | 6 | 21 | ||
小文字G | 14 | 4 | 18 | ||
All Seeing Eye | 24 | 1 | 36 | 61 | |
3の強調 | 26 | 11 | 37 | ||
ピラミッド | 19 | 17 | 36 | ||
十字 | 20 | 1 | 11 | 10 | |
アンク | 50 | 50 | |||
タウ十字 | 25 | 1 | 26 | ||
ΧΡ | 19 | 19 | |||
聖アンデレ十字 | 22 | 2 | 20 | ||
月と太陽 | 50 | 1 | 10 | 61 | |
碇 | 5 | 5 | |||
コンパス | 5 | 5 | |||
垂直儀 | 1 | 1 | |||
鳥 | 15 | 1 | 16 | ||
桜 | 9 | 9 | |||
梅 | 5 | 5 | |||
菊 | 3 | 3 | |||
glory | 5 | 5 | |||
陰陽 | 8 | 8 | |||
卍 | 4 | 4 | |||
菱 | 14 | 14 | |||
正方形 | 4 | 4 | |||
合計 | 777 |
さてまあ集計したからなんだというわけですが、まあ大体このくらいの数あるという概数でいいのではないでしょうか。Gのシリーズで329個あるのですね。市の数が787あり、特別区が23あり、このブログでは県章や市の下の区章なども含まれていますので、大体その辺を差し引きすると787の市のうちフリーメイスンリーのシンボルと認められるのが700位はあるという感じではないでしょうか。まあほぼ全ての市の市章に何かしらシンボリズムの意味が込められているという事かと思います。
さてこれで市章のシンボリズムについては終了ですが、大体シンボリズムについては理解いただけたでしょうか。これを発展させたのが企業の社章に認められるシンボリズムでしたが、これらはもちろん少し触れた国旗にも認められますし、その他大学の学章にも認められます。
後はやはりシンボリズムとしてさらに応用編なのがフリーメイスンリーの本場アメリカの州章になるかと思います。アメリカは州毎に日本で一つしかないフリーメイスンリーの各ロッジをまとめるグランドロッジがあり、州章にはそれぞれ州の開拓とフリーメイスンリーの発展の歴史が込められていますので、日本の市章よりもシンボリズムとしてさらにはっきりと認められるようです。
いずれ日本の大学の学章、社章の追加、アメリカの州章については取り上げる予定です。
(追記:終わりにしようと考えていた市章シリーズですが、町村章や旧章も載せたホームページがありましたので、それを参考にして、これはさすがに頑張ってる町村章というものは取り上げようかと思います。結構フリーメイスンリーのシンボルそのものという町村が数多く見受けられていて、これは取り上げる価値があるかと考えなおしました。よろしくお願いします。)
随分と間があいてしまって前回を読んでいない方にはなかなか繋がりがわからないかと思われますが、鎌倉探訪の二回目です。一応これで完結のようです。
全然フリーメイスンリーと関係ないような話ですが、実際は大ありのようです。
鎌倉探訪のネタはテレビでも散々やり尽くされているようなもので、それらが放送されるたびに大量の人が地方や都心から訪れて放送された店やポイントは毎回大混雑になるようです。以前の原宿や渋谷の様なものだと思います。鎌倉への小旅行の形式というのはやはり江戸時代に江戸町民のハイキングや遠足を兼ねて流行したようで、開港~明治維新後も居留地の外国人でも同様に流行し別荘が作られ始めたことからそれにならって政治家や文士が別荘を作ったり移り住んだりして現在の鎌倉の原型ができたそうです。江戸時代まではあまりよその地域から移り住む人は少なく、農地も少なかった事から居住者は少なかったようです。豊島屋の鳩サブレーなどもその時代に横浜から立ち寄った外国人にもらったビスケットからインスピレーションを得たようです。ブラザーペリーが開国の交渉のために上陸する際にも小柴沖から由比ガ浜に誘導したなどという逸話もあるようで、その際には遠浅で大型船が座礁する事を知っていたブラザーペリーが浦賀沖に停泊して結局小型船で久里浜海岸に上陸したという話もあり、その後に来日した外国人達も鶴岡八幡宮や大仏などにも参詣しているようで、鎌倉の存在についてはそれなりの興味と知識を持っていた事があるかと思います。
鎌倉由比ガ浜の大型船の座礁については源氏第三代将軍の源実朝の逸話が有名であり、中国の文化に憧れを持っていた貴族的嗜好の実朝は鎌倉からの直接の中国との交易を希望し由比ガ浜沖に大型船を進水し、すぐに座礁してしまったという逸話があり、それが後の北条執権政権になっての和賀江島の増築や朝比奈切り通しから金沢文庫、金沢八景、六浦に繋がる大道の整備に繋がったという、防衛と交易、その後の幕末、明治維新でのお台場の増築や外国勢力との交渉、外交や防衛に関する逸話と重なる、関東での外国文明との接触という様式ともいうべき流れが感じられるものかと思います。
さてまあ鎌倉も詳しく見るようになってくると地理や歴史、関東の古都としての役割、寺社仏閣の現在の価値など様々な側面で見つめるようになるわけですが、とりあえずここでは代表的なその時に訪問した寺の写真を挙げていきます。
最初は北鎌倉円覚寺でしょうか。
円覚寺は奥にきれいな日本庭園があります。夏目漱石が修行で籠った所であったりします。開高健の墓があるという事を教わりました。夏目漱石に関してもいずれ少し触れようかと思っています。
ちょうどその当時建築中であったスカイツリーと形が似た石積みの仏塔がありました。
円覚寺の座禅堂ですかね。
浄智寺ですかね。北鎌倉ですね。
建長寺ですね。
パキスタンから痩せた仏陀を表した仏像が来ていたのですかね。
やっぱりこっちも日本庭園がありますね。
やっぱりスカイツリーみたいな仏塔ですかね。ワシントンに行った直後なので何かそういうシンボル的なものに目が行っちゃうのですね。
ワシントンD.C.の石造りの建築物を見てきた後なので、日本の伝統建築は木造しかないんだよなというところで木組みをわざわざ見ているようです。
これは稲村ケ崎の山ですね。住宅が増えていてこういう山も結構切り崩しています。
材木座の方の光明寺ですかね。浄土宗の大本山ですね。鎌倉の仏教寺は実は格式が高いものが多いのですね。
中に蓮の池があり、奥に広間があってそこで池を見ながら精進料理が食べられるコースがあるようです。
これは建長寺の仏像のようです。
こちらは瑞泉寺ですね。ちょうどオバマ大統領が来日する直前でした。この寺はハイキングコースの最後のところにあって、吉田松陰が黒船に乗り移ろうとして謹慎させられていた、安政の大獄の前の松下村塾を始める前に寺に預けられていたところです。近くに蕎麦屋があって面白かったです。
庭園が良く作ってあって、なかなかきれいです。写真を撮っている人が多くいました。こちらも臨済宗円覚寺派なのですね。最後はケシの花ですかね。ポピーは第一次世界大戦終結を象徴する英連邦共通のシンボルです。
これはアジサイで有名な成就院の階段からの眺めですね。
こちらもアジサイで有名な長谷寺の庭園です。長谷観音がご本尊です。
プロフィール写真でも使わせていただいている鎌倉大仏です。直接の建設者は良くわからない事になっているようですが、恐らく北条政子なんだろうと思います。北条政子関連では寿福寺やその他にもあったかと思います。北条氏の伊豆関連もあり三浦一族との縁戚関係や対立、闇討ちや一家の興亡の話など興味は尽きません。
これは全く鎌倉ではないですが、金沢八景の夕照橋から眺めた富士山の写真ですね。手前の教会の十字架ときれいにかかる形になります。まあフリーメイスンリースポットと言えるのかもしれません。
稲村ケ崎の夕景ですね。
銀杏が倒れた後の鶴岡八幡宮本殿ですね。
鎌倉については今後八幡宮境内にある神奈川県立近代美術館とオバマ大統領が来られた際の写真をどこかで出していきます。フリーメイスンリーとは直接は繋がらない話のようですが、皆さんの興味は尽きないようです。
全然フリーメイスンリーと関係ないような話ですが、実際は大ありのようです。
鎌倉探訪のネタはテレビでも散々やり尽くされているようなもので、それらが放送されるたびに大量の人が地方や都心から訪れて放送された店やポイントは毎回大混雑になるようです。以前の原宿や渋谷の様なものだと思います。鎌倉への小旅行の形式というのはやはり江戸時代に江戸町民のハイキングや遠足を兼ねて流行したようで、開港~明治維新後も居留地の外国人でも同様に流行し別荘が作られ始めたことからそれにならって政治家や文士が別荘を作ったり移り住んだりして現在の鎌倉の原型ができたそうです。江戸時代まではあまりよその地域から移り住む人は少なく、農地も少なかった事から居住者は少なかったようです。豊島屋の鳩サブレーなどもその時代に横浜から立ち寄った外国人にもらったビスケットからインスピレーションを得たようです。ブラザーペリーが開国の交渉のために上陸する際にも小柴沖から由比ガ浜に誘導したなどという逸話もあるようで、その際には遠浅で大型船が座礁する事を知っていたブラザーペリーが浦賀沖に停泊して結局小型船で久里浜海岸に上陸したという話もあり、その後に来日した外国人達も鶴岡八幡宮や大仏などにも参詣しているようで、鎌倉の存在についてはそれなりの興味と知識を持っていた事があるかと思います。
鎌倉由比ガ浜の大型船の座礁については源氏第三代将軍の源実朝の逸話が有名であり、中国の文化に憧れを持っていた貴族的嗜好の実朝は鎌倉からの直接の中国との交易を希望し由比ガ浜沖に大型船を進水し、すぐに座礁してしまったという逸話があり、それが後の北条執権政権になっての和賀江島の増築や朝比奈切り通しから金沢文庫、金沢八景、六浦に繋がる大道の整備に繋がったという、防衛と交易、その後の幕末、明治維新でのお台場の増築や外国勢力との交渉、外交や防衛に関する逸話と重なる、関東での外国文明との接触という様式ともいうべき流れが感じられるものかと思います。
さてまあ鎌倉も詳しく見るようになってくると地理や歴史、関東の古都としての役割、寺社仏閣の現在の価値など様々な側面で見つめるようになるわけですが、とりあえずここでは代表的なその時に訪問した寺の写真を挙げていきます。
最初は北鎌倉円覚寺でしょうか。
円覚寺は奥にきれいな日本庭園があります。夏目漱石が修行で籠った所であったりします。開高健の墓があるという事を教わりました。夏目漱石に関してもいずれ少し触れようかと思っています。
ちょうどその当時建築中であったスカイツリーと形が似た石積みの仏塔がありました。
円覚寺の座禅堂ですかね。
浄智寺ですかね。北鎌倉ですね。
建長寺ですね。
パキスタンから痩せた仏陀を表した仏像が来ていたのですかね。
やっぱりこっちも日本庭園がありますね。
やっぱりスカイツリーみたいな仏塔ですかね。ワシントンに行った直後なので何かそういうシンボル的なものに目が行っちゃうのですね。
ワシントンD.C.の石造りの建築物を見てきた後なので、日本の伝統建築は木造しかないんだよなというところで木組みをわざわざ見ているようです。
これは稲村ケ崎の山ですね。住宅が増えていてこういう山も結構切り崩しています。
材木座の方の光明寺ですかね。浄土宗の大本山ですね。鎌倉の仏教寺は実は格式が高いものが多いのですね。
中に蓮の池があり、奥に広間があってそこで池を見ながら精進料理が食べられるコースがあるようです。
これは建長寺の仏像のようです。
こちらは瑞泉寺ですね。ちょうどオバマ大統領が来日する直前でした。この寺はハイキングコースの最後のところにあって、吉田松陰が黒船に乗り移ろうとして謹慎させられていた、安政の大獄の前の松下村塾を始める前に寺に預けられていたところです。近くに蕎麦屋があって面白かったです。
庭園が良く作ってあって、なかなかきれいです。写真を撮っている人が多くいました。こちらも臨済宗円覚寺派なのですね。最後はケシの花ですかね。ポピーは第一次世界大戦終結を象徴する英連邦共通のシンボルです。
これはアジサイで有名な成就院の階段からの眺めですね。
こちらもアジサイで有名な長谷寺の庭園です。長谷観音がご本尊です。
プロフィール写真でも使わせていただいている鎌倉大仏です。直接の建設者は良くわからない事になっているようですが、恐らく北条政子なんだろうと思います。北条政子関連では寿福寺やその他にもあったかと思います。北条氏の伊豆関連もあり三浦一族との縁戚関係や対立、闇討ちや一家の興亡の話など興味は尽きません。
これは全く鎌倉ではないですが、金沢八景の夕照橋から眺めた富士山の写真ですね。手前の教会の十字架ときれいにかかる形になります。まあフリーメイスンリースポットと言えるのかもしれません。
稲村ケ崎の夕景ですね。
銀杏が倒れた後の鶴岡八幡宮本殿ですね。
鎌倉については今後八幡宮境内にある神奈川県立近代美術館とオバマ大統領が来られた際の写真をどこかで出していきます。フリーメイスンリーとは直接は繋がらない話のようですが、皆さんの興味は尽きないようです。
| ホーム |