2012-12-01 10:39 | カテゴリ:フランス
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
さてまあ題名がセンセーショナルなんですが、正統派フリーメイスンリーである英米フリーメイスンリーでは入会の条件として認められる宇宙の創造主の存在を信じるという神への信仰、真摯な信仰というものが、非正規のフランス大東社系では入会条件として撤廃されたということに由来するものとなっています。ウィキペディアによればそのきっかけはアメリカルイジアナ州でのスコティッシュライトのブルーロッジに対する管轄権の要求であったという事であったそうです。それはすなわちアメリカの通常のブルーロッジに対してスコティッシュライトが管轄権を持ち、さらにそのスコティッシュライトに対してフランス大東社が管轄権を持っていたという、まあイギリスグランドロッジが世界中のブルーロッジに対して認証を行うという前提という、平等と一方で正反対の管轄権や認証という良く陰謀論で言われるピラミッド構造の矛盾を意味する部分になるのだと思います。実際には上位階級や付帯組織といったものはフリーメイスンリーの中においては何度も言うようにさらなる精神的向上や様々な楽しみとしての人のつながり、色や傾向といったものでしかないのだと思われます。
まあいずれにしても正統派フリーメイスンリーが真摯な信仰を条件として挙げているのに対して、大東社系フリーメイスンリーではそれらは良心の自由と人間性の確立とされており、それが無神論者や共産主義者を受け入れ、またかつての共産国や共産国圏での影響力として傾向の違いとして表れているというところもあるかと思います。それらは本質的な違いというものではなく、大陸から離れ、王権と神権を一致させて大英帝国を築いたイギリスのフリーメイスンリーの歴史と、常にカトリックの影響を受けつつフランス革命によってフリーメイスンリーが一気に花開いたヨーロッパ大陸の歴史と地理的条件の経緯の違いであり、ユーロスターで繋がる今日において地理的にもその差異は極めて小さいものでありかつそれらが別の組織として存在する事は互いの歴史を尊重し合う現れなのだと思われます。

まあかなり難しい問題を極めて簡潔にまとめているわけですが、実際にはこの話の関連でアキレス腱が切れて渡航が難しくなった事もあるかと思われ、様々な具体的な問題は現在もあり続けているものかと想像されます。

さてノートルダム大聖堂はパリで最も有名なキリスト教カトリックの大聖堂だと思われるのですが、ウィキペディアによれば最初に建築されたのは12世紀で1345年に完成したそうで、歴史も相当古いわけですが、1789年のフランス革命時にはやはりカトリックの象徴として民衆の襲撃を受けて彫刻などは破壊されて、司教もその際にギロチンをかけられてしまったそうです。結局現在のノートルダム大聖堂の形になったのは恐らくフリーメイスンだと思われるウジェーヌ・エマニュエル・ヴィオレ・ル・デュクによって19世紀に修復された結果だそうで、恐らく革命からそれまでの間は廃墟に近い形で存在していたのではないかと思われます。

そういう歴史を知ってしまうとなるほどなあとわかるわけですが、良く知らないでカトリックの教会と思って訪問して私はかなり衝撃を受けました。
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まあ写真撮影禁止で無いのがこのフランスのパリらしいというところだと思われます。この辺りが非常に良くアメリカと似ています。
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いかにもな感じで十字架にかかったキリストの像が置かれています。うんうんいかにもカトリックの教会だという印象でしょうか。
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おやあきれいなステンドグラスだなあと撮影可なのでどんどん撮ろうと全てのステンドグラスを撮影していきます。まあ結局ほとんどうまく写っていませんでしたね。
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うーんきれいなステンドグラスですが、どうもなんか変だなと。あれ六芒星とかキリスト教の教会か?なんか幾何学模様が多いような。あれもしかして。
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どうもここは教会らしくないぞと。マリア様の像があったりいかにもな感じにシンボルが配置されていますが、最も目立つステンドグラスはどうも聖書の内容を語ったりはしていないぞと。幾何学で完全に構成されていてカトリックであれば絶対に示されないような六芒星やそれに似た形が繰り返し強調されていると。まあ解説すればそんな感じになりますが、実際は印象ですね。
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慣れ親しんだシンボルの形に似た形や三角形の形や床のゴシックの白黒のモザイクなど見ていてわかりました。そうかここはブラザーナポレオンが教皇の手を借りず自らの手で皇帝の戴冠を行った場所なんだなと。それを考えれば明らかにその時代にこのフランスの象徴とも言えるカトリックの大聖堂はフリーメイスンリーのロッジに変えてしまったのだと。後で知るわけですがもちろんフランス革命で司祭もギロチンにかけられてしまったという事です。それはしょうがないなと。
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うまく写っていませんがとにかく美しい幾何学模様の繰り返しです。幾何学模様という事でそのままシンボルのGeometryのGの強調という事になるのかと思います。GodとGeometryの一致という事でまさにフリーメイスンリーのシンボルの表現という事になるのだと思います。
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十字や菱形を構成し床には白黒のモザイクです。斜め十字の聖アンデレ十字もあります。まさにフリーメイスンリーのシンボル尽くしでどう考えてもフリーメイスンリーのロッジです。入場している人もフリーメイスン以外は誰もわからないのではないでしょうか。
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マルタ十字やシェブロンなど明らかにフリーメイスンリーを象徴するシンボルが満載です。さすがに革命のあったところは違うなあという感慨を通り越してあきれてしまうような圧倒的なフリーメイスンリーのシンボリズムです。しかしこれだけ大胆だとほとんどの人は気付かないだろうなと。
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垂直儀のような形、五芒星の形、All Seeing Eyeの形、三角形の形などいかにもなこのブログの市章の話のまさに実際編というシンボルの百花繚乱です。キリスト教の逸話を強調したような絵もあります。こういう教訓が大事だという教えなのでしょうね。
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教会に入ったと思ったらロッジだったわけですね。聖アンデレの磔の様子を描いたような絵もあります。もしかするとシンボルのヒントを書いた絵なのかもしれません。All Seeing Eyeのデザインのようないかにもなステンドグラスもあります。これはさすがに他所には無いのではないでしょうか。
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さすがにコンパスと直角定規をもろに書いたものはありませんでしたが、ほぼそれに近い表現を繰り返し表していました。それでいてきちんとカトリックの祭壇の形式や聖書の逸話を示したような絵画を飾ってありそれなりの知識が無いと全く気付かないでしょうね。
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なにか象徴画のようなものもありますね。この時は非常に急いでいたのでとにかく写真だけ全部撮ったという感じです。まあフリーメイスンリー博物館と同じなのですが、細かい内容や教訓についてはまた何度かいけたらそれぞれ個別に検討するという事になるのかと思います。その位の膨大な内容や示唆を含んだ印象です。それだけの歴史と蓄積がこのノートルダム大聖堂を舞台として過去にあったという証明なのだと思われます。
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Vesica Piscisになるのでしょうか。いずれにしても幾何学模様が同じ形はなく繰り返されています。様々な彫刻や絵画がありますが最後まで直接的なコンパスと直角定規の表現はありません。

まあここまでこのブログを全て読んでいる方であれば、この場所がほぼカトリックの教会ではなくフリーメイスンリーのロッジである事をご理解いただけるかと思います。そしてそうなった理由が革命に始まるフランスのフリーメイスンリーの歴史でありまた現代に至るその後の歴史がこうした知識があるものにとっては驚くべき建築となっている装飾を生み出しているという事がわかってくるのではないかと思います。そしてそれがフランスフリーメイスンリーの歴史と象徴であるのかと思われます。

次回はシテ島周辺です。
2012-12-01 15:33 | カテゴリ:フランス
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
いろいろ検索するとパリの観光案内は実に多彩に認められますね。
私は行きませんでしたが7.5ユーロを払うと左側に塔への登り口があって螺旋階段を登ったりしてシメールやガーゴイルが見られる屋上に出られるそうです。ぜひ再び訪問する際には行ってみたいものです。
ちょっとその後のルーブル美術館に向けて急かされていたのかもしれません。
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ノートルダム大聖堂を再び外から眺めています。Vesica Piscisの形と三角形の形が入り混じっている感じでしょうか。対称形で塔を持つのはゴシックの様式なのだと思われます。
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シャルルマーニュ、カール大帝の像です。カールの戴冠などでカトリック教会に利用されていた感の強いフランク王国統一のゲルマン人の王ですが、文盲であるといってもラテン語が話せるなどそれなりの学問の素養はあったようです。カールの戴冠で意図せずしてカトリック教会の教皇権の優位を示すこととなったわけですが、その後カノッサの屈辱の時期を経て、アヴィニョン捕囚などで教皇権の低下を認め徐々に宗教改革の機運が高まり、やがてはプロテスタントとカトリックの対立からピューリタン革命やユグノー戦争となり、それらはまたフリーメイスンリーの勃興へと繋がっていくのかと思います。
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ちょっとずつ離れていきます。
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近くのゴシックの尖塔です。
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さらに離れて行きます。また雨が降ってきましたね。
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パリの最高裁判所のようです。
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シャンジュ橋のようです。両替商が多くいたそうです。もうひとつ先がポンヌフ橋です。ポンが橋の意味なので本当はヌフ橋です。
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こちらも橋の上から見た最高裁判所でしょうか。
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フォンテーヌ·デュ·パルミエというブラザーナポレオンのエジプト遠征での勝利を記念した泉と塔のようです。意味はヤシの木の泉という意味だそうです。右手に見えるのがサンジャックの塔というかつて天文台としても利用された塔です。教会の塔であったそうですが、革命で教会部分が取り壊されて塔だけが残ったそうです。やはりガーゴイルが目立ちます。
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ポンヌフからエッフェル塔を望みます。
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ブラザーナポレオンはマルタ島を経由してアレクサンドリアに上陸しエジプト遠征を開始します。オスマントルコ軍に対して圧倒的な戦力で勝ち進みますが、実質十字軍の役割であったためかシリア、パレスチナを攻略した際にペストが流行し発病者を見捨てていったそうです。結局ナイルの海戦で補給を断たれたフランス軍はブラザーナポレオンら少数の将官のみでフランスに帰国し、後の1万5千人もの将兵は結局イギリス・オスマン帝国連合軍に降伏し、本国に送還されたそうです。ブラザーナポレオン軍のエジプト遠征の最大の成果はロゼッタ・ストーンの発見と王家の谷やルクソールのカルナック神殿を記録しヨーロッパに報告してエジプト学の発展に寄与した事で、ヨハネ騎士団の根拠地であるマルタ島で始まり、パレスチナの地のペストで終わるこれらの活動はキリスト教やユダヤ教の様々な因縁が複雑に絡んだ結果の一種の十字軍運動であったのかもしれません。平然とスフィンクスが水を吐いている噴水がなんともパリを象徴している感じです。これらの歴史からスフィンクスがフリーメイスンリーの象徴となり、ライオンズクラブなどに取り入れられているのかと思われます。
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アンネの日記のアンネ・フランクの舞台の宣伝のようです。
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サンジャックの塔です。とても不気味ですが非常に魅力的な建築です。私はパリの中ではエトワール凱旋門やエッフェル塔を除けばこの塔が最も印象的でした。塔の下の内部にパスカルの定理で有名なブレーズ・パスカルの像があるそうです。パスカルはフリーメイスンリー結成以前の哲学者、数学者であり、カトリックの異端とされたカルバン派の影響を受けたジャンセニズムの信者であり、極端な禁欲主義を貫いたそうです。パンセの人間は考える葦であるというフレーズは有名です。
ブラザーナポレオン三世の時代にスクウェアの公園に残されたそうです。ちょっと見るとワシントンD.C.のワシントン記念塔のような印象でしょうか。
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リヴォリ通りを歩いていきます。雨もだいぶ降ってきています。
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途中にあったブランドのブティックでしょうか。入口で白黒になっていたので撮りました。

さてやっとこルーブル美術館に近づきます。
2012-12-02 11:33 | カテゴリ:フランス
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
さてここからはパリに来た事がある方であれば必ず来られる場所になるかと思います。ただしもちろんフリーメイスンリーにまつわる視点という事で知っている方でも新たな気付きが得られるかと思います。
パリに来た事が無い方も雰囲気が味わえると幸いかと思います。
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ルーヴル美術館の裏側だと思います。
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パリの市庁舎の鐘楼のようです。やはりガーゴイルが目立ちます。パリの象徴ですね。
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ルーヴル美術館のセーヌ川沿いから見たところです。
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ルーヴル美術館のすぐわきのセーヌ川ですね。
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ルーヴル美術館の中庭に入ったところですね。何やらイベントのテントが設営されていました。
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やっと着きました。ルーヴル美術館のピラミッドです。パリという感じですねえ。しかしえらい雨でほとんど人がいません。いろんな状況があるんですねえ。ちょうどここに来たところですごい雨です。ロンドンでも相当降られたのでパリでは少し良いかと思いましたがそんな事はないです。
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東芝のLEDを使っているとわざわざ看板がありました。
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まあ一生懸命写真を撮るわけですが、結局あまりの雨に撤退です。
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普通は立ち入り禁止の場所ですがあまりの驟雨に雨宿りの人がいましたので一緒に回廊に入ります。
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驟雨のルーヴル美術館です。なかなか無い写真かもしれません。
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やっと少し雨が減ったのですかね。人もほとんどいない珍しい光景かもしれません。
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20分位雨宿りした後でしょうか。急速に空が晴れてきました。カルーゼル凱旋門です。足元が砂地なので雨の後は水たまりがそこらじゅうに出来ます。なかなか石畳のロンドンとも大分違います。降雨の状況も違うのでしょうか。
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あれあれまた虹です。
2012-12-04 10:52 | カテゴリ:フランス
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
さてまあ様々に反響がありそうな奇跡シリーズですが、どうもブログのアクセスに問答を置くと逃げてしまう心掛けの良くない訪問者が多いようで、色々考えた結果不明なプロキシを使ったようなアクセスはアクセス拒否の対象とさせていただいております。今後もどうも色々公開に問題があるようであればパスワードや有料化も考えております。

そういうわけでいかがわしい訪問客が普通に多くなりやすい当ブログの話題ですが内容的には基本的には旅ブログやちょっとした豆知識、人生でためになるような教訓を得るための話題を提供するブログです。

今回のロンドン・パリ旅行の一応クライマックスに近いわけですがどうもつまらない話題で始まってしまうのがフリーメイスンリーといったところでしょうか。ブログの変更点としてはブログのBGMのYouTubeでブラザーマンリー・P・ホールの講話とブラザーヘンリー・クラウゼンのモラル・アンド・ドグマの解説シリーズをそれぞれ一つを残して削除しました。興味のある方はご自分でYouTubeをご覧になってください。当ブログは紹介のみとさせていただきました。かわりにブラザーモーツァルトの有名な曲、その他利用可能な楽曲を付け加えました。またその他のベートーヴェンの楽曲などについても演奏時間の長いものに変更しています。

さて本編ですがルーヴル美術館で今回の旅の二度目の虹を見たというところでした。では虹のルーヴル美術館の写真をお示ししていきます。
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台湾から来たような女性のグループが興奮してちょっと絡んできたので、"I already saw that at St. Paul's Cathedral."と伝えましたがキョトンとしていました。
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ちょっと今回の旅は背景が曇り空なのがいまいちですが、まあ虹である事は間違いありません。ちなみにMSN産経ニュースにイギリスの虹の風景の記事がありましたので比較というわけではありませんがリンクを置きます。
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虹の一端がちょうどピラミッドにかかるように計算されているのですね。まあちょっとにわかには信じがたい光景かもしれません。フリーメイスンリー、特にスコティッシュライトで体験できる光景と説明すればよいのでしょうか。
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検索すると案外に出てきますね。パリで虹は多いようです。若干大気汚染の影響もあるのでしょうが、虹がキリスト教、フリーメイスンリーのシンボルであり科学現象としてニュートンの光の解析から連なる科学の進歩の象徴であり、神の恩寵と人類の発展を象徴するシンボルであることからも好まれ、またそうしたかつては自然現象であったものが現在はある程度自由にコントロールして演出する事が出来るようになった事を示すものでもあるのかと思います。
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強く英仏のフリーメイスンリーの連携を感じさせる大胆なシンボルの顕示でした。
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ちょっと弱ってきて晴れ間も見えてきたりします。まあ水滴がある上空に光が当たると虹が発生するのですね。晴れ間と水滴と光の角度の加減が最も大事なのだと思います。
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凱旋門を通しての虹のショットです。なかなか珍しい写真だと思います。

さて堪能できましたでしょうか。ルーヴル美術館はもう入館には遅いのでこの後はコンコルド広場に向けて歩きます。
2012-12-04 20:10 | カテゴリ:フランス
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
さてさてまあ虹ももう見終わっちゃったわけですが、パリ観光としては大体メッカの場所ではないでしょうか。光の都パリ、日本で言うところの花の都パリの由縁となっているであろうところがこのルーヴル美術館前のカルーゼル広場、テュイルリー広場、コンコルド広場、シャンゼリゼ通りに繋がる一連の広場ではないでしょうか。
パリの歴史軸とも言うこの直線のセーヌ川沿いに連なる通りは14世紀から各王の時代でルーヴル宮殿、テュイルリー宮殿、テュイルリー庭園を軸として開発が進められ、ルイ14世の時代にシャンゼリゼ通りが延伸されました。その後ブラザーナポレオンがカルーゼル凱旋門とエトワール凱旋門を建設し、さらにその後の7月王政下でブラザームハンマド・アリーから贈られたコンコルド広場のオベリスクが建てられました。ブラザーナポレオン三世の第二帝政期にエトワール凱旋門周囲の12本の道路が整備され、普仏戦争末期のパリコミューンの時代にテュイルリー宮殿が放火により焼失しました。その後二つの大戦を経て、ミッテラン大統領、彼もフリーメイスンでしょう、の時代にラ・デファンスに超高層ビル群とともに新しい凱旋門となるグランダルシュが完成し一応ここまでが一通りの直線を形作っています。
パリの歴史軸
まあまた親切なブログなのでグーグルアースの地図を載せます。実際にはグランダルシェまで歩いたらすごい距離になって帰れなくなるのでエトワール凱旋門でホテルに戻りました。パリの夜景を見る位余裕があれば良かったのですが、なんせ2泊3日でヴェルサイユまで行く計画でいましたから地下鉄やタクシーを効率よく利用しなければこの位なものではないでしょうか。テュイルリー広場は天気が悪かったせいか虹を二回も観た後のせいか感動もありませんでした。上野公園と日比谷公園をミックスしたようなやたら一直線にオベリスクと凱旋門が連なる通りは何というか幾何学と言うよりもその直線性を強調した感じでしょうか。エッフェル塔が斜めに見える事で恐らく直角三角形を構成するのだと思いますが、あまり謎と言うよりはちょっと不可解な景色という印象なのだと思います。ヴェルニー公園で慣らされていると全く違和感はないのでしょうかね。やはりワシントンD.C.の造形はこれらパリの都市建設と極めて一致して作られているのかと思いますが、どうもやはりワシントンD.C.の作りが良くできていすぎてあれを見た後だとなかなか感慨は薄いのでしょうか。
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雨上がりのパリの夕景です。またこの後で降ってきます。フリーメイスンリーを良く知らない人はパリと言うだけで情緒的に思われるかもしれませんが、パリの中心を構成する直角三角形の長辺を移動するという表現が適切ではないでしょうか。
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エッフェル塔です。
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水辺のガルリーというかつてのテュイルリー宮殿とルーヴル宮殿を結ぶためにアンリ4世によって作られた廊下です。庭園には銅像が立っています。
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現代芸術が多く認められます。
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これが反対側でしょうか。
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黄金のジャンヌ・ダルク像があります。
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銅像は人間よりも何か動物のものが多い感じでした。
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雨の後は非常に歩きづらいですが、泥が酷いという事はありません。水たまりがそこらじゅうに出来てそれで歩きづらいという感じです。
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噴水が二つあってその最初の噴水ですね。後で訪問するヴェルサイユ宮殿の庭園を意識した形になっているのだと思いますが、噴水を囲む像の意味はわかりません。
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コンコルド広場のオベリスク側ですね。
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ルーヴル美術館側です。
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さらに移動します。
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こういう現代アートがあります。
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二つ目の噴水があります。オベリスクが近くなり噴水ときれいに重なります。ヴェルサイユ宮殿のオベリスクという噴水の名とかかるのかと思われます。
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今度はエッフェル塔と重ねてみました。
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コンコルド広場につきました。ここでもやはりネットで見つけた写真の通りオベリスクとエッフェル塔の重ね合わせです。コンコルド広場は想像していたよりもかなり騒々しく車が行き交っていて、車が少ない夜や朝方が良いようです。写真を撮っていると危ないかもしれません。
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まあ曇天で何を撮ってもうまくありません。
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台座には移送と建立の経緯を描いているようです。冠石は紀元前にエジプトで失われて、新しい金のものは1998年にシラク大統領のもとで復元されたようです。
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フランス国民議会であるブルボン宮です。
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曇天では冴えませんね。
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ゴシックの尖塔です。
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コンコルド広場の表示です。かつて革命前はルイ15世の騎馬像が置かれていたそうです。革命時期は壮絶なギロチン会場であったそうです。
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グラン・パレです。1900年のパリ万国博覧会の主会場です。ロンドンのクリスタルパレスを模したつくりなのでしょうか。手前がド・ゴール初代大統領の銅像です。ド・ゴールはフリーメイスンかどうかはわかりませんが、11月22日生まれで2mの長身であったそうです。父親がイエズス会学院の校長でミドルネームがジョセフで11月9日に亡くなったそうです。まあこれだけの情報でフリーメイスンであったかどうかは断定できませんが、フリーメイスンリーが盛んなフランスで象徴的な大統領であるだけにフリーメイスンリーとの関わりは否定できません。
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先にブラザーナポレオンの柩がある廃兵院、アンヴァリッドがあります。この時は訪問しませんでしたねえ。フランスフリーメイスンリーの記念碑的な場所であるようです。アメリカ合衆国議事堂のモデルとなったようです。数多くのフリーメイスンと思われるフランス軍人が葬られているようです。
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ブラザーフランクリン・デラノ・ルーズベルト通りです。このシャンゼリゼ通りの入り口のロータリーの道の事を指すようです。
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この辺でやっぱり大雨ですかね。シャンゼリゼ通りは相当美しい華やかな通りでしたね。まず目につくのがシトロエンのダブルシェブロンですね。
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ディズニーは何を売っているんでしょうね。まあ高級お土産物屋に近いのでしょうか。
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ヴァージンはイギリスの元々音楽業界の会社ですが、2000年に創業者のリチャード・ブランソンがナイトの称号を受けています。
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ルノーですね。
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セフォラという化粧品メーカーだそうです。ルイ・ヴィトングループの一つだそうです。白黒の入り口でした。
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ルイ・ヴィトンの看板が目立ちます。
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シャンゼリゼ通りの歩道はこんな感じです。大雨ですね。
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ゴシック建築の尖塔があります。
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ジョージ五世というカフェがありました。ロンドンでもあったようです。エリザベス二世の父親のフリーメイスンですね。
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Gのシンボルはヨーロッパではかなり珍しいです。眼鏡屋さんでしょうか。シンボルありきでここに店があるようです。
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スワロフスキーはさいか屋の白鳥と同じSをかたどった白鳥のシンボルです。恐らく創業者がフリーメイスンなのでしょうね。
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モンブランは万年筆で有名な高級文房具メーカーですが、白黒と六芒星のシンボルです。店に歯車が書いてあるのでロータリークラブなのでしょうか。

まあなんかフリーメイスンかロータリークラブ、ライオンズクラブのメンバーに対する教育の道のようなシャンゼリゼ通りです。実際そういう場所であるようです。

次回エトワール凱旋門に到達します。
2012-12-05 21:35 | カテゴリ:フランス
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
さて好評なのかどうなのか反響は大きそうな奇跡シリーズ最後の締めの第三弾です。
なんで3にこだわるのかというところかもしれませんが、今回の虹に限って言えば3回繰り返せば偶然じゃない必然であるという事なのではないでしょうか。
プロテスタントのカルバン派の有名な教義が「予定説」と呼ばれるもので、実際にはキリスト教の救済に関わる非常に専門的な教義なのですが、これは第一に旧約聖書と新約聖書を通読した際に誰もが感じられる一つの考え方である、この世界は様々な運命がもつれ合って成り立っていて、それらは必然であり大きな流れの前には一人の人間の存在は非常にちっぽけなものであるが、それでも信じるものを持って生きなければ人生は虚しいというものかと思いますし、それをキリスト教の教義に当てはめて説明したものが上記の予定説かと思われます。運命と自由意志の命題は哲学の有名な命題でもありますが、基本的には被造物については運命論が当てはまり、意志とは創造者の意志という事になるのかと思います。そこに理神論を当てはめる事によって自由意志というものが仮定されるわけですが、果たしてそれが仮定以上のものであるかというとそれはまさにパスカルの言う神なき人間の不幸となるのかもしれません。
そういうわけでというかかなりいい加減な説明かと思いますが、3という数字と創造者の存在、理性と自由意志への信仰は一致するという説明になるのかと思います。

ではまあなんともいい加減な説教を付けくわえた怪しげなブログですが、御託を繰り返すようですが欧米においてフリーメイスンリーが広まったきっかけとして読める聖書の普及による宗教改革があったわけで、仏教や神道が伝統宗教として存在する日本においてもやはりフリーメイスンリーを理解するためには一度は旧約聖書、新約聖書を通読する必要性があるという非常に当たり前の理論なのですが、異文化の象徴としての聖書は日本ではそれを読む事それ自体が日本人である事を否定する存在ともなっておりそういう行動を起こす事は欧米に海外旅行したり留学したりすること以上に困難な事かと思われます。まあその位フリーメイスンリーは敷居が高いという事になり、それがそのまま現在の日本のフリーメイスンリーの状況に反映していると思われます。フリーメイスンリーに興味をお持ちの方はそのまま旧約聖書・新約聖書を通読する事をお勧めします。ロスト・シンボルにしても結論としてそういう内容になっていたものかと思われます。私自身もそれを読んだ後にワシントンD.C.を旅行しながら聖書を飛行機の中で読んだりしました。

さてでは本編です。
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シャンゼリゼ通りを歩いていくとエトワール凱旋門があります。かつてはエトワール広場といったそうですが、巨大なロータリーとなっているここは現在はシャルル・ドゴール広場というそうです。非常に交通量が多いので凱旋門に渡るには地下道を通って行く形となります。なかなかこれは現地に行かないとわかりません。
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写真を見ると上を渡っている人もいますね。まあ世界的な観光地は色々な人がいます。非常に危険ですね。
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地下道の途中で入場券売り場があります。確かそんなに高くなかったと思います。9.5ユーロのようです。私が行った時は大雨であった事もあり込んではいませんでしたね。それほどきれいな感じはありませんが、それほど汚れている事もありません。パリっぽい感じです。地下道から坂道で凱旋門の下に出たと思います。下面や壁面の名前の詳しい表示は英語版のエトワール凱旋門のサイトに載っていました。恐らくほとんどがフリーメイスンの名前だと思われます。
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螺旋階段が非常に美しいです。この螺旋階段は登り心地と言い美しさと言い適度な感じが非常に良かったです。イギリスのものとはやはり少し螺旋階段もそれぞれ個性が違います。(2013/3/2追記:それぞれ階段が284段あるそうです。これは最小の友愛数を意味するようです。)
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内部は中空に部屋があります。売店もあったかと思います。トイレもあった気がします。いわゆる三階層構造になっています。フリジア帽をかぶった像がありますが外にあったものかどうかはわかりません。
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恐らく軍人のフリーメイスンの方なのだと思いますがちょっとわかりません。
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こちらは無名戦士の墓の象徴なのだと思います。良く見ると足元にパーフェクトアシュラーがありますね。
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精巧な模型があります。
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確か普通の階段を登って屋上に出ます。出たところで再び虹です。
2012-12-06 19:30 | カテゴリ:フランス
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
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もうさすがに虹は見飽きたかもしれませんが、私もさすがに三度目はあきれてしまって「一体いくらお金がかかっているんだ」とつぶやいてしまいましたが、スコティッシュライトはそんなお金がどうとか不謹慎な団体ではありません。
そういうわけで虹の写真です。
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曇天で夕刻という事もあり晴れやかという光景ではありませんが、場所が非常に景色が良くパリを一望できる所ですから格別です。まさに絵のような光景というところでしょうか。ロンドンよりも多少大気汚染の影響があるせいか虹も見えやすいようです。
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まあ虹も見えるわけですがそもそもエトワール凱旋門には12本の街路が集まってきているわけでその風景だけでもなかなか珍しい風景な訳です。ラ・デファンスのグランダルシェもなかなか面白い写りをしています。しかしまあ面白い写真ですね。それ自体が絵画のようです。
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まあ面白い天気ですよね。シャンゼリゼ通りにかかる虹はそのまま絵になるかと思います。やっぱり角度も計算されているのでしょうかね。エッフェル塔の夜景を撮ろうかと思いましたがちょっとさすがに足がヘトヘトでやめました。
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なんだかやっぱり3度目が一番出来がいいような大輪ですね。これだけ立派で長い時間出ていたのでパリにいた多くの人が確認したのだと思います。私も3度も出るとは思っていませんし、しかもロンドン・パリで連携して出るとは思いもしませんでしたから圧巻でした。まあそれで訪問前に想像していたようなフランスとイギリスのフリーメイスンリーの対立のようなものは全く存在しないという事を理解しました。
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雲と晴れ間の境界が明瞭なのでやはり電磁波みたいなので水蒸気を雲にして雲を水蒸気にするのでしょうね。いずれにしてもすごい技術です。
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いったん弱まって消えたような感じになったのでしょうかね。
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また強くなってきました。
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ここの虹が一番長かったのでしょうかね。
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また強くなってきています。一旦下に降りる事にします。
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中空階にはAll Seeing Eyeのようなステンドグラスがあります。
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下りの螺旋階段は上りのものとはまた別にあります。
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下に降りてもやっぱりまだ大きな虹が見えていました。
2012-12-06 21:27 | カテゴリ:フランス
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
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少し明るくなったのでしょうかね。絵にかいたような光景です。
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無名戦士の墓にここが最初であるようですが永遠の火があります。ウィキペディアによるとこのモニュメントを模してJFKの墓にも同じ火があるようです。
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永遠の火と虹とシャンゼリゼ通りです。あまりない写真かもしれません。
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結局一番はっきり見える虹でした。
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エトワール凱旋門の正面です。
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まあせっかく長く出ているのでエトワール凱旋門と虹のツーショットが欲しいとロータリーを渡って撮りました。エトワール凱旋門の上から虹を見る事は稀にあるようですが、なかなかエトワール凱旋門と虹のツーショットは合成写真でもない限り無いようです。まさにフリーメイスンリーでしょうか。検索しやすいようにRainbow on Arc de Triomphe de l'Étoileと入れておきます。
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虹のショットの幕切れは何とiPhoneの電池が切れたのでした。220Vの電圧の充電がいけないのでしょうか?まあそんな事は無いでしょう。大接待だったのでもう今日はその位にしてホテルに帰れという事だと思います。まあ帰りはまた結構な雨でした。道も間違えてしまってモンソー公園についてしまい大きく迂回してしまいました。なかなか大波乱のパリ一日目でした。モンソー公園というのもフランス革命期のレンガ造りのピラミッドがあったりする場所であるそうです。夕食はまた結局取らずにホテルに帰ったと思います。
(追記:実はこれを掲載した12月6日の朝にもヴェルニー公園から虹が見えていました。奇跡でも何でもなくフリーメイスンリーの挨拶のようです。)
(追記:もちろん3つの虹は三笠公園の3つの虹のアーチを意味するものと思われます。3つのアーチについても入口のものは虹の形ですが、2つ目の小さなものは恐らく33度の角度で切れているのだと思われます。最後の3つめのメインモニュメントのものは舟形をしている、恐らくブラザーヴェルニーの作ったドックを意識した形なのではないでしょうか。いずれにしてもそれらシンボルが豊穣と繁栄を意味する神との契約の印である事には変わりありません。今回の虹はそれの特別バージョンでしかないのだと思われます。)
2012-12-08 11:14 | カテゴリ:フランス
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
さて本日12月8日は釈迦牟尼が悟りを開いた日として仏教では成道会としてそれぞれの寺で法要が行われているかと思います。キリスト教ではカトリックで無原罪の御宿りの記念日とされるようです。この日はまた日本では真珠湾攻撃の太平洋戦争開戦の日として記憶されているかと思います。この日にまつわる誕生日や忌日については色々あり、活躍中の日本の芸能人で比較的多いなどあります。真珠湾攻撃の際に特殊潜航艇で出撃しそのまま航行不能となり戦死した太平洋戦争最初の軍神の稲垣清と、国民的アイドルSMAPの稲垣吾郎の名字が一緒なのも偶然ではないかもしれません。慶應義塾塾長・横浜正金銀行支配人であった小泉信吉や、日露戦争時の海軍大臣、その後の総理大臣を歴任した山本権兵衛、麻生財閥の創業者である麻生太吉、初代国連大使の沢田廉三など、海外との繋がりの深い日本のためにも貢献した実業家や政治家、外交官がこの日に亡くなっているのも偶然ではないのかもしれません。

さてまあロンドン・パリの旅行記ですがパリの2日目になります。ボンジュール・ムシューの挨拶にやっと反応できるようになってきた頃でしょうか。宿泊したホテルは前にも言った通りミレニアムオペラというホテルなのですが、パリでは日本人は一般にこのホテルのようなオペラ座付近で宿泊する事が多いようです。まあ私などはホテルの床が白黒のモザイクになっているので選んだりしているわけですが、実際泊まって後から写真でも見て色々なフリーメイスンリーのシンボルに気付く事もあるのではないかと思います。その位恐らくオペラ座付近のホテルはフリーメイスンリー関連のものが多いのかと思います。

そういうわけでパリ全体がフランス革命、フリーメイスンリー結成後の2つの大事業の一つの象徴な訳ですが、それのさらに第二帝政のブラザーナポレオン3世によって整備された目玉の一つであるオペラ座建築の都市計画によって出来たのがそのオペラ座周辺地域であり、現在も進行中のロンドンで言うところのセントポール大聖堂付近のシティーと同じような地域になるのではないかと思われます。という事でオペラ座付近はそれ単独でフリーメイスンリー関連のスポットとして紹介していくこととします。

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結構な曇天ですが、ロンドンでの雨降りに比べれば全くどうってことはありません。むしろフランスは優しいな位な印象です。しかしブラザーラファイエットの名前そのものの百貨店です。日本だとブラザー鳩山一郎商店みたいな感じでしょうか。まさにフランスフリーメイスンリーという感じです。ブラザーラファイエットのフランス革命、アメリカ独立戦争での活躍はなかなか本人の個性とも相まって非常に興味深いです。他のフリーメイスンによる評価もありますが、いずれにしてもポイントポイントで重要な役割を担ったのは間違いないかと思われます。
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オペラ座がすぐ見えてきます。やはりアンネフランクの舞台の宣伝が目立ちます。いずれアンネの日記についても読んだら報告しようかと思います。
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パリオペラ座です。角々にオベリスクがありウェストミンスター寺院の周りの柵のような感じでしょうか。垂れ幕の絵は観覧車のような形でしょうか。
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ソシエテ・ジェネラルです。第二帝政期に創業したフランスの有力な金融グループです。最近のユーロ危機で株価が下がるなどあったようです。まさにロンドンシティーと似ています。
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不思議な円形の空間がありますが実は後で説明しますが大事な意味があります。
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ギャラリー・ラファイエット百貨店があります。こちらが旧店舗のようです。
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北側の正面になります。もしくは裏の正面でしょうか。なかなか勇壮華麗な建築です。ガルニエ宮ともいい建築設計者のシャルル・ガルニエの名前をとったそうです。もちろんフリーメイスンだと思われます。
現在では大規模オペラはバスティーユにある新オペラ座で行われる事が多いようです。小規模オペラやバレエなどが多いそうです。YouTubeで検索して出てきたパリオペラ座でのオペラの公演を置きます。
(ブラザーモーツァルトの魔笛は著作権の関係で削除されました。オペラ関係の動画の削除が多いので見に来てほしいという事のようです。)

ブラザーヴィクトル・ユーゴーによるノートルダムの鐘です。
検索するとやはり圧倒的にブラザーモーツァルトの魔笛が出てくるようです。もしかすると小規模オペラしかやらないのではなく、パリオペラ座は格が高くなりすぎて特別な公演以外できなくなっているのかもしれません。
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正面、南側に周っているのですね。
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ブラザーガルニエの胸像です。後ろはオペラ座の徽章でしょうか。シェブロンの逆さまの形になっています。直角定規のまさにフリーメイスンリーのシンボルです。
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左から順にジョヴァンニ・パイジエッロ、ニコロ・ピッチンニ、フランソワ=アンドレ・ダニカン・フィリドール、ジャン=ジャック・ルソーの胸像です。音楽に直接関わった方もそうでない方もあるようです。要するに全員フリーメイスンだと思われます。ルソーもフリーメイスンなのですね。絶句ですね。そういえば中江兆民も12月8日生まれでした。
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アンドレ・カンプラ、ロベール・カンベールです。
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ウジェーヌ・スクリーブです。立派なオベリスクの墓があるそうです。
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ジョアキーノ・ロッシーニ、フランソワ・オーベール、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンです。
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ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、ガスパーレ・スポンティーニ、ジャーコモ・マイアーベーア、ジャック・アレヴィです。
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正面から南側を見た光景です。
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フィリップ・キノーです。
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こちらの面の方は字が読みづらく判別困難です。中には名札の無い方もいます。いかにもフリーメイスンリーといった感じの謎です。
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これだけの女性の裸の像は日本では街中になかなか並べられないでしょうか。
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アップルのショールームもとてもオシャレです。確かユニクロもありました。
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曇天が冴えません。
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ヴァンドーム広場のアウステルリッツ戦勝記念柱が見えます。
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正面からの像です。ここも結構交通量が多く、歩道には物乞いがいます。
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一応内部の画像を検索してきたものを載せます。天井画はブラザーマルク・シャガールによるものです。YouTubeの動画にも使用していますがオペラ座の怪人の舞台となっている場所です。一度は訪れて観劇をしたいものです。ちなみにウィキペディアの情報によるとガルニエ宮では定番の蜂の飼育をやっているそうで、フォションから蜂蜜として売り出されているそうです。フリーメイスンリーの定番ですがNTTの屋上でやるものとはだいぶ異なりそうです。
オペラ座のホームページのリンクをおきます。現在公演中の演目がわかりチケットの予約もできるようです。
さてオペラ座から離れてヴァンドーム広場に向かいます。
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交通量が多いので交差点は地下道があります。パリの交通方式は相当変わっています。先に放射状の道路があるので車の動きは相当変則的です。基本的にあまり横断歩道はありませんし、信号も変則的です。
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ショパンも住んでいたというヴァンドーム広場です。とにかく工事中のところが多くて曇天です。アウステルリッツ戦勝記念柱はトラヤヌス記念柱を模した典型的な螺旋階段で登れる記念柱のようですが、現在は全く登れません。解体されたり像が付けかえられたり相当ないわくつきの記念柱のようです。クールベが解体を指揮して結局再建されたときに資金を提供させられて破産したなど何というかいわくがあり過ぎるもののようです。

息詰まるほどのフランスフリーメイスンリーの象徴に満ちた空間でした。実はこの地には再び典型的なフランスフリーメイスンリーの象徴があります。
オペラ座
グーグルアースの画像です。明らかにフリーメイスンリーのスクエアアンドコンパスの形になっています。コンパスの頂点に先ほどの円形の場所があるのですね。オペラに総合芸術の頂点を見いだしたフランス音楽界の至宝とも言うべき存在がこのパリオペラ座、ガルニエ宮である事を象徴するシンボルの建築と思われます。
2012-12-09 11:56 | カテゴリ:フランス
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
自由の女神がアメリカの象徴というとそれを贈ったフランスからはどう思われるかわかりませんが、一般に世の中の認識はそうなっていると思います。フランスにはレプリカではなく大型化する前の原型といえる自由の女神の像がリュクサンブール公園内にあり、また今回訪問する予定のセーヌ川沿いの自由の女神はパリに住むアメリカ人たちがフランス革命100周年記念にフランスに贈ったものだそうです。結局設計したブラザーバルトルディを始めとして、ニューヨークにある自由の女神を建設したブラザーエッフェル、その他設置にあたってそれぞれの地のフリーメイスンリーが主に関わっているのは明らかなので、主にフランスとアメリカの間でやり取りされたフリーメイスンリーのシンボルというのが最も正しいのかと思われます。
結局1775年‐1783年のアメリカ独立戦争と1789年‐1815年のフランス革命は6年の違いがあるとしてもほぼ同時代に起こった当時の最先進国で起こった啓蒙思想のもたらした世界を揺るがす大社会現象であり、それらが結果的に様々な紆余曲折を経て現在に繋がる市民社会をもたらす安定に至った際に、自由の女神はそれらを集約する形の象徴となり主に両国の間でやり取りされたものかと思います。

まあとにかくこのブログでも自由の女神について取り上げたりしましたので、その発祥の地フランスパリでの有名な第二の自由の女神とも言えるセーヌ川沿いの自由の女神像は是非実物を見ておきたいと思いパリ二日目に徒歩で訪問しました。全て徒歩で移動したので地図上で計測してみたところホテルからセーヌ川沿いに自由の女神に到達して帰るルートでおよそ15kmあり、徒歩の時間だけで早足で歩いて3時間はかかる計算となり、ロンドンの移動と同じくあまり一般の観光では参考にならないかもしれません。

フランス・パリに訪問して実際に自由の女神像を訪問する方も少数であると思いますので、ぜひまあ参考までにご覧ください。
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テュイルリー庭園を横切ってセーヌ川を横切る新しいレオポール・セダール・サンゴール橋を渡ります。1999年に出来たそうですが、日本の景色のよいところの柵などに認められる南京錠のおまじないがあったりします。元々橋もかかっていたそうですが、船が衝突して掛け替えたそうです。恐らくロンドンのミレニアムブリッジとの競作なのかと思われます。個人的にはこちらのパリの橋は非常に美しい橋で渡りにくさのようなものは多少感じましたが、美しさではこれまで見た橋の中で最も美しいのではないかと思います。日本にも様々な木造や石造、鉄筋コンクリート造などの橋の建築がありますが、近年では特に街の象徴として横浜ベイブリッジやお台場レインボーブリッジ、東京湾ゲートブリッジ、瀬戸大橋など巨大な橋の建築が盛んであった時代がありましたが、パリやロンドンでもかつては盛んに石造の橋の建築があり、それを現代的に鉄造でシンプルな建築というテーマで作られたのがこれらの橋なのかと思います。個人的には非常に美しい橋でした。日本でも岩国基地にある錦帯ロッジは岩国市のシンボルである木造の錦帯橋をフリーメイスンリーのロッジの名前としており、橋の建築というそのものがフリーメイスンリーの重要なシンボルであり教訓を伴ったものであるということになるのだと思います。サイモンアンドガーファンクルの明日に架ける橋などの歌もあります。
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奥がオルセー美術館でしょうか。手前がレジオン・ドヌール宮、勲章博物館でホワイトハウスのモデルともなったそうです。フイヤン派のサロンであった事もあるそうです。勲章博物館は常時開放されています。
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ブラザートーマス・ジェファーソンの像があります。ヘッダーの画像にも使用しています。まああまり普通の人は意識しないかもしれませんが、ブラザージェファーソンの像の前がいわゆる安全地帯の表記の白黒になっています。もちろんフリーメイスンリーのシンボルです。まあこの場所がそういう場所であるという強調なのだと思います。
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レオポール・セダール・サンゴール橋全景です。ちなみに橋の名前はセネガルの大統領の名前だそうです。もちろんフリーメイスンでしょう。
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オベリスクが見えてきます。
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コンコルド橋です。最も交通量が多いそうです。バスティーユ監獄の解体で残った石材を使用したそうです。
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ブルボン宮です。
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アレクサンドル3世橋です。奥がグランパレです。
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アンヴァリッドですね。今回訪問しなかったので今度は是非訪問しなければなりません。
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アレクサンドル3世橋のたもとのペーガソス(天馬)の像です。
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エッフェル塔が近づいてきます。
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アンヴァリッド橋からゴシックの尖塔が見えます。
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エッフェル塔が近づいてきます。セーヌ川沿いの道は雨の後でやはり砂地で水たまりが相当出来ていて歩きづらかったです。
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三色旗を模したオブジェがあります。
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エッフェル塔のふもとまで来ました。
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シャイヨ宮です。現在は国立海軍博物館、人類博物館、国立フランス文化財博物館、シャイヨ国立劇場となっているそうです。国際人権宣言を国連総会がこの場所で開かれて採択したそうです。
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エッフェル塔の真下ですね。
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メリーゴーラウンドが真下にあったりします。
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曇天のエッフェル塔です。なかなか無い写真かもしれません。
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こんな歩道です。
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突然一本だけ明らかに桜の木があります。ソメイヨシノではありませんがちょうど散りかけでした。
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ちょっとわかりません。
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パリ日本文化会館というのがあります。このために桜があるようです。同様の建物が日本では恵比寿ガーデンプレイスの近くにある日仏会館です。
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ディエゴ・ブロセットという軍人の方でド・ゴールとともに戦いヴィシー政権のもとで処刑されたそうです。フリーメイスンと思われます。
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エッフェル塔からまた離れていきます。
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一重の薔薇があります。
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この辺は道がかなりごちゃごちゃで観光地の雰囲気は全くありません。川沿いに船着き場があります。
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細い給水塔でしょうか。様々な形の高層アパートが出てきます。
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この辺りは道が面倒です。
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グルネル橋からのエッフェル塔です。
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自由の女神像です。白鳥の島というそうですがとにかく観光地ではなく住宅地に近く、しかもパリっぽくない高層アパートに囲まれています。アメリカって感じでしょうか。
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船上カフェかレストランか、営業しているのかよくわかりませんが、一応屋根にピラミッドがあります。
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近くの道路は歩道もほとんどなく全く写真をとる形には出来ていません。唯一良く見るネット上の写真は全て船上から撮られているようです。セーヌ川下りをするようにできているのですね。
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なんとか自由の女神とエッフェル塔との写真を撮ろうとしますがいまいちです。なかなか良くできていますねえ。歩道はほとんどなくそもそもここで撮れないようにできているようです。
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ちょっと晴れ間が出ています。
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まあ虹のショットと同じくらい貴重なよそでは見られない写真かもしれません。パリの中のアメリカです。
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交通量が相当多く非常に危険です。望遠レンズで撮るのかも知れません。ポイントのところは橋のたもとで決まっているようでした。
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ミラボー橋からのショットです。ギヨーム・アポリネールの詩「ミラボー橋」の舞台です。YouTubeの動画に加えました。
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対岸にはいかにもシンボルといった碇と聖アンデレ十字の重なった印の恐らく川下りとレストランを兼ねた船着き場のクラブのような場所がありました。川下りは良いのでしょうが、まあなんというかでした。商売っ気が強い感じでしょうか。
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もう一度グルネル橋から自由の女神に近づきます。
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ちょうどまさに自由の女神の周辺を妙な工事をしていて変な感じの立ち入り禁止でしたがささっと入って写真を撮ってきました。まあ貴重なショットだと思いますが、周りに誰も観光客はいませんでした。
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島に遊歩道がありアーチがあります。
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パリ日本文化会館で開催中の展示です。まあシュールな感じでしょうか。あまり日本人は歩いていませんでした。地下鉄の移動が良いようです。この辺りでもうヘトヘトです。この後はエッフェル塔に上り、オルセー美術館を巡りルーブル美術館に行き着きます。
2012-12-09 21:01 | カテゴリ:フランス
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
フリーメイスンリーの記念碑や建築というともちろん石造りが多いわけですが、それが決定的に変わったのはこのエッフェル塔が建ってからになるかと思います。いわゆる鉄筋や鉄筋コンクリートの建築が20世紀を代表する建築となる際に最初の鉄の強度を示す見本となったのがこのエッフェル塔であると思われますし、画期的にその後の建築が変化していく分岐点にあった記念碑的な建築であると思われます。
日本人は東京タワーの原型としてのエッフェル塔を思い浮かべます。その際には333mの東京タワーに対してそれよりも低い建物と考えがちですが、実際には展望台の高さは高くエッフェル塔273mに対して東京タワー223mとなっているので、東京タワーに上った事があれば、それよりおよそ70年前に建てられた建築がほぼ当時のままの姿で現在もその高さに登れる事はすごい事だと思われるかと思います。東京タワーが主に当時普及が図られていたテレビのための電波塔として建築された事に比べると、エッフェル塔はまさにフランス革命100周年を記念した第4回万国博覧会での目玉の建築として建てられた、鉄の建築と高さを競う見せるための建築であり、その後電波塔としての機能を付加されたとはいえそもそも建築の目的が微妙に異なる事がわかるかと思います。実際に登ると階段からは細かい鉄骨の組み上げが良くわかりますし、当時最新であったエレベーターの仕組みやスムーズな動きがはっきりと体感できるようにできていますし、そしてそれらが大量の観光客に均等に実感できるような設計でその通りに建築後100年以上稼働してきた事がわかります。日本では新東京タワーとも言うべきスカイツリーが建築されその高さを誇っていますが、建築後100年以上もその高さと美しさで世界中の観光客を展望台に集めてきたエッフェル塔の偉大さというものが実際に登ると歴史とともに体感されます。
では実際の写真を見ていきます。
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エッフェル塔の下には庭園があります。トイレが外にあるのですが、雨も降りだして大渋滞でした。ちょうど小便をするときに奥さんがネックレスにフリーメイスンリーのシンボルをしているブラザーと隣になったんですが、犬のようにどうのこうのと言っていて、それも何かしらの意味があったかと思います。まあ人間なら待てという意味だと思われます。
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4つの足の2つがエレベーターの入り口で2つが階段の入り口となっているそうです。
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エレベーターは空気圧で上がる仕組みで赤と黄色のポンプが上下動してスムーズにエレベーターが上がっていきます。
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第二展望台からみたシャン・ド・マルス公園とエコール・ミリテールです。エコール・ミリテールは陸軍士官学校のようです。
エッフェル塔のエレベーターの動画がありましたので置きます。

かつては第二展望台から最上階までは螺旋階段で100m以上上る構造であったようで、建築当時は最上階まで上がるのは相当大変であったようです。
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第二展望台から上を見たところです。第二展望台では大渋滞で結構待ちます。
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入場券も良くできています。二か所で角を取るとちょうどオベリスク型になります。エッフェル塔がオベリスクと同じ意味であるという事です。
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最上階からの眺めです。
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最上部の模型です。螺旋階段で上にいけますが通常はいけません。
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解説があります。
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反対側の眺めです。
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大正天皇のブラザーエッフェルへの勲三等の表彰状があります。面白いですね。
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なぜかブラザーエッフェルとエジソンの蝋人形があります。エジソンも発明した電球をゾロアスター教の神であるアフラ・マズダからマズダと名前を付けたなどフリーメイスンリーにまつわるような話もあります。ブラザーフォードとも親友であったなどありますが、一日16時間働き続け、高等教育を受けていないエジソンにフリーメイスンリーの活動をする時間はなかったようです。
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途中で大分渋滞したのと天気が悪くなって寒かったのでどうもこれは登ったところでまた虹じゃないかと思ったんですが、そんな事はありませんでした。4になってしまいますからね。
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ブラザーエッフェルの写真です。
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上から下りてきたところの第二展望台からのラ・デファンス方面です。天気が気になって撮っています。
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結局降りてきて下から撮っています。やっぱり虹は3回で打ち止めです。出たところで寄付を求められたりしましたがスルーしました。天気が気になってしょうがない感じでしょうか。
まあ色々あるフリーメイスンの旅です。
次回オルセー美術館です。
2012-12-15 09:31 | カテゴリ:フランス
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
要するにオルセー美術館な訳ですが、やはり多いのは印象派です。
印象派は主にマネにルーツを置き、モネの第一回印象派展の「印象、日の出」の作品に由来する写実主義から脱した絵画独自の表現に徹した新しい表現法を追求した画家のグループであるということです。
ロンドンでブラザーウィリアム・ターナーの作品を見た直後だと明らかにその関連を感じるわけですが、画家や芸術アカデミー会員でセントポール大聖堂に葬られた方が多い事を知ると絵画芸術不毛の地イギリスでフリーメイスンリーによって追及された絵画の手法、象徴性と写実性が翻って芸術の都パリでそれらから脱して印象主義、よりリアルな漠然としたものとして新しい表現法として確立された事が理解されるかと思います。特に印象派の名前の由来ともなったモネが第一回印象派展の前にロンドンに滞在しその画風を確立した事と、ブラザーウィリアム・ターナーの画風を明らかに取り入れた事と、後にロンドンのウェストミンスター宮殿を印象派の画風で何度も書いている事がこれらの印象派のムーブメントを象徴する、すなわちジャポニズムなどとも絡めたフリーメイスンリーとの芸術の関連ではないかと思います。

さてまああまり素人が余計な事を言うと火傷をしますが、ワシントンナショナルギャラリー展のフィンセント・ファン・ゴッホの白バラで感じたフリーメイスンリーと印象派との関連に引き続いた現代における絵画芸術の理解について、フリーメイスンリーの最も盛んな都市であるパリのオルセー美術館で、ロンドンでの美術館巡りに引き続いて見学する事で思いを強くしたという事になるかと思います。

では実際に撮った写真です。オルセー美術館は内部は撮影禁止ですので絵画の写真は主にサルヴァスタイル美術館というサイトからお借りしています。あとはウィキペディアです。内部の様子を写したYouTubeの動画がありましたので参考にしてください。
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セーヌ川沿いの道をエッフェル塔から戻ります。
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ブルボン宮、国民議会の前のアンリ・フランソワ・ダゲッソーの像です。フリーメイスンと思われます。
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オルセー美術館に到着します。少し人が集まっています。
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待っている間に一気に晴れてきました。
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中で撮った写真はこれだけです。鉄道駅であった名残の大時計です。
オルセー美術館は美術館として見てかなり変わった駅の再利用の美術館であり、ルーブル美術館と比べると大分変な感じです。それはそのまま上述した印象派が主にあるという事とも関連しているようですし、題名としたフランスの良き時代、ベルエポックの空気を反映しようとした感じかもしれません。日本で言うとバブル時代みたいな感じでしょうか。駅の再利用が美術館なんて言うのもそういう時代の空気を反映しているのではないでしょうか。


内部の動画です。絵画を見て回るには不釣り合いな開放的な空間ですが、唯一クールベの大作は映えていました。クールベはパリコミューンで美術大臣を務めたりした美術とともに社会的な活動家であり、フリーメイスンリーとは対極にいた人物かと思われます。セザンヌやミレー、マネ、モネといういわゆる印象派の巨匠たちは4階といった大時計の小部屋の方にあったのがまあそれなりかなといった感じでした。ファン・ゴッホやゴーギャンは右手の分けられた部屋の方にありました。作品もタヒチのものやファン・ゴッホは星月夜や教会のものなど強くフリーメイスンリーのシンボルを意識したものでした。オルセー美術館の位置づけとしてはロンドンのナショナルギャラリーに近いものなのかもしれません。
ではオルセー美術館で展示されている絵画の、ネット上で拾ってきた画像を並べます。
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オルセー美術館の一階で最も目立つのはやはりルーヴル美術館でもそうですがドミニク・アングルの作品かと思います。聖餅の聖母(オスティアのマリア)といいラファエロの作品から着想を得た、カトリックの教義の象徴を印象的に配した絵です。アングルはフランスアカデミーの院長を務めており、師がブラザーダヴィッドでありフリーメイスンと思われます。
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パフォスのヴィーナス
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ジャン=レオン・ジェローム闘鶏
ジャン=レオン・ジェロームの闘鶏です。ジャン=レオン・ジェロームは典型的なアカデミズム美術の中心的な存在であり、主にオリエンタルをテーマとした画題を描いたそうです。まさにグラントリアンのフランスフリーメイスンリーです。
退廃期のローマ人
トマ・クチュールの退廃期のローマ人達です。マネの師であり、サロンから徐々に離れていき批判する本を出版したそうです。
テピダリウム
テピダリウム。テオドール・シャセリオーです。アングルの弟子でロマン主義に属し、やはりオリエンタリズムが認められます。
マクベス
マクベス
サッフォー
サッフォー
真実
ジュール・ジョゼフ・ルフェーブルの真実です。一人の女性を描いた絵を多く認め、アカデミーで教師を務めていたようです。この絵はフリーメイスンリーの第一階級で教わる三つの基本的な教えの兄弟愛、救済、真実の一つを示しているようです。
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アレクサンドル・カバネルのヴィーナスの誕生。ブラザーナポレオン3世が購入したそうです。当時のフランス画壇でアカデミック絵画としてサロンの中心にいて教え子が多数いました。印象派達のサロンでの展示を拒否したため、結果として落選者の作品を集めた展覧会が評判となりサロンの評判は地に落ちたそうです。恐らく題材や正統派の写実性などからフリーメイスンと思われます。
カイン一族の逃亡
カイン一族の逃亡。フェルナン・コルモンです。アレクサンドル・カバネルの弟子で、フランス芸術家協会会長を務めたそうです。新しい芸術にも寛容でファン・ゴッホやロートレックにも教えたそうです。1845年12月24日生まれだそうです。
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バルブ・ドゥ・リムスキー=コルサコフ夫人の肖像、フランツ・ヴィンターハルターです。主に王侯貴族の肖像画を描き、特に美しい王女の肖像画で各国の美術館に作品が収蔵されています。はっきりした根拠はありませんが、当時の英仏独の王族は多くがフリーメイスンであったことからも、この画家もフリーメイスンであったのではないでしょうか。
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象徴主義の画家であるギュスターヴ・モローのイアソンです。聖書や神話に題材をとった幻想的な作風で知られ、印象派と同時代の方ですが、フリーメイスンのようです。
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ガラテイア(ガラテア)です。チェコのグランドマスターを務めたブラザーミュシャの作品を思わせます。
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オルフェウスの首を運ぶトラキアの娘です。死したオルフェウスの顔面はルーヴル美術館収蔵のミケランジェロの彫刻作品瀕死の奴隷に基づいているそうです。
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目を閉じて(閉じられた目、瞑目)、オディロン・ルドンです。象徴主義に分類される作家です。印象派と同時代の画家ですが、実際には独自の画風で孤高の画家のようです。当初建築家を目指していたり、All Seeing Eyeを思わせるモチーフの作品が認められたり、題材などからもフリーメイスンのようです。
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アポロンの二輪馬車(アポロンの馬車と竜)
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キリストの磔刑
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エジプトへの逃避
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仏陀
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聖母の窓(ステンドグラス)
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イエスの御心
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エヴァ(イブ)
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笑う蜘蛛
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ポール・ゴーガンの肖像(ポール・ゴーギャンの肖像)
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ギュスターヴ・クールベの代表作オルナンの埋葬です。3.1m×6.6mの大作です。実物を見ると圧巻でなんだか訳がわかりません。ただオルセー美術館の中での存在感は圧倒的です。実際は写真で見るほど写実的な印象を受けずただただ巨大な自我を印象付ける作品です。実物と写真の印象が全く異なるのが特徴かもしれません。
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こちらも大作の画家のアトリエです。3.6m×6mです。クールベの作品は実物よりも写真写りが良い印象でしょうか。それだけ写真を意識したものであり、その結果として写真写りが良いのかもしれません。
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嵐の海
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リンゴの木の花
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源泉
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世界の起源
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眠る子、ジュリエット・クールベの肖像
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ピエール・ジョセフ・プロ―ドンの肖像
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プレイシールの泉の流れの鹿の群れ
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エトルタの崖、嵐のあと
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隠れ沢
クールベの作品ではドレスデン爆撃で失われた石割人夫という作品があります。フリーメイスンリーにまつわるようなテーマですが、労働者を描いた社会主義的作品とされたようです。クールベは名声を得たのちに、普仏戦争後のパリコミューンの時にオペラ座の回で触れたようにヴァンドーム広場のアウステルリッツ戦勝記念柱の解体を提唱して結果として破産し、国外追放となったそうです。なかなかいわくが深いような石割人夫の画像はヘッダーに加えました。
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アンリ・ファンタン=ラトゥールのドラクロワ礼賛(ドラクロワへのオマージュ)です。ラトゥールはクールベのアトリエで学び、サロンで活躍した画家です。後にアメリカ人画家のホイッスラーと親交を結んだそうです。印象派の絵画手法には否定的でありつつも、印象派の画家たちと知り合いで、ベルト・モリゾにマネを紹介して両者を引き合わせたそうです。恐らくフリーメイスンではないでしょうか。
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バティニョールのアトリエです。当時のアカデミズムに挑戦的であったマネを中心としてオットー・ショルデラー、ルノワール、エミール・ゾラ、エドモン・メートル、フレデリック・バジール、クロード・モネを認めます。机の上には女神ミネルヴァの像を認めています。
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デュブール家の人々
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シャルロット・デュブール
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ジェームズ・マクニール・ホイッスラーの灰色と黒のアレンジメント-母の肖像です。アンリ・ファンタン=ラトゥール、アルフォンス・ルグロと三人会を結成したそうです。イギリス美術家協会会長になっておりフリーメイスンと思われます。
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ギュスターヴ・カイユボットの床削りの人々です。カイユボットは遺産を元に印象派の画家たちを支援しつつ自身も描いていて、1950年代になって初めて子孫が絵画を市場に売ったそうです。
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エドガー・ドガのアプサントを飲む人(カフェにて)です。ドガは反ユダヤ主義者であったそうです。
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ベレッリ家の肖像、ドガの初期の作品です。
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舞台のバレエ稽古です。ガルニエ宮の様子だそうです。
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アイロンをかける女たち
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オペラ座の稽古場(ル・ペルティエ街のオペラ座のバレエ教室、踊りの審査)
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オペラ座のオーケストラ
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舞台の2人の踊り子
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ダンス教室(バレエの教室)
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浴盤(たらいで湯浴みする女)
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エドゥアール・マネのバルコニーです。マネは印象派の先駆者として有名です。父は法務省の高級官僚でレジオンドヌール勲章をもらうブルジョア出身であり、両親の意向で海軍に入るところを受験で失敗し画家になったそうです。画題や活動などからもフリーメイスンと思われます。この絵ではマネの弟ウジェーヌと結婚したベルト・モリゾが描かれています。
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胸をはだけたブロンドの娘
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笛吹く少年
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ガラス花瓶の中のカーネーションとクレマティス
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草上の昼食
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すみれのブーケをつけたベルト・モリゾの肖像(黒い帽子のベルト・モリゾ)
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オランピア、様々な象徴を取り込みながら、娼婦を描いた事でスキャンダルになった作品だそうです。
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エミール・ゾラの肖像、ゾラはマネやセザンヌなどの印象派の擁護者であった小説家ですが、後に彼らをモデルとした小説を書いて絶交しています。フランス文芸家会長も務めており、フリーメイスンと思われます。ドレフュス事件に絡んでロンドンに亡命し、帰国後に自宅で一酸化炭素中毒による不審死をしたそうです。ドレフュス事件は普仏戦争後のフランス軍の対独諜報活動におけるユダヤ人のスパイ冤罪事件であり、この事件をきっかけとしてフランス軍は決定的に弱体化したそうです。またユダヤ人差別が顕在化した事でシオニズム運動のきっかけともなったという事です。まあいわゆるフリーメイスンリーの陰謀でしょうか。
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マネの弟子であるエヴァ・ゴンザレスによるオペラのロッジです。その名の通りというわけではありませんが、ロッジはオペラ座の特別席の事で、普通に見るとオペラ座の様子を描いているわけですが、もちろんオペラ座にもフリーメイスンリーのロッジがあったと思われ、女性の会員が存在した事を誇示している事と思われます。同じエヴァ・ゴンザレスの作品の秘密というものは白黒の服を着た女性がピアノを練習している図で、これはピアノ自体がフリーメイスンリーが開発した楽器でありその白黒の象徴性を秘密としている含意と思われます。本人の肖像画はロンドンのナショナルギャラリーにあるそうです。
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マネの弟子でありモデルであったベルト・モリゾのゆりかごです。女性的な表現に満ちています。
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蝶々捕りです。フリーメイスンリーを思わせる表現はありません。
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睡蓮の池、バラ色の調和(太鼓橋)、クロード・モネの作品です。この辺りの印象派の作品はオルセー美術館の確か4階だったと思いますが、奥の方のエレベーターで昇る変な場所にある印象派の作品を集めたところにあります。非常に驚くほど有名な印象派の作品が美術館の構造上端っこの一番上に集められているので見逃すと大変です。モネは普仏戦争の兵役を逃れてロンドンでブラザーターナーの絵を学んだそうですが、その後ジャポニズムとの絡みからか良く睡蓮を題材としています。蓮の葉を東洋の仏教の思想の体現ととらえていたのでしょうか。マネを始めとしてフリーメイスンリーとの明らかなつながりが感じられるモネがどこまでフリーメイスンリーの影響があったかは解釈が分かれるところかもしれません。
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アルジャントゥイユの鉄道橋(鉄橋)
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舟遊び(ノルヴェジエンヌ号で)
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戸外の人物習作(左向きの日傘の女)
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睡蓮の池、緑の調和
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戸外の人物習作(右向きの日傘の女)
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サン・ラザール駅
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かささぎ
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モネの家の庭、アイリス
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ロンドンの国会議事堂、霧を貫く陽光。ロンドンのナショナルギャラリーにも1871年のビッグベンを中心としたウェストミンスター宮殿の霧の中の構図があります。光の画家という呼び名はこの辺りからも求められるのでしょうか。
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アルジャントゥイユのレガッタ
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アルジャントゥイユの橋
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ルーアン大聖堂、扉口とアルバーヌの鐘塔、充満する陽光
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死の床のカミーユ・モネ、子宮癌で夭逝する妻を描いた作品ですが、この後にパトロンの妻であった女性と再婚します。モネは86歳まで生きますが、最後まで国家の要請によって白内障で視力を失いながらも睡蓮の絵を描き続けました。
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カミーユ・ピサロの羊飼いの娘(小枝を持つ少女、座る農家の娘)です。カミーユ・ピサロは印象派の中で最も年長で、全ての印象派展に出品した印象派の中の中心的な人物でした。当時デンマーク領であった西インド諸島のサン・トマ島でスペイン系ユダヤ人(セファルディム)の父とその妻の間に生まれ、ほぼその島で育ったそうです。モネとともにロンドンでブラザーターナーについて学んだそうです。
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白い霜
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赤い屋根、冬の効果(赤い屋根の家々、村の一角、冬景色)。カミーユ・ピサロは1903年11月13日に73歳でパリで亡くなったそうです。墓を見るとちょっと特徴的ですがフリーメイスンかどうかは難しいです。
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ピエール=オーギュスト・ルノワールの大きな裸婦です。ルノワールは日本では喫茶店で有名かと思います。労働者階級の出身でパトロンの好みに応じて作風を変化させていったそうです。幼少期にフリーメイスンと思われる作曲家グノーの元で聖歌隊をやっていたそうです。グノーもバッハの平均律にアヴェマリアの歌詞を載せたグノーのアヴェマリアで有名ですが、ファウストのオペラやバチカンの国歌、ロミオとジュリエットのオペラを作成しており、フリーメイスンのようです。ルノワールの作品においてもやはりオペラ座の桟敷席を描いた作品で女性が明らかに白黒を強調した服を着て、連れの男性があらぬ方向の恐らく女性をオペラグラスで覗いている興味深い画題があり、恐らくマネと弟子のエヴァ・ゴンザレス、もう一人の女性的な画家である弟の妻であるベルト・モリゾとの三角関係を揶揄したものではないでしょうか。彼自身も数多くのモデルの女性たちと恋仲であったようです。晩年にはリウマチ性関節炎を患います。ルノワールもフリーメイスンであったようです。
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浴女たち(ニンフ)
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ぶらんこ
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アルジェのアラブの祭日(モスク)
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フレデリック・バジールの肖像
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絵筆を持つクロード・モネ
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ピアノに寄る娘たち
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陽光の中の裸婦(エテュード:トルソ、光の効果)
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後ろ姿の横たわる裸婦
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田舎のダンス
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ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏場
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都会のダンス
少女アルフォンジン
少女アルフォンジン
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草原の坂道(夏の田舎道)。やはり印象派コーナーではルノワールが最も華やかであるかと思います。それはまさにフランス大東社の華やかな雰囲気と労働者階級から芸術家になったルノワールのフリーメイスンリー的に理想的な明るさが好ましいものであったからではないでしょうか。
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アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックの踊るジャンヌ・アヴリルです。ロートレックは伯爵家の生まれであり、足の成長が止まる障害者でありましたが、ジャポニズムについての知識や、ムーランルージュでの生活など、フランス上流階級の人間でした。36歳で1901年9月9日亡くなったそうです。
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ジュスティーヌ・ディール嬢
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黒い羽毛のショールの女(黒いボアの女)
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ベッド
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女道化師シャ=ユ=カオ
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赤毛の女(身繕い)
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ひとり。ロートレックもかなりの変わりものであったようですが、クールベなどもそうですが、芸術家では個性が強い人物の方がやはり絵画も際立つものがあるようです。
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ジャン=フランソワ・ミレーの落穂拾いです。落穂拾いは旧約聖書のユダヤ人の戒律において重要なテーマであり、土地を持てない同胞のために落穂は残さなければならないという戒律があり、それを示しているものと思われます。
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晩鐘。敬虔なキリスト教徒の様子です。
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羊飼いの少女。聖書のダヴィデなどの羊飼いに象徴される指導者、人間を導く神としての存在と、フランスの象徴であるマリアンヌを一致させているのかと思われます。
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ポール・セザンヌのオーヴェール=シュル=オワーズの首吊りの家です。
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リンゴとオレンジ
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ギュスターヴ・ジェフロワの肖像、フリーメイスンなんだと思います。
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台所のテーブル(籠のある静物)
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カード遊びをする人々
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青い花瓶
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女とコーヒーポット(婦人とコーヒー沸かし)
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水浴の男たち
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画家アシル・アンプレールの肖像、セザンヌが非常に尊敬していたそうでフリーメイスンかもしれません。
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マンシーの橋
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牧歌(バルバリア河畔のドン・キホーテ)
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モデルヌ・オランピア(近代のオランピア、新オランピア)
セザンヌはエミール・ゾラと同級生で友人であったそうです。彼に絵画の特に印象派の手法を伝えたのはカミーユ・ピサロであったそうです。皆フリーメイスンなのでしょう。
セザンヌの作品でフリーメイスンリー関連で特徴的なのがヘッダーにも利用しましたが、メメントモリを題材とした絵がある事と、いわゆるピエロ、アルルカンの絵がある事でしょうか。黒と赤の格子模様の服を着た道化師の様子はこのブログでもビリケンの解説で触れたスコティッシュライトの32階級で構成されるシュライナーズと同様の付帯組織であるRoyal Order of Jesters のシンボルであるという事になります。シンボリズムから推察してセザンヌもフリーメイスンであったと思われます。
彼の後進への手紙の中で「自然を円筒、球、円錐として捉えなさい」と書いた言葉がのちのキュビスムの画家たちに大きな影響を与えたそうです。
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ジャン=バティスト・カミーユ・コローの鎧を着て座る男です。コローの作品は風景画などが多く、写実主義に分類されます。パリ万国博覧会でグランプリも取っているそうです。78歳まで長生きし生涯未婚であったそうです。1875年2月22日に亡くなっています。サロンでも人気でブラザーナポレオン3世の買い上げなどを受けています。作品の多くがルーヴル美術館にあるようです。ミレーと親交があったそうで彼もフリーメイスンと思われます。
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網の引き上げ
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朝、ニンフの踊り
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ニンフと戯れるアムール
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ポール・ゴーギャンの扇面のある静物です。ゴーギャンは神学校に通った後海軍に務めたそうです。その後証券会社の社員として働き5人の子供を持つ普通の勤め人でしたが、突然安定した生活を捨て画家となります。その後のファン・ゴッホとの共同生活やタヒチへの渡航などは有名かと思います。作品の評価は没後に高まったようです。他のフリーメイスンと思われる画家とのつながりからもフリーメイスンと思われますが、死後に高い評価を受けた画家です。旅人であった事は間違いなく、タヒチなど南の島の情景を色彩豊かな表現で哲学的なテーマで描いています。
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白い馬
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アレアレア
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タヒチの女たち
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自画像(1893年)
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黄色いキリストのある自画像
ゴーギャンとファン・ゴッホの共通点は何と言っても元々神学校の出身で職業的な画家の訓練を受けていないというところだと思われます。彼らの存在が絵画文化の大衆化に大きく影響しているというところがあるかと思われます。
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フィンセント・ファン・ゴッホのウジェーヌ・ボックの肖像です。ベルギー出身の職業画家を描いているそうです。オルセー美術館にあるファン・ゴッホの絵画は比較的シンボリズムが認められているものが多い印象でした。この絵も星を象徴として恐らくフリーメイスンを描いたものなのだと思われます。
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アルルのファン・ゴッホの寝室(画家の寝室、ファン・ゴッホの部屋)
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アルルのダンスホール
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ポール・ガシェ医師の肖像(ガッシェ博士の肖像)
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オーヴェールの教会、背景が青を強調しているのも一つの特徴かと思います。
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アルルの女(ジヌー夫人)
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自画像(渦巻く青い背景の中の自画像)
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星降る夜、アルル
ファン・ゴッホはオランダの牧師の長男で神学校を卒業しており、十分な聖書の素養と新教国でのフリーメイスンリーの知識を有していたと思われますし、それらのシンボリズムが多く絵に反映されている事は明らかであり、ガシェ医師を始めとして、印象派やパトロンたちの数多くのフリーメイスンに囲まれていたと思われます。また彼自身の親戚や親たちを見てもオランダのプロテスタントの要職を務めており、多くがフリーメイスンであったようです。彼の死の直前に至るまでに完成されていく彼自身の独特の表現法とともにちょっとずつ示されるシンボリズムが彼のそうした素養から意識的にせよ無意識にせよ自然に表わされて、それが彼の絵画の隠された意味になるのかと思われます。
ちなみにファン・ゴッホの死は一般に自殺とされていますが、耳そぎ事件と同様に真相は不明です。ファン・ゴッホの死からわずか半年足らずで理解者であった弟テオは神経梅毒の診断で死んでいます。もちろんこのブログの読者の方は印象派のスターとも言えるファン・ゴッホの死が単なる悲劇であったと考える程単純ではないと思われます。
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ジョルジュ・スーラのサーカスです。スーラは新印象派とも呼ばれ、アングルの弟子に学び、印象派のピサロとも出会い影響を与えたりしています。科学的手法を推し進めた点描の手法を美術学校中退後より作品として発表し、その後第8回目の最後の印象派展で大作を出品し注目されます。31歳の若さで感染症で亡くなりました。スーラの点描画に集約されるように実は印象派の絵画が実は極めて綿密に計算された絵画芸術の革命であった事を語る象徴的なものであるかと思われます。絵画芸術がモナリザの絵画に示される計算された美、黄金比に表されるような科学的な美である事を象徴する画家であるかと思われます。
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ポール=タン=ベッサンの外港、満潮
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ポール・シニャックの緑の帆船、ヴェネツィアです。スーラの亡き後の新印象派を継承した画家です。性格的にはスーラと正反対であったようです。スーラの死後ロンドンに渡りやはりブラザーターナーの絵画に影響を受けているそうです。シニャックは1863年11月11日生まれで、71歳で1935年8月15日にやはり感染症で亡くなっています。彼の書いた理論書は後のキュビズムなどの芸術家に影響を与えたそうです。
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赤い浮標
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井戸端の女たち(井戸端のプロヴァンス嬢)
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レ・ザンドリー、河堤(プティ・タンデリの土手)
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アンリ=エドモン・クロッスの夕方の大気(夕べのそよ風、夕風)です。スーラの死後にシニャックとともに新印象派を引き継ぎ、後のフォービズム(野獣派)と呼ばれるアンリ・マチスらへ影響を与えたそうです。
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カーニュの糸杉
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豊かな髪
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女性の肖像
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黄金島(金色の島)
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午後の情景
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アドルフ・モンティセリの白い水差しのある静物画です。アドルフ・モンティセリはファン・ゴッホやセザンヌに影響を与えたそうです。ファウストなどを画題に描いておりフリーメイスンかと思われます。
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ウジェーヌ・ブーダンのトゥルーヴィルの海岸です。ウジェーヌ・ブーダンは元々絵画・画材店を経営していてミレーらと知り合い絵を教えられ、戸外制作についてモネに教えたそうです。
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トゥルーヴィルの海岸
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トゥルーヴィルの浜辺
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アルマン・ギヨマンのアゲーの眺めです。アルマン・ギヨマンは労働者階級の出身で働きながら夜間に絵を描いていたそうです。当初は印象派展への参加を拒否されましたがピサロの擁護で参加できたそうです。後に宝くじに当選して画業に専念するようになり印象派の中では最長の86歳まで生きました。
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雪の中の小道
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イヴリーの夕暮れ
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静物-花、陶器、書物
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裸婦
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ベルシー河岸-雪の印象
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釣り人たち
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アルフレッド・シスレーのモレジーの競艇です。アルフレッド・シスレーはフランス在住の裕福な商人のイギリス人の子供でクールベやコローに絵を学び印象派として活動しますが積極的に売り込まなかったそうで、後に父親の破産により経済的に困窮します。フランス国籍を申請して却下されたそうです。ピサロがマティスに典型的な印象派とは誰かと聞かれて挙げたのがシスレーだったそうで、まさに印象派とは英仏のフリーメイスンリーの合作による絵画芸術の革命であったようです。
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アルジャントゥイユの広場
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エミール・ベルナールの愛の森のマドレーヌ(ボワ・ダムールのマドレーヌ)です。エミール・ベルナールはゴーギャンとともに総合主義と呼ばれる象徴主義の一つを始めたそうですが、個性が強いようで後にゴーギャンとも絶交しているようです。ジャポニズム、現代で言うところのマンガの手法を絵画に導入したようです。
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陶器と壷とリンゴのある静物
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日傘をさすブルターニュの女たち
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水浴する女たちと赤い雌牛
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ピエール・ボナールの水の戯れ、旅です。ナビ派と呼ばれる後期印象派の後の画家で、セザンヌやジャポニズムの影響が強いそうです。
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男と女
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砂遊びをする子供
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けだるさ(ベッドでまどろむ女、しどけない女)
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ポール・セリュジエのにわか雨です。ナビ派をモーリス・ドニ、ピエール・ボナールらと共に結成しました。
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護符(タリスマン、ポン・タヴェンの愛の森)
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モーリス・ドニの天国です。モーリス・ドニは20歳のときに芸術論文に「絵画とは軍馬や裸婦、或いは何かの逸話である以前に、本質的には一定の秩序の上に集められた色彩で覆われる平面であることをまずは認識すべきである」という絵画理論を発表しその後のキュビズムやフォービズム、抽象絵画の理論的支柱となったそうです。フリーメイスンらしい逸話です。
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ミューズたち(ムーサたち、公園、樹の下で)
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セザンヌ礼賛(セザンヌ頌)。セザンヌとナビ派の画家とのフリーメイスンリーでの繋がりを端的に示した絵と思われます。
木を伐る人
フェルディナント・ホドラーの木を伐る人です。フェルディナント・ホドラーはスイス人で象徴主義の画家とされます。パリとは直接関係ないようですが恐らくフリーメイスンなのでしょう。
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アンリ・ルソーの戦争です。アンリ・ルソーは印象派と同時代の画家ですが素材派とも呼ばれ元々税関職員でほとんどの絵が退職後の50歳以降に描かれたそうです。ゴーギャンやピカソに影響を与えました。家庭生活ではあまり恵まれず二度目の妻がジョセフィーヌというそうですがこの方にも1903年に先立たれているそうです。1908年にピカソやミラボー橋の作詞したアポリネールらに茶化したようなパーティーを開かれたそうです。1909年には手形詐欺事件で拘留されたそうです。1910年に66歳で亡くなっています。作風はその後のキュビズムやシュルリアリスムを先取りしたといえる先進的なもので、もともと日曜画家でありながらその後の20世紀の芸術を示したものであったようです。
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蛇使いの女
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田舎の結婚式(婚礼)

さてこのブログ中最長の回になってしまったわけですが、印象派論としてフリーメイスンリーと若干絡めてなんとか形になったでしょうか。実際には大急ぎで上記のような知識も持たず1時間弱でオルセー美術館を周ったというのが現地での様子でした。まあ日本の美術館もそうですが美術館のカフェの客の方が展示場よりも多く客の滞在時間も長い時代ですので、オルセー美術館もそうした傾向にもれずカフェの方が人も多く充実している印象でしたが、少なくともここに書いたような事を知ってからオルセー美術館を訪問すると少し違った時間を得られるのかもしれません。

オルセー美術館は写真撮影禁止なので上記のような内容になりましたが、ルーヴル美術館は写真がありますのでそれに基づいたものとしようと思います。ルーヴル美術館の方がよりフランス全体の象徴という形になるのだと思いますが、フリーメイスンリーとの関係はさらに濃厚でありながらはっきりとはしないかと思います。

上記以外にもロダンの彫刻など多くの彫刻作品やその他の画家の作品が多数あります。詳細はカタログや実際に訪問して確認してください。(追記:オーギュスト・ロダンも神曲をテーマとした地獄の門を制作し、1840年11月12日に生まれ、1917年11月17日に亡くなったそうで、カミーユ・クローデルとの三角関係は有名と思われます。フリーメイスンだと思われます。ちなみに考える人はちょうど三角関係でどちらを選ぶか考えていた時に作られたそうです。)

YouTubeの音楽をクリスマスソングに全面的に変更しました。不評のようですが、クリスマス期間中は継続する予定です。
2012-12-18 23:24 | カテゴリ:フランス
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
さてさてだんだんロンドン・パリ篇もネタが尽きてくるわけですが、まあなんだか虹の辺りはそれなりに好評のようで良かった感じでしょうか。
前回オルセー美術館篇が本人の予想外にまとめるのに時間がかかってしまい、まあ専門家にかかれば恐らくフランス芸術界とフリーメイスンリーとの繋がりは有名な話になるのかもしれませんが、印象派と絡めてこれだけ一般人向けに色々書いたものというのはそう多くは無いと思います。まあそれほど芸術に関心が多くない人でも印象派やその後の抽象芸術はそれなりに常識として知っているところがあると思い、そうした人がフリーメイスンリーと芸術との繋がりを少しでも知識として持って、そうしたものを実物を見た時や実生活の中で感じていただければ、このブログの存在価値もあるかなと思われると、いつもながら皆さんの直接の反応が無いので自画自賛するわけです。
まあちょっと内容的にも観た感想を書くだけではないので、色々専門分野ではない事について字面や写真を見て書くのは非常に疲れるので、また美術品の分野といえばその取引に関わる額が大きいのもみなさんご存じかと思いますし、フランスという国が芸術の都という名前もあってそれらの美術、芸術の分野にそれなりのプライドと歴史と労力とコストをかけているのは有名だと思いますし、それらについていわば虹の報酬として紹介するような立場になるわけで、まあなかなか大変だという事です。

まあロンドン・パリ篇の一つのテーマになるのだと思いますが、要するにヨーロッパの1717年以降の歴史はすなわちフリーメイスンリーの歴史そのものであり、ほとんどの登場人物がフリーメイスンリーと繋がりを持っており、それはそのまま現代に拡大し続けて存在するという事であり、逆にいえば日本の歴史が明治維新以降フリーメイスンリーとの接点を中心としてあり続けながら未だに国内で化学反応の抑制とも言うべき作用が働いてむしろ時代によっては反動の歴史の方が打ち勝っているという事すらありうるというものであります。私自身坂本龍馬に例えられたり、明治維新がまた始まる歴史になったりと、キリスト教の文化や知識も加えるとまさに日本ではフリーメイスンリーにおいては1717年のグランドロッジ結成以前の英国と同様の環境とも言えるものであり、300年の歴史というものがまさにフリーメイスンリーと東洋と西洋の違い、ピラミッドの頂点の差なのかもしれないという実感を抱くところです。

さて愚痴のような前置きが長くなりましたが、こういった彼我の差をあらためて強くするのが恐らく多くの東洋人にとってはかつては大英博物館であり、パリに人が集まるようになった現在では今回から数回に渡って書く事になるこのルーヴル美術館なのではないかと思います。私もかつて台湾の故宮博物院を見学して、その収蔵品の貴重な中華文明の粋とも言えるものを見て、東洋の美術の粋とも言えるそれらに感慨を抱き、それが収蔵品に比べて非常に現代的なみすぼらしい施設に入っている事に中国の近現代史の不幸を感じましたが、今回ルーヴル美術館を見て回り、正直に言ってもちろん東が優れている分野がいくつもあるとはいえ東西を比較した際に総合力ではやはり西洋の力が結集したところではやはり差を感じるというところがまあ単純な博物館比較というところになるのだと思います。

そういう差、それを直接体感した際にその原因を追及していくとやはりキリスト教からフリーメイスンリーに行き着くというのが自然の道であり、それが横須賀ではまさに数多くの施設やアメリカ軍が戦後設置したモニュメントや旧海軍、明治維新後の開港の歴史であり、それらがまさに近現代の日本人が通る光に至る小道と呼ばれるものではないでしょうか。

まあとにかくオルセー美術館の内容が予想以上に重くなりすぎて疲れたのでちょっと気分転換にガス抜きのような長文でした。実際はルーヴル美術館は展示品の数や歴史、重要性はオルセー美術館の何倍もあるわけですが、こちらは写真撮影可でそれこそ日本人の何十倍もいる中国人がところかまわずフラッシュ撮影している状況なのですが、それを一切フランス人は咎めず、彼らはその差をすでに知っているという態度で、かつて大英博物館で日本人が通過した状況を現代のツアーの中国人がまさに体感している状況であるという状況であったわけです。という事で私もチャイニーズの一人としてフラッシュはたきませんが全く持って所かまわず写真撮影する東洋人として恥も外聞もかき捨ててこのブログのためとは言いませんが、実際そういう感じで大量のルーヴル美術館の収蔵品を可能な限り写真撮影してきたというところです。
この写真撮影可、スケッチも解説も可という博物館の中の博物館、それでいて美術館という名前の一種の美の王宮がもちろんフランス革命とその後のブラザーナポレオンの治世以降可能になったという事、これをさらに全世界の人々に開放しているという事実が、まさにフランス革命とは何であったのかという事の体感でありブラザーエドマンド・バーグが消極的に否定した事柄の現代に繋がる事象なのかと思われました。
オルセー美術館においても主要な収蔵品の写真は多くがインターネットで検索する事ができ、図書館と同じく博物館、美術館においてもその存在意義が様々に問われる時代になるとはいえ、フリーメイスンリーの体験と同じく、図書館、博物館、美術館のそれぞれその場に行かないと味わえない感覚、本を手にとって読む感覚、博物館、美術館の実際に本物を見ないとわからない感覚、これらは人類の知能がいかに発達しようとも本質的には変わらないと思われ、それはまさに古代の英知の発見と同じ感覚を保ち続けるフリーメイスンリーとなんら変わらないものではないかと思われます。
というわけでちょっとブログの言い訳のような感じですが、写真撮影可というフランス革命以降のありえないほど多くの血と努力によって与えられた基本的権利を最大限に行使してこの後のブログを構成していこうと思います。もちろん神様はそういう打算を見ているわけで、ルーヴル美術館で写真撮影をしまくっていて下を見ずに歩いて、足元の鉄の柵に足の脛を強打して骨にひびが入るかと思われるほど痛かったという事もあり、またそれを見ていた中国人に酷く笑われたという旅にありがちな思い出もありました。
まあ美術館の写真を出す事によってそれを見た人々の行動を喚起できればそれだけ意義があるという事になるという事で良いのではないでしょうか。見ただけ得という考えもあるかもしれませんが、それくらいは問題ないという太っ腹精神なのがまさに人間の本質を操るフリーメイスンリーというところだと思われます。つまり人間を深く理解した結果博物館は開放した方が良いし、美術館は写真撮影可とした方が良いとしたのが現実のルーヴル美術館であり、フランスフリーメイスンリーの象徴といえる美術館なのだと思われます。

このくらいで良いでしょうか。まあちょっとオルセー美術館篇みたいに調べるのはもうちょっと勘弁という事です。興味がある人は写真を見て、調べて、実際行って見てください。ああ疲れた。

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そういうわけでオルセー美術館からルーヴル美術館に移動します。雨が降ってないとは言えちょっと曇りですね。まあその位で雨が降っていなければこのくらい人が集まるようです。テュイルリー庭園の噴水です。
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ルーヴル美術館方面に歩きます。鳩もきれいに写っちゃったりして天気さえよければ写真なんてきれいに写るもんなんです。
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パリは黒人の人が確実にお土産物売りをしています。ロンドンでは有色人種の人が必ずコンビニで働いていました。どちらも日本人と中国人は料理屋と観光客です。
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なかなかきれいに撮れていますね。このくらいの曇り空だとまだまだ大丈夫です。
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これもまあなかなか良く撮れています。しかしまあ酷い雨でした。
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わかりやすい写真ですねえ。
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カルーゼル凱旋門ですね。天気がどうも何やら窺がっているようです。この旅のブログの文脈から行くと天気の表情も面白いですね。この写真自体が寓意画かもしれません。
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これも良い写真ですね。
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まあ取り合えず初めてルーヴル美術館に入ります。入口で金属探知機のゲートを通ります。チケットを持っているとスムーズな入場ができるようです。実際に入るとその多国籍な雑然とした雰囲気に期待を裏切られます。三部会のテニスコートのような感じでしょうか。美術館というよりも東京駅と上野公園をミックスしたような感じでしょうか。入口のところにはしっかり螺旋階段があります。螺旋階段を通るのは出る時だけだったと思います。
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ミッテラン大統領の時代に作られたそうです。ミッテラン大統領もフリーメイスンだったのでしょうね。設計したのは中国人の芸術家だそうですが、まあ念には念を入れてなのでしょうね。何しろフランスフリーメイスンリーの象徴的なルーヴル美術館にそのもののガラスのピラミッドを作るという計画ですから。この写真にあるのは恐らくVesica Piscisなのだと思われます。ダヴィンチ・コードでは666枚のガラスで構成されるとかあったそうですが、実際には無いとかなんとか、まあこのVesica Piscisの事を言っているのではないでしょうか。666はCafe NEROで十分じゃないでしょうか。黙示録のニガヨモギがチェルノブイリとかありますが、予言や黙示録は数字の3、11と言ったところで十分じゃないでしょうか。
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チケットが千円くらいでしたかね。非常に安い印象でした。私が最初に買った時はどうもまた東洋人の一人旅だという感じでフランス人の大学生のバイトという感じの子が露骨にそういう態度をしましたが、まあ色々民族的な感情が入り混じる広場と言う感じでした。日本人は女性の一人旅が多いのでしょうかね。
とりあえずモナリザは見ておこうと思ったのでしたかね。何翼だか忘れましたが、四つの場所があってそのうちの一つで、一番人がいるところです。
サモトラケのニケの像です。ナイキがライオンズクラブでこれをモチーフにしたんでしたね。まあなんつうか非常に俗物な目です。
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まあこんな遺物じゃなく実際に建築して街に置いていたギリシア人の時代というのはすごかったんだなとそれはあらためて思わされます。ユダヤ人も一目置いたギリシア人と言うヤクザじゃないですが世界の民族の歴史というものはすごいものがあります。ギリシア危機もそういうのがあるわけですね。
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やっぱり日本人からは遠いですが、キリスト教の宗教画がすぐに有ります。この辺はやはりヨーロッパ人の感覚なのでしょうね。フリーメイスンリーの象徴的美術館でも異教の神のニケの後はやはりちょっと口直しのような十字架があります。イタリア、ルネッサンスの展示だったのでしょうか。
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建築にシンボルのような感じがありそうなので撮ったのでしょうか。まあ建築自体は非常にバッキンガム宮殿に似ています。時代的にはあちらが似せたのだと思いますが。
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メインロードみたいなモナリザ、ダヴィンチの作品などに繋がる展示室です。結構な混みようです。
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宗教画も床が白黒のモザイクで撮っているのですね。時代的にはどうなんでしょう。1717年以降であればフリーメイスンリーとの関わりがあるのでしょうが、この絵はどうもそれ以前のようですね。
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これはダヴィンチなのでしょうかね。青色がやたらきれいなのは恐らく復元しているのだと思われます。聖アンナと聖母子というそうです。なにやらフロイトの分析が色々あるようです。
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岩窟の聖母でしょうか。はっきり言ってルーヴルではモナリザ以外のダヴィンチ作品を見ている人はいません。ダヴィンチの周辺にもダヴィンチそっくりの同時代の作品が多数あり、それらも宗教画を見ている人も写真を撮る人もほとんどいません。わざとらしく中国人がフラッシュをたいているくらいです。
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これも基本的にはダヴィンチの作品とされるようですが、ラ・ベル・フェロニエールというそうです。まあ同時代の人は大体同じような絵を描くみたいです。
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この辺は良くわかりませんが宗教画なんでしょうねえ。ミケランジェロの天地創造みたいですが、良くわかりません。解説もフランス語ですから大体良くわかりません。まあなんかきれいなんで写真を撮った感じです。その他にも写真を見るとわかると思いますが、あまり写真を撮っている人もいません。
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モナリザの前は100人以上の人が集まってフラッシュたきまくりで写真を撮っている状況です。芸能人の来た時の空港みたいな感じでしょうか。ちょっとわけがわかりません。しかもガラスで覆われていて普通に見るとほとんど絵がわかりません。ルーヴル美術館はその雰囲気自体がルーヴル美術館なのですね。一番前でモナリザと一緒に写真に写るのが中国人のステイタスのようでした。復元もしていますし写真で見た方が本物を見た事になるような感じでしょうか。
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これは誰の作品かわかりませんが、画題は洗礼者ヨハネの首を持つサロメだと思われます。まあちょっとまだ死海文書もユダヤ古代誌も全部読んでいませんが、恐らくキリストのモデルはこの洗礼者ヨハネなのでしょうね。
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聖母子像でしょうか。
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ゴリアテの首を取るダヴィデでしょうか。恐らく修復の際に青が際立っているのだと思います。
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これも誰かが死んで嘆いているのですね。こちらは赤が際立っています。
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神様の象徴画でしょうか。
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こちらも誰かが死んだ場面ですね。
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ちょっと暗いですね。何の場面かはわかりません。
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これはなかなか美しいですね。古代からの石造建築のカタログのような絵でしょうか。
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これもなかなか美しいですね。画題がわからない事にはなんだかわかりません。
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ヴァチカンのサンピエトロ広場を描いた絵なのですね。ブラザージョセフ・ターナーも描いていましたが、古今東西でこの広場を画題とする事は非常に多いようです。恐らく最も象徴として認められたオベリスクはこのサンピエトロ広場のオベリスクなのでしょうね。キリスト教の歴史も奥が深いです。
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これも美しいですが、ピンボケがしょうがないです。
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バルトロメ・エステバン・ムリーリョの蚤をとる少年です。スペイン、バロック画家のセビーリャ派に分類されるようです。
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アンリ4世でしょうか。スペインの画家でしょうか。
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エル・グレコのキリストの磔刑と2人の寄進者です。
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これも同時代の画家のものでしょうか。直角定規と聖書と髑髏が認められます。
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スペインの画家でしょうか。王様を描いたものと思います。
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これもわかりませんね。
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ブラザージョセフ・ターナーの風景画です。
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ポンペイの噴火でしょうか。火山の溶岩を描いた絵のようです。
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これはイギリスの芸術アカデミーの会長の方が描いたものだと思われます。セントポール大聖堂のお墓のところで出てきたのかと思います。
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オベリスクが描かれていて撮っているのですね。
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カサノヴァという名前だけで写真を撮ったのですね。どうも有名なブラザーカサノヴァとは違うようです。
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ブラザードミニク・アングルによるシャルル7世の戴冠式でのジャンヌダルクです。いわゆるオルレアンの乙女として知られる作品です。
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ブラザーポール・ドラローシュによるナポレオンのアルプス越えです。
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ブラザーウジェーヌ・ドラクロワによる(第四回)十字軍のコンスタンティノープルへの入城です。
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ブラザーウジェーヌ・ドラクロワによる民衆を導く自由の女神です。いわゆる最初の自由の女神像の絵でしょうか。
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アントワーヌ=ジャン・グロのヤッファのペスト患者を訪れるナポレオン・ボナパルトです。アントワーヌ=ジャン・グロはルーヴル美術館の略奪した収蔵品を鑑定する委員に任命されたそうです。この作品が出世作となりましたが、実際にはブラザーナポレオンはパレスチナ攻略の際に発生したペスト患者に毒を飲ませて死なせたそうです。アントワーヌ=ジャン・グロはブラザーナポレオン失脚後に名声を失い1835年6月25日にセーヌ川に身を投げて死んでいるところを発見されたそうです。恐らく自殺したのは6月24日だと思われます。後に男爵位を授けられたり、フランス芸術協会の協会員であったりと、フリーメイスンだと思われます。
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アントワーヌ=ジャン・グロのアイラウの戦いにおける、野戦場のナポレオン1世です。
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ブラザーポール・ドラローシュによる若き殉教者の娘(殉教した娘)です。
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ブラザードミニク・アングルによるグランド・オダリスク(横たわるオダリスク)です。
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ブラザージャック・ルイ・ダヴィッドによるテルモピュライのレオニダスです。300なんて映画もありましたが、スパルタの王様がペルシアの大軍勢から死守した逸話を題材にしているようです。しかし本当に裸で戦ったとはちょっと思えません。
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ピエール=ポール・プリュードンのマルメゾンの庭に腰掛けるジョゼフィーヌです。ブラザーナポレオンの最初の妻として有名なジョセフィーヌですが、フリーメイスン達に囲まれたその人生もフランスの激動の時代を合わせて非常に興味深いです。
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ブラザージャック・ルイ・ダヴィッドによるレカミエ夫人の肖像です。ブラザーナポレオンを魅了した当時の有名な美女であったそうですが、最後は全財産を失い修道院に入ってサロンの男性達が通ったそうです。フランス革命での女性達の活躍は相当のものがあります。
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ブラザージャック・ルイ・ダヴィッドによる自画像です。ブラザーダヴィッドはジャコバン党員でブラザーロベスピエール失脚後に逮捕拘留され、その間に描いた絵だそうです。ブラザーアングルなどの弟子も多く、ナポレオン失脚後はベルギーに亡命し77歳まで生きたそうです。ブラザーダヴィッドのベルギーの墓は四角錐ではなく前面の壁面だけのオベリスク型をしています。ルイ16世をギロチンにかけた事でフランスに戻れなくなったそうですが、パリの墓地には心臓だけの墓があるそうです。なかなか死後もフリーメイスンとして認められるのは相当大変なようです。
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ブラザージャック・ルイ・ダヴィッドによる皇帝ナポレオン一世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠式です。恐らくブラザーナポレオンの肖像画とともに最もブラザーダヴィッドで有名な絵だと思われます。この戴冠式の場所がノートルダム大聖堂なのですね。フランス人にとってカール大帝の騙し打ちとも言えるローマ教皇による戴冠はその後のカトリック教会の隆盛をもたらし、それが一般人の生活の困窮とも言える中世の暗黒をもたらしたとの意識があったのかもしれません。フランス革命において教会勢力の抑圧は一つのテーマであったかと思われます。
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ブラザージャック・ルイ・ダヴィッドによるブルートゥス邸に息子たちの遺骸を運ぶ刑吏たちです。主題であるブルートゥスはローマの王国時代の共和制に移行する際に国王を追放した最初の執政官だそうです。息子たちが王政復古を企図していたため死刑判決を下し、その遺骸が自宅に戻ってきた時の様子を描いた絵のようです。ローマの共和制に当時のフリーメイスン達が多くの理想を投影していた事が考えられます。
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ブラザージャック・ルイ・ダヴィッドによるサビニの女たちです。ローマ建国の際に近隣のサビニなどの都市から女性を略奪し子供を産ませ、その女性達をサビニの男性達が取り返しに来た際にすでに結ばれて出産した女性たちが仲裁している図だそうです。新古典主義の典型的な絵柄とされるようです。
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ブラザージャック・ルイ・ダヴィッドによるホラティウス兄弟の誓いです。古代ローマの歴史家ティトゥス・リウィウスによる著書ローマ建国史中に記される逸話に基づいているようです。
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ブラザーダヴィッドによる絵なのだと思いますがどうでしょう。
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ブラザーダヴィッドによるヘクトールの死を嘆くアンドロマケです。古代ギリシアの吟遊詩人ホメロスを代表する長編叙事詩イリアスに登場する同時代のトロイアの英雄ヘクトールの戦死を嘆き悲しむ妻アンドロマケを主題とした作品です。
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ブラザーダヴィッドによるパリスとヘレネの恋です。最高女神ユノ、美の女神ウェヌス(ヴィーナス)、戦争の女神ミネルヴァの3人の女神の中で最も美しい者を選定する大役に任命された逸話パリスの審判でも著名な、トロイア王の息子であった羊飼いパリスが、美の女神ウェヌスを選んだ褒賞としてスパルタ王の娘で絶世の美女として名高いヘレネを妻として授かるパリスとヘレネを主題とした神話的歴史画作品です。
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これもちょっとわかりません。
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ドームの天井画は恐らくヤコブの大天使との格闘を描いているのではないでしょうか。
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アポロンの間があります。下が白黒のモザイクになっています。アポロンの間はルイ14世の使った品々などがあったかと思います。多くはフランス革命時に略奪されてしまったそうです。次回以降はオリエント、エジプトの関連の展示品です。解説は絵画よりさらに少なくなります。
2012-12-22 20:51 | カテゴリ:その他 雑記
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
夏目漱石の随筆に倣った題名としました。
オルセー美術館やルーヴル美術館の項目で写真が大量に有りそのまま出すのもなかなか十分な内容とならないので調べつつ作成すると一回ごとの労力が極めて重くなり、ブログの間が非常に開いてしまっています。またロンドン・パリの旅行記もそろそろネタが尽きてくるので、次に書くものの内容についても色々本を読んだりしないと続かないので、そういう事も重なってブログの間があいてしまうので、比較的簡単に書ける日々の感想のようなもので繋ごうかと思います。

昨日は昨日でこのブログでも取り上げているテレビ東京の番組のやりすぎコージーで再びフリーメイスンリーについて取り上げていましたね。メキシコのグランドロッジだったでしょうか。(追記:Grand Lodge of the Valley of Mexicoのようです。)マヤの暦と重ね合わせてなかなかかつてなく面白い内容であったと思います。陰謀論から徐々に離れてきているので、このブログの効果も大分認められてきているのではないかと再び自画自賛でしょうか。どこの国のロッジにしても地上波でフリーメイスンリーのロッジとその会員達が映像に映る事は日本史上初でしょうから記念碑的な番組であったかと思います。そういえば最近テレビ東京は目の形のシンボルマークを強調している印象でした。

さて日本全体ではこの時期選挙を終えて民主党政権から再び自公連立政権に戻り、東北大震災を乗り越えて再び戦後のブラザーマッカーサーの元で築き上げた国の仕組みを平成の時代に適応させていくかという難題に直面しているものかと思われます。ブラザー鳩山一郎の孫である鳩山由紀夫首相で始まった民主党政権は日米同盟の課題に固執した結果中途半端な形で次の人気の高い菅直人首相となり、菅直人首相は行動を起こす前にすぐに東北大震災と原発事故という日本がかつて直面した事の無いほどの難題に直面し、その後に結局現在の自衛官を父親に持つ野田首相に引き継ぐという、ほぼ外交的な失敗の後の大災害の対応に明け暮れるという政権交代後の3年間であったかと思われます。消費税増税というどちらにも使える選択肢を残して野田首相が年末解散を決意し、かつての郵政選挙と変わらぬ自民党、公明党の圧勝という結果に終わり、郵政選挙後よりフリーメイスンリーと接触を持った私自身としては感慨深いものがありました。
選挙について言えば私自身はまさに郵政選挙の際と同じくいわゆる日本人の大多数がアクセスし影響を受けている巨大掲示板2ちゃんねるには書き込むことすらできない状況が続き、まあそれが現実の民主主義と呼ばれるものの実体と言う管理されたメディアのもとで大衆は実体のない世論というものを形成するという、個人主義や情報開示が民主主義を形成するほどに成熟していない日本をそのまま反映する、より中国などの社会主義国に近い形の選挙であったかと思います。しかしまた一方では得票率が80%と言う程の日本の中でも際立った選挙前より結果がわかる選挙区であるここ横須賀の地では、選挙後に一種独特のフリーメイスンリーに親和的な極めて日本的、アジア的な選挙の後の平和という状況のようです。
政治と経済はフリーメイスンリーとは建前上は最も遠いものでありながら、実際にはほとんどのフリーメイスンリーにまつわる人々の関心はそこであり、今回の日本の選挙というものがフリーメイスンリーとしてどのように評価されるかというところについて、なかなか難しくも面白いものがあるように思われます。このブログでも皆さんにご評価いただけるように数多く政治や経済にまつわるフリーメイスンリーの話を挿入してきました。今後この国と私自身がどのようにフリーメイスンリーとまた諸外国や未来の国民たちとともに成長や変化を遂げていくのか予想する事は難しいですが、わが国全体の発展と横浜、横須賀、東京地域の安定と継続した発展、生活や環境の改善が続くように思いながらクリスマス、正月を迎えたいと思っております。
ブログ読者のみなさんも、このブログもかなり全体で相当の長編となっており、内容的にも相当高度な内容となってきているかと思われますが、読んで下さり非常にありがとうございます。

Merry Christmas & Happy New Year !!!

平成24年1月2日から始まったこのブログですが、恐らく来年も続くものと思われます。来年はロスト・シンボルの映画版も恐らく公開されるものかと思います。恐らくこのブログの最大の課題はアンダーソン憲章を含めた数多くのフリーメイスンリー関連文書の邦訳や紹介であると思われます。平成24年には京都と、福岡の新たなロッジが加わりましたが、来年以降は日本の各都市に数多くフリーメイスンリーのロッジが増えるように、我が国や世界に貢献できるフリーメイスンの人材育成に少しでも協力できればと努力を続けていければと思っています。
2012-12-24 12:56 | カテゴリ:フランス
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
さて写真の数が多いので準備のために時間が空いてしまうルーヴル美術館編ですが、もちろん年末年始の単なる休みモードと言うところもあります。本日クリスマスイブで今年ももうすぐ終わりですが、一年を振り返ると私自身はもちろんこのブログありきで、皆さんにすれば直近の選挙が一番の印象に残るものでもあるかもしれませんし、メディアの方たちにすればこういうブログ発信の情報などの個人発の情報に世の中が本格的に移行してきた時代という印象かもしれません。日本人のノーベル賞受賞などもありましたが、スカイツリーが開業したり、ロンドンオリンピックがあったりと、地震からの復興と原発問題と言った話もあり続けましたが、比較的明るい話題が多かったように思われます。

さてまあ時候の挨拶はほどほどにして本日はまたクリスマスイブという事で、欧米では家族で過ごす日だとか日本ではカップルで過ごす日だとか、ケーキを食べる日だとか、プレゼントを交換する日だとかまあ地域や文化によって異なりますが、いずれにしても本質的には宗教的な意味のある日という事で、元々キリスト教が国教化された後にローマ帝国のミトラ教の冬至の祝日であった日にキリストの誕生日を重ねてきたという事があるそうで、私個人としては聖書を通読し、カトリックの教えなどに少し触れたり、ユダヤ古代誌など読んだりして色々考えると、キリスト自身は恐らくそれに該当するような人間としては存在しなかったのではないかというのが確信されるようになってきており、要するにユダヤ教というエジプト文明から続く人類の知恵の教えが生み出した存在であるというのが真実であるのではないかという、まあ典型的なフリーメイスンリーの考え方に至っているというところなのだと思います。

まあそういう事でもう少しクリスマスに関わる話をするわけですが、昨日が天皇誕生日で今上天皇陛下の誕生日であったわけですが、もちろんクリスマスイブから一日ずれた日と言う事で、それが色々な必然から生じた日であるという事であるらしいという事は三笠公園の回などで特に大正天皇の命日や孝明天皇の旧暦の命日などと絡めてまあ陰謀論とも言える話を展開したわけですが、まあ生誕日はなかなかクリスマスとエイプリルフールとの関係ではないですがなかなか関係性が難しい話で、明治天皇などは新暦の11月3日になるわけですが、生誕日はペリー来航の前年でありなかなかそこまで日付を指定する事は困難だと思いますので、もちろん生誕日がいい加減な時代であった事がポイントであるかと思います。ちなみにペリーが久里浜に上陸した7月14日はまさにバスティーユ監獄が襲撃された日であるようです。

そうなるとやはり昭和天皇の生誕日である4月29日の意味が気になるわけですが、どうもこれは5月1日に近い日、実際には2日ずれと言う事しかないようです。5月1日は何の日であるかというと、現在は一般にはメーデーであり、労働者の日という事になりますが、どうもこれは元々やはりローマ帝国の五月祭という祝日に由来するとウィキペディアにあるわけですが、もちろん時代的にはそちらが先になるわけですが、陰謀論に火に油を注ぐような話ですが、実は陰謀論者が大好きなあのバイエルン王国で1776年にインゴルシュタット大学の実践哲学教授ブラザーアダム・ヴァイスハオプトがイルミナティ結社を結成した日だそうです。まあ良く言われるように日本の敗戦はコミンテルンの陰謀だとかそういうのを自衛隊関連の方が真面目にのたまわっていたりしましたが、コミンテルンというのはそもそもパリコミューンに象徴されるようにフランスフリーメイスンリーの理想をもとに作られているものであり、それらがそもそもブラザーアンドリュー・ラムゼイの有名な演説や、ブラザーヴァイスハオプトのイルミナティ結社の思想に基づいているという事がまあ確実なものであるというところなのだと思われます。ちなみにもちろんそれらの思想や結社内結社の構成は現在のフリーメイスンリーの上位階級や付帯組織として位置づけられるスコティッシュライトに集約されるのだと思われます。また5月1日を中心とした日本のゴールデンウィークという存在もそういう意味が出てくるものと思われます。

さてそうなると昭和天皇の兄弟などの皇室の方々の誕生日が気になるわけですが、そもそも明治天皇には成人した男子は大正天皇しかいなかったという事があり、大正天皇の存在がそれだけ重要であるという事があります。ではその大正天皇の子供の成人男子は4人おり、長男が昭和天皇ですが、次男が秩父宮であり、6月25日生まれの1月4日亡くなっています。もちろんこれはわかるかと思います。三男の高松宮は1月3日生まれの2月3日亡くなっています。四男が現在もご健在の三笠宮です。まあそういう時代であったのかなという昭和11年の話でも触れたようなそういう時代の雰囲気というものがあるのだと思います。ちなみに現在の皇室の皇太子殿下などの誕生日を見ても特にフリーメイスンリーを連想されるような数字は認められません。唯一悠仁親王殿下の誕生日が2006年(平成18年)9月6日と回文数の3の倍数になっているだけかもしれません。回文数の数字がすでに元号ではないのがポイントかもしれません。

ちなみにちなみにですが横須賀では昨日は日米の軍艦がともに万国旗を並べて天皇誕生日を祝っておりました。またこれもまさにちなみにですが私個人の感覚として4月29日の昭和の日が最も横須賀が平和で落ち着いた日であるようです。フリーメイスンリーが感覚として染みついた街と言えるかもしれません。

さてでは本題に移ろうと思います。
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ギリシアのフェニキア文明などでしょうか。
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非常にコレクションとして大きさや形がそろっている感じがします。ギリシア・ローマのものだと思いますがなかなかコレクションと言った感じが際立ちます。
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いわゆるコレクションとして集まる事で価値を高める効果でしょうか。
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そもそも作られた当初もコレクションや並べられる為に作られていたという事なのだと思います。
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美術館と言う名前がそのあたりに由来するものかと思われます。
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有翼の天使でしょうか。ニケの像かもしれません。後に出てくる有翼日輪と関連しているものと思われます。
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白黒のタイルとともになかなか美しいスフィンクス像が出てきます。ルーヴル美術館のスフィンクスは美しいです。もちろんエジプトから持ってきているので、もしかすると一番良いものを持ってきてしまっているかもしれません。
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ハヤブサの神様であるホルス神ですね。All Seeing Eyeのホルスの目の神様です。イルミナティ好きの方はフクロウの目にこだわるのでしょうが、まあ猛禽類でも地域によって種類が異なるのでしょう。湘南地域ではトンビがこれでしょうか。
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恐らく純金なのでしょうね。エジプトの秘宝は本当に価値が高いものばかりです。
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有翼日輪の石碑が出てきます。
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有翼日輪の石碑が続きます。
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ヒエログリフを読みたくなってきますね。以前も出したヒエログリフの読み方のリンクと新たなリンクを加えておきます。
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美しいですね。3000年から4000年前のものとは思えません。
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ヒエログリフの石碑が続きます。お墓ではなく看板や告知文書、記念碑なのでしょうね。
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色々なタイプがあります。
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やはり有翼日輪があります。ワシントンD.C.のワシントン記念塔の内部にもこの彫刻があるそうです。現在は修復中で入れないそうです。
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微妙に印象は異なりますが、基本的には同じ様式で書かれています。現在で言うところのブログや出版物のようなものでしょうか。
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美しいですねえ。仏像の原型のようです。
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コレクションとして美しいですね。昔の写真のようなものなのでしょうが、完成度が高いですね。まあ日本であったら確実に国宝級ですね。もちろんこちらでも国宝級です。
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日本でも携帯できる仏像とか集められたらこんな感じでしょうが、質量ともに圧倒的で違いすぎます。
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ネコの神様でしょうか。バステトというそうです。ウィキペディアに項目と写真もありました。なかなか奥が深いです。現代彫刻でも通用するものかと思われます。
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お棺でしょうか。
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こういう小さいものはコレクションとして価値が高そうです。一つくらい欲しいと思いますが、ルーヴル美術館にあるようなものは金額にすると億単位なのでしょうね。
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なかなかアニメのようで面白い構図です。左はアンクを手にするホルス神でしょうか。右目で太陽、左目で月であると思いますので、そのままフリーメイスンリーのシンボルを描いたポスターの構図そのままとなります。むしろフリーメイスンリーの方が真似したわけですが、この辺りからフリーメイスンリーのエジプト起源説が生じるのではないでしょうか。アクエンアテンの宗教改革なども後のユダヤ教の成立、キリスト教の成立と同じ流れである事が想像されます。エジプト神話の数々の逸話も聖書の話や日本の古代の神話と同じく数々の祖先の逸話や教訓を含んだ語り継がれた知恵の結集なのですね。
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美しいですねえ。弁当箱の蓋の図柄とかに日本の企業も取り入れたりしないでしょうか。
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ヒエログリフが読めないとなかなかわかりませんが、恐らく一族ごとに何らかの節目に神への祈願としてお願いしたい事や出来事などを記録として刻んで奉納したり飾ったりしたのでしょうね。日本だと絵馬や奉納文など木片や紙片で残されたものが多いような感じでしょうか。
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ホルス神やその他のエジプトの多神教の世界の豊かさは日本だと江戸時代の町人文化のような感じでしょうか。もちろん規模は全く違いますが、平和な時代に多神教や様々な信仰と多様な神話が生まれるのは人類の歴史の法則のようです。
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美しいですね。ブラザーシャンポリオンを始め多くのエジプト学者が碑文の文字を読みたいと思う情熱が理解される気がします。
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リアルな彫像です。写真よりもリアルな印象を与えます。現在は写真や動画などの平面のデジタルメディアが主流ですが、後には再びエジプトのように立体的な記録メディアが主流となるかもしれません。
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日本の祠のようでもあり、アンデスやインカの彫像のようでもあります。しっかりとヒエログリフが刻まれているのがエジプトの特徴でしょうか。
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読めると面白いのでしょうねえ。
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ツタンカーメン展でもありましたが、エジプトの立像は特徴的な前掛けをしているものがあります。フリーメイスンリーとの類似を指摘するようなものもありましたが、まあ前掛けは色々装飾の一つであるのだと思います。
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まあ写真はいまいちですが、彫刻は美しいです。
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読めない事には始まらない感じです。
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こちらも祠みたいな感じです。まあブラザーナポレオンのエジプト遠征のわずか3年間で買い集めたという事のようですがしかしこれだけここに集まっているとエジプトにはどのくらい残っているのでしょうか。まあそれでもこれよりたくさん残っている位エジプトには普遍的に残されているのだと思いますが、エジプト本国への興味も増してきます。
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このコレクションの統一性というか、分類の仕方が非常に巧みですね。さすがに百科全書派の発祥の地である気がします。博物館がフランスを中心として始まった必然というものが感じられます。
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牛の神様も出てきますね。アピスというそうで、メンフィスの守護神でプタハ神の化身だそうです。ヒンドゥー教の牛の信仰が有名ですが、聖書でも金の子牛の逸話やその後もイスラエル王国でも信仰の対象とされたりと、いわゆる一神教のヤハウェ信仰と対照的な異教の神の偶像として牛の神としての信仰が出てきます。古代においても現代でもそうですが牛乳や食肉をもたらしてくれる牛は最高に貴重な生き物であったのですね。ちなみにこのシンボルマークを使った会社がインシュリンや成長ホルモンを製造するデンマークの製薬会社ノボノルディスク社です。また牛のシンボルはアメリカでもウォール街の近くに買いの象徴として銅像が認められたり、シカゴブルズのチーム名やレッドブルの商品名と言ったところで認められます。ちなみにアピスで検索すると日本では最初にパチンコ屋の名前が出てきます。しょうがないですねえ。
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これはあまり写真が良くないですね。
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まあこんな感じで大量の石碑があります。
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夫婦の像でしょうか。恐らくお墓の入り口なのでしょうが、そういうのを持ってきていいのでしょうか。しかし美しく良いものです。
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こういうのも美しいですね。素材は良くわかりませんが七宝焼きのような光沢です。恐らく価値にすると何千万という感じでしょうね。
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石像の一部のようです。
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エジプト部門の通路は皆白黒のチェッカーになっています。フリーメイスンリーの象徴ですね。このエジプト部門がルーヴル美術館の主要な展示である事を象徴する意味であるかと思われます。
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王の政治とかそういうのを描いているのでしょうね。昔の新聞のようなものでしょうかね。
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碑文が読めないと全くわかりません。
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頭像ですね。現代のものよりうまくできている印象でしょうか。
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やはり前掛けがあります。現代美術展に出ても一等賞ではないでしょうか。
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ルーヴル美術館は良い完品がそろっています。こういう黒い石材の彫刻は映えますね。
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恐らくお墓の入り口なのでしょうね。
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しかし色々持ってきちゃってるようですが大丈夫ですかねえ。
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美しい持ち運びやすい部分を持ってきている感じでしょうか。
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リアルな彫像ですね。現代彫刻でも十分通用するようです。むしろ現代彫刻がこういう古代美術を模倣しているという事なのでしょう。
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アメンホテプ4世の像のようです。こうした遺物を見て最終的にツタンカーメンの墓も発見されたのでしょうね。現在もエジプトでは発掘が続けられているようです。最近では吉村作治教授の太陽の船の再発見があったようです。
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全体像がわかりにくいですね。
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太陽神とその光であるアテン神信仰を意識させるものです。フリーメイスンリーやキリスト教ではGloryとされる、光明のシンボルが描かれています。科学的には太陽エネルギーと言う事になるのだと思います。Gのシンボルの意味の一つがGloryなのでしょうね。
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こういうのもきれいですね。価値にしたら億は行くのではないでしょうか。
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ルーヴル美術館は本当にきれいなものがそろっていますね。美術館と言う名称が良くわかります。趣味が悪いと思われるものは一切ありません。
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翡翠製なのでしょうか。
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本物が一つ欲しくなりますね。
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エジプト文明が長く続いたのも極めて豊かであったからで、これらの遺物は全てそれらを証明しているにすぎないのですね。そしてその文明の知恵を集めたものが聖書であり、その他の莫大な量のパピルスや碑文、現代に残された太古の知恵の数々なのですね。
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芸術ですね。
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モデルの本人がまだ生きているかのような表情です。数千年前の製作者の意図がそのまま現代まで生き続けているというものでしょう。
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なかなかかわいらしい像です。
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そういえば最近都内ではこの一番上のホルスの目のような、歌舞伎の隈を縁取った注意を喚起する警察のビラのようなものが貼ってありましたね。明らかにホルスの目を意識した形なのだと思われます。全体として非常に美しいです。現代のポスターとしても十分遜色ないです。
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やはり夫婦の像なのでしょうね。
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これは有名な像のようですね。ラムセス二世の胸像でしょうか。花崗岩でできています。
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こちらも様々な岩でできた頭像です。
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こちらもそうです。小さなスフィンクスがオシャレな感じでしょうか。
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こちらも小さなスフィンクスです。
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こちらもリアルな全身像です。ルーヴル美術館は良いものがありますね。
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日本で同時代の同様のものが発掘されたら捏造か国宝指定の大発見のどちらかでしょうね。以前に載せた東京国立博物館の有名な土偶などもこれらより明らかに1000年ほどは時代が下るようです。
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この辺りは有翼日輪ではなく日輪とホルスの両目が流行のようです。なんせ紀元前5000年から紀元前後までの5000年以上の歴史がありますから流行も相当あるのだと思われます。そう考えると現代のフリーメイスンリーであっても流行のほんの一瞬であるのかもしれません。
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こちらもそうです。Rのシンボリズムで触れたかと思います。後にローマ帝国のRとなり歴史に刻まれていくのかもしれません。
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これもやはり小さなスフィンクスなどでしょうか。
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小さなセト神のようです。
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こちらも美しい彫像ですね。ブラザーロダンなども真似たのでしょうか。
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完品に近い状態のものがいくつもあります。ルーヴル美術館は完品に近いものが多いですが、比較的大きさは運びやすい小さなものが数多くある印象でしょうか。
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これなどもリアルですねえ。一つくらい東京国立博物館に常設展示できないでしょうか。
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良いですねえ。日本の根付が束になってもちょっとかなわない感じです。
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ちょっと逆光ですがまあこんな感じです。
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上エジプトの王の冠であったかと思います。王の頭部なのでしょうね。(追記:オシリス神ではないでしょうか。)
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有翼日輪でもホルスの目でもなく壺が上部に描かれていますね。エーゲ海文明から良質な壺が流れてきた時代なのでしょうかね。
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ヒエログリフの刻印の仕方も微妙に異なるようです。パソコンのフォントみたいなもんでしょうかね。
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こちらはやはり有翼日輪のようです。ホルス神ではなくアヌビス神のようですね。
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色々なバージョンがありますが、基本的な形は数千年保持されたようです。まさにフリーメイスンリーの理想とする形の世界ですね。
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こちらもまたちょっと形が異なりますね。彫りの強弱が付けられていて、ホルス神の目がデザインとして強調されています。日本だと鳥居の形のようです。感嘆ですね。
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青が鮮やかですね。陶器の世界のようです。
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日本の石碑のように原型を残した形で削るやり方は無いようです。やはり石の素材の違いなのでしょうね。石灰岩が多いのだと思われます。日本だと玄武岩や安山岩でしょうか。
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方形に切りだしてそののちに文字を刻むというまさに実務的メイスンリーの思索的メイスンリーで象徴とされる作業をそのまま何度も何度も繰り返し行っていたのですね。
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時代が下ってきているのでしょうね。最初のものよりデザイン的でなく写実的で写真を伴ったブログか新聞のような印象になってきています。この当時の人々の批評も厳しかったに違いありません。
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読めませんが現代の聖教新聞や赤旗のように様々な論調の内容のものがあったのでしょうね。
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学術的な内容のものや一般大衆向けのものなど様々なものがあったに違いありません。
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小学校や大学、教育機関や役所のようなものもあったのでしょうね。
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しかしこんなに持ってきてエジプトにはどのくらい残っているのでしょう。
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しかし皆同じ帽子をかぶっていますね。現代のネクタイのような感じでしょうか。そのうちネクタイをやめてこちらの帽子が主流になるかもしれませんね。
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まあしかしすごいコレクションです。恐らくフランス革命後ですから基本的に個人で収蔵しないで全て国家に供出したのでしょうね。そうでなければこれだけ良いものが美術館に集まりません。
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全くすごいコレクションです。ブラザーシャンポリオンの偉業になるのだと思われます。この石碑の部分に関しては全くフランスフリーメイスンリーの圧巻ですが、なぜかポイントのロゼッタストーンだけは大英博物館にあります。そのあたりが英仏フリーメイスンリーの鍵でしょうか。
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日本のこれらのうち一つでもあれば国宝の一番になるのですが、まあもちろんこれらはフランスの地の紀元前の文明ではなく現在観光で国を成り立たせているエジプトのものです。
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しかしすごいですねえ。日本に文字が無かった時代ですからねえ。言葉はあったんでしょうが、その時代の日本人は何を考えて話していたのでしょうか。
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だんだんデザインが消えてきて文字ばかりになっていく感じでしょうか。ブログみたいですね。
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お棺にもぎっしり文字が書き込まれています。ミイラの文化ですから葬儀の際には言葉が溢れるように表現されるのでしょうね。
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やっぱりその時にはホルスの目が大事になるのだと思います。まあ結局ホルスに限らず描かれた目を見る事による精神への作用を重要視するのでしょうね。一種のフリーメイスンリーのシンボルと一緒だと思われます。
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やはりはっきりと刻印された字が増えてきます。
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伝えたい事がたくさんたくさんあるのだと思われます。
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そうなるとやっぱり象嵌になるのですね。目が強調されますからね。
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表情はどんどんリアルになっていきますが、一方で体つきなどは抽象的な強調された表現になります。目や表情などが体の表現よりも大事という精神性が表現されるのでしょうね。
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モディリアーニの絵のようですね。
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働く女性でしょうか。ブラザーゴーギャンのタヒチの女性のようです。
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アフリカ大陸ですから黒人文化との接点も濃いのでしょうね。
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青い素材は何なのでしょうね。確かツタンカーメンのマスクでもエジプト青としてあったかと思います。下の蚊取り豚のような動物はカバなのでしょうね。
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こういう像はやはり表現の流行があるようです。
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素材も様々ですし、モデルのポーズや大きさ、表現するものも色々あるようです。
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どうも官僚や神官の像のようなものが多いようです。実際に席順を決めたり、ローマの胸像のように過去の役人や神官の記念と言う意味があるのかもしれません。
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夫婦の像はやはり墓に入れたり、記念で作ったりするものなのでしょうかね。基本的に仲睦まじい、夫に妻が従う姿が多いようですが、現代的に考えてどんなもんでしょう。
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建物の柱でしょうか。
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こちらも夫婦の像でしょうか。兄妹の像のようでもあります。微妙な空気感があります。
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書記座像という有名な像のようです。胡坐をかいていますが、椅子も直座りもどちらもある文化だったのでしょうかね。座布団みたいなクッションもあったのでしょうか。日本のお坊さんの像は大概このポーズです。
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だんだんお坊さんみたいな像が増えてきます。ちょっとなかなか社会が閉塞してきた感じでしょうか。まあ5000年もあればいろんな時代があると思います。
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夫婦の像が増えてくるのも嘘くさいですね。まあいつの時代も変わらないという事です。
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徐々に印象派の絵画みたいになってきますね。文字も内容の量よりも詩的な印象でしょうか。
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新古典主義の絵のようになってくる感じでしょうか。まあ芸術の世界はいつの時代も自由ですから。
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建築技術の進歩もあるのでしょうかね。柱や門のようなものの碑文が増えてきます。
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ローマやギリシアの建築の基礎がここにあるのでしょうね。ソロモン神殿の建築ももちろんエジプト文明にあるわけです。もちろんその系譜はセントポール大聖堂から現代建築としてルーヴル美術館のピラミッドまで引き継がれています。
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なんかもうデザインはなく字だけの楽譜みたいになってきます。
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壺なんかは基本副葬品や骨壷が多いのでしょうね。1000年も使っていたら壊れますからね。
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グランドロッジの正門のような形です。恐らくお墓の天国への門の象徴なのでしょう。
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オリエントやギリシアの影響を受けたような感じでしょうか。
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オリエントの影響などが出ているのだと思われます。
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色々流行があるのですね。
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ブラザーワシントンのポスターのようですね。古代エジプトのそういう活躍をした人物を描いているのかもしれません。ヒエログリフもシンボルのように見えてきます。
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髪の毛が縮れ毛なのでしょうか。アフリカ系の血があるのでしょうね。似たような彫像が現代でも多くある気がします。恐らくそれらより良くできているものなのでしょう。
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細工も浮かし彫りになってきて時代が進んできている感じでしょうか。オリエントなどとの文化の融合が進んでいるのだと思います。
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中学生か高校生に解説していました。ちょっとでも難しいのではないでしょうか。もちろんフランス語なので全くわかりませんが、あちらの子供は恵まれています。
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字が大きくなってきたりして多くの人に見せる目的になってきたのでしょうね。
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表現されるものも神々から何やら政治や税金の事などそういう事になるのでしょうね。
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女性でしょうかね。王妃や女王でしょうか。
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ハヤブサの表現なのでしょうが、ホルス神の形ではありません。エジプト人にも「神は死んだ」とかいう人がいそうです。
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実務的メイスンリーの仕事も切石に描かれておらず徒弟制度が崩れてきたりしているのでしょうか。玄関の表札や店の看板のようなものでしょうか。
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ナイフのようです。石を削る道具かもしれません。
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魚の形ののこぎりです。恐らく石を切る道具だと思われます。
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なかなかかわいい形をしています。
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筆か何かでしょうかね。筆記具などの道具だと思われます。装飾性が強いですね。
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これもやはりのこぎりですかね。しかしすごいコレクションです。
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壺ですが、インク壺や道具や材料を入れる壺のようです。
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食器や調理用、保存用の壺でしょうか。装飾がやや凝っていますが基本的には日本の弥生時代のものと変わらないようです。やはりその後陶磁器が東アジアで発展したように歴史の始まりでもそういう傾向は認めるのではないでしょうか。
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鏡とか洗濯板でしょうか。道具の展示の場所なので何かの道具なのだと思います。
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コップや食器ですね。これはさすがに洗練されていて、後のローマ帝国やフランス王国のグラスや食器に通じるものがあるのではないでしょうか。
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さて皆さん大分お疲れだと思いますが、この辺で品の良いスフィンクスがある通路になります。床の白黒のチェッカーが冴えています。
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模造品ならちょっと悪趣味ともとられかねないスフィンクスですが本物ですから安心です。
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これはさすがに現代芸術のようです。植物か電燈をモチーフとしたようですが、よくわかりません。Daniaeと書いてあるのでしょうか。どうも巻貝にタコの足みたいなのを伴った生き物の学名のようです。下に重なっているのが本をモチーフとしていて、学術の本の貝殻から延びる軟体動物のイメージでそれが電燈のように光を照らすというテーマなのではないでしょうか。しかしいびつなフランスらしい抽象芸術です。
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ルーブル美術館ではこの白黒のシンボルを印象的にエジプト文明のコーナーで使用しています。
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こちらにも何やら抽象芸術があります。
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踊り場にも皆シンボルが強調されています。
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さすがに皆さん気付かれるでしょう。
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実はこの辺りでその次が地下になっていたり、閉鎖した部屋があったりと、係員がたむろしている場所なのですが、翌日回った時はこの辺りで何度も迷ってしまって、さすがにフランスフリーメイスンリーのシンボルを強調した象徴的な空間となっていました。まあルーヴル美術館は非常に広いですし、複雑な構造となっていますので気持ちを引き締めてあまり写真を取らずに時間をかけてじっくりとフランス語を勉強して周ってください。

さて最初のルーヴル美術館の訪問の記録はまだまだ続きます。結局前日のエトワール凱旋門と同じく記録が残っているのはiPhoneの電源が残っているところまでですが、実際にはこの後のエジプト文明部門の残り以上にフランスの中世キリスト教文化やオリエントの部門、さらに実際私は見学もしなかったイスラム文明の分野があり、はっきり言ってブログで全部紹介するのは無理があります。実際に訪問しても1週間は毎日じっくり見て回らないと全て見たとは言えないと思う程収蔵品があり、それぞれ一個一個が重要なものしかありません。
写真撮影自由とは言えこれだけ全て写真を撮っている人間もいませんでしたので、これだけ紹介するのは初めてだと思います。もちろんフランス語が読めないので収蔵品の展示の解説が一切読めていません。実際にはフランス語の勉強が必要なのだと思います。

次回は残りのエジプト文明分野の写真がある限りの解説です。翌日のヴェルサイユ宮殿の訪問の後に再びルーヴル美術館を訪れるので、その際に出来るだけ写真を撮ったものについて説明していきます。

まあ何かしらの皆さんの糧になれば幸いです。
今日はクリスマスイブです。教皇ベネディクト16世も言われるように聖書でも手にとって開いてみてはいかがでしょうか。
2012-12-26 22:32 | カテゴリ:フランス
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
クリスマスにルーヴル美術館の特集のようになるのもまたこれ必然のような感じでしょうか。(追記:クリスマスに書き始めたのですね。ご了解ください。)
まあヒストリーチャンネルでちょっとクリスマスの変遷の歴史みたいなのをやっていて、これが一番のクリスマスの詳しい内容で、結局全面的にフリーメイスンリーがクリスマスのイベントに関わっているという話であったという事になるのだと思いますが、まあ日本では伝統的に年末年始、正月を祝うというのが最大のイベントと言う事で、このブログでも一応クリスマスソング特集でYouTubeの音楽をまとめていましたが、明日からは年末用と言う事で全面的に変更する予定です。

さてまあ色々問題がありそうなルーヴル美術館の紹介の内容ですが、まあそもそも解説についてはきちんとした公式ホームページの日本語解説があるものについては読んで下さいとしか言いようがありません。

主にこのホームページで博物館や美術館を紹介する目的は横須賀市自然・人文博物館や横須賀美術館、東京国立博物館、国立西洋美術館と同じく、それらの博物館、美術館がフリーメイスンリーの考え方を現わす重要なものであり、フリーメイスンリーとは何ぞやという問いに対して端的に解答を示す身近な施設であり、ロンドンやパリのそれはそれらの最も歴史あり権威ある代表的なものであり、行く機会のある人にはぜひ行って欲しいのと、行く機会のない方にはできるだけ内容を身近に感じてほしいという考えで連載しているわけです。

ルーヴル美術館と聞くとお高くとまっているとかおフランスの象徴と言った印象があるかもしれませんが、実際にはそういった考え方とは対極の、誰もがそういう不公平や不平等を感じずに、可能な限り自由に平等にお互いに尊重し合い博愛の精神を持ってというのがまさにフランス革命から始まるフランスフリーメイスンリーの大事な思想であり、それらは本質的には英仏ともまたがる世界中のフリーメイスンリーの理想でもあるわけです。まあそういう考え方を体現するものとして博物館や美術館があるべきなのですが、実際には経営のためいろいろ制限があったり、政治家や地域の体面を象徴していたり、博物学と言っても実際には研究者やその他の様々な条件に左右されて偏ったものとなっていたりするのがあるわけですが、そういったものを長年かけて最もより良く改善する努力し続けている美術館というのがこのルーヴル美術館と言う事になるのだと思います。

まあ二度訪問して写真をブログに無料でアップしているだけでそんなにルーヴル美術館を擁護しなければならない事はないと思いますが、そもそもこのブログにフリーメイスンリーの考えを表す美術館として紹介している以上は、そういうものであるという事について解説を加える必然があるのかと思います。

ではまあなかなか大変な内容だと思いますが写真をアップしていくこととなります。そもそも博物館の展示というものは実物があるとは言っても、解説があってその解説に則って展示されているものですから、解説があるものに対してさらに解説を加えていくという事がとても難しいという事と、さらにはそもそも解説のフランス語を全くわからないのでそもそもの展示がフランス語がわかる人より理解の程度が著しく低いのでそれらについて解説を加えていく事がまあ難しいという事はわかっていただけるかと思います。そのあたりはそういう事でご容赦いただき、それであってもこの美術館がフランスフリーメイスンリーの象徴であり、モナ・リザなどを含めて世界の美術館・博物館の象徴的存在であり紹介しないわけにはいかないという事もあるという事をご理解いただきたいと思います。

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これなんかは土偶みたいで日本のものに近いでしょうか。
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この辺りはエジプトの博物学のコーナーで生活に必要な道具を復元したりして陳列しているのですね。木工や狩りの道具、装身具やスリッパの一部などだと思います。
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これは庶民のお棺とかなんでしょうかね。
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枕とかですが、恐らく庶民の葬儀の副葬品とかなんでしょうね。庶民と言ってもそれなりに裕福なのだと思いますが。
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こういうのも書いてある内容が全くわかりませんのでねえ。
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お棺のチェック柄が非常にきれいですね。文字も少なく大分違います。恐らく全て副葬品なのでしょうが、相当豊かであった事は確かだと思います。
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この辺もお棺ですねえ。昔から色々な人間がいたということの証明でしょうね。
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現代より豊かかもしれませんね。
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やっぱり石造の方がランクが高いのでしょうね。
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黒いものはまたさらに良いものでありそうです。しかし持ってくるのも大変ですね。
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これはまた細かいですね。内容もそうですが、これを刻む職人さんも構図とか大変ですね。しかも人生30年とか40年の時代ですから。
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これは夜の女王にそっくりな構図ですね。まあこういう数千年後の美術館に残るようなモチーフは当時の最先端最高のものであって、エジプト・オリエント共通のものである事は当たり前なんでしょうね。
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これも有翼日輪なんだと思います。
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お棺のヒエログリフですね。ぜひどなたかに読んでいただきたい。
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美しいお棺ですね。中身も恐らくあるのでしょうが、ほとんどミイラの展示はありませんでした。
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なんとかヒエログリフを撮ろうとしているのですね。まあもちろん展示してあるものは全て解読済みだと思います。
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まあ記念撮影を撮るようなものではないのですが、それだけ圧巻なので記念撮影でもしない事にはという心理が働くのですね。
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表情も形も素材も様々なものがあります。
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黒いものは良いのでしょうね。
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ピラミッドのキャップストーンとお棺です。
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これは先ほどあった青いもののそれほど美しくないもの大量ですね。これだけあると価値が全くわかりません。副葬品なのでしょうね。
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これはパピルスですかね。展示してある最大のものでしたが、この他にもたくさんあるのでしょうね。内容は全くわかりません。恐らく辞書とか百科事典みたいなものなのでしょうね。
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太陽の船でしょうかね。
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青鷺とかミイラの作り方みたいなのとか、梯子があったりと死後の世界の説明なのでしょうかね。
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こちらも副葬品なのでしょうかね。しかしすごい数です。全てが3000年以上前のものとすると日本で出土したら確実に国宝級です。
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なんか色々書いてありますがわかりませんね。バーとかじゃないでしょうか。結局古代の重要な文書と言うと聖書なんかと同じように世の成り立ちから生命の仕組みとかそういう全部が書いてある、今で言う図鑑や辞典のような事が書いてあるのではないでしょうか。
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恐らく王名表だと思われます。要するに世界の歴史なのですね。旧約聖書で言うとアブラハム、モーゼからダヴィデ、その後の士師記に至る部分なのでしょうね。
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やはり梯子が目立ちます。ヤコブの梯子の原案がこちらなのでしょうね。
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これだけ文書があってモーゼの出エジプトの記録が無いのであれば、それはやはり無かったのでしょうねえ。まあ民族の移動や衝突は日常的だったのかもしれません。
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日本だと江戸時代位でしょうかね。実に3000年の差がある事になるのでしょうか。
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まあ完全に光っちゃってますね。
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何について書いているのでしょうねえ。
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いわゆるカノポス、骨壷ですね。ミイラがあるのに骨壷というという事はまあミイラになれない人用でしょうか。ではなくて内臓を入れるようですね。ヒヒのものやホルス神のものやアヌビス神のものがあります。
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色々な事書いてますね。
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まだまだあります。
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だんだん図鑑みたいな感じでしょうか。
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ソロモン宮殿の図みたいですね。
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神の化身の動物の図でしょうか。
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なんの鳥でしょうか。
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あんまり写真に写らないようになっているのでしょうかね。
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太陽と生命の樹でしょうか。
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まだ続きます。こんな感じの展示です。
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これも副葬品ですかね。
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太陽の船でしょうかね。
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こちらもやはり王名表ですかね。
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動物は皆神様なのでしょうね。
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こちらも王名表でしょうか。
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マスクや装身具ですね。
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なんでしょうかマンガみたいですがわかりません。
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柱のようです。墓の一部でしょうか。
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色々な神様の解説のようです。
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牛の神様みたいなのが3種くらいいますね。
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副葬品でしょうか。アンクとは異なる、駒沢オリンピック公園の塔のようなモチーフがあります。
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これは何でしょうか。悪魔に近いような神様でしょうか。
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ワニとか動物が描かれているのでしょうかね。
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マントヒヒの像や蛇のモチーフでしょうか。
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ハヤブサの像でしょうか。神様としてやそうでないものなのでしょうか。
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ネコも愛玩動物として珍重されたようです。
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カノプスでしょうか。内臓だけにしては大きいので恐らく全身入れる柩の一種なのでしょうね。手前は犬ですね。
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アピスですね。
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牛ですね。
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アピスの特集です。金の子牛の逸話はモーゼの出エジプトの際のクライマックスシーンでもあり、偶像崇拝やその当時普遍的であった牛などの動物を信仰の対象とする異教に対して、聖書のヤハウェの神はユダヤ人への制裁としてなんと3000人を一夜で殺してしまったそうです。それだけインパクトのある聖書の場面なので、それに対してエジプトでのそういう信仰が普遍的であった事を示しているのだと思われます。
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まさに金の子牛です。フリーメイスンリーでも金の子牛そのものをシンボルとする事もあるようです。
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蜂の巣の養蜂箱でしょうか。シンボルを集めた一画なのでしょうか。
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こちらは飼っていたペット達のミイラのようです。
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大英博物館にもありましたが、こちらの方が数も多く面白い展示になっているようです。やはりそのあたりが美術館の美的感覚なのだと思います。基本的には同じものを展示しているわけです。
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ミイラにしたものを加工したのか、ミイラや遺骨を中に収めたのかよくわかりませんが、遺骸と何かしら関係しているようです。
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こちらも基本的にはミイラなんでしょうが良くはわかりません。お土産のこけしのようです。
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こちらはまあ亡骸を形にした像なんでしょうね。骨壷の形になっているのかもしれません。
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アピスと有翼日輪です。日本で言うところの十二支みたいなもんでしょうか。
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再び有翼日輪の石板ですね。アピスが書かれたものがあります。
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白黒の模様があるものもありますね。有翼日輪のエジプト古代宗教と牛への信仰がかなり密接なものであった事を説明しているようです。まあ要するに農耕民族であればその二つが非常に大事というわかりやすい事だと思われます。
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まあ同じですね。
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お牛様~って感じでしょうか。徐々に牛の頭に日輪がのっかってきています。太陽と牛が一緒になっているんですね。後にセラピス信仰としてギリシア・ローマに伝わっていくそうです。要するにブラザージェンナーによる種痘として復活するのですね。ワクチンセラピーのルーツですね。
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やっぱり人間は太陽を浴びて牛乳や牛肉を食べたり、農業をしたりしないと駄目という事でしょうかね。
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これはウィキペディアにも使用されてる写真の像ですね。神様の設定ですが、どうも頭の太陽は半円で物置のようです。果物でも入れるのでしょうか。
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こちらもアピスを描いた石板です。
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カノプスですね。
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アピスを描いた石板とその他でしょうか。
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これも同じものですね。
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有翼日輪ですね。
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アヌビスですかね。
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スカラベの形をした装身具ですね。
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スカラベやアヌビス、ホルスの目ですね。小さい石板は家に飾るのでしょうか。
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こちらは再び石棺です。
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これもお棺ですね。
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これもお棺ですね。
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一体だけミイラがありました。
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保存状態が良いのでしょうね。
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お棺の表情も色々あります。
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かなりユニークなものが目立ちます。
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有翼日輪にスカラベにアヌビス、イシス、オシリスにバーにホルスとエジプトの神様が全員集合だと思われます。その他の神様もウィキペディアなどで同定してみてください。
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死者の書というやつですね。
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デザイン的に人の顔のようなものになっていますね。太陽の船になるのだと思われます。
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神様が整列しています。
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大分手ぶれしていますが同じ構図の石板です。
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墓の壁面なのでしょうね。
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オシリスでしょうかね。
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なかなか難しそうです。
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新しい構図ですね。
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良くわかりません。
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これは立派なお棺ですね。
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副葬品でしょうか。
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しかし色々ありますねえ。段々の塔が気になりますが、恐らく駒沢のオリンピック公園の塔はこちらをイメージしたものなのでしょうね。意味はわかりません。
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これも美しい像です。ルーヴル美術館は完品のものが多いです。
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これも副葬品でしょうか。オシリス像ですね。
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日本であったら間違いなく国宝ですね。
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しかしこんなにお棺を持ってきて良いのでしょうか。
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副葬品でしょうか。珍しく欠けた部分ばかりです。
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多いですねえ。
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こちらも死者の書でしょうか。
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これも立派なお棺ですね。
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立派なお棺がいくつもあります。
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お墓の壁なんでしょうかね。
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柱ですかね。
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太陽の船の模型ですね。
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神様の像でしょうか。
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ピンボケですね。
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読めそうですね。
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こっちは読めませんね。
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やはり壁面ですかね。
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花崗岩が多いですね。
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オベリスクの先端部みたいです。
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なんでしょうね。
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壁や柱の一部のようです。
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やはり花崗岩ですかね。
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刻印が深いですね。
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やはり有翼日輪ですね。
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やはり入口の門なのですかね。ワシントン記念塔の頂上はこうなっているそうです。
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こちらも刻印がはっきりで読めそうです。
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神を象徴しているのでしょうか。
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やっぱり牛が出てきます。
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スカラベが線で囲まれているのは王名でしょうか。クレオパトラとかですかね。
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字がはっきりしているのは時代が下っているのでしょうね。
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墓の中の配置があるのでしょうね。
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壁面のようです。
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やはり囲んでいるところは王名なのでしょうかね。
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羊の神様ですが、恐らくアメン神なのだと思われます。陰謀論でサタンの化身とか出されるやつですね。アーメンの語源らしいアメン神みたいですよ。
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入り口の壁面みたいですね。
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こっちは牛の神様ですね。アピスでしょうか。
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こちらも神様なんでしょうね。
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やはり柱や壁面みたいです。
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壁ですね。
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現地に行けば壁面に残ったものがたくさんあるのでしょうね。
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柱持ってきても構造は保たれるのでしょうか。
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大分かけている像です。
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ほとんどわかりません。
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時代が下っている感じでしょうか。
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ヒエログリフではないようです。民衆文字なんでしょうか。ヒエラティックという筆記体に近いようです。
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石碑があります。
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こちらも壁面の一部でしょうか。
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柱もあります。ロズリン聖堂の柱に似ていますかね。
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タウ十字みたいなアンクですね。
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刻印がはっきりしていますね。
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ヒエログリフも彩色されています。
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グノーシスのシンボルの形の文字でしょうか。
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アピスでしょうかね。
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夜の女王の顔のような感じです。
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アピスのようですが要は牛ですね。
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一面の壁ですね。ヒエログリフで埋まっています。
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何について書いているのでしょうね。
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大きな壁面ですが、残ったところはどうなったのでしょう。
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神々が並んでいますね。
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ラムセス二世の王名のようです。
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立派な柱ですね。
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彩色されています。
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これは美しいですね。ウラエウスを示す王に対してホルス神がアンクを渡しているのでしょうか。王権神授説を示しているのかもしれません。
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囲っているのでやはり王名でしょうか。
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この足は公式ホームページで解説があったと思います。
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王の頭部でしょうか。
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柱の方でしょうか。
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獅子の顔の女神のようです。
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神官でしょうかね。お坊さんの像と雰囲気が似ています。
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獅子の頭部の女神は恐らくセクメトだと思われます。公式ホームページにも解説があります。
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アメンホテプ4世の王権を示しているようです。アマルナの宗教改革を行った王ですね。この辺りからライオンズクラブが由来しているようです。
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この祠を抱いた感じの像も決まりなのでしょうか。
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前掛けがありますね。
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ラムセス二世の像でしょうか。
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たくさんあります。
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獅子の像です。
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スフィンクスの参道というようです。もともと墓にこれだけのスフィンクスがいたのだと思われます。相当の財力と権力があったのだと思われます。
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なかなか美しいですね。
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マントヒヒもいます。
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美しいスフィンクスがあります。
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角度違いですね。
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大英博物館のマウソロス霊廟付近の獅子像よりこちらが古いのでしょうね。
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遺跡の場所の解説がありますがフランス語で読めません。
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これはかなり美しい器ですね。相当豪華な副葬品であったのだと思われます。トータルで見るとやはりエジプト・ヨーロッパの文明の流れは圧倒的のようです。
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きれいです。
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この辺りは農耕具などの道具でしょうか。
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副葬品だと思われますが笛でしょうか。なかなかわかりづらいです。
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チェスや将棋の原型の駒とボードでしょうか。
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こちらも何かゲームの道具でしょうか。
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孫の手みたいですが、祭祀の時に使う道具でしょうか。
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何か道具を使っている図でしょうか。
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ロウソク立てか何かでしょうか。
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横笛ですかね。魔笛のルーツですかね。
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お盆とか水道の蛇口みたいなのでしょうか。
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これは鏡でしょうね。日本にあったら完全に神器ですね。
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約6000年前からの装飾具のようです。ファッションの流行もあるのでしょうね。しかしエジプト文明と当時の日本が接点があったら確実に出エジプトじゃないですが魔術か妖術か神の業の連発でしょうね。
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しかし豪華ですね。エジプト文明の発展は地理的な必然だったのでしょうが、しかしすごい時代が続いたのですね。
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筆記具ですかね。その他の多くの地域で文字が無い時代にこれだけ自由に字を書いて表現していたのですからその差は圧倒的です。しかもその時代が1000年以上も継続したのですから聖書のような表現になるのも必然かもしれません。
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細工が細かいですね。
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衣装も貴族のものでしょうが、日本の近現代と変わりない位でしょうか。
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これも筆記具ですかね。筆皿に当たるのでしょうか。
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家の模型ですかね。副葬品なんだと思います。
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ゴザや家具が副葬品で残っていたのでしょうね。ほとんど現代と変わりないかもしれません。
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副葬品でしょうが、現代家具と変わりありません。
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前掛けがありますね。
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手の形も意味があるのでしょうね。
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大工道具でしょうかね。
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色々な壺ですね。
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これは何でしょうね。
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副葬品なんでしょうね。

以上で一日目のルーヴル美術館の写真は終了です。準備から二日に渡ったのでクリスマスから一日経ってしまいました。解説もかなり不十分だとは思いますが、できるだけルーヴル美術館の公式ホームページを参照にして正確な知識を得るようにしてください。ルーヴル美術館の展示はまだまだたくさんあります。現地では以前も言った通りiPhoneの電源が切れたのでした。この後も見学をして数多くの宗教的なタペストリーを見て、中世フランスのキリスト教への信仰心の高さを目の当たりにして非常に大きな感慨を得ました。まあ結局それだけのものがあったから革命になったのだという事だと思います。フリーメイスンリーの起源としてのテンプル騎士団説もそういうのを目にすると納得されるものだと思われます。次回日付が変わってヴェルサイユ宮殿を見学します。その後再びルーヴル美術館を見学してこの旅も幕となります。
何かしら皆さんの参考になっているでしょうか。すでに行った事がある人でもフリーメイスンリーの視点でこれだけの著名な観光地を見る事はそうそうないかと思われます。旧約聖書、エジプト文明にルーツを求めるフリーメイスンリーの知恵が極東の日本に根付く事が出来れば幸いかと思います。
2012-12-29 15:50 | カテゴリ:その他 雑記
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
背景やもろもろを変更して、まあ音楽やら背景やら媒体の印象で読む人の記憶も様々に変化するのは当然なのですが、普段パソコン画面で読む自分のブログなのですが、たまたまiPhoneでロンドン編の辺りの誤字などないか読んでいてこりゃすごい内容だなとちょっと突然驚愕してしまって、反省と言うか毎度の事の自画自賛という事なのかもしれません。

まあもちろんこのブログを始めるにあたっては動機として3.11東北大震災があったという事は否めないかと思います。もちろんそれ以前に9.11テロがあり、ユダヤ陰謀論や日本でも2ちゃんねるやそういうインターネットメディアの隆盛によって情報と言うものが身近な存在となり、誰もが自由に発言できると同時に誰もがそれらの発言による責任と影響を身近なものとしてとらえなければならない社会になったという事だと思います。現在中国でも韓国と同じようにインターネットの実名登録制が実施されつつあるようですが、いずれにしても情報の自由化と民主化の流れはこれはフリーメイスンリーを挙げるまでも無く必然の流れであり、このブログの主な対象である横須賀の地であってもいずれは責任ある自由が街にあふれる時代がやってくるのだと期待するわけではなく確実に予想されるのだと思われます。

まあ自分で読んでみてはっきり言ってとんでもない内容だと思います。恐らくNTTについて2ちゃんねるで批判した時と同じようなさらにそれが何十倍となったような世の中の変化をこの後巻き起こす事は確実なのではないでしょうか。それはまたロストシンボルの映画化のように定められた必然なのだと思われます。一通り通して読んでみてこのブログはもしかすると多くの読者の方の心に嵐を巻き起こすのかもしれません。しかしあらためてここで確認しますが、あくまで目的は混沌から秩序であり、狂騒から平安へ導く目的のものです。

今年一年を振り返ってみて自分としては比較的平穏であったかと思います。もちろん私生活や仕事で充実していたかと言うとそんな事は贅沢というところもありますが、ブログなどの創作を通じてもちろんフリーメイスンリーの仲間との共同作業ありきで全体として大災害や怪我などの年に比べて落ち着いていたと思います。来年以降もこういう流れを続けて行くにはやはりこのブログの質も高めていかなければならないかと思われます。日本語の本だけでなく積極的に英語の本に当たらなければフリーメイスンリーの内容を習得するのは難しく、またそれをもとにして再びロッジや国際的な環境に身を浸さなければならないかもしれません。

このブログを通してだけでもやるべき事はたくさん転がっていて、それらを一つ一つ丁寧にモノにしていかなければこれまでの積み重ねも無駄になってしまいます。

まあこれまで通りなかなか難しいフリーメイスンの作業だと思いますが、世界中のブラザー達と志を同じくして日々精進していこうと思っております。

まああまりよくわからない一般の読者には良くわからない内容かと思いますが、恐らくロストシンボルの映画化は実現すると思いますので、ぜひご覧になってください。

良いお年を。

ロンドン・パリ篇は後はヴェルサイユ宮殿とルーヴル美術館をもう一度周って終わりです。その後はとりあえずアメリカの州章でもやろうかと思っていますが、これもなかなか大変なテーマなので難しいですが、本でも読みながらそんな感じになるかと思います。色々新しい事が加わりそうであれば加えていきましょう。
2012-12-31 19:38 | カテゴリ:その他 雑記
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
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平成24年2012年の日が沈みました。明日は太平洋側は晴れて初日の出が見られるようです。
今年も一年ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

少し早いですがあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。