2013-06-01 21:34 | カテゴリ:横浜
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
まあスコットランドまで行ったので3年ぶりに横浜ロッジに行ってみたのですが、なかなかまあ大変な感じになっていて色々と感慨があるわけです。
横浜のフリーメイスンリーのシンボルや横浜外国人墓地に眠るフリーメイスンについても改めて記事にしていく予定ですが、横須賀のフリーメイスンリー事情なども様々にあり色々大変そうです。まあいずれにしてもロッジの外の横浜は平和そうでした。
横浜ロッジ
2013-06-02 12:27 | カテゴリ:スコットランド
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
イギリスははっきり言って観光として日本人が何度も行って満足できるものではないと思います。
一口に観光といってもその中の要素としてはだいたい食事、宿泊施設、景色や文化や移動の手段の三つに分けられると思い、そのうちの全てが揃っているところがやはり観光地としてベストなわけであって、イギリスにおいてはやはり店を選んでお金を出せばよい食事が食べられるとは言っても、旅行で重要な食事が日本人が満足できることは少ないかと思いますので、その他の要素が非常に優れていて実際世界の観光都市としてもベスト3に必ず入る都市な訳ですが、満足度という点においてはそれほど高くないのだと思われます。
ではなぜそんな満足度の低い観光地に一年も置かずに再び行くことになったのかというとこれはもちろんフリーメイスンとしての公務みたいなもので、前回ロンドン・パリの旅を終えたところで差出人不明の国際フリーメイスンリー歴史学会のプログラムがeメールで届いたからで、これは行かねばなるまいと覚悟を決めて、果たしてちょうど時差8時間で、飛行機の所要時間が12時間とちょうど朝に出ると眠くなった頃に昼につくという最も時差の影響が大きいヨーロッパに再び1週間の弾丸旅行を行ってきました。
前回ロンドン・パリの旅がかなりの雨天で、同時に地元横須賀もかなりの雨で京急線が止まるなどあり色々心配をしていましたが、今回は稀に見るイギリスの好天続きで旅としては非常に良かったわけですが、まあアベノミクスに水を差すような株価の下落やブリティッシュエアウェイズの飛行機がヒースローで火を噴いたなどのニュースがありましたが、全体として前回ほどの波乱は無かったかと思われます。
まあ今回はとにかく観光の要素は少なく、国際フリーメイスンリー歴史学会なるものがいったい何なのかというところがメインテーマでありまして、そもそも国際学会というもので海外に行くのが初めてでありましたので、英語のプレゼンテーションの内容をどれだけ理解できるかとか、参加者や発表者がいったいどんな人たちなのかというところで非常に興味があり、またまあ上述のきっかけからあまり行かないでやり過ごそうという考えは無かったという事もあり、とにかく参加することに意義があると納得させて、分からないであろう英語のプレゼンテーションは今回から動画を活用して記録する事としてそれを後で分析して理解しようという事にして対応していったわけです。
そもそもスコットランドの予備知識としては、ブラザー片桐三郎の入門フリーメイスン全史偏見と真実にも詳しく語られるように実務的メイスンリーの発祥の地として最も有力な記録に残った土地であり、清教徒革命や名誉革命を通じて様々な王権や議会の背後で確実な勢力としてフリーメイスンリーが存在した根拠地であり、またジャコバイトや古くはテンプル騎士団などヨーロッパの歴史の底流の部分をフォローしてきた土地であるとされ、一般的知識としてはショーン・コネリーやユアン・マクレガーといった有名映画俳優がスコットランド出身者にいて、ブラザージェームズ・ワットや、ブラザーアレクサンダー・グラハム・ベルや、ブラザーエドワード・ジェンナー、ブラザーアレクサンダー・フレミング、ブラザーサー・アーサー・コナン・ドイル、ブラザージョゼフ・リスター、アダム・スミス、ブラザートーマス・ブレーク・グラバー、ブラザーウィリアム・ジャーディン、ブラザージェームス・マセソンといったイギリスと言って思いつく科学や医学や文学や経済の超有名人達の出身地であり、湖水地方などで言われるように美しい場所であり、またネス湖のネッシーで有名なようにちょっとミステリアスで世界をあっと驚かすようなトリックを行う土地柄もあるようなイメージであったでしょうか。私はフリーメイスンリーについて詳しく知る前にはブラザーロバート・バーンズについてはほとんど知らなかったので、スコットランドで思われるのは再びカッレ君に出てくるような緑の丘の古い修道院跡があるようなイギリス映画のような光景で、それのさらに寒くて羊が多い場所なのだろうなというイメージでした。実際行ってみて思ったのはかつて行ったことがあるニュージーランドの光景が非常によく似ているという事であったでしょうか。
まあいずれにしても自分で行こうと思ったきっかけではなく、様々な働きかけの中で突如湧いてきた旅行な訳で推測するに横浜ロッジFar East Lodge No.1と同じ場所を共有するスコットランドグランドロッジ管轄の東洋の星ロッジLodge Star in the East No.640との関連になるのだと思われました。そもそも日本のフリーメイスンリーはアイルランド系の軍隊ロッジであるスフィンクスロッジから始まり、その後のイングランド系とスコットランド系のロッジと、上述したブラザーグラバーやジャーディン・マセソン商会などイングランド人、スコットランド人のそれぞれの関わりや競い合いがあり、戦後にはスコットランド系のブラザーマッカーサーを始めとしたアメリカ人による関わりがあるわけですが、その中で横浜ロッジはそのスコットランド系の影響の中で戦後に日本人に門戸を開いていった歴史となるわけです。
一概にイギリスのイングランド、ウェールズ、スコットランド、アイルランドの四つの地域の歴史は日本人にはそれほどなじみがあるわけではないわけですが、それぞれ固有の言語をもち、特にローマ帝国やフランスや北方異民族の襲来やカトリックの伝来、その後の宗教改革の歴史の中でそれぞれの地域で微妙に異なる歴史を持っていて、そもそも日本の神道のように固有に持っていたドルイド教のような太陽信仰を中心とした土着の文化と相混じり合ってそれぞれ特有の文化をもつ地域、国を形成して現在のイギリス、連合王国を形成している歴史な訳です。
そういうわけでそこから1717年にイングランドグランドロッジとして発祥したフリーメイスンリーはその後の1725年にアイルランドグランドロッジを設立し、1736年にスコットランドグランドロッジを設立しそれらがさらに当時のイギリスの植民地であったアメリカ大陸やアフリカ、インド、アジアの居留地に積極的にロッジを形成し、それらが特にアメリカでは一定の条件を果たしたところでそれぞれの地域の国や州をひとまとまりとした新たなグランドロッジを形成する事となって行くのです。日本でも横浜と神戸の居留地にそれぞれ数多くのロッジが形成され、グランドロッジをどちらとするかなどの問題が明治から大正にかけて盛んに議論されていたそうですが、特に関東大震災の横浜ロッジの崩壊をもって多くが神戸に移るという結果になっていったようです。戦後の日本のグランドロッジは数多くのロッジがブラザーマッカーサーの手によって再興されたり新規に基地内ロッジとして開設された後に国会でのフィリピン政府への戦後補償や謝罪決議などをもって、マサチューセッツグランドロッジやその他のアメリカの州のグランドロッジの複雑な相互承認関係を経たフィリピングランドロッジの承認をもって認められる形となったそうです。
そういうわけで伝統的に正統派と呼ばれるいわゆるアングロ・サクソン系のフリーメイスンリーでは最初にイングランド系、スコットランド系、アイルランド系のいずれかのロッジが設立され、その上である一定の条件を満たしたところで国や地域を管轄としたグランドロッジが設立されその他のグランドロッジと相互承認関係をもつというのがフリーメイスンリーの一般的なやり方という事になります。これとはまた別にグランドロッジが無い時点で様々なグランドロッジの系列の例えばグラントリアンなどの系列が並行して存在する事もあり、アメリカの州に数多くのグランドロッジが並列して存在する状況などもこう言った様々なフリーメイスンリーの慣例の中で生じるロッジ設立の競い合いといった中から生じた過程かと思われます。

まあそんなわけで、イギリスと一口に言ってもその中では3国鼎立ともいえるようなスコットランド、アイルランド、イングランドという緩い緊張関係があり、それがかつてはIRAのようなテロまで発展したり、また宗教戦争の時代にはカトリックと国教会の対立や、クロムウェルのアイルランド占領など都市や地域を主体として容易に血塗られた歴史となるイギリスの歴史があり、それはまたオランダやフランス、イギリスといった他の国との関係においても様々な三国関係が同様に存在し続けるという延々と繰り返される歴史の3の関係な訳ですが、要するに前回回ったイングランドグランドロッジ、フランスグラントリアンと間をもつような存在が今回の舞台であるスコットランドグランドロッジという事になるのだと思われ、その前座のような話が国立新美術館にあったフランスのユニコーンとライオンのタペストリーであったわけではないでしょうか。まあ様々な知識としては知っていて、このブログでも何度も触れて来たスコットランドという国、地域なわけですが、実際この様な機会で訪問する事になるとは思ってもいなかったわけで、様々なきっかけの中で物事が動き出している事を感じるような一連の旅であったという所でしょうか。
まあ大分長い書き出しとなりましたが私自身把握できているところがこの程度というところで、実際にはその他に膨大な人と物事の書きとめられない流れというのが歴史には存在しその流れの中で人は動かされ日々過ごしていくというその中の数日の記録をまたブログとしていこうかと思います。以前のように時系列を追った形にとらわれずに様々に変則的な形で構成していくことになるかと思いますし、また間に他の話や学会の個別の発表の内容を追加していく形になるかと思います。頭がこんがらがったり付いていけなくなる人もいるかと思いますが、まあそれはそれでドストエフスキーの小説ではないですが事実は小説よりも奇なりと言いまして、現実は常に想像よりは面白く複雑で興味深いという当たり前のことを伝えていければと考える次第であります。

それでは写真を数枚示して旅の始まりとしていこうと思います。
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飛行機からの写真ですが、これは非常にわかりづらいかと思います。日本上空で眼下に日本アルプスが見えるのだと思いますが、先に小さく綺麗に富士山が見えるのですね。恐らくそういうきれいに見えるようなコース取りであったのだと思います。
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もうすぐにイギリス上空です。実際は前回のようにビジネスクラスになる事も無く、時差ボケ対策で食事のとき以外ずーっとアイマスクに耳栓ヘッドホンで寝ています。前回から1年足らずという事で遠慮も無くヒースロー空港周辺を撮っています。かなり濃い霧でした。
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ヒースロー空港では恐ろしくブラザーダン・ブラウンの新作をアピールしていました。また旧作も全て一緒に売っていました。グランドロッジでのアメリカ人ブラザーのアピールが影響したのでしょうか。日本でも前回は成田空港でこんな感じでした。いやまあ新作は楽しみです。機会があればロストシンボル以前の旧作も読んでみたいと思います。
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ヒースロー空港から乗り継ぎで約一時間でエディンバラ空港です。途中はいわゆる国内便ですがほぼ満席の状況でした。日本の東京大阪便のような感じかもしれません。学生やビジネスの方が多いようです。景色は明らかに綺麗な感じでしたね。ほぼ自然のゴルフコースのような感じでしょうか。日本ではあの景色は保存できないのでしょう。
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エディンバラはいかにも地方の空港という感じですが綺麗でおかしなところは全くありません。空港からすぐに中心部への直通バスが出ていて3ポンド位だと思います。レンタカーなどもありました。車も比較的多くなく左車線なので海外で運転経験のある方はお勧めかもしれません。ロータリーが非常に多く信号無視の歩行者が非常に多いのが特徴でしょうか。まあなんとも言えない快晴でした。
2013-06-02 15:36 | カテゴリ:スコットランド
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
またセンセーショナルな副題ですが、まあもちろんフリーメイスンリーにそれら全体を管轄する本部も無ければ中枢も無いという事を逆手に取ったエディンバラの街とそこでのフリーメイスンリーの活動を見た上での感想のようなものです。エディンバラに来ればすぐに目に入るのが天空に浮かぶがごときエディンバラ城であって、それを中心として整然と並ぶ市街はまさにフリーメイスンリーの本部というのにふさわしい街並みであり、また同時に旧市街を中心に多数のフリーメイスンリーの実務的メイスンリーからの歴史あるロッジが存在し、そうした歴史や政治、地政学的要素、品格や民主主義や自治の雰囲気など全てを組み合わせてまさにフリーメイスンリーの本部と言うにふさわしい場所だと思ったわけです。

さて空港からバスで移動してホテルのあるエディンバラ中心部へ移動します。
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まあとにかく綺麗なところです。高い木が育たないのでしょうかね。日本から見ると考えられない地形ですがあちらの自然はこの様です。降水量が違うのでしょうか。
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St. Mary's Cathedralというそうです。バスの窓からなので半分しか写っていません。
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ウェイバリー駅からエディンバラ城を望む方向ですね。ウェイバリー駅にバスは降ろしてくれました。ホテルは新市街の方なのですがまあそこがバスの終点なのだと思います。
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ちょうど目立つ所にジェンナーデパートがあります。新市街はそれぞれポイントのところにフリーメイスンの名前を冠した建物や銅像があります。
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アダム・ブラックという人の像のようです。出版業と政治家でエディンバラ市の市長をされていたようです。恐らくフリーメイスンなんだと思われます。ブリタニカ百科事典を出版されたそうです。
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ジョージ四世の像です。父親がポルフィリン症の認知症で亡くなった、王太子時代に放蕩して父親を困らせた王で、ナポレオン時代の後に即位しています。スコットランド出身のスチュアート朝の流れをくむハノーヴァー朝の王として初めてスコットランドを行幸し、その地でキルトのスカートをはいて接見して大いに人気が出たそうです。同行した作家のブラザーウォルター・スコットの発案であったそうです。
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左手の旗のあるのがジョージホテルです。奥のセントアンドリュースクエアにある塔は第一代メルヴィル卿のブラザーヘンリー・デュンダスの銅像が載っているようです。東インド会社の経営などにも関わった絶大な権力を手にした政治家だそうで、スコットランドグランドロッジのグランドマスターであったそうです。(2013/11/2追記:パストグランドマスターではないようです。ウィキペディアにグランドマスターのようであったという意味の文章があるだけです。フリーメイスンではあったのだと思われます。)
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新市街は高台の稜線に沿って並んでいて北海が見えます。フォース湾というそうです。
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ロイヤルスコティッシュアカデミーという非常に目立つ建物なのですが、どうもスコットランド国立美術館の分館であるとか企画展をやるとかで、まあいわゆるフリーメイスンリーのソロモン宮殿に当たるのでしょうが、常時開いているわけではないようです。町の中心にあり、その横に広場があって何か毎日やっていました。上にスフィンクスが並んでいてとにかく目立ちます。
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これもその辺りから撮ったエディンバラ城ですね。
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これもどの角度かはよくわかりませんがロイヤルスコティッシュアカデミーを撮っているのだと思います。上部のスフィンクスが非常に特徴的です。エディンバラは路面電車の線路はあるようですが、路面電車は廃止になっているようです。2014年に再開予定だそうです。

別の日に朝のエディンバラ市街を動画で撮ったので参考としてください。YouTubeでも日本人が撮ったものも多いようですが、天気が良いので参考とできるかと思います。

ジョージストリート→セントアンドリュースクエア→ジェンナーデパート→プリンスィズストリート→ノースブリッジ
2013-06-04 20:03 | カテゴリ:スコットランド
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
さてでは写真だけ羅列していったわけですが、ちょうどブラザーデッカー司令長官の回想録を読み終えたところでどのような記事にしていこうかと考えているところで、少しずつ写真の解説を加えつつ記事を考えていこうかと思っています。日本の天気も梅雨が来ない相変わらずの異常気象でお出かけ日和となっていますが、このブログでは良い天気のイギリスの観光地の様子をのんびりとお楽しみください。
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プリンスィズストリートの横にある公園のスペースから撮ったアングルです。かつては沼があって新市街を造る際に水を抜いて公園としたそうです。
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ちょうど八重桜が満開でした。日本から移植したのかと思ってしまいましたが、どうも同じような気候で自生しているようでした。八重桜の時期に合わせて訪問するのも一興かなと思います。
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あっちの人は天気が良くて芝生があるとみな寝転んでいる人が多いですね。しかし一人でいたり微妙な感じの集まりというのがないのがあちらの特徴でしょうかね。まあいわゆる分別が付いた年齢の方はいないのが特徴でもあります。楽しそうに見えるというやつでしょうか。
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到着したばかりでとりあえず色々な角度で撮っているのですね。
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ウィキペディアに解説がありましたが、第二次大戦中にノルウェーの連隊が訓練のため滞在した記念だそうです。ノルウェーもナチスに占領されていた歴史があるかと思います。実質亡命政権があったのだと思います。
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ロスの噴水というそうです。ロンドン万国博覧会の際にジャン・バプティスト・クラグナンという方が作った鋳鉄製の彫刻で、上部の4人の女性が科学と芸術と詩作と工業を意味しているそうです。まあ四人の女性というとフリーメイスンリーの四元徳を思い出しますが、恐らく四元徳と対応する形にこの噴水もなっているのかもしれません。ロスという銃器製造会社の経営者の方がこの地に移築して寄贈したそうです。いずれもフリーメイスンであるのだと思われます。まあ結局エディンバラ城の写真はこの学会のプログラムの表紙のアングルが最もきれいという事だと思います。ちょっと興ざめですがまあフリーメイスンリーです。ヘッダーにもプログラムからコピペしたものを使用しています。
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崖はやはり崩落の可能性があるためにネットが掛けてあります。日本の城のようで実用的であり城構えも一見の価値ありです。
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やはり墓地があり一見してオベリスクが目立ちます。
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道の左右にオベリスクがあります。やはり特別な場所なんでしょうね。
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やはり崖が壮観です。日本の岩とは違います。まあこんな感じで岩がそこらじゅうにあるんですね。結局その資源に則った生活がフリーメイスンリーの基本であったわけですね。
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結局攻められるのがロイヤルマイルからの一方向しかないのですね。門に近い方になると焦げ跡が多くなっていくように見えます。まあ実戦を戦ってきた城そのものなのでしょうね。その辺りにフリーメイスンリーの本部ともいえる都市の象徴の誇りがあるものかと思われます。まさに武田信玄、孫子の兵法いわく、人は石垣人は城でしょうか。
2013-06-04 21:13 | カテゴリ:スコットランド
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
過去の2回目、3回目のプログラムもネット上にありました。今回のものもホームページに当たれば見られるかと思います。今回のものについてはアブストラクトが配布されましたのでそれについては書き写してコメントしていければと思います。一応個人名は全て伏せていくこととします。動画で撮れたものについてはその部分だけアップしますが、それ以降の音声で記録したものについてはちょっと転載が厳しそうです。また転載したとしてもあまり聞き取れる形にならないかもしれません。

それではプログラムの後援や会の目的について書き写していきます。全体発表の発表者については個別に人物紹介がされているので転載していこうかと思っています。

4th INTERNATIONAL CONFERENCE ON THE HISTORY OF FREEMASONRY
FREEMASONS' HALL, 96 GEORGE STREET, EDINBURGH, SCOTLAND
24 MAY-26 MAY 2013
第4回フリーメイスンリー歴史国際学会
フリーメイスンホール スコットランド エジンバラ ジョージ通り96番地
2013年5月24日~26日

Held under the Patronage of:-- Grand Master Mason

-- The Sovereign Grand Commander of The Supreme Council for Scotland of the Ancient and Accepted Scottish Rite

-- The Deputy Grand Master and Governor of the Royal Order of Scotland

with the special Patronage of: IIth Earl of Elgin and 15th Earl of Kincardine, KT

and with the support of:--(please access www.ichfonline.org)

後援 --グランドマスターメイスン
    --古代認証スコティッシュライト位階最高会議のスコットランドのソヴリングランドコマンダー
    --スコットランドのロイヤルオーダーの代理グランドマスターおよび長官
特別後援 第11代エルジン伯爵、第15代キンカーダイン伯爵、騎士
--の後援による(www.ichfonline.orgにアクセスしてください。)

STATEMENT OF PURPOSE

By holding a biennial conference open to the public, the main purpose of the ICHF is:
*to promote Freemasonry as a subject for academic study.
*to present and debate relevant contributions in this area of research.
*to create a forum for interactions between researchers, experts and a wider audience.
*to encourage individuals to take an interest and participate in an active exchange of knowledge in the area.

会議の趣旨

二年に一度の一般公開された会議を開くことに当たって、ICHFの主要な目的は:
*学術研究の対象としてのフリーメイスンリーを促進する。
*発表して議論する事でこの分野の研究に関して貢献する。
*研究者、専門家や幅広い聴衆の間での相互の交流のための空間を作る。
*個々人がこの分野での活発な知識のやり取りに参加する機会を得たり、興味をもつように動機づける。

The ICHF is a non-profit making, privately owned event and brand, sponsored by Supersonic Events Ltd. with no formal affiliation to any masonic or academic body. On each occasion a leading academic is appointed to convene a specialist committee responsible for the selection of suitable presentations. Any surplus generated by the ICHF will go to support young researchers and academics pursuing research in the topic.

ICHFは非営利目的で、私的なイベントであり、商標であり、スーパーソニックイベント株式会社の提供によっていて、いかなるフリーメイスンリー団体や学術団体とも正式な提携をしていません。
2013-06-04 21:48 | カテゴリ:スコットランド
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
さてでは背景も三笠公園となり、動画も横須賀と戦争関連のものとなり日本人視聴者の関心が高いものとなったかと思いますが、恐らくブラザーデッカーの本の内容はそれほど日本人にとって面白い話ではないかと思われますが、スコットランドの記事に加筆する作業は進めたいかと思います。まあフリーメイスンリーにとっては非常に重要な土地ですが、基本的に観光ですので気楽に読めるかと思います。
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なかなか八重桜が美しかったですねえ。女性も特別美しい人ばかりでしたが、桜も自然も空気もみな美しかったです。
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ちょっと変則的なわき道から上がって来たのですね。箱根湯本や伊香保など日本の温泉街を思わせるような作りでしょうか。お城といっても機能的な行政上の中心も果たしていたわけで、日本の江戸時代の姫路城のような少し迷路構造になっているが本丸までいくのにそれほど時間はかからない構造になっています。
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スコットランドの動画に入っていましたが、エディンバラのミリタリータトゥーをやる会場がこのエディンバラ城前広場なのですね。基本的に8月中に様々なフェスティバルの一部として行われるようです。日本からもそれにポイントを絞ったツアーがあって、二泊三日で10万円以内というのが相場のようです。動画で見るとなかなか壮麗な見世物ですが、訓練の意味も一部はあるのでしょうね。色々それに向けた会場づくりの過程であったのだと思いますが、ケルト十字とオベリスクがあるのはなかなかすごいものです。オベリスクも近くまでいけなかったので何の記念かはわかりません。(第72ハイランド連隊の記念碑のようです。)ちょうどこの時は衛兵の交代をやっていました。結構緊張感があるタイプでしたかね。
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これは門をくぐった後の坂道と壁ですかね。ここは恐らく実戦で使用された感じの後という焦げた跡がある場所で、まあどこまでの戦闘かわかりませんが、恐らく実際の戦闘、恐らく宗教改革絡みの争いで使用された場所なのだと思いました。焦げた感じからブラザーロバート・バーンズのBurnsはこの焼け焦げた跡なんじゃないかと想像してしまったりしました。この日はもう遅かったので入場しません。
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ロバート・ザ・ブルース(ロバート1世)の像です。像自体は20世紀に作られたものだそうですが、王は13世紀から14世紀の時代のスコットランドの偉大な王でイングランドから独立をしたそうです。
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ウィリアム・ウォレスの像です。ロバート・ザ・ブルースと同時代の騎士だそうで、出身はウェールズだそうですが、スコットランドの勢力とともにイングランドと戦い最後は破れて八つ裂きにされたそうです。メル・ギブソンの映画「ブレイブハート」の主人公だそうです。
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イングランドのガーター勲章に次ぐシッスル勲章というスコットランドの騎士団勲章のモットーだそうです。アザミ勲章とも言うそうです。”Nemo me impune lacessit”(何人も咎無く我を害せず)だそうで、シッスル勲章はスコットランド人の血をひく人以外には授与されないそうです。赤いライオンはスコットランド王家の紋章で、それはそのまま現在のエリザベス女王のウィンザー朝に繋がるのだと思われます。イギリスの国章にも四分割した右上に赤いライオンの姿が認められます。またイギリスの国章にあるモットーは一つはガーター勲章で、フランス語で "HONI SOIT QUI MAL Y PENSE"("Evil to him who evil thinks", "Spurned be the one who evil thinks", or "Shame upon him who thinks evil upon it"、思い邪なる者災いあれ)で、もう一つが "DIEU ET MON DROIT"(God and my right、神と我が権利)という標語でこれはスコティッシュライト33階級の標語と一緒であり、ガーター勲章とスコティッシュライトが表裏一体の関係にあることが示唆されます。
2013-06-04 22:02 | カテゴリ:スコットランド
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
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ロイヤルマイルはエディンバラ城前広場から前の通りを下ったところの通り全体を言うようです。この建物がゴシック建築の一見教会のようですが、ハブというそうで、フェスティバルなどのインフォメーションセンターとなっています。かつては教会であったそうです。
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この右手も教会でしょうかね。聖コロンバスコットランド自由教会というそうです。ジョン・ノックスによってつくられたのが国教会からも独立した自由教会だそうで、日本にあるプロテスタントは主に自由教会によって伝えられたものだそうです。(追記訂正2013/6/23:これはウィキペディアの項目をそのまま写したのですが色々派閥があってその主張が入っていて、客観的には間違いのようです。ジョン・ノックスが作ったのがスコットランドの長老派教会であり、また1843年のスコットランドの教会分裂の後にスコットランド自由教会ができたようです。日本にプロテスタントを伝えたのは主にヘボンに代表されるような長老派教会のようです。)
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これはいかにもな金のフクロウがあったので撮りました。恐らくロッジの象徴なんかなんだと思われます。
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ブラザーディーコン・ブロディーはこのロイヤルマイルで最も目立つ看板や人形である歴史上の人物で、いわゆる「ジキル博士とハイド氏」という「宝島」の作者としても知られるブラザーロバート・ルイス・スティーブンスの作品としてして知られる、二重人格の代表例として知られる物語の元となった人物です。本名がブラザーウィリアム・ブロディーといい、ディーコンはエディンバラの商人組合の組合長を意味するそうです。昼は名士で通っていた人物が実は夜は窃盗団の頭であったという事で、1768年から1788年まで約20年間に渡ってそういう生活を続けていたそうで、フリーメイスンとしてはブラザーロバート・バーンズやブラザーサーヘンリー・レーバンとも知りあいであったそうです。まあ恐らくディーコンという役職から言って、エディンバラの顔役みたいなフリーメイスンリーで言うところのグランドマスターに近い状況であったのかと思われます。もしかするとロッジでの役職のシニアディーコンやジュニアディーコンを意味するのかもしれません。英語版ウィキペディアによると仲間が捕まった際に僻地に追放されるのを拒否していわゆる司法取引でブラザーブロディーの共犯を自白し、ブラザーブロディーがオランダからアメリカに高跳びしようとしていたところ逮捕されたそうです。当初証拠はなかったらしいのですが、自宅から合い鍵や変装の道具やピストルが出てきて絞首刑となったそうです。絞首刑の際にも鉄のカラーなどで抵抗したそうですが失敗して亡くなったそうです。果たして本当に犯罪を行っていたのでしょうか。店の看板によると1420年よりキッチンのアーチがあるそうでエディンバラでも最も古い建物で、現在でもケルティックメイソニックロッジが定例会を開いているとあります。そういえばブラザーブロディーの顔つきも典型的なスコットランド系とは異なるでしょうか。ブラザーディーコン・ブロディーが紫の服を着て、看板も紫なのは、どうもこの紫色がスコットランドでは最も王室やスコットランド自体を象徴する色とされているようで、恐らくカバラの色の象徴とも関係するのでしょうが、背景のメイソニックケルトの色もそうですが、女性が紫色の服を着ている姿を良く見かけました。ビールはギネスが無かったのでこれになりましたが、スコットランドの地ビールのようでした。サンドイッチはまあそこそこでした。10ポンド位でしょうか。(6/18追記:紫色については実際に町でも多く見かけましたが、ウィキペディアのかつてのブラザーブロディーの人形や看板を見るとそういう様子は一切ありません。ここ最近のキャンペーンのようです。カバラの紫色とかけた東と西の共通のキャンペーンであるのではないでしょうか。まあ結局は好みでしょう。色の流行はそれこそ循環であると認識されています。)
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で、ブラザーディーコン・ブロディーの名前を冠した店は真向かいにもう一軒あるのですね。
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ブラザーロバート・バーンズの写真があります。どうもその後の解説によるとブラザーディーコン・ブロディーの逮捕などとも深くかかわりがあるようです。
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北極クジラというそうです。恐らく一階の面積で税金が決められていたので二階以上を大きく作ったのではないでしょうか。書いていませんが恐らく地震がない土地の税金対策の建築法だったのでしょうね。
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この解説ではブラザーディーコン・ブロディーが住んだ通りを描いているそうですが、どうも行政長官として名声を得ていたのに秘密の浪費のために困窮してブラザーロバート・バーンズがエディンバラに来た1786年より盗みを始めて1788年に発覚したと書かれています。どうも英語版ウィキペディアとは話が違いますが、正確なところはエディンバラのロッジで入会しないと教えてもらえないのではないでしょうか。ブラザーロバート・バーンズの詩に秘密があるかもしれません。清教徒革命や名誉革命、ジャコバイトの話などもあり実際は相当複雑なんじゃないでしょうか。
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これはほとんど鏡になっていますが、裁判所の建築の解説のようですね。まあ恐らくフリーメイスンリーのロッジの関連の解説でしょうから歴史的に重要な舞台の建築なのだと思われます。
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まあこの解説を読むとブラザーブロディーはエディンバラのまさにこのロイヤルマイルの職人の家に生まれて行政長官まで上り詰めたが、ギャンブルで身を持ち崩し盗賊になって捕まって、セントジャイルズ大聖堂の近くで絞首刑になったという事でしょうか。まあなんだかよくわかりません。事実は小説よりも奇なりなのでしょう。いずれにしてもケルト系のフリーメイスンリーロッジというのはヒントかもしれません。この後のブラザーロバート・バーンズの名前を冠したレストランの店主もフリーメイスンでありましたが明らかにケルト系でした。
この店でもハギスを食べたと思います。結構上品であったようでした。
2013-06-04 22:11 | カテゴリ:スコットランド
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
随分色々といじくったんで相当見づらいブログとなってしまったかもしれませんが、それもこれも秘密の範疇という事で、まあ非常にスコットランドらしい感じになったという事で雰囲気を味わっていただけると光栄かもしれません。まあブログの内容の方は観光なだけで大したものではありません。
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ロイヤルマイルのランドマークであるハブを下の方から撮ったところですね。
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ブラザーデイヴィッド・ヒュームの銅像です。イギリス経験論の代表的な哲学者の一人で、イギリス経験論といえばフランシス・ベーコンの「知は力なりknowledge is power」が有名ですが、その完成者としてこのブラザーヒュームが挙げられるそうです。私も詳しくはわかりませんが、アメリカ建国の父のブラザートマス・ジェファーソンやブラザーベンジャミン・フランクリンに影響を与えたそうです。エディンバラ大学に学びその後はほぼ独力で著作を行い、カントなどに影響を与えたそうです。無神論に近い考え方であったことからアカデミックポストに就くことができなかったそうですが、極めて現代的な哲学を確立したものと考えられます。フリーメイスンにはパリに滞在中になったそうで、その後にブラザールソーとも会ったりしており、その当時フリーメイスンのイギリスと大陸との交流が極めて盛んであった事が想像されます。神学から独立した哲学という学問がこの時代に成り立つには背景としてフリーメイスンリーによる科学的観察や思考という概念が極めて重要なのだと痛感させられます。1711年に生まれ1776年に亡くなっています。
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セント・ジャイルズ大聖堂です。正面にあるのがブラザーサーウォルター・スコットの銅像だそうです。セント・ジャイルズ大聖堂は日本ではそれほど有名ではありませんが、プロテスタントの一派である長老派教会の母教会とみられるそうで、いわゆる予定説のカルヴァンに学んだスコットランドの代表的な宗教改革者であるジョン・ノックスが庭に埋葬されたそうです。後でこの教会の中のステンドグラスを撮影しますが、この教会にこのスコットランド最大の秘密が隠されています。ここで明かしてしまうと要するに一番高い所にフリーメイスンリーのシンボルマークがはっきりと示されていました。上の冠型の尖塔はいわゆる王冠を象徴しているのですね。国教会の国家の元に宗教がありそこにはフリーメイスンリーがあるという考え方を建築によって示しているものかと思われます。ブラザースコットについてはブラザースコット記念塔のところで触れようかと思います。この辺りの歩道にハートのマークがあるそうです。もちろんフリーメイスンリーのシンボルです。そのまま中心となる場所を示しているのでしょうね。
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こちらはもう少し下側のスコットランドの象徴の一角獣がいる塔です。ブラザースコットもスコットランドの象徴そのもので、一角獣もそれに対比的なスコットランドの象徴そのものなのでしょうね。
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完全に逆光ですが、こちらがアダム・スミスの銅像です。アダム・スミスはブラザーロバート・バーンズと会っていただとかだそうですが、一応フリーメイスンではないことになっています。むしろなぜフリーメイスンでないことになっているかが興味深いかもしれません。有名な神の見えざる手はそのままキリスト教やフリーメイスンリーのシンボルとなります。アダム・スミスの国富論は1776年3月9日に発行されたそうです。まあ要するにフリーメイスンなんでしょうね。この辺りの話は横浜ロッジFar East No.1 Lodgeのホームページに以前も取り上げましたが、ROBERT BURNS AND ADAM SMITHと題してブラザー寺澤廣一の文章がありましたので再びリンクを置きます。非常に面白いのでスコットランドの回のどこかで翻訳をしても良いかと思います。
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トロン教会というそうで、ハブと同じくかつての教会であったのが一時観光案内所とされていたのですが現在は閉鎖されているそうです。スコットランドは打ち捨てられたり廃墟となった教会が多いのですが、要するに宗教改革の結果、長老派教会や自由教会以外のカトリック系の教会が閉鎖されてしまったものが多いのでしょうね。
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北橋の方に曲がって来たのですね。一番左のオベリスクからカールトン墓地の政治的殉教者の記念碑、ドゥガルド・スチュワート記念碑、エディンバラ市長の家、スコットランド政府庁舎、その上にブラザーネルソン記念塔があります。手前がウェイバリー駅で、鉄道と道路に挟まれる緑地の海のラインの左に見えるのがブラザーロバート・バーンズ記念碑だと思われます。今回はそこには行っていません。全てフリーメイスンリーゆかりの建物だと思われますが、なんせ日本では有名ではないので全然意識はしていません。ドゥガルド・スチュワートもフリーメイスンだと思われますが何をやった人だか全く知りません。
2013-06-04 22:22 | カテゴリ:スコットランド
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
しかしまあ日本も政治や経済的な色々な問題が差し迫っているというのがあるのか、なんとも気忙しい感じになっていて、その影響かこのブログも色々と模様替えが著しいわけですが、基本的にフリーメイスンリーは完全に一致結束した組織というものではなく、最終的には個人の信条、生き方や理念であり、その歴史の中で数多くの対立や争いの歴史を負っているわけであり、逆に言うと友愛の精神とはそういう現実の争いや闘争との二律背反であるという事にもなるかと思われます。英仏のフリーメイスンリーの雌雄を決したワーテルローの戦いの1815年6月18日から今年でおよそ200年になるわけですが、ブログの音楽を整理していたりしていてふとその時代のことが思われました。いずれブラザーエドマンド・バーグの「フランス革命の省察」を読み終えたらその時代について概観しようかと思います。
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これは北橋からの逆光のエディンバラ城方向ですね。あまりうまくは撮れていませんが、まあスマートフォンでの逆光の撮影はちょっとした話題になっているようですが、カメラ撮影での逆光の撮影は一つの基本ともいえるものかと思います。レンズが小さいのでうまく映らないのですね。まあブラザーターナーかモネの絵画の感覚で見てもらえれば喜ばしいでしょうか。
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スコッツマンホテルというそうです。老舗なのでしょうね。
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まあ結局エディンバラの町並みは同じく世界遺産の富士山みたいなもので、条件やら場所やら美しく撮れるところが決まっているのでしょうが、現地について一日目で撮った写真という事で言わんとするところはわかるという写真でしょうか。
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スコットランド国立公文書館だそうです。その前の騎馬像が最初に触れたワーテルローの戦いで勝利したブラザーウェリントン公です。ロンドンでもブラザーネルソン提督とともに何度も騎馬像の銅像がありましたがやはりイギリスの歴史で最も重要な戦いであったことは間違いないのでしょう。後ろの公文書館にそこに至るまでのイギリス、スコットランドの貴重な歴史文書がスコットランドフリーメイスンリーの歴史文書とともにイングランド、スコットランドの歴史、キリスト教の歴史、宗教改革、清教徒革命、名誉革命、英仏関係の歴史と全て記述された文章として残されているものと思われます。またそうした文章での歴史の確実な記録の積み重ねが歴史を決する戦いでの勝利につながるという象徴でもあるかと思われます。
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ブラザーデュガルド・スチュワート記念碑です。ブラザーデュガルド・スチュワートはスコットランド啓蒙運動の時代の数学者であり哲学者であったそうです。父親もエディンバラ大学の数学の教授であったそうで、恐らくフリーメイスンなんだと思われます。この後もこのブログで取り上げるスコットランドの人物はほとんどがこのスコットランド啓蒙運動の時代の人で、要するにイングランドグランドロッジ結成以降の思索的フリーメイスンリーの時代のフリーメイスン達な訳で、フリーメイスンリー発祥の地であり、事実上の総本部の役割を負うこのエディンバラの地が知の集積の土地となったわけで、そこからヨーロッパ大陸の啓蒙運動、アメリカ大陸での啓蒙運動、アジア・アフリカへの啓蒙運動と世界に広がっていったという事かと思われます。ブラザーデュガルド・スチュワートは数学の教授となった後に道徳哲学について著作を書き、独立期のアメリカやフランスに招かれたりしたそうです。ウィキペディアにはイマヌエル・カントが私には理解できないと言ったとありますがどうなんでしょうか。ブラザーアダム・ヴァイスハウプトのように一般人には理解不能なレベルの哲学者なのかもしれません。もちろんイマヌエル・カントは一般人ではありません。
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カールトン墓地にあるオベリスクです。
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これはちょっとどこか正確にわかりません。カールトンヒルに登る途中なんだと思います。ストリートビューで見てもカールトン墓地の下でも無いようです。是非その辺りはグーグルアースの写真やストリートビューを参考として頂きたいかと思います。私の写真よりはるかに良い世界中から投稿された写真が数多く楽しめるかと思います。
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こちらは比較的有名だと思いますが、カールトンヒルにある国立記念碑です。ナポレオン戦争の勝利を祝ってアテネのパルテノン神殿を模して造られたそうですが一応公称では未完成で終わってしまったことになっています。もちろん柱が12本あり完成しているものと思われます。まあブラザーエドマンド・バーグだけでなく、前述のブラザーデュガルド・スチュワートなどもフランス革命後の混沌を予想し、革命が英国連合国の勝利になることを予想していたという事を象徴するものかもしれません。どことなく横須賀汐入のベイウォークとも似てなくもないというところでしょうか。公称である未完成がラフアシュラーのシンボルともなり、12本の列柱が完成の象徴ともなり、隠されたシンボリズムとなる印象でしょうか。もちろんアテネのパルテノン神殿はキリスト教以前の万神殿であり、ネオプラトニズムの象徴ともなり、哲学そのものの象徴になるかと思います。(追記2013/6/22:これらのエディンバラの象徴的な建築の多くがこの写真の左に写っているブラザージョン・プレイフェア記念碑も建築したブラザージョン・プレイフェアの甥になるブラザーウィリアム・ヘンリー・プレイフェアだそうです。ブラザージョン・プレイフェアはやはりエディンバラ大学の数学の教授であるようで、ブラザージェームズ・ハットンの地質学的な斉一説をわかりやすく世の中に紹介した本の出版と、ユークリッド幾何学の第5公理と絶対幾何学において同値な「平面上に直線と、直線上に存在しない点が与えられたとき、点を通り直線に平行な直線は与えられた平面に高々1本しか引くことができない(プレイフェアの公理)」という公理を発見したそうです。ブラザーウィリアム・ヘンリー・プレイフェアの墓はエディンバラの新市街を挟んでちょうどカールトンヒルの反対側のディーン墓地にあるそうです。国立記念碑、ブラザーデュガルド・スチュワート記念碑、王立スコットランドアカデミー、スコットランド国立美術館などエディンバラの新市街で目立つ建物はほとんどブラザーウィリアム・ヘンリー・プレイフェアによるものだそうです。)
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こちらはブラザーネルソン記念塔です。カールトンヒルで最も目立つ建物ですが、ややいかつい印象があるのはやはりブラザーネルソン提督の人柄を表しているのでしょうか。上部に十字のシンボルと時刻を示すタイムボールというのがあるそうで、実際にはほとんど見ませんでしたが、時刻に応じて上がったり下がったりするようです。丸と十字で太陽十字のシンボルになるのでしょうかね。大砲や船のマストをイメージさせるような建築ですが、後のワシントン記念塔などのアイディアに繋がるものであるかもしれません。ウィキペディアではパゴダ(仏塔)に似たデザインは高価すぎるので望遠鏡に似た形にされたと書いてあります。建築に関係したのは皆フリーメイスンかと思われますが、建築家はロバート・バーンというこの後のカールトン墓地にお墓がある人のようです。32メートル(105フィート)で143段の階段という事で32階級と13×11なのでしょうかね。色々意味があるのだと思いますが、まあワシントン記念塔などとも対比して考えると面白いかもしれません。海抜171メートル(561フィート)というのにも色々意味があるのだと思われます。まあ謎は尽きませんが、それはもちろんフリーメイスンリーの本部ですから。数学者で哲学者のカントが理解不能なフリーメイスンの記念碑をはじめとして謎がないと考えることは不可能でしょう。よほど調べないとわからないかと思います。
2013-06-05 18:36 | カテゴリ:スコットランド
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
日本も日本独特のこの時期の梅雨前線が認められず熱中症で高齢者には厳しいいい天気が続きそうですがいかがでしょうか。フリーメイスンリーにもアメリカ軍の気象予報官がいるのですが、彼は喜々として自家製酒の製造に勤しんでいます。彼らには特に日本の梅雨はきついのでしょうが、自分たちがなんとかしていると思われると耐えられるのだと思われます。ブログはいい天気のスコットランドです。
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確かこれであちらの7時位だったと思われます。高緯度なのですね。
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植生が違いますね。あちらは年中芝だらけですが、今の日本のこの暑さと日照りでは日本の芝は皆枯れてしまいます。
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アーサーズシートですね。ホリールード公園の山頂です。250.5mだそうです。
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エディンバラ市街方面ですね。エディンバラ大学の方ですかね。セントジャイルズ大聖堂の形が良く目立ちます。黄色い花は棘がある植物でハリエニシダというそうです。
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手前の四角い箱が何なのか気になりますが、どうもパーフェクトアシュラーっぽいですね。謎の箱ですがやたら目立ちます。気持ち良さそうですが時間は夜の7時過ぎで暑くも無く寒くも無くですが、日陰になると微妙に寒い感じでしょうか。ほとんどがエディンバラの地元の人ではなく観光客かイギリス国内からの学生か短期滞在者だと思われます。一種異様な感じもありまあなんというか心が非常に落ち着きますがメンタルの病院のような感じでしょうか。
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エディンバラの北側ですね。新市街から海寄りになります。フォース湾の離島が気になりますが、インクキース島というそうです。ウィキペディアによると軍事要塞であったそうですが、現在では灯台があるだけで個人の所有だそうです。手前の綺麗な菱形の建物も気になりますが、どうもグーグルアースでは綺麗な菱形ではなく平行四辺形の形で視点の高さで綺麗な菱形に見えるようです。もちろん計算されているものかと思いますが、ただのアパートのようです。そういえば皇后さまが菱形を強調したお着物を着られていたような。
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天文台のドームですね。この前の回でどこか分からなかったいかつい石でできた扉は市立天文台の入り口の門であったようです。フリーメイスンリーの象徴なのですね。
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国立記念碑ですね。まあいわゆる観光客のたまり場といった感じでしょうか。何の意味があるかは分からないけど景色は良いしなんか価値がありそうだから長いこといると言った感じです。
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国立記念碑にも登れるのですがあまり景色は変わり映えしません。
2013-06-05 18:42 | カテゴリ:スコットランド
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
エディンバラの写真も現地で実際回ったのが2日なので、予備知識が非常に少ないもので、写真についてコメントするのが非常に大変なので、先に写真のアップロードだけして後から書き込む現在のような形になったのですが、大丈夫でしょうか。学会の方の内容やアンダーソン憲章の邦訳、アメリカの州章、ブラザーデッカーの回想録などテーマは溜まっているのですが周辺の勉強が多くていかんせん進行は遅くなりそうです。
特に学会の内容についてはビデオもアップしていますが、いかんせんオーラルの英語の内容はスコットランド訛りもありほとんど聞き取れていません。このブログでは要約をもとにして記事を構成しようと思っていますが、アップした内容について解説できる方は是非コメントをください。
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まあそんなわけでアベノミクスやら選挙やら世の中は色々ありますが、このブログはフリーメイスンリーの紹介というところでフリーメイスンリーの本部と思われるらしきエディンバラのシンボルについてです。
ブラザーネルソン記念塔は有料です。3ポンドかかるようです。内部にフランスやらトラファルガーの戦いの解説があったかと思います。螺旋階段が143段であるようです。ロンドンのロンドン大火の記念塔が311段であったと思いますので、まあ11×13で意味があるのでしょうね。いわゆる三層構造もあまり意識していない形なので(追記:よく見ると実は三層構造になっていますね。いずれにしてもエディンバラのシンボリズムは全体に応用編のようです。)、やはりエディンバラのシンボリズムは他とは若干異なる傾向なのかと思われました。
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やはりここは有料であるだけあってカールトンヒルの中でも絶景でした。頂上はかなり狭い場所であったと思いますが、混んでなければ非常にお勧めの場所だと思います。
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ブラザーネルソン記念塔の近くに古い大砲があります。恐らく空砲を鳴らして礼砲とするためなのだと思われます。奥に市立天文台の石の門が写っています。
2013-06-05 19:26 | カテゴリ:スコットランド
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
動画もだいぶ変更して現在はショーンザシープとウォレスアンドグルミットとなっていますがいかがでしょうか。フリーメイスンリーと直接関係あるわけではないでしょうが、イギリスを代表するアニメという事で良いのかと思います。(さらにオールドカールトン墓地の動画に変更しました。)背景はイギリスを代表する世界遺産であるストーンヘンジの俯瞰図です。もちろんストーンヘンジは古代エジプト時代に匹敵する時代に遡る時代に作られた古代遺跡であり、その建築目的は実際には不明のままのいわゆる巨石文明を代表する遺跡です。ブラザーイニゴー・ジョーンズがそれについて語った事があったそうですが、いわゆるフリーメイスンリーやキリスト教・ユダヤ教の旧約聖書を主とする歴史の流れからは全く無視された存在でありますが、明らかに石の建築を扱っていた古代ブリトン人のかつての偉業を代表する主要な建築かと思われます。果たしてストーンヘンジをフリーメイスンリーの建築とするか否かは恐らくイギリス本国でも議論があるものかと思われますが、明らかに石を用いた古代の建築でありその伝統文化が失われたのか受け継がれたのかは不明ですが、実物が半永久的に存在する巨石であったため建築自体が残り現在に至ります。
さてではまあブログ自体はブリテン島北部のスコットランドの首都エディンバラの観光案内です。カールトンヒルから降りたところにその前に通過したオールドカールトン墓地があります。道を挟んで反対側にも墓地がありますが、見ることができるのはこちら側だけだったと思います。(ニューカールトン墓地であるそうです。見学もできるようです。灯台の設計者などこちらもフリーメイスンの墓が多いようですが、オールドカールトン墓地の方がほとんどがフリーメイスンのようです。英語版ウィキペディアのニューカールトン墓地の埋葬者のリストをあげておきます。道路整備で間にあった墓が移築されたそうです。色々ありそうですね。実際オールドカールトン墓地は明らかに火事の後と思われる焼け焦げた跡があったりします。)(追記訂正:ニューカールトン墓地はカールトンヒルの南側のブラザーロバート・バーンズ記念碑の横にあるそうです。道路の整備で完全に移転されたのですね。オールドカールトン墓地の反対側にあるのは残った墓地の一部であるようです。どうやって入るかはわかりません。)
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オールドカールトン墓地の外観です。オベリスクがエディンバラの象徴となるのでしょうが、意識しないとそうでもないのでしょうね。ところで書き途中で公開してしまっているのでまた背景を変更しました。ストーンヘンジも非常に眼には良かったのですが、現在はフリーメイスンリーの象徴中の象徴となるソロモン宮殿のヘロデ大王が建築したいわゆるエルサレム神殿の西壁、嘆きの壁としています。もちろんユダヤ教の聖地であり、ユダヤ教の象徴ともなります。キリストの時代に建築されたパーフェクトアシュラーの積み重ねはまさにフリーメイスンリーの象徴という形でしょうか。
とまあブログ作成も色々変遷があるわけですが、今回の内容は特に英語版ウィキペディアのOld Calton Cemeteryの項目が参考になるかと思います。ブログの写真はオベリスクを中心に撮っていますが、ウィキペディアにはその他のフリーメイスンリーのシンボルが刻まれた石碑も示してあります。内容を読むとオールドカールトン墓地は基本的にキリスト教から離れた墓地という事で、ほぼこの墓地に入った人は全てフリーメイスンという事になるのだと思われます。もちろんそれはニューカールトン墓地についてもそういうことなのだと思われます。いずれ横浜外国人墓地のフリーメイスン達についても本に基づいて記事にしようかと思っていますが、まあこの墓地の重要性が理解されるかと思われます。オールドカールトン墓地の埋葬者と写真が出ているサイトがありましたのでこちらもリンクしておきます。Find A Graveのオールドカールトン墓地の内容もリンクしておきます。
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一応解説みたいなのがありますが、まあそれなりに名前が有名なのはこのブログでも出て来たブラザーデイヴィッド・ヒューム位だけでしょうが、結局ほぼ全員がフリーメイスンだと思われますので、どんな関連があるかはわかりません。それぞれ名前が挙がっている人について触れていきます。

ブラザーデイヴィッド・アラン スコットランドのブラザーホガースとも呼ばれる画家だそうです。現在の墓は死後に王立アカデミーによって建てられたそうです。ブラザーロバート・バーンズの作品を題材にしたりしているそうです。
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ブラザーウィリアム・ウッズ ブラザーロバート・バーンズやブラザーロバート・ファーグッソンらと同じキャノンゲートキルウィングロッジに所属していたそうで、ブラザーウィリアム・ウッズはシェイクスピアなどの演目を演じる俳優でブラザーロバート・ファーグッソンのために劇場に席を確保したり前口上をブラザーロバート・バーンズが書いたりしたそうです。

ブラザーダニエル・スチュワート 書いてある通りダニエル・スチュワートホスピタルの開設者であるそうです。その後大学となり、現在は合併してスチュワート・メルビル大学となっているそうです。

ブラザージョン・プレイフェア 彼についてはカールトンヒルのところで追記しました。

ブラザーアーキボルト・コンステイブル ブリタニカ百科事典の出版で成功した出版者であるそうですが、その後破産して事業を再開して、その後の会社が現在も残っているそうです。
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ブラザートマス・リード 同名の哲学者は非常に有名でスコットランド常識学派の創始者とされるそうで、ブラザーデヴィッド・ヒュームの考えを否定した人だそうです。後にカントとミルによって批判されたそうですが、プラグマティズムなどの元になったともされるようです。ショーペンハウエルによって賞賛もされているそうです。結局ここでは一種の英雄であるブラザーデヴィッド・ヒュームの活躍を阻害した人物として、同名の時計修理人のフリーメイスンが葬られている事を示しているものかと思われます。有名な哲学者の方のブラザートマス・リードはアバディーンの出身でワイズクラブなどのいわゆる哲学についてのクラブをいくつも作った方で、ブラザーアダム・スミスの後のグラスゴー大学の道徳哲学の教授となったそうです。詳しくはウィキペディアのスコットランド常識学派のページを参照してください。その後を受け継いだのがブラザーデュガルト・スチュワートであるそうです。カントが理解できないとコメントした方のようです。哲学者のブラザートマス・リードの墓はどこにあるかはわかりません。牧師でもあったそうなので、恐らく最後は教区の教会に葬られたのだと思われます。
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哲学者のブラザートマス・リードの肖像です。もちろん時計修理人のブラザートマス・リードではありません。

ブラザーウィリアム・ブラックウッド やはり出版者、本屋の経営を行っていた人だそうですが、スコットランドのトーリー党の形成のもとになるマガジン、週刊誌を発行したり、やはり百科事典を発行した人だそうです。行政長官もしていて、ブラザースコットの主な出版人であったそうです。一族経営の出版社は1980年まで続いたそうです。
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ブラザーチャールズ・マッケイ 主にブラザースコットが描いた人物を演じることが多かった俳優だそうです。The real McCoyという慣用句、熟語があり、意味は"the real thing" または"the genuine article"だそうですが、その元となったThe real McCayの語源となったそうです。

ブラザートマス・ハミルトン この墓地の最大のオベリスクである政治的殉教者の記念碑を建築した建築家です。その他にもこの墓地のすぐ隣にあるスコットランド政府庁舎やエディンバラのスコットランド銀行の建築を行っているそうです。ウィキペディアでは墓の前におもしろいフリーメイスンリーの象徴画のある石があるとありますが、その画像はわかりませんでした。
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ブラザーロバート・キャンディッシュ 1843年のスコットランド教会分裂においてブラザートマス・チャルマースとともにスコットランド自由教会を作ったそうです。父親がブラザーロバート・バーンズと同郷であって、ブラザーロバート・キャンディッシュの母親がブラザーロバート・バーンズの母親とともにその村の美人の代表であったそうです。
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ブラザーロード・ギフォード 元々何の役職も無いスコットランドの代弁者として活動していたそうですが、殺人事件の提訴などをきっかけとして保安官になった人だそうです。その後スピノザについての講義を受けて裁判官になったそうですが、その際には脳卒中で麻痺があったそうです。やはりこの人も同名のギフォード男爵という人がちょうどブラザーロード・ギフォードの生まれた頃に裁判官となっていて、ギフォード卿、すなわちロードギフォードな訳ですが、こちらの方もフリーメイスンなのだと思いますが、こちらの方は本名はロバート・ギフォードだそうです。ダジャレのようなフリーメイスンの名前の一致は良くある話なのです。日本人の名前の東や三やTOGOの話のようなのは別に日本に限った話ではないという事です。
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ブラザージェームズ・ラムスデン ウィキペディアには歌手とあります。検索ではエディンバラの詩と歌という著作がちょうど亡くなった1899年発行で出てきます。同名の人がかつてスウェーデンのスコットランド人部隊を率いていたとか、2013年3月31日に98歳で亡くなった有名な法律家で実業家の方とか出てきます。

さてまあフリーメイスンリーにとって重要な墓地のブログで時間がかかってしまい、近代フリーメイスンリー創立記念日の聖ヨハネの日の6月24日をはさんで、空母ジョージワシントンが出て帰ってくるまでに渡ってしまっていますがどうでしょうか。ここからは一応実際に撮って来た写真をもとにコメントしていこうかと思いますが、その前にウィキペディアのこの墓地の項目について触れます。入り口の看板に挙げられた名前の方以外にもウィキペディアには挙げられていますが個別には自分で読んでください。中でも面白いのはやはりフリーメイスンリーのシンボリズムが刻まれた墓標の写真でそれはこちらに貼っておきます。
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商売人の記念碑というそうですが、どの辺りにあるのかわかりません。実際に見ていないので何とも言えませんが、これから訪問される方は注目して見られると良いかと思います。
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こちらはブラザージョン・グレイ船長のお墓だそうです。左右の骸骨がそれぞれ父親と母親を示しているそうですが、一見して海賊船のイメージでしょうか。恐らく海賊だったのだと思われます。まあなんともやくざな感じでしょうが、スカルのシンボリズムが一般化した起源としてこういうところにあるのではないでしょうか。

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タンポポと白い花、芝が絶妙のコントラストで美しい墓地です。まあ普通に観光客はフリーメイスンリーの特別な墓地なのだとは考えません。
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政治的殉教者の記念碑が目立ちます。やはりこれだけ大きなオベリスクがあるとまあ普通の墓地ではないという雰囲気はわかるのではないでしょうか。この政治的殉教者の記念碑は特にスコットランドでの普通選挙法の成立に関わった活動家であったブラザートマス・ミューアを代表として建てられたそうです。フランス革命に呼応して普通選挙運動などを活発に行ったそうですが、結局オーストラリアに追放され、その後アメリカからヨーロッパにもどったのですが、イギリスには戻れずフランスで亡くなったそうです。スコットランドの民主主義の父ともされるようです。彼と友達になれるサイトがありましたのでリンクを置きます。ブラザーロバート・バーンズとも繋がりがあり、ブラザートマス・ペインともパリで会っていたそうです。
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名前で検索しても出てきません。フリーメイスンが全て有名人というわけではありません。
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オベリスクがフリーメイスンの墓のシンボルだという事で撮っているわけですが、どうもこのスコットランドのこの墓地ではそんなわけではないようです。要するに全員すべからくフリーメイスンのようです。検索してもほとんど有名人ではないようです。まさにフリーメイスンといった感じです。
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有翼日輪から発展した翼のある天使の顔もフリーメイスンリーのシンボルかと思われます。いずれにしても有名人ではなさそうです。
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リンカーン像はイギリスでのアメリカのフリーメイスンリーを顕彰する際にお決まりのパターンです。何というか黒人奴隷の歴史はフリーメイスンリーの黒歴史とでもいうのでしょうか。まあ当時の人々はキリストやユダヤ人、古代エジプト人は黒人により近かったという科学的考察を知ったらびっくりするでしょう。アダムとイブは間違いなく黒人であったと知ったらフリーメイスンリーを拒絶するかもしれません。
この記念碑はスコットランド系アメリカ人戦士記念碑で、アメリカ南北戦争に参加して死亡したスコットランド系アメリカ人を顕彰する記念碑だそうです。主に南軍で多かったようですが、北軍にもいたようです。いずれもフリーメイスンなのだと思います。ウィキペディアを参照してください。
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さてまあ危険な冗談はともかくスコットランドの墓地は抒情的ですが、何やら明らかに壊された跡や放置されている状況、放火と思われる焼け焦げた跡などがあるのがなんともフリーメイスンリー的といえるかと思われます。
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オベリスクの数が多いのがスコットランドの墓地の特徴だと思われます。人生を濃密に生きたフリーメイスンは死後も毀誉褒貶が激しいものかと思われます。
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ブラザーロバート・バーンはブラザーネルソン記念塔の建築者です。いわゆるブラザーロバート・バーンズと同時代を生きたほとんど同じ名前の建築者ですが、ブラザーロバート・バーンズが尊敬し、敬愛した詩人のブラザーロバート・ファーガソンの記念碑を建築するようブラザーロバート・バーンに委託したそうです。ウィキペディアによるとその際のエピソードを物語る手紙の内容が書いてあります。どうもこの後のブログの題名とした二人のロバートではなく実際には三人のロバートであったようです。まあこういう話はいくらもいくらもあるのがフリーメイスンリーであり、実社会です。
ところでブラザーネルソン記念塔は仏塔のデザインとか望遠鏡のデザインとありましたが、実際はワシントン記念塔と同じく男性性器を模倣したデザインなんでしょうね。なんともフリーメイスンリーらしい下世話なスコットランド最大の秘密でしょうか。まあ酒場の男のクラブの最大の話題なんてそんなもんです。
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ブラザーデイヴィッド・ヒュームのお墓です。彼はフランスでフリーメイスンとなった無神論者であったそうですが、その後姪が同じ墓に入って、キリストに捧げる銘板が追加されたそうです。生前に無神論者を公言したため死後に公衆に敵視され墓が死後9日間掘り返されないよう守られたそうです。ヨーロッパでの無神論が歴史上認められるのは1717年のフリーメイスンリー結成後であり、無神論者を公言したブラザーポール=アンリ・ティリ・ドルバック男爵は1723年12月8日生まれだそうです。それ以前に記録が残る無神論の記述はジャン・メリエによるそうですが、もちろん生前は公表されず死後も封印されたそうです。もちろんキリスト教伝播以前は素朴な多神教が占める世界であったわけで、無神論という考え方はキリスト教社会を通過した後の理神論に基づく無神論という事です。
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これは道を挟んだ反対側の残った墓ですね。やはりオベリスクが認められます。

まあなかなか難しかったですがご理解いただけたでしょうか。イギリス英語は表現も難しいですし、内容も非常にごく狭い世界で世界最先端の情報の世界なので非常に難解で何度もイギリスに行かないと理解しえない部分がありますが、まあなんといっても異文化でありあくまで自らの周囲に置き換えてその世界を豊かに深く掘り下げるのが目的であり、人間関係やその当時の社会情勢などあまりに違いすぎる大陸の東と西でありますが、その中で共通点を導き出すのがフリーメイスンリーであるかと思います。いずれ横浜の外国人墓地について細かくブログでやろうかと思っていますが、結局日本人にも誰にでもそのルーツとなる祖先の墓はやはり石であるかと思われ、墓銘碑があり記録があるかと思われ、先祖の業績の積み重ねが現在のわれわれを作り上げているのであることは変わりなく、それを知り現在に活かしてさらに積み重ねていくのが我々の使命でありフリーメイスンとしての人間としての生き方なのだと思われます。
2013-06-06 06:06 | カテゴリ:スコットランド
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ブロマガって何?
2013-06-06 19:01 | カテゴリ:スコットランド
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
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さて日付も変わって翌日朝です。ジョージストリートの逆光です。どうもこの旅行では逆光にこだわっているようですね。なんででしょう。
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ブラザースコット記念塔があります。
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ブラザーメルヴィル記念塔の解説です。海軍によって建てられた事になっているようです。
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セントアンドリュースクエアにはカフェがあります。ライオンの像があったかと思います。多分ライオンズクラブではないと思いますがどうなんでしょう。ウィキペディアを読むとスコットランドの象徴のライオンのようです。2010年にホリールード公園から移されたとあります。
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ブラザーメルヴィル記念塔を下から見るとこんな感じです。
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セントアンドリュースクエアに面した建物です。スコットランド王立銀行の本店のようです。
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北橋から見たエディンバラ城です。何度も同じ構図ですが、要するにそこからの構図が一番多いということなのだと思います。緑のドームの建物があちらもスコットランド王立銀行のようです。その右側のエディンバラ城の手前のゴシック建築の建物が図書館のようです。
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ブラザーロバート・バーンズの名前を冠したパブもロイヤルマイルにはあります。このお店には後で訪問してハギスを頂きました。ちょうどいたマスターがフリーメイスンで少し話をすると、このロイヤルマイルでロッジが20以上あるがメンバーが減って休眠しているロッジもあるという事でした。フリーメイスンリー自体がスコットランドの特にエディンバラでは住民の伝統と習俗であり、世界的には既得権的な部分もあるような印象でした。まあ日本人のフリーメイスンは多くないのかという感じでした。
店名のラビ―・バーンズはロバートの愛称のようで、ラビ―そのもので知性があって、カリスマ性があって、面白くて、ユーモアがあり、セクシーな人物という意味にもなると現代英語では意味するそうです。まさにブラザーロバート・バーンズを意味する言葉なのでしょうね。(追記:もちろんRobbieやRabbieには、Robber(泥棒)の意味もかかっているのではないでしょうか。ブラザーロバート・ファーガソンの詩を盗んだというのもあるのかもしれません。こういうのはフリーメイスンリーのWorshipful Master(尊崇すべきマスター)という表現にもあるようです。Worse Master(最も良くないマスター)にも通じるダジャレにかかっているのですね。最高の栄誉は最低の不名誉にも通じるという人間社会の教訓なのでしょうね。)
ブラザーロバート・バーンズについては非常にわかりやすい日本語の紹介サイトがありましたので参照してください。英語の公式サイトもあります。エンサクロペディアやショップもあります。ブラザーロバート・バーンズの詩(このサイトにはブラザーウィリアム・ブレイクの詩の翻訳もあります。面白いですね。)とその評価、ブラザーロバート・ファーガソンの詩との比較などについて日本語の論文がありましたので参照してください。
私自身はブラザーロバート・バーンズについては横浜ロッジで東方の星ロッジNo.640とのデュアルメンバーのスコットランド出身のメンバーに教わったのですが、そのブラザーは最初に私がロッジに訪問した際にラフアシュラーとパーフェクトアシュラー、Gのシンボルについて教えてもらったメンバーでもありました。
そういうわけでまあ一応ブラザーロバート・バーンズについても知ろうと思い日本語訳の本は買っていたのですが、このブログを機会としてやっと読み始めました。

ロバート・バーンズ詩集ロバート・バーンズ詩集
(2009/12)
ロバートバーンズ研究会

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まあなかなか当時のインターネット掲示板のようで、当時の普通の人々の実名がたくさん出てきて犯罪の告発があったり、ほのぼのとした場面が描かれたりと確かにこれで私生児を作りまくって飲み歩いていて好きなこと書いてそれを詩集として売っていれば37歳で死んでもおかしくないわなあという内容ではありますが、かなり現代のインターネット掲示板の初期のようにタブーの無いかなり衝撃的な詩の内容となっていました。ブラザーロバート・バーンズは22歳で1781年7月4日にターボルトンのセント・デヴィッド・ロッジ№.174に入会したそうですが、その後も6つほどのロッジを掛けもちしたりしていて(詳細は公式サイトのエンサイクロペディアを参照して下さい。)、28歳のときにブラザーロバート・ファーガソンの記念碑を建設するように市会に申請したりしていて、恐らくそれがフリーメイスンとしての仕事であったのだと思われます。ブラザーロバート・ファーガソンはエディンバラの現在の北橋周辺で生まれ育った生粋のエディンバラの人で、セントアンドリュー大学で学んだそうですが、ボヘミアンライフ(自由な生活、フーテン)の暮らしをしていて、最後は原因不明の頭部打撲の数週間後に精神病院で24歳で亡くなったそうです。
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お墓がキャノンゲートカークに作られ、オールドカールトン墓地に葬られていたブラザーロバート・バーンによって設計され、ブラザーロバート・バーンズの私費で賄われたそうです。
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その後ジキル博士とハイド氏を書いたブラザーロバート・スティーブンソンもブラザーロバート・ファーガソンの墓を新しくしようと考えたそうです。ブラザーロバート・ファーガソンについてはウィキペディア検索で出て来たサイトのBBCのサイトのリンクを参照としてください。ブラザーロバート・バーンズの詩は過去のスコットランドの伝承の詩やブラザーロバート・ファーガソンの詩からインスピレーションを受けたものも多いそうですが、上述のようにユーモアと、風刺の精神が際立つなんともおかしく複雑でそれでいて農民の生活をうたった面白いもので、彼を賞賛する評価は世界中にあり、特に英連邦の地域で彼の銅像が非常に多く認められるようです。ウィキペディアに項目もありました。
一応ブラザーロバート・バーンズの読んだ詩の中で面白かったものを一つ挙げておきます。
上に挙げたブラザーロバート・バーンズ詩集には140篇の詩が含まれているのですが、現在まで18篇までしか読んでいないのでその中から面白かったものを一つ挙げることとします。著作権の問題があるかと思いますので、是非本を買ってください。その他でもちょくちょく引用していくこととします。また面白い詩についてはブログで取り上げて感想や解説を加えていこうかと思います。

ネズミに寄せて、巣の中のネズミを鋤で掘り起こした際に、1785年11月

びくつき、おどおどする、光沢(つや)のある小動物よ、
おまえの胸は恐怖でどんなに震えていることか。
そんなにあわてふためいて、急いで跳び下がる必要はない。
おまえを鋤(すき)の土落としで殺そうと、追いかけ回すなんてごめんこうむる。

本当に残念だ、人間の支配が
自然の社会的結びつきを壊すなんて、
しかも、その悪評を当然のことと考える、だから私を見ておまえはびっくりするんだ。
私はお前と同じく土から生まれた哀れな仲間、同じ死ぬべき運命なのに。

おまえだって盗みをするだろうと、私は時折思うのだ。
それが何だっていうのだ、かわいそうな小動物よ、おまえだって生きねばならない。
24束の中からたまの一穂くらい、ほんのささやかな要求だ。
私は残りで十分やっていけるのだから、惜しいとは思わない。

おまえの小さな家も壊され、もろい壁を風がまき散らしている。
そして今では新居を建てる緑の草が一本もない。
さらに寒々とした師走の風が、身を刺すほどに鋭く吹きすさぶ。

田畑が荒涼とむき出しになっているのを、うんざりする冬がどんどんやって来るのを、おまえは目にした。
この突風のもとでは、この中でも住み心地がよいとおまえは思った。
ところがぐさり、おまえの住まいを無情な鋤先が貫いた。

葉や切り株のあの小さな山を作り上げるのに、おまえは幾度となくかじりまわり、いかに疲れ果てたことか。
ところが今やその骨折りもむなしく、住む家もなく追い出され、冬のみぞれ混じりの霧雨や冷たい白霜に耐えなければならない。

だがネズミよ、おまえ一人だけではない、見込みどおりにならないことを身をもって知る者は。
ネズミや人間の用意周到な計画もうまくいかないことが多く、約束された喜びの代わりに、悲しみと苦しみの中に放り出されるのだ。

でも私に比べればおまえは幸せだ。
おまえに触れるのは現在だけ。
しかし、おお、私の後を振り返れば、寒々とした光景のみ。
先は見えないけれども、恐れのみと察する。

To A Mouse

Wee, sleekit, cow'rin, tim'rous beastie,
O, what a panic's in thy breastie!
Thou need na start awa sae hasty,
Wi' bickering brattle!
I wad be laith to rin an' chase thee,
Wi' murd'ring pattle!

I'm truly sorry man's dominion,
Has broken nature's social union,
An' justifies that ill opinion,
Which makes thee startle
At me, thy poor, earth-born companion,
An' fellow-mortal!

I doubt na, whiles, but thou may thieve;
What then? poor beastie, thou maun live!
A daimen icker in a thrave
'S a sma' request;
I'll get a blessin wi' the lave,
An' never miss't!

Thy wee bit housie, too, in ruin!
It's silly wa's the win's are strewin!
An' bleak December's winds ensuin,
Baith snell an' keen!

Thou saw the fields laid bare an' waste,
An' weary winter comin fast,
An' cozie here, beneath the blast,
Thou thought to dwell-
Till crash! the cruel coulter past
Out thro' thy cell.

That wee bit heap o' leaves an' stibble,
Has cost thee mony a weary nibble!
Now thou's turn'd out, for a' thy trouble,
But house or hald,
To thole the winter's sleety dribble,
An' cranreuch cauld!

But Mousie, thou art no thy lane,
In proving foresight may be vain;
The best-laid schemes o' mice an 'men
Gang aft agley,
An'lea'e us nought but grief an' pain,
For promis'd joy!

Still thou art blest, compar'd wi' me
The present only toucheth thee:
But, Och! I backward cast my e'e.
On prospects drear!
An' forward, tho' I canna see,
I guess an' fear!

まあこれはこれで動画にも採用していたりそれなりに有名な詩だと思うのですが、普通の日本人にはなじみは無いかと思います。また本文の方のスコットランド英語の表記や、やたらと略が多い表記にも違和感を感じるかと思います。スコットランド英語はAuld Lang Syneでも認められる通り、いわゆるスコットランド独特の綴りと表現であり、これはそれぞれ辞書を対照するしかないと思います。また’アポストロフィーで表現される略は特にフリーメイスンリーでは∴で略されたりもしますが、特に英文の慣れた書き手ではそれらを使う事がむしろ勧められていて、ほとんど暗号のような文章になるのもフリーメイスンリーでは良くあります。リチュアルなどでもそのようになる事が多いです。で、一番大事な内容なのですが、詩集の研究会による解説では、弟が語ったこととして、畑で下男がネズミを掘り出した光景を目にしたブラザーバーンズがその夜に書いた詩という事ですが、そのまま受け取るとふーん詩人は想像力豊かなんだなで終わりですが、この1785年は既にブラザーバーンズはフリーメイスンリーに加入している時なのです。そんなわけがあるでしょうか?この翌年の1786年にジャマイカ移民を断念したブラザーバーンズはエディンバラに移動しています。さてこの詩の意味は何でしょうか。

恐らくロイヤルマイルズの章で触れたブラザーディーコン・ブロディーやそれに類する話の前哨戦ではないでしょうか。まあそんな感じで、要するにブラザーロバート・バーンズの詩はそもそもスコットランドのフリーメイスンの間でお互いに理解しうる暗号に近いもの、さらにその当時の正確な記録、そうした価値があるという事だと思います。そしてそれは恐らく全ての詩がそういうものなのだということなのだと思います。だから普通の人は評価できないのだと思われます。上の詩でも原文でsocial unionやfellow-mortalという単語やthieveという言葉はそれぞれフリーメイスンリーやフリーメイスンのお互いの呼びかけに通じますし、盗みという単語をはっきりと出したりするのはネズミの表現としてあまり普通ではありません。24束の一穂など何やら実際の盗みの証拠を握っているような表現もあり、これが盗みをやっている本人に示されたとしたら本人は気が気じゃないのではないでしょうか。まあつまりその位の内容であると考えて読んで初めて理解される内容という事だと思います。まあまさにフリーメイスンですね。同時期の夭逝した音楽の天才ブラザーモーツァルトの作品も全てそういう表現であるという事でした。
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世界の終りというパブですね。なかなか過激な表現のパブですがエバンゲリオンかハルマゲドンでしょうか。何か意味があるのだと思います。恐らくフリーメイスンリーロッジの一つではないでしょうか。
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トロン教会を下から見ている形です。
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エディンバラ大学の方向です。南橋のさらに下の通りでしょうか。セントマリーズストリートというそうです。
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カールトンヒル方面です。ジェフリーストリートというようです。政治的殉教者の記念碑とエディンバラ市長の家がきれいに見えます。
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そこを国会議事堂、ホリールード宮殿の方にさらに下っていくとあるのがこれです。キャノンゲートカーク、すなわちキャノンゲート教会です。この時は当然この銅像はブラザーロバート・バーンズだと思って撮っていますが、もちろんブラザーロバート・ファーガソンですね。ブラザーロバート・ファーガソンの詩はやはりスコットランド英語で書かれたもので、3つほどこのサイトでは認めます。こちらのサイトではその他に3篇があるでしょうか。恐らくその詩集でそう言った様々な暗喩や諧謔と友愛の表現のアイディアをブラザーロバート・バーンズは学んだのではないでしょうか。ブラザーロバート・ファーガソンの精神病や早すぎる死の原因もその表現にあったのかもしれません。キャノンゲートカークはエリザベス女王がホリールード宮殿に来た際に礼拝に訪れる教会だそうです。色々内部の解説なども日本語でありますので検索してみてください。アダム・スミスの墓もあるそうです。もちろん上に挙げたブラザーロバート・ファーガソンのお墓もあるそうです。私は全くその時は知りませんのでお墓参りもしていませんし、内部も見ていません。

また別の機会に動画も撮りましたが、まあおざなりな撮り方です。フリーメイスンやその関連の墓も多いのかもしれません。

ブラザーロバート・バーンズの詩についてはその他のものについても個別に取り上げようと思っています。また横浜ロッジのホームページにあるブラザーロバート・バーンズとアダム・スミスについても訳していければと思います。なかなか英語翻訳を中心としたブログのネタはたまって来た感じでしょうか。
後はとりあえず市長選も終わったので、ブラザーデッカー司令長官の回想録も追っていくつもりです。

後は全くの余談ですが日本のもう一人のブラザーロバートの演奏会が7月18日と7月26日と予定されています。興味のある方は是非どうぞ。

ロバートという名前はここスコットランドでは結局ロバートドブルース、ロバート一世から始まるスコットランド王家の由緒正しい名前なのですね。
2013-06-09 14:42 | カテゴリ:横須賀
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
さてでは一応全部読み終えたので解説を加えていくこととします。

黒船の再来―米海軍横須賀基地第4代司令官デッカー夫妻回想記黒船の再来―米海軍横須賀基地第4代司令官デッカー夫妻回想記
(2011/08)
ベントン・ウィーバー デッカー、エドウィーナ・ネイラー デッカー 他

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非常に長いのでいったい何分割で終わるのかわかりませんが、できるだけ切りのいい数字で終わらせるようにしようかと思っています。
一応本の内容をテーマにブログを書いていますので、目的としてはイルミナティのブラザーアダムヴァイス・ハウプトの本についてなどと同じく本を読んでほしいというのがあるわけですが、聖書と同じように極めて長くて甚大な量の文章になるといくらブログでその内容について語っても実際に読んでみる人は多くないわけで、実際にブログの内容としては要約とその内容について私がどう考えるかというところにポイントが置かれるのだと思います。ただし実際いくら長大な内容だと言っても内容そのものがどの部分においても重要だと思われるものを基本的には取り上げていますので、特に今回の本の内容はそもそも横須賀市としても翻訳作業に支援しているなど市を挙げて支援しているというような本というのはまあそうそう無いわけでありまして、私としてもまあこんな本を読んでこんな内容でこんな感想をもったという形では書かないように、できるだけそれぞれの各章について要約と面白い点を挙げていって全体として通読したのに近い程度にブログを読むことで理解できるように伝えられればなと思っています。まあ翻訳作業自体は70代の主に戦後教育で育った世代の方々が命がけで行っているという事もあり、また出版の最後のところになって横須賀市の顔ともいえる小泉家の小泉進次郎君が名乗りを上げたなどもありますが、まあ本の内容や量から言っても恐らく単なる首長や議員の方々や一般の方はこれらの本を読んでいる人はあまりいないと思われますので、できるだけ分かりやすく紹介したいと思っています。

まず本当に非常に長いこの本をとりあえず読み終えて主観的な感想という所を書きます。人によってはこれを読んで終わりにしてしまう人もいるかと思いますが、非常に主観的で印象的な部分だけを書いていますのでこれだけをもってこの本を評価してしまうのは良くないと思われます。けれども読んだ感想として非常に主観的なものもまた対話の一つとして重要な価値があるかと思いここに書くこととします。
この本の前提としてブラザーデッカー司令長官が何者なのかというところがあります。そもそも横須賀は江戸時代末期にブラザーヴェルニーが造船ドックを建設し、その後より日本海軍の海軍工廠と海軍基地を合わせた軍港となり発展してきました。そして第二次世界大戦の終戦を迎えてほとんど無傷の形でアメリカ軍に引き渡されることとなります。戦後間もなくしてブラザーデッカーは第四代基地司令官として着任して基地の整備と基地機能の正常化、基地周辺の横須賀市制の環境整備と横須賀市行政に積極的に介入して基地機能が円滑に機能するように働きかけていくこととなります。ではなぜブラザーデッカーはそれほどアメリカ軍の基地司令官でありながら横須賀市や横須賀市民に大げさに感謝されるような業績を日本に残し、またなぜそれほど単なる基地司令官でありながらそれほどの業績が残せたのでしょうか。その部分にはブラザーデッカーがデッカー家の4代目のフリーメイスンであり、父親も海軍少将であり、スコットランド系の出自をもつブラザーマッカーサーとも仲の良い生粋のアメリカの海軍のエスタブリッシュメントであったというところがあるかと思われます。ブラザーマッカーサーやブラザーデッカー以外にもほとんどのGHQの要職にあるメンバーはフリーメイスンであったと言われています。その中でも横須賀の基地機能の正常化、横須賀市の復興支援というテーマはその後の朝鮮戦争やベトナム戦争に備えてまず東洋一のドックをもった都市というところと、ブラザーヴェルニーから引き続くフリーメイスンリーの建築の歴史、また市町村レベルでの日本の文化や歴史、近代化やフリーメイスンリーの発展という視点で横須賀市の行政に介入するというのは日本全体に応用する意味でも欠かせない戦後の施策であったのだと思われます。その役職にブラザーデッカーが選ばれるというのは適材適所の人選であったのでしょうし、彼自身がそれによって業績を挙げて具体的に父親と同じ少将の地位に昇り詰める目的や妻を満足させる享楽的な生活を手にするといった現実的な欲求と合致して、さらにその後の朝鮮戦争での最前線基地となるなどその後に続く一連の戦後の一つの重要なステップであったと思われます。
まあ先に秘密というか要点を説明してしまうのがこのブログの良くも悪くもあるところな訳ですが、本を読むとわかるのですが、ほとんどがブラザーデッカーの自慢話に近い話で埋め尽くされています。実際現在横須賀に暮らしている日本人としては頭に来るやら詰まらなくなるやら、あからさまな歴史で非常に興味深いやら複雑ですが、基本的にはブラザーデッカーの手柄話、豪華なパーティーや楽しい旅行をしたという自慢話、悲惨な日本の状況にこれだけの貢献をしたという徳をみせつける話というのが一貫したテーマですが、それ以外にもある程度任期中の業績とされる事実について正確に客観性をもって記録を残すというのも一つの欧米、特にフリーメイスンリーで重要とされる義務、仕事であるのかと思われます。特にブラザーデッカーの場合には彼の施策で最も大事にしていた衣笠病院、聖ヨゼフ病院、横須賀市民病院、さらに旧海軍系として横須賀共済病院の運営による福祉活動があるわけですが、これらのうち衣笠病院、横須賀市民病院においては彼が去った後に痛ましい火事の災害に襲われてそれぞれ廃院に近い状況に追い込まれたりしており、必ずしも彼の施策が横須賀の日本人において全面的に評価されていたわけではない事がまずあり、また彼の二人の息子のうち軍人であった長男はその後日本の岩国基地で事故で死亡しているなど、ブラザーマッカーサーが朝鮮戦争末期の中国東北地方への核攻撃を主張してブラザートルーマンに解任され大統領候補への道を閉ざされたなどの例と同じく華々しい日本占領時代の業績とは違って、帰国後のアメリカ本土での評価というものは常に特に軍人というものは厳しいという現実があるのかと思われます。そんな中で恐らくブラザーマッカーサーが占領軍として日本に来た際にまずスコティッシュライトの33階級を受章したなどの逸話がありましたが、ブラザーデッカーも32階級で構成されるシュライナーズに横須賀時代に加入しており、それらの動機が相まってこの回想録の出版がなったのかと思われました。
まあいずれにしてもこの翻訳本自体も2011年3.11の後に出版され、それについても巻末に被爆体験とともに付記されていましたが、この本そのものが横須賀の歴史の中での創世記であり、今後を占う上での福音書であり、第二次大戦、太平洋戦争、大東亜戦争、それを終えた後の日本にとってアメリカとの関係が日本の歴史上、外交上、経済、文化の上でほとんど全てであり、それはすなわちこの横須賀の地のブラザーデッカーの施策、関係、対話に基づいて成り立っていたと言っても過言では無いのだと思われます。その記録が日本人にも読める形でこの時代に出版されたという事の意義、意味を考えると是非多くの横須賀だけではなく全日本の日本人が手にとって熟読されて、戦後という時代の成り立ち、今後日本がどのようになっていくのか、日本人がどのようになっていくのかについての考える基本となる常識とするべきであるかと思われました。
ブラザーデッカーの評価につきましては銅像が市役所前からかつて横須賀市民病院があった深田台の中央公園に移設されたりしていますが、基本的にはフリーメイスンリーでは日本グランドロッジの名誉メンバーの銘板に新しく刻まれたりとスコティッシュライト33階級に恐らく準ずる確固たる評価となっているかと思われます。先に挙げた小泉進次郎君がブログで中央公園をデッカー公園としても良いなどの話もありましたが、この本を読む限りは明らかに功罪共にある人物であり、本国で評価がほとんどされていないのは、彼の業績が恐らくフリーメイスンで無かったならできなかっただろうし、そういう人であれば誰もができる仕事ではあるが、その時に彼以外にそれを希望してやる人物はいなかったというのが実態なのだと思われます。だからある意味ブラザーデッカーの真の評価はこの回想録を日本人が読んで個々の日本人がどう思うか、どう評価するかであり、恐らくそういう意味では日本グランドロッジの銘板がそれを表しているという事になるのだと思われます。
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まあ色々と先回りしすぎな文章ですが、次回から本の最初から内容について順を追って解説していこうと思います。

ブラザーデッカーのお墓はサンディエゴのフォート・ロゼクランス国立墓地に奥さんと息子さんと共にあるそうです。
Rest In Peace.
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2013-06-11 11:24 | カテゴリ:スコットランド
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
完全に景色の写真の羅列なんですが、雰囲気はよくわかるものかと思います。
ホリーヒル公園、アーサーズシートはロイヤルマイルを下ったところから行けます。
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スコットランド国会議事堂です。日中は見学で入れるようです。まあ非常に優雅な感じですが、実際にどの程度の議決をしているのでしょうか。実質フリーメイスンリーの会議場なのでしょうね。
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まあちょうど八重桜がどこも綺麗でした。
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アーサーズシートは近くで見るとなかなか壮観です。
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登り口がいくつかあるわけですが、かなり整備されていて主な道は決まっています。ちょうど放し飼いの犬の散歩をしていました。まああちらでも基本的に勧められてはいないのでしょうが、放し飼いの犬の散歩はこのホリーヒル公園では良く認められました。まあ見る限りでは問題になっている様子はありませんでした。
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景色は絶品ですが、日本のどの景色とも異なる感じでしょうか。あえて表現するとまさにゴルフ場そのものがずーっと広がっている感じだと思います。芝の生え方が全く違うのですね。まあこの景色に似せるために日本の山を切り崩して芝を植えているのですね。全く馬鹿らしい話です。全く合理性に欠けるわけですが、スコットランドから見れば全く合理的で郷愁的でありまあ自己中心的ですが、日本人からすれば倒錯的な訳です。
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エディンバラ人の心象風景となるのでしょうか。ホリーヒル公園自体は歩いて1時間で帰れる場所なので、エディンバラに住んでいる人の格好の散歩コースのようです。基本的にゴミなどが捨てられていないのが民度の高さなんでしょうかね。
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まああんま晴れの天気が少ない地方でしょうから、こういういい天気は特別なんでしょうね。
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途中から結構な急勾配になってきます。基本的に手すりもありませんので、ちょっと道を外せば容易に数十メートル落ちることもできる場所です。あぶない感じのところでは私の登山を見守るように人がいました。最初は教わって登ると良いのだと思います。靴はやはり運動靴必須でしょうね。私は革靴でしたが。

また違うときに動画も国会議事堂周辺で撮影しました。参照してください。

あとは題名の説明ですが、もちろんスコティッシュライトにかけたダジャレです。ダジャレにして面白い事もないのですが、スコットランドの高みという意味になるでしょうか。まあ気分は良いという事です。是非エディンバラにお越しの際はアーサーズシート登頂も考えてください。
2013-06-12 23:52 | カテゴリ:スコットランド
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
さてまあ最初のアーサーズシートの登頂の3分割の2つ目ですが、基本的にもう少し高揚感を前面に出したかったのですが、旅行から大分期間が経つと忘れてしまうので、ノルマ的な感じになっています。
ブラザーロバート・バーンズの詩などを織り込んでいこうかと思ったのですが、実際詩を読んでみるとほとんどがいわゆるフリーメイスン的な政治的であったり、思想的であったり、宗教的である内容がほとんどであって、単純な景色の称揚のような詩はほとんどなかったのでブラザーロバート・バーンズの詩は個別に面白いものを解説しながら取り上げることとしました。
そういうわけで日本列島もいい天気のようですが、この時のエディンバラも良い天気でした。良い景色を適当にお楽しみください。
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ちょうどパノラマ写真のように撮っているのでしょうかね。フォース湾があるわけですが、そのさらに東側の岬のところに久里浜の東京電力発電所の3本の煙突のような格好で、2本の煙突が建っていました。恐らく発電所のような施設なのだと思いますが、久里浜の発電所もスコットランドの景色をまねして作られたのかもしれません。
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まあこれだけきれいと分かっていればiPhoneではなくもう少し良いカメラをもって行った方が良かったと思いますが、そういうわけにはいきません。iPhoneの手軽さがあるからまたこういう写真がたくさんとれるわけでもあるのです。
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こちらが山頂のいわゆるアーサーズシートと呼ばれる場所です。なぜかここだけ突然手すりがありますが、まあ意味がよくわかりません。まあ事故は長い歴史で数多くあったんだと思います。
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ほぼ山頂からですかね。解説していませんが、どちらの方向を撮っているか理解して見られると少し意味があるかもしれません。
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何の写真かと思ったらオナガみたいな白黒の鳥を連写しているのですね。まあちょっとお伝えできませんが、このホリーヒル公園は鳥が多くて鳴き声が気持ちよく聞こえて本当に楽園のようでした。鳥や動物も人に比較的慣れているのでそれほど怖がることはありません。
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山頂は二か所碑が建っています。特にメッセージはありませんでしたが、とにかく走って登ってタッチして帰る人が数多くいてその為にあるような感じです。落書きはありませんが、恐らく祝杯のビールを飲んだ後の瓶の蓋と割れたビール瓶のクズがありました。風が強いんでまあはっきり言ってかなり危険な場所です。
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眺めは絶景ですが、とにかくあぶないんで写真を撮るには一つ下の綺麗な崖の上のところの方がエディンバラ城は綺麗に見えます。こちらはとにかく高いという事でしょうか。本当に岩でできていてエアーズロックみたいな印象でしょうか。
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まあ景色はこんな感じです。朝5時くらいに登って日の出を見たり、夕方に登って夕景を見たりするのが良いようです。まあ慣れないで登ると危険ですが、何度か登ればすぐ慣れます。

しかしアーサーズシートで検索すると日本人の方も結構登ってブログにアップしていますね。日本人の嗜好は同じなのでしょうか。まあその中でも一番天気が良いと思いますし、写真の数も多いので良いのではないでしょうか。内容的にはゼロですね。
2013-06-13 18:44 | カテゴリ:スコットランド
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
一応3rd degreeという事はフリーメイスンリーではマスターという事になるのですが、スコットランドの山登りの場合には何になるのでしょうか。もちろん山登りのマスターということなのでしょうが、所詮200メートルの丘です。そういうわけでフリーメイスンとしては普通とは異なるちょっとプラスアルファを求めることとなります。
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まあ景色の続きです。飽きてきますね。
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カラスでしょうかね。小ぶりの時々白いのが入ったカラスが多くいました。まあさすがにスコットランドのカラスは日本のとは直接の繋がりは無いでしょうね。
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犬も良く散歩しています。
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タンポポがちょうど3つ咲いていました。やはり解説しないとわからない写真でしょうね。
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あ~あ~という感じで無粋な石で並べた個人名があります。韓国人の名前でしょうか。
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ちょうど同じ宿にテキサスからのお客も来ていましたが、その人達ではないと思います。アメリカ人は外見ではわかりませんから。Texas was HERE.と書いてありました。なかなか深い意味です。スコティッシュライトを考えるとですが、もちろんそういう意味かどうかは不明です。一緒にカナダのシンボルマークもありました。これまた意味深いです。もちろんスコティッシュライトとしてですが。
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隣にいかにも写真用に作ったScotLand '13とありました。うーんこれは誘っていますね。
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一面緑の芝です。下からアーサーズシートの山頂を撮った形です。この画面に写っている女性がカリフォルニアから来たらしく、写真を撮ってあげたのですが、まあ英語で一応あの13を33に変えていいかって言ったら、OKと言われて変えてしまいました。まあフリーメイスンリーですね。
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というわけでテキサスとカナダとカリフォルニアとコリアとジャパンの合作のScotLand 33°でしょうか。
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さて皆さんポカーンかもしれませんが、一仕事終えた感じで帰路です。ゴルフ場の八重桜と黄色い花が対照的で非常に美しいです。そのまま突っ切る感じで下に降りて来たのですね。
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かなり険しい崖になっていましたが、横須賀のしょうもない山道でも慣れているのでどうという事はありません。一応手すりなんかもあったりしました。
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登りとルートも違うので大分景色も違います。こちら側の方が景色は綺麗ですが、登りがあまりないので道が長いです。
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景色も色々楽しめます。
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これは明らかに野兎の巣のようなところを撮っているのでしょうかね。何匹か出て来たのですが写真には写っていないかもしれません。基本的にかつては王室の狩猟場であったので野兎がそこらじゅうにいます。それをねらったトンビだと思いますがそういうのも飛んでいます。
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景色のいいところは必ず地元の人がいますが、ただ観光客のようにいることはなく、大体ダイエット目的の運動したり何かしています。しかしまああっちの人はあの食事であれだけ太ってまた運動してすごいですねえ。アメリカの方がはるかにその辺は顕著ですがまあ文化の違いです。しかしまあ町並みはフリーメイスンリーのシンボルに描かれる通りのゴシックの尖塔の景色です。
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でまあ大体普通の公道に出てアーサーズヒル最初の登頂は終わりです。まあなかなか気持ちの良い場所だぞという事でその後も登り、この旅の間中に計3回登ります。
2013-06-16 22:23 | カテゴリ:その他 雑記
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
まあちょっとスコットランドの旅行記が長くなりそうなので、みなさんの関心が高そうな現在の日本の都議選や横須賀市長選、参議院選挙に絡めて民主主義とフリーメイスンリーという話題で思うところを書きます。
フリーメイスンリーでは政治や宗教の話はロッジではしてはいけないことになっていますが、もちろん宗教についても書いたところと一緒でフリーメイスンリーに参加する動機の多くが政治や宗教への関心という事がほとんどな訳で、現在のこのブログで書いているスコットランドにしても、イングランドにしても、アメリカにしても、フランスにしても、フリーメイスンリーが実際に関与した分野はほとんどが宗教と政治の分野であり、グノーシス主義とも言いましょうか、ロッジでそれを話題にしない分それだけ関心もそれに集中するというのがフリーメイスンリーというところでしょうか。
実際問題現在話題の都議選にしてもやはり結局のところは宗教法人の認証権限というどうにもこうにも民主主義の基本となる政教分離の話に行き着くわけで、それは結局フリーメイスンリーのロッジに宗教の話題をもちこまないというところにも関わるわけですが、そもそもキリスト教の新教、旧教の対立から信仰の自由を求めて盛んになったフリーメイスンリーを土台としてイギリス、フランス、アメリカで発展した民主主義のシステムを根本から遡るようなまあ東西の差異の典型のような話な訳ですが、一方の民主党のシンボルマークがまたこのスコットランドでも強調されるVesica piscisを含んだものであり、また与党の自民党のシンボルマークが神道の中枢でもある天皇家を象徴する菊の御紋であるなど、憲法改正などを含みつつ、戦後そのものをタイムトラベルするような既視感にとらわれるそんな印象をもつものでしょうか。
また前回の衆議院選での横須賀選挙区の北朝鮮並みの圧倒的なオール与党体制にも驚かされたのですが、今回の横須賀市長選でもどうやら候補がどちらも市内出身者で地域密着選挙であり、最終的にはアメリカや遠くはイギリスを向いた、具体的な政策や持論などどっちらけで、要は基地政策の辺縁に存在する自立とは程遠い手続き的選挙であり、ブラザーデッカー司令長官が民主主義をもたらしたという文句が宙に浮いて霧のように消える様をまざまざと感じさせるそんな印象でしょうか。
まあ最後の参議院選は結局小泉総理時代に郵政選挙のネット対策で活躍したという元NTT出身で統一教会信者であったという安倍内閣の中枢と目されるボストン大学留学歴のある世耕議員の関心が高いという事で、彼はもちろんフリーメイスンではないのでしょうが、マサチューセッツ州ボストンはそれこそブラザーアルバート・パイクの出身地であり、アメリカ最初のグランドロッジが成立した地であり、フリーメイスンリーが盛んな地であるということもあり、またNTTなどもシンボリズムのTを電信電話のDではなくテレフォンのTで入れたという会社という事もあり、まあなかなか近畿や和歌山という土地柄も含めて非常に面白いものなのではないかと思っています。

まあちょっとこれまでのこのブログの傾向とはだいぶ異なった、下世話な話となりましたが、こう言うのもまたフリーメイスンリーの真実、秘密と言ったところで、民主主義とフリーメイスンリーはそれこそ切っても切れない関係にあり、民主主義といえば選挙がその手続き上最重要のイベントであり、そういう話題に触れるのもまたフリーメイスンリーの話題として大事なことではないかと思い記事としました。
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2013-06-25 14:53 | カテゴリ:その他 雑記
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
フリーメイスンリーのシンボルが入った時計はフリーメイスンリーの時計マニアのコレクションアイテムなわけですが、私もかなり持っているのですが、どうもその中でも今後プレミアが付きそうな腕時計が新しくできたようです。
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Barclay Watch Companyのものなのですが、ホームページはこちらです。このホームページからは直接はオーダーできないようです。基本的にアメリカ国内向けであって日本には送れないとのことでした。しかし恐らくそれほど注文が入らなかったせいなのでしょうか、全く同じ2500本限定の時計がFreemason Storeのこちらのサイトでは日本から注文可能のようです。約35000円となかなか高価ですがフリーメイスンであれば欲しくなる逸品なのではないでしょうか。ちなみにこの形はアメリカのフリーメイスンリー博物館では必ず見られるDudleyのMasonic Watchという有名な懐中時計の裏側の図案を模しています。
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Dudley Masonic WatchについてはPhoenixmasonryに詳しい解説があるのでそれを参照してください。エリザベス一世の愛妾がロバート・ダドリー、レスター伯であったかと思います。最初にこの時計を作成したブラザーダドリーの会社は破産しているそうです。その後同様のモデルが別の会社からSeries 2, 3と出されており、それぞれ製造時期に応じたシリアル番号があります。市場価格は大体20万円から30万円ほどですが、日本でこれをもっている人はほとんどいないかと思われます。

まあなかなかこういうフリーメイスンリーのグッズ販売は昔から跳梁跋扈の魑魅魍魎の世界のようですが、単なるアンティークにとらわれないフリーメイスンリーの世界のかなり重要な一部として体験されると面白いかもしれません。
2013-06-26 19:18 | カテゴリ:スコットランド
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
しかしまあロイヤルマイルズから二人のブラザーロバートのところは大変でした。そもそもスコットランド英語の詩なんて相当遠い世界ですが、まあそれがマスメディアの中心にあった時代であったのだと思いますし、それだけその時代のエディンバラ周辺のスコットランドは知的に豊かであったのでしょうね。それはやはり羊毛の織物の需要が高かったのと、石炭による暖房とやはり羊肉による栄養が高かったせいではないでしょうか。まあしかしこのブログは疲れます。
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ホリーヒル公園からエディンバラ大学の方面に上がったところの道です。
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これはなんかその辺りにあった古そうな建物です。
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印刷屋さんであるようです。Gのシンボルがあったので撮りました。
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その辺りにあった公園では八重桜が満開でした。まあ綺麗なんですがなんとも感情移入しづらい感じなんでしょうか。まあ桜は日本のものだけではないということなのでしょうか。
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エディンバラ大学の辺りは大学の構内に入ったりはしていません。本当に近くを歩いただけです。その辺りにあったパブにやはりブラザーサーアーサー・コナン・ドイルの写真がありました。ショーン・コネリーの写真もありました。彼もフリーメイスンなのでしょうかね。
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いきなり素朴なフリーメイスンリーのシンボルです。パーフェクトアシュラーですね。トロン教会の後ろにありました。恐らくエディンバラ大学との関連で作られたシンボルかと思います。エディンバラ大学はラッセルグループというラッセルホテルに由来する英国の名門大学のグループの一つだそうです。ウィキペディアを参照してください。場所としては南橋のところになるようです。まあかなりはっきりした大きなシンボルなのですが、シンボルの風格というかそういうのが欠けるのか、ビラをたくさん貼られた跡が無残にも認められている状況です。まあでもこれだけの大きさのはっきりしたパーフェクトアシュラーはここだけだと思います。
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隣にスターバックスがあります。トロン教会の写真でしょうね。
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アダム・スミスの銅像とセントジャイルズ大聖堂です。どうでしょう大分なじんだ感じでしょうか。後ろに写っているスコットランドの象徴であるユニコーンの像ですが、やんぬるかな当ブログのあるFC2ブログのシンボルマークでもあるのですね。FC2ブログの表現の自由もこのセントジャイルズ大聖堂で培われた宗教改革の考え方の元に成り立っているということなのでしょうね。
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さらに良い天気になったところでエディンバラ城に向かいます。
2013-06-29 14:03 | カテゴリ:アメリカ
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
さてまあブラザーロバート・バーンズの詩集を読まないとブラザーロバート・バーンズについては語れないので、ちょっと息抜きみたいな形でアメリカの州章シリーズです。ブラザーデッカーの回想録についてもちょっと市長選挙が終わってからの方が無難な感じとなっており、色々とブログも煮詰まって来た感じですが、まあ最初からざっと読んでみて文章が書き慣れてこなれて来たような感じはあったりして、また思ったほど重量感がある内容ともなっておらず、誰でも頑張れば数日で全部読み切れるくらいの分量であるようなので、とっとと写真付きの内容は終わらせてしまって、アンダーソン憲章やモラルアンドドグマを翻訳してリチュアルを解説して自分の勉強に当てた方が良さそうな感じと思っています。

でアメリカのフリーメイスンの関心を呼び込みたいようなアメリカの州章シリーズですが、まあどうも州章だけでその州のフリーメイスンリーについて語るのはそもそも相当無理があるわけであって、この間のスコットランドの学会でもフリーメイスンの人数なんかについてはお前のところはどうなんだ的な会話があったりして、アメリカと日本ではそもそもフリーメイスンリーの歴史とそれに対するそもそもの距離感が圧倒的に違いすぎるわけであって、あくまで日本人がアメリカの各州に親近感を持ちやすいように導入として州章とフリーメイスンリーのシンボルとの関係を使って、記憶に残るように解説できればという企画という事にしようと思っています。そもそもアメリカと日本との歴史的な接点は最初はブラザーペリーの来航といっても、実際には第二次世界大戦の真珠湾攻撃から敗戦後の占領で本格的に始まる部分があるわけで、現実的に占領後の米軍基地の問題や平和憲法の話を挙げても51番目の州という立場がぴったりとくるようなのが特にここ横須賀で実感する現実的な日米関係であるわけです。その中でフリーメイスンリーの基本的理念でもある独立、自立と協調関係というのは日本で今後フリーメイスンリーがさらに浸透していく上でも大事な考え方となるかと思われますし、その一方でアメリカ合衆国を中心とした国のあり方や国際関係、南北アメリカ大陸の対外関係や環太平洋の国際関係は一つのアメリカを鏡とした日本という国をありのまま見つめるという目ともなるかと思われ、そういう中ではアメリカ合衆国について知ること、その各州についてフリーメイスンリーをテーマとして取り上げることで、ひいては日本の今後を占う事にもつながるかもしれませんし、日本を含めたアジアを考えることにも繋がるのではないかと思っています。

さてまあまた能書きが増えましたが、ブログも内容が増えれば増えるほど色々問題や意見が入るところは増えるわけでして、そういうところで先に解説を加えていく感じになっているとご理解いただければと思います。
そういうわけでインディアナ州ですが、どこにあるかというとミシガン湖の南側です。
インディアナ州場所
前回やったシカゴのあるイリノイ州の東側なのですが、やはり人口が多いインディアナポリスの州都があります。アメリカの19番目の州という事で、まあ独立十三州に次ぐ準州であったのかと思われます。州の名前はインディアンの土地というそのまんまのようですが、実際にはいわゆるインディアン諸部族は西の方に移住を余儀なくされていくわけです。南北戦争ではもちろん北軍であり、産業は農業も工業もあり、写真で見るとインディアナポリスの建築物は非常に立派であるようで、特に第一次世界大戦の記念碑は日本の国会議事堂のような建築となっています。
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インディアナ州出身の有名人というとフリーメイスンではブラザーカーネル・サンダース、ブラザーガス・グリソム、その他は歌手や俳優など芸能関係が多いようで、マイケル・ジャクソンのジャクソン一家、ジェームズ・ディーン、スティーブ・マックイーンなどだそうです。
で一応問題のフリーメイスンリーのグランドロッジとフリーメイスンの人口比ですが、グランドロッジは5つあるそうで、いわゆる通常のグランドロッジのフリーメイスンが73380人でプリンスホールが2100人だそうです。総人口が約650万人だそうなので、まあ100人に1人より多い位という感じでしょうか。まあやはり盛んと言う事になるのだと思います。主に宗教はキリスト教で8割位だそうです。カトリックも2割ほどいるそうです。
ちなみにインディアナ州のグランドロッジのサイトはこちらです。ウィキペディアの項目もあるようです。
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グランドロッジの建物が非常に立派です。
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内部もこの様に立派な感じです。
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スコティッシュライトの大聖堂もインディアナポリスの中心部にあるようです。とてつもなく立派です。
では州章です。
インディアナ州
州章は比較的素朴な感じでしょうか。文字が青色であったり、菱形の紋章が入っているところが落ち着いたフリーメイスンリーのシンボリズムといった感じでしょうか。太陽と光線もいわゆるシンボルとなるのだと思います。斧も鋤や鍬といった農機具と同じシンボルとなるのだと思いますが、まあ何となく緑の芝の上のゴルファーのようでもあります。森の人という事でウッドマンという友愛団体もありその関連もあるのだと思われます。最大のシンボルはいわゆる牛、バッファローなのだと思います。いわゆる出エジプトの際の子牛の偶像崇拝の象徴としての牛は異教のシンボルであり、この州章の中では牛が人と反対側に向かっているので、ウィキペディアでは文明化と反対に西に向かっていると解説されています。山脈は東海岸との間にあるアレゲーニー山脈とされ、太陽は日の出を意味しているようです。山もやはり三つこぶがあるのがシンボルなのだと思われます。切り倒した後の木を牛が割っているのも意味がありそうですがちょっとわかりません。
州旗はかなりはっきりしたシンボリズムです。
インディアナ旗
19番目の州という事を独立13州を意味する13個の五芒星に囲まれた5つの星と一つの大きな星で表しています。トーチは自由の女神の持つトーチ、いわゆる拝火教、異教のシンボルなのだと思いますが、それを表していて、自由を意味するそうです。そこからの光はやはりgloryと同じでしょう。青地なのもフリーメイスンリーのシンボルです。
州章も州旗もどちらも異教のシンボリズムにこだわったものとなっており、やはりキリスト教社会であるアメリカでは自由の象徴がそういう異教のシンボルになるのがあるわけであり、それがまたフリーメイスンリーの象徴ともなるわけです。コーヒーチェーンのスターバックスなども異教のシンボルのセイレーンでしたが、スターバックス自体もメルヴィルの白鯨の一等航海士の名前であるなど、そうした異教を示すものは野蛮、非文明化、非キリスト教とともに自由や新しい発想、キリスト教・ユダヤ教の相対化とも繋がるわけです。メルヴィルの名前なども、スコットランドのブラザーメルヴィル卿などとも繋がります。白鯨もまさに昨今話題のマッコウクジラが船を沈没させてしまう話でありましたが、価値観の相対化、宗教の相対化というのはグローバル化した世界で重要な概念であるかと思われ、全てのものを相対化した後に何が絶対的に残るものであるかというのがまさにフリーメイスンリーの教えなのではないかと思われ、そういう意味でなかなか良くできたシンボルなのかと思われました。