FREEMASONRY
Blue Lodge, Scottish Rite & York Rite in Japan
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https://www.jstage.jst.go.jp/article/tja/75/1/75_1/_pdf/-char/ja
日本学士院紀要第七十五巻第一号
日本学術会議の任命問題が政治問題になったりしていましたが、それとよく似た日本のアカデミーとして日本学士院があり、そもそも明治に出来たときにはブラザー西周、ブラザー津田真道らが発起人となってできた明六社が由来であり、外国のアカデミーと同じものを作るためにその後東京学士会院、帝国学士院となり、戦後に当初は日本学士院があり、それが後に内閣の下に日本学術会議として再編され、さらに日本学士院が分かれたという事だそうです。現在は会員が選ばれて、賞を授与したりすることが主なようで、日本学術会議のように研究費の分配に関して権限を持ったりはしていないようです。そこでの現役の日本学士院会員でのフリーメイスンリー研究の有名人による、まあ現状でのUGLE300周年を記念しての、イングランドグランドロッジ結成についての公式文書といったものだと思われます。ブラザーエライアス・アシュモウル(エリアス・アシュモール)、ブラザークリストファ・レン(クリストファー・レン)、ブラザージェイムズ・アンダーソン(ジェームズ・アンダーソン)について最新の知見が述べられ、結論としては1717年のイングランドグランドロッジの成立はアンダーソン憲章で述べられているだけであるという事でしょうか。当初からキリスト教の成立と同じ経過をたどっているというわけですね。
ブラザーエリアス・アシュモールは彼のコレクションに由来するオックスフォード大学内の博物館があるそうで、最も古い博物館とされるようです。またブラザークリストファー・レンの入会儀礼が完成間近のセントポール大聖堂で行われたなどあり、いわゆる王立学会の成立に関するフリーメイスンリーの影響、ロバート・フックとアイザック・ニュートンの確執や、ブラザーデザギュリエの貢献とアンダーソン憲章の成立がいわゆる科学革命、その後の産業革命の原点としてあり、大英帝国発展の基礎としてあったという歴史なのだと思われます。その数字としての1717年の成立というものがまあ本当にガチョウと焼き網という食堂での会食の記録があったという程度であって、実際にグランドロッジとして組織化されたのがアンダーソン憲章の成立後という事のようです。それで、初代グランドマスターとしての記録としてのブラザーアンソニー・セイヤーなどの話はあまり重要ではないという事のようです。4つのロッジというのは、四福音書に掛かっているのだと思われ、キリスト教の成立≒フリーメイスンリーの成立という教訓なのだと思われます。
日本学士院紀要第七十五巻第一号
日本学術会議の任命問題が政治問題になったりしていましたが、それとよく似た日本のアカデミーとして日本学士院があり、そもそも明治に出来たときにはブラザー西周、ブラザー津田真道らが発起人となってできた明六社が由来であり、外国のアカデミーと同じものを作るためにその後東京学士会院、帝国学士院となり、戦後に当初は日本学士院があり、それが後に内閣の下に日本学術会議として再編され、さらに日本学士院が分かれたという事だそうです。現在は会員が選ばれて、賞を授与したりすることが主なようで、日本学術会議のように研究費の分配に関して権限を持ったりはしていないようです。そこでの現役の日本学士院会員でのフリーメイスンリー研究の有名人による、まあ現状でのUGLE300周年を記念しての、イングランドグランドロッジ結成についての公式文書といったものだと思われます。ブラザーエライアス・アシュモウル(エリアス・アシュモール)、ブラザークリストファ・レン(クリストファー・レン)、ブラザージェイムズ・アンダーソン(ジェームズ・アンダーソン)について最新の知見が述べられ、結論としては1717年のイングランドグランドロッジの成立はアンダーソン憲章で述べられているだけであるという事でしょうか。当初からキリスト教の成立と同じ経過をたどっているというわけですね。
ブラザーエリアス・アシュモールは彼のコレクションに由来するオックスフォード大学内の博物館があるそうで、最も古い博物館とされるようです。またブラザークリストファー・レンの入会儀礼が完成間近のセントポール大聖堂で行われたなどあり、いわゆる王立学会の成立に関するフリーメイスンリーの影響、ロバート・フックとアイザック・ニュートンの確執や、ブラザーデザギュリエの貢献とアンダーソン憲章の成立がいわゆる科学革命、その後の産業革命の原点としてあり、大英帝国発展の基礎としてあったという歴史なのだと思われます。その数字としての1717年の成立というものがまあ本当にガチョウと焼き網という食堂での会食の記録があったという程度であって、実際にグランドロッジとして組織化されたのがアンダーソン憲章の成立後という事のようです。それで、初代グランドマスターとしての記録としてのブラザーアンソニー・セイヤーなどの話はあまり重要ではないという事のようです。4つのロッジというのは、四福音書に掛かっているのだと思われ、キリスト教の成立≒フリーメイスンリーの成立という教訓なのだと思われます。
衣笠商店街の三雄堂書店に、現在のNHK大河ドラマと新紙幣の肖像画で有名な渋沢栄一の講演録があり、訪米時にフリーメイスンリーと接点があった事が書いてありましたので抜粋を載せます。
フリーメーソンの新十誡
第一誡 神は永久不滅なり、全知全能なり、万代不易の名智なり、至上の霊覚なり、不朽の愛なり。ゆえに汝は神の栄を顕わし、神を尊崇し、神を愛し、かつもろもろの美徳を躬行し神に誉を帰せざるべからず。
第二誡 汝の宗教は善を行うがための宗教なり、善を行うに当りてはこれを単に義務として行わず、楽しみとしてこれを行うべし。汝もし賢き人の友たらんと欲せば、その賢き人の教えに従わざるべからず。汝の霊魂は不滅なり、決してこれを汚辱するがごとき行為あるべからず。
第三誡 罪悪に対しては絶えず戦うべし、己が受くるを好まざる行為を他人に加うべからず。汝の運命を甘受して呟くことなく、常に霊知の光を輝かすべし。
第四誡 汝の父母を尊崇せよ、老いたる人には尊敬と懇切を尽くし、若き者には良き教訓を垂れ、幼き者と無辜の民とには保護を与うべし。
第五誡 汝の妻と子とを愛くしみ、汝の国を愛し、国法を遵奉すべし。
第六誡 朋友は第二の汝自身なりと思うべし、落ちぶれて袖に涙の掛るときも決して之を棄て去るべからず。死せる友のためにも彼を愛する記念として彼のために世に善事をなすべし。
第七誡 巧言令色の交りを慎むべし、何事をなすにも決して適度を超ゆべからず。汝の記憶に汚点を印するがごとき言行をなすなかれ。
第八誡 喜怒哀楽の情に馳らるることなかれ、慾情に駆られて妄動する他人の振を見て我身の鑑戒となすべし、決して不良の行為に耽るべからず。
第九誡 聴くことを多くし、語ることを少くし、行うところに力を注ぐべし。他人より受けたる害は努めてこれを忘れ、むしろ悪に報ゆるに善をもってすべし。また汝の長所を決して悪用すべからず。
第十誡 人を知るに務めよ、これ己を知るの階梯なり、美徳は絶えずこれを追い求め、必ず正義の道を守るべし、常に心を警しめて懶惰に陥るを避けよ。
明治42年、1909年に渋沢栄一がアメリカに行ったときにポーランドのクラークという材木業の実業家のフリーメイスンから、フリーメーソンの主義目的概要という本をもらって、それを誰かに翻訳してもらって、さらに講演用に渋沢栄一風の解釈翻訳としたような一節です。モーゼの十戒を改変し、さらに渋沢栄一が得意な論語の構文をいくつか入れたような文章でしょうか。微妙に恐らく元の文章のところもモーゼの十戒にフリーメイスンリーの七元徳を混ぜて、さらに汝自身を知れや聞け見て沈黙せよといったラテン語の教訓を合わせたなかなか面白い内容にさらに渋沢栄一風味とその前の訳者の風味が加わっているようです。ウィキペディアによればこの訪問の際にはブラザータフト大統領に会ったそうで、講演ではフリーメイスンリーの会堂で会食したともあり、以前にこのブログで取り上げた四王天信孝氏の講演とよく似た、フリーメイスンのカミングアウトの内容となっているようです。渋沢栄一氏は生没年月日が天保11年2月13日〈1840年3月16日〉 - 昭和6年〈1931年〉11月11日という事で、91歳の当時としては極めて長命で、11111の並びの没年月日であり、まあいわゆるブラザー西周やブラザー津田真道と同じく、徳川幕府方のパリ万博の随行員としてフランス滞在しており、親戚なども富岡製糸場の関係者であるそうで、叔父の玄孫に澁澤龍彦がいるそうで、これもやはり四王天延孝氏と同じく、フランス系、大陸系フリーメイスンリーの系譜の、さらにアメリカ系フリーメイスンという事になるようです。亡くなられたのが満州事変勃発後という事で、翌年の5.15事件や、4年後の2.26事件の前で、大正デモクラシーを謳歌した人物であり、関東大震災の際には天罰であるという論を唱えたとあり、明治大正時代の日本の殖産興業を代表する人物であったようです。このブログでまだ書き途中になっている、複式会計の祖のルカ・パチョーリではないですが、経済界でのフリーメイスンリーという事で、明治日本ではやはり福沢諭吉が筆頭なのでしょうが、福沢諭吉もアメリカ合衆国独立宣言を翻訳していましたので、日本ではよく似た役割を果たしたという事だと思われます。ただ戦前のフリーメイスンリー関連の日本での出版では恐らく、真珠湾攻撃直前の以前も挙げた日本に現存するフリーメーソンリーが最も詳しいのだと思われますが、この時代はナチスの影響もあって十分にユダヤ陰謀論が背景としてあるという事で、渋沢栄一氏のものはユダヤ陰謀論以前の、道徳や哲学といった、老子や孔子といった中国の諸子百家と比較された、あまりキリスト教やユダヤ教を強調しない時代の解釈なんだと思われます。四福音書についても触れていますが、キリスト教については愛という言葉でまとめられているようでした。恐らく隠れキリシタンの家系であるのだと思われますが、それで一応家紋も見てみます。


家紋は丸に違い柏というそうで、慶応大学の紋章や、フリーメイスンリーのセクレタリーの徽章に似ている形で、上述のアメリカでのポーランドのクラークという人物にも繋がりそうですが、また渋沢家が藍染めを出荷していた時の紋章が☧カイローに似た、そごうのマークや大阪市の市章に似た形となっており、藍染めの技術も発酵などがあるそうですが、キリスト教の布教とつながりがあるのかもしれません。渋沢でセボンC'est bon. It's good.、サワSower種まく人と解釈でき、仏語英語の合成になりますが、まあ結構定番のようです。
NHK大河ドラマ、新紙幣発行の宣伝となっているようですが、どうでしょうか。国債発行額は過去最高となっており、予定ではパリオリンピックの33回記念大会の年であり、何やら大きな経済ニュースの前触れなのかもしれませんね。
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