2012-06-06 07:29 | カテゴリ:ドイツ・オーストリア
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
ワスレナグサと読みます。
数多くの現代の楽曲で題材として歌われたりしていますが、れっきとしたフリーメイスンリーのシンボルです。由来は非常にフリーメイスンリーでは微妙なテーマですが、ナチスドイツ支配下のドイツです。

ナチスドイツの成立自体トゥーレ協会やフリーメイスンリー類似の神秘主義の団体の影響や、またナチスの創設自体にも直接フリーメイスンが関与していたり、ナチスのシンボルであるスワスティカや、人種差別的傾向なども当時の英米やドイツでのフリーメイスンリーの流行が関係していたりと、単純にはナチス=反フリーメイスンリーとは言えないものがあります。アドルフ・ヒトラーにしても当時極めて民主的な憲法として成立したワイマール憲法下で共産党に対する謀略などがありながらも、結果的には合法的にドイツ国民の支持を取り付けて独裁政治を確立した経緯もあり、ヒトラー本人もフリーメイスンリーについては憧憬の念を持っていたという話もあります。ただし背景が様々にあるとしても権力を手にした後のナチスがユダヤ人とともにフリーメイスンリーを迫害し、ドイツ国内のフリーメイスンリーを解散に追い込んだのは事実であり、勿忘草はその際にドイツ国内のフリーメイスンがお互いを確かめ合うために使用したシンボルとして、その後新たにそれらの歴史を忘れまいという意味を込めてシンボルと認められたそうです。
ただ結果的にナチスドイツが権力を持つに至る過程で多くのドイツのフリーメイスンが協力した歴史もあるようで、フリーメイスン関連のインターネットの陰謀論のホームページではフリーメイスンによる論文を挙げてナチスとフリーメイスンの関連とその上での勿忘草のシンボルの成立を作り話として指摘しています。

日本人からするとフリーメイスンリーの教えや歴史などはユダヤ陰謀論などと絡めて極めてユダヤ教の影響が強いと考えがちですが、成立の過程からも極めてキリスト教プロテスタントからの影響が強く、信教の自由の考えから後にユダヤ教やイスラム教の信者の加入を認め、それらの考え方を公に取り込んでいった歴史があります。その上で元々プロテスタントの影響が強いゲルマン民族の英独においてはそもそもプロテスタントからのさらに発展としてフリーメイスンリーが流行していたという部分があるかと思います。以前も挙げましたがフリーメイスンとして名高いブラザーモーツァルトにしてもオーストリア出身という事で、ヒトラーと一緒であり、1942年のナチス政権下で伝記的映画が作られており、それを覆す形で変人モーツァルトの映画が戦後のハリウッドで作られた経緯もあり、この辺りの歴史は非常にややこしいというのが日本人としての率直な感想かと思われます。(6/18追記:ナチスの実質的No.2であったヘルマン・ゲーリングはフリーメイスンかもしれないという話があるそうですが、実際はなりかけたようです。詳細はGrand Lodge of British Columbia and Yukon A.F. & A.M.を参照してください。)

いずれにしても誰もが知るようにナチスドイツの第二次世界大戦下で信教の自由は迫害され、フリーメイスンリーが弾圧され、ユダヤ人が迫害され強制収容所で多くの罪なき人々が殺されたのは紛れもない事実であるかと思います。ただこの件に関して付け加えたいのは、ユダヤ人迫害がキリスト教全盛の中世から第二次世界大戦に至るまでヨーロッパでは普遍的にあったものであり、ナチスドイツを上回る虐殺と迫害の歴史がポーランドやロシアなどでほぼ通常時に認められたという事が日本などではあまり知られていない部分かと思われます。

ナチスドイツ下でのフリーメイスンリーの迫害についてはプロテスタントの牧師の有名な言葉を文字ってこんなものがありました。これについても原文の事を知らないと面白みがわからないかもしれません。出典はMasonic Humour by Jack Brightです。
WHO'S RESPONSIBLE 

I include the following as I think that it is appropriate. 

In late 1945, a Pastor who had survived the Nazi Concentration Camps penned the following. 

" When they rounded up the Freemasons, I did nothing. After all I was not a Mason. 
When they rounded up the Jews, I did nothing. After all I was no Jewish. 
When they rounded up the Gypsies, I did nothing. After all Iwas not a Gypsy. 
When they rounded up the Catholics, I did nothing. After all I was not Catholic. 
When they rounded up the Communists, I did nothing. After all I was not a Communist. 
When they rounded me up, there was nobody left to do anything." 

誰に責任があるのか 

私は次の文章を適切だと思うので載せる事にする。 
1945年後半にナチスの強制収容所を生き残った牧師は次のように書いた。 
「奴らがフリーメイスンを狩り集めた時私は何もしなかった。結局私はメイスンではなかったから。 
ユダヤ人をかり集めた時も何もしなかった。ユダヤ人ではないから。 
ジプシーの時も、カソリックの時も、共産主義者の時も。 
私自身が狩り集められた時何も出来るものはいなかった。」 

そもそものプロテスタントの牧師の言葉の原文はフリーメイスンに関しては触れていません。まあなかなかMasonic Humorには核心に触れる内容が多いのですが、前提となる知識が無いとほとんど面白みがわからないかと思います。

さてそういうわけでかなりいわくつきのフリーメイスンリーのシンボルである勿忘草ですが、これに関してというかナチスドイツのユダヤ人強制収容所についてはほとんどタブーの話題とも言ってよいガス室の話があります。この件に関しては上記に掲げたような前提となる背景と、実際にガス室の存在を強く印象付けた文献としてヴィクトール・フランクルによる「夜と霧」を読まれる事をお勧めします。
夜と霧―ドイツ強制収容所の体験記録/V.E.フランクル
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内容はフロイトの弟子の精神分析医が実際に体験した強制収容所の体験をつづったものであり、極めて過酷であり筆舌に尽くしがたい非人道的な収容所の様子を克明につづったもので、その後何度も映画化されたり、本人が数多く講演して、収容所体験の残された文章としては最も有名なものかと思われます。ただ彼自身がその後この著作がイスラエル建国を含めてユダヤ人迫害の象徴として祭り上げられ、作中では噂としてしか存在しないガス室の存在が既存のものとしてプロパガンダに利用された事をその後悔んだ経緯もあるという事を訳者の方などが書いておりました。ヴィクトール・フランクルのその後の著書である「それでも人生にイエスと言う」などの内容を読むと明らかに彼は収容所体験後にフリーメイスンとなったようです。 
それでも人生にイエスと言う/V.E. フランクル
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現在ではイスラエルでもフリーメイスンリーは非常に盛んなようです。ユダヤ人の民族的起源についても陰謀論でとなえられる以上にイスラエル本国で最も研究され、ユダヤ神秘主義をはじめとして戦後のイスラエルでユダヤ民族の実態について、プロパガンダで無く真実と思われる事を徐々にですが啓蒙しているようです。
ユダヤ人の起源 歴史はどのように創作されたのか/シュロモー サンド
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この本なども読むとすぐわかるのですが、著者は強烈にフリーメイスンリーを意識しているものと思われます。この本も私は途中まで読みましたが、ちょっと止まっています。あまりに内容がフリーメイスンリーの考えそのものに近づこうというようにしか見てとれないので疲れてしまうのです。

ナチスドイツに関してはヒトラーがロンギヌスの槍の前で世界支配の啓示を受けたなど、キリスト教的神話が一部ありますが、旧約聖書を通読するとナチスを構成した人々が恐らく全く旧約聖書を読んでいなかった事がすぐにわかります。旧約聖書にはバビロン捕囚後の話としてユダヤ人を陰謀によって滅ぼそうとして逆に滅ぼされてしまった話が出てきます。まさにナチスドイツそのものという話がいわゆるエステル記です。内容についてはここでは説明しませんが、ウィキペディアなどで参照するか旧約聖書を読むことをお勧めします。

以上の内容ですが、これらは皆ヒストリーチャンネルでナチス特集をやっていたので刺激されて書きました。非常に刺激的な話題で過去の様々な遺恨を含んでおり、偏見と真実が非常にわかりにくい分野ですが、南京大虐殺などを含めて戦争の悲惨さを象徴する単純な事例としてここに挙げました。

フリーメイスンリーの掲げる理念である友愛は本来戦争や争いを抑止し、理性による協調を謳ったものですが、人類の歴史の中で真に平和である時代はまだ訪れていません。過去の大戦や戦争、革命において勝者、敗者どちらの側においてもフリーメイスンリーの関与は多くあるのは事実であり、フリーメイスンリーの理念が常に現実を上回っていたという事ではない事が残念ながらあります。ただし日本国憲法の不戦の理念を含めて、過去の歴史を厳密に振り返り人類全体として反省する事で、真に平和な社会の到来が約束されているものと信じる事がフリーメイスンリーの求める高みであるかと思われます。

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