2021-02-21 11:21 | カテゴリ:アート
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
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まあ相変わらずのフェイスブックのおすすめで挙げられていたわけですが、なかなか自友俳句のそれも文庫本を読んでの要約程度しかブログに書けない状況が三浦では続いていたわけですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。もうすぐ東北大震災から10年経ち、その間に世の中の状況も大きく変わり、このブログも東北大震災の約1年後から始めたわけですが、なかなかカトリックの聖ヨゼフ病院にいた際が最もブログとしては色々書いていたわけですが、まあその後の色々あっての現在という事で、相当久しぶりのネタで、昔の九州旅行のネタや、スコットランドのネタ、フリーメイスンリー憲章や州章や、ブラザーデッカーの回顧録のネタなど色々途中で終わってしまっているのが多いのですが、まあ色々時期を見て加筆していく事になりそうです。そういうわけで、一部のマニアを惹きつける要素のあるこのブログの美術分野のブラザーダン•ブラウンのロスト•シンボルとも関わるマニアックな美術批評をしようかと思います。

まず日本では会計学の祖として、モデルとなっているルカ•パチョーリが有名だそうですが、一般的には数学者でフランシスコ会修道士であり、時代的にラファエロダビンチデューラーが活躍した時代であり、まさにそういう人物達全員と関わっていた人物という事のようです。数学者としての業績は詳しくは分かりませんが、もともと画家から数学を教わったという事で、まさに肖像画にある通り三次元の多面体を二次元の絵画に表現することに長けていたのだと思われます。ちょうどグーテンベルクの活版印刷技術が普及し始めた頃で、いわゆる数学の基礎となるユークリッド幾何学の辞書的な本を出版したそうで、そこに実用的な複式簿記会計のやり方をのせたという事で、まあ実用的な数学なんだと思いますが、その後に福澤諭吉に伝わり日本の会計学の元になったそうです。このスムマという本の出版のパトロンとなったグイドバルドというウルビーノ公がラファエロと親しかったという事だそうです。
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ラファエロ画 グイドバルド・ダ・モンテフェルトロの肖像
またルカ・パチョーリに数学を教えた画家が、ピエロ・デラ・フランチェスカで次の絵で有名な人でした。
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キリストの洗礼 1450頃 ロンドン、ナショナル・ギャラリー
鳩のシンボリズムが顕著なんでしょうか。また、上述のグイドバルドのウルビーノ公の両親の肖像画もこの方によって描かれていました。
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ウルビーノ公夫妻の肖像<対画肖像作品>(1472-74年頃、ウフィツィ美術館所蔵)
ルカ・パチョーリのスムマの次の著作である神聖比例論ではレオナルド・ダ・ヴィンチの正多面体のスケッチが挿絵で入っているそうですが、師のピエロ・デラ・フランチェスカの著作の剽窃を言われたりしているそうです。
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数学に興味を持っていたダ・ヴィンチに教えたのがルカ・パチョーリであったそうで、肖像画にもある斜方立方八面体というそうですが、正方形と正三角形で構成された、透明なガラスでできたような形が紐でつられていて、半分水で満たされている非常にモダンアートのような不思議な形が描かれていますが、この図と同じものをダ・ヴィンチが挿絵で書いていて、まあ現実ではなかなか人工衛星位でしか見ない形かもしれませんが、数学や建築などでは重要そうです。肖像画にはプラトンの立体の正十二面体も描かれていますが、これは五大元素のアリストテレスが唱えたエーテルに相当するそうで、まあ神秘学を象徴するところなのでしょうね。モナリザの黄金比とも関係しているのかもしれません。
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まあプラトンの立体はあまり通常のフリーメイスンリーで見ることはありませんが、フランス系フリーメイスンリーの流れだと思いますが、ヨークライトの位階でカナダやヨーロッパで取り上げられる、古典的なプラトンの学説から世界の四元素説、五行説などとの共通性が挙げられ、科学的には結晶や元素や分子、原子、素粒子といった物理や化学の元になる流れではないかと思われます。美術的にはデッサンなどで練習する、奥行きのある立体を表現する方法で用いられる立体になるのだと思われます。実際ルネサンスのダ・ヴィンチやラファエロ、ミケランジェロの時代を通して、宗教画や風景画、肖像画にしても奥行の感じられる立体的に描くことが主流となってきていて、それをまた版画の細密画で表現したのがドイツのアルブレヒト・デューラーであり、デューラーとルカ・パチョーリの直接の接点は不明ですが、肖像画の画家であるヤコポ・デ・バルバリとデューラーは何度も接点があり、その中で、ルカ・パチョーリのスムマを読ませたことがあったようです。ヤコポ・デ・バルバリはヴェネツィア出身の画家、版画家で最初の作品がヴェネツィアの詳細な地図、鳥観図であったようです。
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これは自画像かはわかりませんが、恐らくヤコポ・デ・バルバリとされる像だそうで、ワシントンのナショナルギャラリーにあるという事で、ルネサンスの比較的重要な画家とされるようです。詳細な鳥観図は現在のグーグルマップのように観光などで重宝されそうです。デューラーとの面会の記録がデューラーの日記のようなものに残っているそうですが、デューラーとよく似た静物画もあります。
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人物画の表情が特徴的なんでしょうが、何となく恐らく自画像とされる顔の特徴が全体に影響しているようにも思われます。ルカ・パチョーリの肖像画に認められる右側の謎の人物にも若干似ているようでもあります。何となくけだるいような、憂鬱そうな、それでいて沈鬱な無表情さが何か当時のヴェネツィアの空気を反映しているような感じも受けます。デューラーのいるドイツ、ニュルンベルグからその後オランダに移ったそうですが、そこでは版画家として活動していたようです。
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表情がどれもけだるい感じの無表情な、日本でいうと竹久夢二のようなどうにも何か絶望的な宗教画が多いのですが、恐らく地元では成功せずに当時の地方新興都市であったドイツ、オランダを巡ったその人生とも関係がありそうですが、共通するのが、署名で使用しているいわゆるメルクリウスの杖の、カデュケウスのシンボルであり、神秘学、占星術、錬金術のシンボルであり、要するにフリーメイスンリーの源流に位置する作家なのだという事なんだと思われます。
それでロスト・シンボルでも取り上げられていたアルブレヒト・デューラーなわけですが、こちらは金細工師の子供で、かなり幼いころから画家、版画家として英才教育を受けていたようです。デューラーはマジャール人という事で、現在のハンガリーにルーツがあるわけですが、マジャール人、ハンガリー人としてはフリーメイスンリーではブラザーリストや指揮者のゲオルグ・ショルティが有名ですが、微妙にハザール汗国のユダヤ系の要素があるんだと思います。国としてはカトリックという事で、ヴェネツィアの商人ではないですが、金細工師や印刷職人というところも含めてフリーメイスンリー≒ユダヤ教というのはまああるという事で、この時代なんでどれもカトリック教会のネットワークがあるわけですが、カトリック教会とユダヤ人ネットワークと一致して動くというのがルネサンスであったのかと思われます。

さて他の記事と同じくだいぶ間が空いての加筆ですが大丈夫でしょうか。なかなか絵画論でありながら文明論であり、シンボリズム、象徴画という事だと思いますが、抽象画とはまた違う、肖像画の静物画であるわけですが、宗教の当時のルネッサンスの時代の修道会の正装で大学の教員をしていた人物のその業績を示した現代に残るものというわけで、コンパスと直角定規のシンボリズムというわけですが、フリーメイスンリーのグランドロッジ成立前のその源流がルネッサンス時代のカトリック中枢に認められそうだという、まあ陰謀論ともとられかねないわけですが、まあ1517年、1717年、1917年と年号の韻を踏んでいる意味であるという事で良いのかと思われます。

それでアルブレヒト・デューラーの作品を見ていきます。
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最初がルーブルにある実物を私が見られなかった、薊を持った自画像なんですが、薊もスコットランドを象徴する草花なわけですが、そもそもここで取り上げられていて、そういうシンボリズム、象徴的な意味があるのでしょうね。ロレーヌ公国を象徴する花でもあるそうです。スコティッシュライト33階級を象徴するロレーヌ十字の国なわけですね。一般的には結婚したばかりなので結婚に誠実な男性を象徴するという解釈があるそうです。
さてまただいぶ間が空いてしまったわけですが、このブログもこんな調子でやってく感じのようです。デューラーの自画像なんですが、英語版ウィキペディアではそもそも薊に似た薊でない植物であるとあり、まあシンボリズムなんですが、シンボリズム成立の歴史をルネサンス時代の絵画から見ているわけであり、色々な混乱はつきものなんですね。そもそも薊に似たその植物はアメジストエリンゴというセリ科のハーブらしくドイツ語名が男性の忠誠心という意味らしく、まあデューラーの作画意図からすると薊でもなんでもないわけですが、その後のデューラーの美術史での宗教画や象徴画の影響から、薊を持っているという題になってしまったようです。

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