2022-06-23 21:33 | カテゴリ:フランス
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
une_pendentif_btv1b10060104p_f2_opt.jpg背面native.jpgnative (2)native (1)
またまたフェイスブックにあげられていたものですが、フランス国立図書館のコレクションということで、そのものを検索すればすぐにフランス語で詳細な説明が書かれた電子図書館のホームページにあたるわけですが、一応その紹介とします。
カトリーヌ・ド・メディシスといえば、メディチ家出身で政略結婚でアンリ2世の妻となったフランスの有名な新旧キリスト教の対立であるユグノー戦争中の象徴的な事件であるサン・バルテルミの虐殺で世界史では有名な人物ですが、その人がコルテスがアステカ帝国から得たエメラルドを基にして発注して作らせたペンダント、お守りの意味があるそうですが、そういうフランスの歴史を象徴する一品です。
フランスの国宝級の貴金属で学術研究の対象なわけで、その説明を読んでもらうのが適切なわけですが、このブログに関連する部分を説明します。まず下部のところに友愛のシンボルである握手する手があるわけですが、そちらはローマ帝国時代からコンコード、調和、協調、同じ心を意味するラテン語由来のシンボルであり、フリーメイスンリーでいうとharmonyハーモニー、調和、協調で、こちらはギリシア語由来だそうですが、そういうローマ帝国時代からの象徴であり、ネルヴァ帝の金貨にもあると示されていました。
native (3)
まあモーゼの引き上げるなんてのもかかるんでしょうね。背面の六芒星とフラワーオブライフに繋がるデザインがいかにもフィレンツェらしい感じであり、イエズス会が作ったという六芒星が時代を感じさせます。メディチ家の出自なんて所にも繋がるのかと思われます。
エメラルド自体が壊れやすい宝石だそうで、それに対して、宝石を送る息子のシャルル9世に対して固い信頼と友情があるということを示していると表現しているそうです。中世では、エメラルドに未来を予言する力があるとされ、また、女性の貞節を守り夫の愛を保つとされていたそうです。
また上部のMの形に並べられた、左右のダイヤと真ん中のエメラルドは、メディチ家のMを意味するそうで、もちろんカトリック信仰のマリアにもかかっているものと思われます。
カトリーヌ・ド・メディシスの波乱の生涯を考えると、この宝石自体がユグノー戦争での自分の存在意義を支えるものであったと考えることができると思われますが、この時代はまさにこのブログで特に最近伝えている、ザビエルとロヨラらがイエズス会を結成した時代であり、ヘンリー8世のもとでイギリス国教会が成立し、その後ブラッディーメアリーの元でいったんカトリックに復帰し、スペイン王フェリペ2世と結婚したりしますが、その後処女王エリザベス1世がスコットランド女王メアリー1世を殺し、スペインの無敵艦隊が敗北し、スコットランドとイングランドが同君連合となり、欽定訳聖書が成立していく時代です。カトリーヌ・ド・メディシスは1589年に亡くなりますが、ちょうど200年後にフランス革命が起こり、ここで取り上げたペンダントは共和国の財産とされ、カトリーヌ・ド・メディシスの遺体はサンドニ聖堂から集団墓地に民衆によって投げ込まれたそうです。
ノストラダムスの大予言で知られる、ノストラダムスがカトリーヌ・ド・メディシスの夫であるアンリ2世の死を予言していたなんて話もあり、その後のフランソワ2世が中耳炎をこじらせて亡くなるのも予言を的中させたのもあるそうで、ノストラダムス自身も医師であり、メディチ家の出自も薬種商または医師であり、カトリーヌ・ド・メディシスも予言に傾倒していたこともあったそうです。
ユグノー戦争後はカトリーヌ・ド・メディシスの息子たちは亡くなり、ナバラ王であったアンリ4世がナントの勅令を出してカトリックとユグノーの対立は一応終結しますが、その後もユグノーへの圧迫は続き、日本での島原の乱の直前のリシュリューによるラ・ロシェル包囲戦などを経て、フランス国内のユグノーは各地へ亡命し、その一人であるブラザーデサグリエは王立協会フェローとなり、イングランドグランドロッジの成立に貢献しています。
カトリーヌ・ド・メディシスはイタリアの貴族社会の習慣や文化をフランスに持ち込み、今日のフランス料理の成立やフランス文化の成立に貢献したと考えられていますが、(追記:英語版ウィキペディアにブラザーディドロが百科全書で書いたと書いてあって、実際は異なるとありますが、イタリア文化の生活を続けたのは確かであり影響を与えた事は間違い無いようですが、隣国であり、どこでも同じくアイデンティティに関わる問題なのだと思われます。)一方では教皇を輩出したメディチ家の財産としての知識をフランスに持ち込み、また一方では当時の大航海時代のイエズス会の布教に伴って得られた世界の知見をカトリックのネットワークを通じてフランスの統治に組み込み、のちのフリーメイスンリーの成立に伴って、フランス革命の源流をもたらしたと考えられます。そういった大陸の東と西をつなぐ歴史のシンボルとして今回取り上げたこのペンダントのシンボルがあるものと思われます。

(追記:全く余談ですが、カトリーヌ•ドヌーヴなんて有名な女優さんもいらっしゃいます。本国でもどの位意識するかわかりませんが、フリーメイスンリー関連はハリウッドなどでも多い話でしょうか。)
参考にカトリーヌ・ド・メディシスのペンダントとして複製品で売られているものの図柄を示します。現物がどこにあるかはよくわかりませんが、シンボリズムの表現が認められるようで、フィレンツェに行くとよくわかると思いますが、そもそもの教皇や枢機卿の高等教育の形でフリーメイスンリーのシンボリズムの原型となるものがあるようです。そういうのと共通の形がカトリーヌ・ド・メディシスにも与えられていたということのようです。(追記:英語版ウィキペディアではどうもノストラダムスが作者とされているようです。ノストラダムスの名声もこの辺りに元があるようですね。)
a.jpgb.jpg
BnF,_NAL_83,_folio_154_v_-_Francis_II_and_Mary,_Queen_of_Scots
カトリーヌ・ド・メディシスの時祷書。フランス語版ウィキペディアにありました。息子であるフランソワ1世とその妻であるスコットランド女王メアリー・ステュアート。周囲の装飾が、フィレンツェの市庁舎であるヴェッキオ宮殿にある壁紙の装飾と同じであり、おそらくネロ帝の宮殿などのローマ時代の装飾にルーツがあると思われます。フリーメイスンリーのシンボリズム、チャート、図表につながるものと思われます。
1280px-Insignias_of_Henri_II_of_France_and_Catherine_de_Medici.jpgJeton_en_argent_sur_Catherine_de_MédicisArmsofCatherinadeMedicisvg.png
アンリ2世とカトリーヌ・ド・メディシスのモノグラム。カトリーヌ・ド・メディシスのシルバートークン(代用貨幣)。カトリーヌ・ド・メディシスの紋章。代用貨幣にはフリーメイスンリーでは涙の雫(teardrop)と言われる象徴であり、紋章学ではgutteeといわれる、人魂の形をしたしずくの表現が認められます。この図柄では雨粒とそれを受けて大地から延びる植物の芽を描いているようです。
関連記事
秘密

トラックバックURL
→http://freemasonry.jp/tb.php/1766-dfc3332b