2012-09-09 22:34 | カテゴリ:シンボリズム
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
漱石と言えば高校の国語の教科書で現在も採りあげられ続けているかと思いますが、「こころ」の作品が日本の高校国語の必読書で、恐らく現在の高校生は本をこれくらいしか読まないかと思うのですがいかがでしょうか。その漱石とフリーメイスンリーの関連なのですが、これは漱石の弟子とされる芥川龍之介の「歯車」を以前このブログで取り上げましたが、「歯車」ほどにシンボリズムで彩られている作品はないようです。
まあ芥川龍之介は帝国大学卒業後、就職して海軍機関学校で教鞭をとってそのまま文壇デビューして流行作家となったわけで、漱石のごとくもらわれっ子が病気などしながら帝国大学を卒業し愛媛で高等学校の教師などやり、その後官費留学を日露戦争直前のブラザー林董が英国大使になろうかという、フリーメイスンリーの母国イギリスで二年して、途中神経衰弱になったと本国に報告され、帰国後に東京帝大の教師などやりながら結婚して、神経衰弱の療養のために小説を書いたという江戸生まれの典型的な明治人とは発想も思考回路も異なる事は当然かと思われます。
夏目漱石

さてまあフリーメイスンリーと関係あるかなしかは別として、夏目漱石の作品というのは日本人に最も読まれている小説である事は確かかと思われ、私自身も高校時代にほぼ全ての作品を一応通読したのですが、今また「倫敦塔」などを読んでも恐らくどの作品にもフリーメイスンリーの関連したようなものは認められないかと思われます。また大事なのは夏目漱石の作品は多くの人が読んでいる事になっている、または読んでいるのですが、実際に内容やあらすじ、漱石が言わんとしているところを理解している人などは案外というかほとんどいないのではないかと言うのが過去に抱いた感想であったかと思います。これは旧約聖書などと共通で、具体名などを出すのも恐縮ですが、陰謀論の「赤間剛」氏などもその著作を読むにつけ、旧約聖書を読めばいいのにと思ってしまいますが、一般のキリスト教徒なども同様にほとんどあれだけ長い聖書の旧約聖書部分を読む人は少ないのと同じく、夏目漱石の作品群もあまりちゃんと読んでいる人は少ないものかと思われます。

まあ私自身夏目漱石の作品を読んだのは相当以前なのですが、その当時抱いた感想と言うものを覚えていますので、フリーメイスンリー云々以前にとりあえずその感想をここで披露いたします。

まずまあ一応ほぼ全ての作品を読んだ作家と言うのはこの人くらいなので、内容はほぼ忘れてしまいましたが、一番好きな作品は「行人」であったかと思います。どうもウィキペディアを見ると実際に兄弟の奥さんに横恋慕していたようで、実体験に基づいたかなり邪な明治時代の恋愛小説と言ったところでしょうか。恋愛小説として描写が美しかったのが「虞美人草」であるかと思いますが、これはいわゆる英連邦の第一次世界大戦終結を記念したシンボルであるケシの花、ポピーです。もちろんこの時点では第一次世界大戦は未来の話なので、虞姫の逸話と西洋でも様々にシンボルとされる普遍的に認められる花として選んだものと思われます。基本的に漱石の小説と言うのは代表的な前期三部作にしろ後期三部作にしろ大衆に受ける要素と言うのは結局それまで儒教的道徳観からタブーとされていた恋愛小説を文明開化の合言葉の上で可能としたというところなのかと思います。これは彼の経歴とともに文学として面白いのが徹底した江戸時代の儒教道徳に基づいて、その上で英文学の豊富な知識とロンドン留学に基づいた欧米的な恋愛観、個人主義をミスマッチしているところかと思います。その典型的な作品がいわゆる「草枕」で、これは熊本での体験に基づいているのかもしれませんが、ミレーの「オフィーリア」が象徴的に描かれ、日露戦争で出征する兵士とそれにまつわる日本の郷里の悲哀を高踏的に描いた、(高踏的とか高等遊民とか懐かしい。)いわゆるインサイダーの視点かと思われますが、当時の日本としては徹底的に革新的であったかと思われますし、恐らく現代においても本質的には変わらないかと思います。ウィキペディアで見ると英訳が「The Three-Cornered World」と題名を付けられていたという事で、ほぼ漱石の存在自体がフリーメイスンとして認識されている事がわかります。
オフィーリア

一応こじつけのようになりますが、デビュー作の「吾輩は猫である」の猫ですが、特にフリーメイスンリーのシンボリズムで出てくる事はありませんが、古代エジプトでは猫は非常に珍重されていて、害獣を捕ってくれる益獣として尊重されたようです。スフィンクスもライオンをモチーフとしたネコ科であり、まあこの辺は完全なこじつけでしょうか。

「倫敦塔」も一応ざっと今確認しましたが、明らかなフリーメイスンリーのシンボリズムのようなものはありませんが、まあロンドン塔自体がイギリスにおけるフリーメイスンリーの象徴でしょうし、そこでの歴史をガイドブックの無かった時代にこれだけ興味を抱くように描いている事はシンボリズム云々を別として、フリーメイスンが納得する内容と言えるかと思います。また途中5羽のカラスがいるとかいった別嬪の変な事をいう女性が印象的に描かれていますが、漱石と対峙するドイツ留学の文豪森鴎外の「舞姫」を彷彿させるような、西洋女性を印象的に描いたいかにもな部分ではないかと思います。また下宿に帰って下宿の主人が盛んにこの女性を擁護するように5羽のカラスについて説明するのがまた話として面白い感じがする逸話となっています。まあ多分そんな話ばかりだから出歩かなくなったのかと思いますが、なんせその5年後に日露戦争で日本はロシアに勝利し、そのさらに15年後には第一次世界大戦で戦勝国として講和会議に参加し、5大国の一つとなるわけですから、留学したこの文学に異常な興味を示す英語が堪能な頭の大きな東洋人は要人であったかと思われます。(漱石の英語力や英語の読解力は相当のレベルであったように本人も書いていますが、果たしてどうでしょう。その辺がヘボン家で英語を学んだブラザー林董と試験で英語を覚えた漱石の違いかもしれませんね。放校後に必死でスペイン語を覚えた内山岩太郎氏の逸話も参考となるかもしれません。)

さてまああまりフリーメイスンリー的考察を加えると日本の文学史も根底から覆ってしまいかねませんので、あくまで個人的な文学考察にとどめるようにその他の作品について見ていきましょう。いわゆる前期三部作、後期三部作とされる「三四郎」、「門」などは多少シンボリズムを踏襲しているようです。内容は忘れてしまいましたが、確か結局はみんな淡い恋愛小説というものであった気がします。「倫敦塔」の中でもダンテの神曲の地獄の門がわざわざ触れられていましたので、これも一つのシンボリズムであるかと思いますし、その系譜は現在でもお台場のシンボリズムなどに引き継がれているのではないかと思われました。
いわゆる小説とも随想ともとれない「硝子戸の中」、「夢十夜」などの占いや噂話にまつわる逸話のようなものが何となくその後の芥川龍之介に引き継がれるような夢かうつつかといったヨセフの夢占いのようなところに通じる超科学的で幻想的な内容であったかと思います。旧約聖書でも預言書などのところが近いかもしれませんが、なかなか一連の流れというものが重要でありあまりそれだけ読んでも意味を成さないものかと思います。

そして内容は一切忘れてしまいましたが、遺作となった「明暗」、いわゆる則天去私の元ネタとなったという絶筆ですが、これは漱石で最も良い作品であったと記憶しています。ストーリーは忘れましたが、最後の方はやはり鬼気迫る形で、探偵に屁をこいた回数を数えられているとか、なんともまあ弟子の芥川龍之介の絶筆とよく似た内容となっていて、題名もまさにシンボリズムそのままとなっていて、一つの完成となるのだろうという形と思われます。則天去私というのは言ってみれば宗教改革におけるプロテスタントのカルバンの有名な予定説が近いのではないでしょうか。

漱石の作品というか、個人的な意見発表と思いますが、これの代表的な「私の個人主義」であったと思いますが、これが非常にいわゆる日本人の必要とされる個人主義を説明していたかと思います。まあ現代でもなお大きく変わりはないかと思いますが、日本の倫理観、道徳観を説明する典型的なものはやはり儒教道徳であるかと思います。これは江戸時代を象徴する考え方であり、まあこれが未だに生きているというとすぐに反論にあうわけですが、実際の社会状況を説明するにはこの儒教道徳の忠義や孝行の思想が最も当てはまっているのが現代日本であるのがまあ実際のところです。儒教があるから儒教道徳があると言うとこれまた語弊があり、先に東洋的倫理観としての儒教道徳があり、それが結実したのが儒教とも言えますが、これがいわゆる東と西の邂逅を意味する頂点のずれたピラミッドで象徴されるような思索的フリーメイスンリーで重要とされる倫理と道徳の高みであるかと思われます。まあ儒教とは何かと言うと否定的に言うならば恋愛の存在しないタブーの世界であり、男尊女卑を地でいくような社会であり、まあフリーメイスンリーも女性が入会できないなど共通の部分は認められますが、もちろんその辺がレディーファーストを信条とするアングロサクソン社会と端的に異なると思われる部分かと思いますが、一方で自由恋愛が叫ばれる現代で未婚率の上昇や少子化が進行するなど様々な矛盾があるのもまたこれらの話のポイントかもしれません。

まあ漱石の話で重要なのはやはり親兄弟や養父、妻や子供たちとの表にあまり出てこない繊細な人間関係であり、それらが結局最後には胃潰瘍で吐血で亡くなるという自殺に近い病気での死に繋がるという、明治という時代の個人主義を唱える個人に個人で支えきれない負担がかかる結果の死という試行錯誤を象徴する、まさに和魂洋才の末の破綻を個人レベルで行った、日本人が常に良い例とも悪い例とも参考にし続けた、シンボルの漢字をあえて含んだ負け惜しみの強い、変わりものであるという信条を表した、夏目漱石という名前に、君が代の歌詞や日の丸の国旗や戦艦三笠の偉業で成り立つ日本と言う若い国、その国の文化を託したのではないでしょうか。
(追記:漱石は留学前に円覚寺で座禅修行に取り組んでいるそうで、それは精神修養のためと言うのもあったのでしょうが、実際は東洋の哲学の代表的な禅を習得するという意味もあったのかと思います。明治の時代の留学はそういうものもあったのですね。坂の上の雲の登場人物でもある、漱石の親友である子規も結核で亡くなるわけですが、病床でブラザートマス・ジェファーソンの日記を読んでいたりしたようです。出典はなんだか最近のラジオかなんかだったと思います。まあ明治時代は実はアメリカが生まれて100年後なのですね。もちろん当時の日本国内に日本人のフリーメイスンは一人もいません。(追記1/15/2013:これはちょっと極端な表現ですね。ブラザー西周を始めとして日本人のフリーメイスンはいますが、日本のロッジに参加している日本人のフリーメイスンはいないという事でしょう。この辺は実際なかなか難しいところです。対外的には日本人のフリーメイスンはいた事になっていても、対内的にはいない事になっていた時代な訳です。))

薔薇ちるや天似孫の詩見厭たり
来て見れば長谷は秋風ばかり也
鐘つけば銀杏ちるなり建長寺
冷かな鐘をつきけり円覚寺
影ふたつうつる夜あらん星の井戸
月に行く漱石妻を忘れたり
吾猫も虎にやならん秋の風
行年や仏ももとは凡夫なり
旅人の台場見て行く霞かな
鳴くならば満月になけほととぎす

目359px-夏目漱石の墓
kiku_henka.jpg
IG-18311.gif
(夏目漱石の家紋は墓石では富山市の市章と同じく菊菱紋ですが、調べると井桁菊紋らしいです。(本当に実際は井筒菊紋でいわゆる住友の社章の井桁とは異なるようです。)なかなかフリーメイスンリーにかかった日英同盟を象徴するようなエピソードでしょうか。まあ私もさすがにそれが夏目漱石の全てであるとはここまで来て言いません。北条政子の愛用品に使われた紋であるとか、皇室の菊の御紋が後鳥羽上皇時代に成立したなどとも絡めて様々に逸話がありそうです。また上記の目と墓石は一応夏目漱石のそれぞれ目と石にかけたものです。あしからず。)
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