2012-07-24 21:44 | カテゴリ:横須賀
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
日本海軍フリーメイスンリー説はいわゆる日本の陰謀論の中枢を成すような説ですが、もちろんこのブログを読まれてきた方は、戦前の日本海軍にいわゆる正規のマスターメイスンの称号を受けたような人はいないことは十分理解されるかと思います。当時の日本で、日本のロッジに日本人が所属していることは無く、全て海外のロッジで入会した人のみであり、それらは結局外務省筋に少数認めるのみであったという事は十分理解していただけるかと思います。

さてでは海軍フリーメイスンリー説とはいかがなものなのでしょうか。要は日本海軍はフリーメイスンリー発祥の地であるイギリス海軍に手取り足取り指導され近代化した軍隊であり、その中枢はほぼ英米留学によって軍隊を基礎から勉強している人々であり、それらを現地で指導した教官たちが当然ほぼフリーメイスンで占められていたという事は想像に難くないわけで、彼らが実質的なフリーメイスンとして指導、教育されたという事は当然であるという話になるのかと思います。

もちろん日本には明治維新から勝海舟、福澤諭吉、榎本武揚と幕府の海軍伝習所から始まる海軍近代化の歴史があり、それには横須賀のブラザーヴェルニーと小栗上野介などの協力による横須賀ドックが非常に重要になるわけですが、いずれにしてもそれら全てにフリーメイスンリーが深く深く関わっているのは自明であり、海軍フリーメイスンリー説は、フリーメイスン=ユダヤ人説とも等しい程度の社会的三段論法とも言うべきつまらない説であるかと思われます。

まあ特にこれと言ったフリーメイスンリーと大日本帝国海軍との繋がりを示す証拠を持っているわけではないのですが、それでいてこういった論をフリーメイスンリー関連でぶってしまう理由は、やはり長井地区や横須賀を内側から見て、いわゆる海軍三羽カラスの一人、井上成美の影響や現在まで繋がる人気、山本五十六の影響や人気を鑑みるにつけです。

さてこれだけ人気や影響があるとそのウィキペディアも非常に長くなり、書いてる人も地元の人なんだろうなと思うわけですが、その中で関係ありそうな所だけ抜粋すると、井上成美は仙台出身で、名前は論語から取られたそうです。井上成美の海外経験はスイスが3か月、ドイツが1年1カ月、フランス3カ月であったそうですが、恐らく語学について才能があったようで、海軍では英語が必修であったようですが、それらの語学に通じたようです。その後2カ月ほどアメリカに滞在し、その後イタリアに2年1カ月いたようです。要するに海外、主にヨーロッパ、アメリカで現地の海軍や武官達と接触したという事です。具体的にどのようなフリーメイスンと接触があったかわかりませんが、英米独仏伊ともにほとんどがフリーメイスンリー国家であり、その軍人たちの階級が上がれば上がるほどフリーメイスンの割合は多かったと思われます。(2015/1/27追記:井上成美が聖書や賛美歌に親しんでいた事が様々な傍証や残された遺品から確認されるそうです。洗礼も受けていたなんて話もあるそうです。なかなか長井の秘密は深遠です。)

また山本五十六についてはウィキペディアにわざわざ米国滞在時に当時の海軍長官であったカーティス・ウィルバーとの写真が載っていて、この方は恐らくフリーメイスンだと思われますが、裁判官であり、アメリカ海軍航空隊の創設をした人だそうで、現在もアメリカ海軍のイージス艦にその名前を残し、その艦はトモダチ作戦にも参加したそうです。兄弟がスタンフォード大学の学長までされたそうです。山本五十六は主にアメリカに3年ほど駐在したようで、その後はイギリスなど英米への滞在のようです。アメリカ駐在の際に同時に駐米大使であったのが元会津藩主、京都守護代であった松平容保の六男である松平恒雄氏で、この人は赤間剛氏の著作「フリーメイソンの秘密」でフリーメイスンであるとされている方で、この本は全面的に日本グランドロッジの協力で作られた本で、ブラザーであるのだと思われます。娘さんが昭和天皇の弟の秩父宮に嫁ぎました。お孫さんが現在徳川宗家であるようです。ブラザー松平恒雄についてはブラザー東久邇宮などとともに、日本のフリーメイスンの有名人としていずれもう少し詳しく取り上げたいかと思います。
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結局真珠湾攻撃はある程度予定されていた結果であったことは間違いないかと思われます。

海軍三羽ガラスのもう一人米内光政は盛岡出身で、日露戦争に従軍し主にロシア、ポーランド、ドイツに駐在したようです。

さてまあ井上成美のウィキペディアの戦後の項目でやはり横須賀長井での生活がたくさん書かれているわけですが、長井には戦前には海軍の飛行場があり、戦後は米軍住宅があったそうで、長井自体は奈良時代から村落があった事が確認される古い地域であり、私が見たところではいわゆる相模の国と武蔵の国の国境に位置する、走水の日本武尊の東征に代表されるような、縄文系と弥生系の民族的境界に位置する、なかなか日本の民族史から見ても興味深い村落であるかと思われます。非常に環境が良く、かつてはサバ漁が非常に盛んであったそうで、古くから長命の極めて日本的な豊かさをもった半農半漁の地域です。奈良時代には鎌倉の長谷寺の観音像の元となる像が流れ着いたという場所であるようで、人口に比して寺や神社が多いものかと思われます。景色が富士山を主体としてきれいに残されている印象です。

というわけで、当時の海軍がフリーメイスンリーの影響を直接受けた形で世界情勢を知っており、日本の対米開戦を絶対的に固辞していながら、結果として国内の要請および昭和天皇の意向に沿う形で真珠湾攻撃という形で開戦した事は、ある意味フリーメイスンとしての生き方とも言えるものかと思われますし、またそれが当時の日本国民に多大な災厄をもたらしながらも、戦後の繁栄につなげた事もまた一つの仕事であったとも言えるかと思いますし、彼らの行動が全体としていわゆるフリーメイスンとは言い難いものであることは確かですが、極めてフリーメイスンリーに影響を受けたものであったことは否定しがたく、海軍フリーメイスンリー説はそういうものを反映した結果であるかと思います。

当時ほぼフリーメイスンリーの影響下にあった外務省筋が宣戦布告の翻訳を遅らせたのは余談かと思います。まあ語学の重要性を認識させられる一事ではないでしょうか。

また三浦半島には東北、福島会津とのつながりが幕末頃から認められ、それが戦前の軍関係の人脈とも繋がるようですが、これにはまたそういった日本の民族的境界とも言うべき古くからの地勢的要素があるようです。これはまた現在の米軍基地の立地や日本研究の一つの重要な要素ともなっているようです。
現在日本におけるアメリカ軍の中枢はほぼ横須賀にあるようですが、情報分析の中枢となるNSA(アメリカ国家安全保障局、国防総省所属でエシュロンなどを管轄しているらしいです。ブラザーダン・ブラウンの過去の著作でも取り上げられているようです。)の基地は2003年以降青森三沢に移ったそうです。それらと三浦半島、東北大震災など様々な関連がいわゆる情報戦争とも呼ばれる現在の実戦の目に見える戦いともいうものではないかとも想像したりできるかもしれません。
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