2012-10-20 02:01 | カテゴリ:イングランド
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
さてまあセントポール大聖堂周囲を歩いているわけですが、この後の話題はなかなかちょっと暗くてダークサイドな訳ですが、フリーメイスンリーにも色々な面があるという事で、ワシントンD.C.のアーリントン墓地の話とはまた違う、日本人があまり知らないリアルなフリーメイスンリーのダークサイドといえるかもしれません。

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ミレニアムブリッジからシャードの方面を望みます。テムズ川の広さと周辺の建物の概要がわかるかと思います。遠くに見えるロンドン橋がかつてはあれしかテムズ川にかかる橋が無かったそうです。右側の半球体のいわゆるvesica piscisの形の建物がGreater Londonの市庁舎であるそうで、中には美しい螺旋階段があるそうです。
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ミレニアムブリッジからテートモダンを望む光景です。なかなか美しい橋です。
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ロンドン橋を望む方向です。なかなか美しい光景です。実はこの時は全く気にしていませんがこの正反対の後ろ側の橋がかの有名なP2ロッジ事件で教皇の銀行家とされるロベルト・カルヴィが首をつって他殺体で発見されたブラックフライアーズ橋があるのです。P2事件を知らない人はナショナルジオグラフィックのフリーメイスンリーの特集VTRを見るかウィキペディアで勉強していただきたいですが、発端となった事件として就任直後のイタリア出身のヨハネ・パウロ1世が教皇就任から33日後に死亡して発見されるという事がありました。まあなかなか日本人には遠い世界ですが、基本的にキリスト教社会である欧米においてはカトリックとプロテスタント、フリーメイスンリーの関係はフリーメイスンリーの成立とも関係するような深い歴史があるものであり、現代におけるそれらを象徴するような重要な事件かと思われます。このブログで特にこれ以上取り上げるような事はしませんが、フリーメイスンリーにおける常識として概要は理解しておく事をお勧めします。
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シティオブロンドンの方向です。スウェーデンの保険会社の本社である、いわゆるvesica piscisの形である30セント・メリー・アクスというビルが目立ちます。新宿のモード学園のビルでシンボリズムを理解していればすぐにわかるかと思います。まあさすがにこれはフクロウがどうとかいう事は無いでしょう。実はこの後に出ますが、ロンドンには明らかにフクロウの形のビルもあります。
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セントポール大聖堂の方向です。実はこの時小さく映っていますが顔なしのパフォーマーが歩いてきています。匿名の掲示板のちょっとした揶揄かと思われます。なかなかご挨拶な感じです。
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さてまあとりあえず色々あるのだなという事は感じながらモニュメントというロンドン大火の記念碑があるという事でそっちのほうに歩いていきます。途中そのフクロウの形のビルを通りに映るところで写しました。strata SE1というマンションのようで、上部の三つの穴は風力発電のようです。まあUGLEが北欧の言葉でフクロウの意味があることから、知恵の象徴として、All Seeing Eyeと同様に大きな目を持った見つめる監視カメラのような印象から、シンボルとされているのかと思います。やりすぎコージーで強調していたようなイルミナティのシンボルではありません。
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モニュメントに到達します。周辺に高層ビルが立ち並んでいますので1600年代当時にロンドン大火の後に建築された時は相当の高みの印象であったものかと思われます。ウィキペディアによると高さ202フィートで62メートルあるそうです。設計はブラザークリストファー・レンとこちらもブラザーと思われますが、フックの法則で有名なブラザーロバート・フックによるそうです。ブラザーロバート・フックはフリーメイスンリーの関連ではニュートンとの確執が有名であり、王立協会で事務長などを務めていたフックはゼンマイ時計の発明や毛細管現象の発見、静脈と動脈の発見や、世界で最初に顕微鏡で植物の細胞を確認してcellの名前を命名したなど、幅広い分野にわたる万能の天才であり、同時に建築家でもあり、セントポール大聖堂の建築の重要な部分に関わっているそうです。ウィキペディアを読んでいただくとブラザーロバート・フックの多彩な業績と波乱の人生が垣間見えると思うのですが、その中で最もフリーメイスンリーに関係していそうなのはその死亡年月かと思われます。1703年3月3日であり、英語で検索すると死因は糖尿病と出ていますが、なかなか悲惨な死に方であったようです。かなり王立協会で権力をふるっていてニュートンなどとは手紙のやり取りを繰り返していたようですが、アイディアを取ってしまう傾向のようなものもあったようで、さまざまに恨まれていたというのもあるのかもしれません。死後にニュートンが王立協会で会長に選ばれ、王立協会の移転に伴ってブラザーロバート・フックの肖像が全て失われてしまうという事があったそうです。ニュートンがフリーメイスンであったかどうかという点はそれについて英語の本が出ている話で興味深いですが、基本的にはブラザークリストファー・レンにしても、ブラザーロバート・フックにしてもイングランドグランドロッジの成立前の話であり、象徴的にブラザーと呼んでいますが、いずれも現代からみてフリーメイスンと考えられるかどうかの話であり、実際に儀式を行っていたり、そういう思索的メイスンリーの活動があったかどうかは推測でしかないと思われます。要するに実際に建築を行い、実務的メイスンリーの活動を行っていた場合にはフリーメイスンであったと考えられ、ニュートンのような自然科学と錬金術などその後の思索的メイスンリーの活動の基礎を築く活動であった場合には、そのままフリーメイスンリーの基礎を築いた活動をした人という事になるのかと思われます。それらニュートンの活動のきっかけとなったのがロンドン大火であり、またブラザーロバート・フックやブラザーデザギュリエであったというのは言うまでもない事かと思われます。ちなみにウィキペディアによるとアイザック・ニュートンの誕生日はユリウス歴では12月25日のクリスマスに当たるそうです。ニュートンが神学や哲学について熱心に研究したのもそういう誕生日や名前の影響もあるかもしれませんし、万有引力の発見の逸話がリンゴという知恵の実を表す象徴で語られるのもそれら聖書のアダムとイブの逸話から反映されているのかもしれません。ニュートンのウェストミンスター寺院の墓を見る限り、フリーメイスンとして認識されてはなさそうです。
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モニュメントの交差点からやはりシャードが見えました。
この時はポンドを換金し忘れていて、現金を持っておらずモニュメントの中を登る事が出来ませんでした。
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