2012-12-18 23:24 | カテゴリ:フランス
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
さてさてだんだんロンドン・パリ篇もネタが尽きてくるわけですが、まあなんだか虹の辺りはそれなりに好評のようで良かった感じでしょうか。
前回オルセー美術館篇が本人の予想外にまとめるのに時間がかかってしまい、まあ専門家にかかれば恐らくフランス芸術界とフリーメイスンリーとの繋がりは有名な話になるのかもしれませんが、印象派と絡めてこれだけ一般人向けに色々書いたものというのはそう多くは無いと思います。まあそれほど芸術に関心が多くない人でも印象派やその後の抽象芸術はそれなりに常識として知っているところがあると思い、そうした人がフリーメイスンリーと芸術との繋がりを少しでも知識として持って、そうしたものを実物を見た時や実生活の中で感じていただければ、このブログの存在価値もあるかなと思われると、いつもながら皆さんの直接の反応が無いので自画自賛するわけです。
まあちょっと内容的にも観た感想を書くだけではないので、色々専門分野ではない事について字面や写真を見て書くのは非常に疲れるので、また美術品の分野といえばその取引に関わる額が大きいのもみなさんご存じかと思いますし、フランスという国が芸術の都という名前もあってそれらの美術、芸術の分野にそれなりのプライドと歴史と労力とコストをかけているのは有名だと思いますし、それらについていわば虹の報酬として紹介するような立場になるわけで、まあなかなか大変だという事です。

まあロンドン・パリ篇の一つのテーマになるのだと思いますが、要するにヨーロッパの1717年以降の歴史はすなわちフリーメイスンリーの歴史そのものであり、ほとんどの登場人物がフリーメイスンリーと繋がりを持っており、それはそのまま現代に拡大し続けて存在するという事であり、逆にいえば日本の歴史が明治維新以降フリーメイスンリーとの接点を中心としてあり続けながら未だに国内で化学反応の抑制とも言うべき作用が働いてむしろ時代によっては反動の歴史の方が打ち勝っているという事すらありうるというものであります。私自身坂本龍馬に例えられたり、明治維新がまた始まる歴史になったりと、キリスト教の文化や知識も加えるとまさに日本ではフリーメイスンリーにおいては1717年のグランドロッジ結成以前の英国と同様の環境とも言えるものであり、300年の歴史というものがまさにフリーメイスンリーと東洋と西洋の違い、ピラミッドの頂点の差なのかもしれないという実感を抱くところです。

さて愚痴のような前置きが長くなりましたが、こういった彼我の差をあらためて強くするのが恐らく多くの東洋人にとってはかつては大英博物館であり、パリに人が集まるようになった現在では今回から数回に渡って書く事になるこのルーヴル美術館なのではないかと思います。私もかつて台湾の故宮博物院を見学して、その収蔵品の貴重な中華文明の粋とも言えるものを見て、東洋の美術の粋とも言えるそれらに感慨を抱き、それが収蔵品に比べて非常に現代的なみすぼらしい施設に入っている事に中国の近現代史の不幸を感じましたが、今回ルーヴル美術館を見て回り、正直に言ってもちろん東が優れている分野がいくつもあるとはいえ東西を比較した際に総合力ではやはり西洋の力が結集したところではやはり差を感じるというところがまあ単純な博物館比較というところになるのだと思います。

そういう差、それを直接体感した際にその原因を追及していくとやはりキリスト教からフリーメイスンリーに行き着くというのが自然の道であり、それが横須賀ではまさに数多くの施設やアメリカ軍が戦後設置したモニュメントや旧海軍、明治維新後の開港の歴史であり、それらがまさに近現代の日本人が通る光に至る小道と呼ばれるものではないでしょうか。

まあとにかくオルセー美術館の内容が予想以上に重くなりすぎて疲れたのでちょっと気分転換にガス抜きのような長文でした。実際はルーヴル美術館は展示品の数や歴史、重要性はオルセー美術館の何倍もあるわけですが、こちらは写真撮影可でそれこそ日本人の何十倍もいる中国人がところかまわずフラッシュ撮影している状況なのですが、それを一切フランス人は咎めず、彼らはその差をすでに知っているという態度で、かつて大英博物館で日本人が通過した状況を現代のツアーの中国人がまさに体感している状況であるという状況であったわけです。という事で私もチャイニーズの一人としてフラッシュはたきませんが全く持って所かまわず写真撮影する東洋人として恥も外聞もかき捨ててこのブログのためとは言いませんが、実際そういう感じで大量のルーヴル美術館の収蔵品を可能な限り写真撮影してきたというところです。
この写真撮影可、スケッチも解説も可という博物館の中の博物館、それでいて美術館という名前の一種の美の王宮がもちろんフランス革命とその後のブラザーナポレオンの治世以降可能になったという事、これをさらに全世界の人々に開放しているという事実が、まさにフランス革命とは何であったのかという事の体感でありブラザーエドマンド・バーグが消極的に否定した事柄の現代に繋がる事象なのかと思われました。
オルセー美術館においても主要な収蔵品の写真は多くがインターネットで検索する事ができ、図書館と同じく博物館、美術館においてもその存在意義が様々に問われる時代になるとはいえ、フリーメイスンリーの体験と同じく、図書館、博物館、美術館のそれぞれその場に行かないと味わえない感覚、本を手にとって読む感覚、博物館、美術館の実際に本物を見ないとわからない感覚、これらは人類の知能がいかに発達しようとも本質的には変わらないと思われ、それはまさに古代の英知の発見と同じ感覚を保ち続けるフリーメイスンリーとなんら変わらないものではないかと思われます。
というわけでちょっとブログの言い訳のような感じですが、写真撮影可というフランス革命以降のありえないほど多くの血と努力によって与えられた基本的権利を最大限に行使してこの後のブログを構成していこうと思います。もちろん神様はそういう打算を見ているわけで、ルーヴル美術館で写真撮影をしまくっていて下を見ずに歩いて、足元の鉄の柵に足の脛を強打して骨にひびが入るかと思われるほど痛かったという事もあり、またそれを見ていた中国人に酷く笑われたという旅にありがちな思い出もありました。
まあ美術館の写真を出す事によってそれを見た人々の行動を喚起できればそれだけ意義があるという事になるという事で良いのではないでしょうか。見ただけ得という考えもあるかもしれませんが、それくらいは問題ないという太っ腹精神なのがまさに人間の本質を操るフリーメイスンリーというところだと思われます。つまり人間を深く理解した結果博物館は開放した方が良いし、美術館は写真撮影可とした方が良いとしたのが現実のルーヴル美術館であり、フランスフリーメイスンリーの象徴といえる美術館なのだと思われます。

このくらいで良いでしょうか。まあちょっとオルセー美術館篇みたいに調べるのはもうちょっと勘弁という事です。興味がある人は写真を見て、調べて、実際行って見てください。ああ疲れた。

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そういうわけでオルセー美術館からルーヴル美術館に移動します。雨が降ってないとは言えちょっと曇りですね。まあその位で雨が降っていなければこのくらい人が集まるようです。テュイルリー庭園の噴水です。
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ルーヴル美術館方面に歩きます。鳩もきれいに写っちゃったりして天気さえよければ写真なんてきれいに写るもんなんです。
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パリは黒人の人が確実にお土産物売りをしています。ロンドンでは有色人種の人が必ずコンビニで働いていました。どちらも日本人と中国人は料理屋と観光客です。
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なかなかきれいに撮れていますね。このくらいの曇り空だとまだまだ大丈夫です。
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これもまあなかなか良く撮れています。しかしまあ酷い雨でした。
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わかりやすい写真ですねえ。
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カルーゼル凱旋門ですね。天気がどうも何やら窺がっているようです。この旅のブログの文脈から行くと天気の表情も面白いですね。この写真自体が寓意画かもしれません。
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これも良い写真ですね。
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まあ取り合えず初めてルーヴル美術館に入ります。入口で金属探知機のゲートを通ります。チケットを持っているとスムーズな入場ができるようです。実際に入るとその多国籍な雑然とした雰囲気に期待を裏切られます。三部会のテニスコートのような感じでしょうか。美術館というよりも東京駅と上野公園をミックスしたような感じでしょうか。入口のところにはしっかり螺旋階段があります。螺旋階段を通るのは出る時だけだったと思います。
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ミッテラン大統領の時代に作られたそうです。ミッテラン大統領もフリーメイスンだったのでしょうね。設計したのは中国人の芸術家だそうですが、まあ念には念を入れてなのでしょうね。何しろフランスフリーメイスンリーの象徴的なルーヴル美術館にそのもののガラスのピラミッドを作るという計画ですから。この写真にあるのは恐らくVesica Piscisなのだと思われます。ダヴィンチ・コードでは666枚のガラスで構成されるとかあったそうですが、実際には無いとかなんとか、まあこのVesica Piscisの事を言っているのではないでしょうか。666はCafe NEROで十分じゃないでしょうか。黙示録のニガヨモギがチェルノブイリとかありますが、予言や黙示録は数字の3、11と言ったところで十分じゃないでしょうか。
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チケットが千円くらいでしたかね。非常に安い印象でした。私が最初に買った時はどうもまた東洋人の一人旅だという感じでフランス人の大学生のバイトという感じの子が露骨にそういう態度をしましたが、まあ色々民族的な感情が入り混じる広場と言う感じでした。日本人は女性の一人旅が多いのでしょうかね。
とりあえずモナリザは見ておこうと思ったのでしたかね。何翼だか忘れましたが、四つの場所があってそのうちの一つで、一番人がいるところです。
サモトラケのニケの像です。ナイキがライオンズクラブでこれをモチーフにしたんでしたね。まあなんつうか非常に俗物な目です。
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まあこんな遺物じゃなく実際に建築して街に置いていたギリシア人の時代というのはすごかったんだなとそれはあらためて思わされます。ユダヤ人も一目置いたギリシア人と言うヤクザじゃないですが世界の民族の歴史というものはすごいものがあります。ギリシア危機もそういうのがあるわけですね。
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やっぱり日本人からは遠いですが、キリスト教の宗教画がすぐに有ります。この辺はやはりヨーロッパ人の感覚なのでしょうね。フリーメイスンリーの象徴的美術館でも異教の神のニケの後はやはりちょっと口直しのような十字架があります。イタリア、ルネッサンスの展示だったのでしょうか。
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建築にシンボルのような感じがありそうなので撮ったのでしょうか。まあ建築自体は非常にバッキンガム宮殿に似ています。時代的にはあちらが似せたのだと思いますが。
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メインロードみたいなモナリザ、ダヴィンチの作品などに繋がる展示室です。結構な混みようです。
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宗教画も床が白黒のモザイクで撮っているのですね。時代的にはどうなんでしょう。1717年以降であればフリーメイスンリーとの関わりがあるのでしょうが、この絵はどうもそれ以前のようですね。
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これはダヴィンチなのでしょうかね。青色がやたらきれいなのは恐らく復元しているのだと思われます。聖アンナと聖母子というそうです。なにやらフロイトの分析が色々あるようです。
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岩窟の聖母でしょうか。はっきり言ってルーヴルではモナリザ以外のダヴィンチ作品を見ている人はいません。ダヴィンチの周辺にもダヴィンチそっくりの同時代の作品が多数あり、それらも宗教画を見ている人も写真を撮る人もほとんどいません。わざとらしく中国人がフラッシュをたいているくらいです。
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これも基本的にはダヴィンチの作品とされるようですが、ラ・ベル・フェロニエールというそうです。まあ同時代の人は大体同じような絵を描くみたいです。
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この辺は良くわかりませんが宗教画なんでしょうねえ。ミケランジェロの天地創造みたいですが、良くわかりません。解説もフランス語ですから大体良くわかりません。まあなんかきれいなんで写真を撮った感じです。その他にも写真を見るとわかると思いますが、あまり写真を撮っている人もいません。
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モナリザの前は100人以上の人が集まってフラッシュたきまくりで写真を撮っている状況です。芸能人の来た時の空港みたいな感じでしょうか。ちょっとわけがわかりません。しかもガラスで覆われていて普通に見るとほとんど絵がわかりません。ルーヴル美術館はその雰囲気自体がルーヴル美術館なのですね。一番前でモナリザと一緒に写真に写るのが中国人のステイタスのようでした。復元もしていますし写真で見た方が本物を見た事になるような感じでしょうか。
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これは誰の作品かわかりませんが、画題は洗礼者ヨハネの首を持つサロメだと思われます。まあちょっとまだ死海文書もユダヤ古代誌も全部読んでいませんが、恐らくキリストのモデルはこの洗礼者ヨハネなのでしょうね。
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聖母子像でしょうか。
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ゴリアテの首を取るダヴィデでしょうか。恐らく修復の際に青が際立っているのだと思います。
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これも誰かが死んで嘆いているのですね。こちらは赤が際立っています。
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神様の象徴画でしょうか。
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こちらも誰かが死んだ場面ですね。
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ちょっと暗いですね。何の場面かはわかりません。
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これはなかなか美しいですね。古代からの石造建築のカタログのような絵でしょうか。
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これもなかなか美しいですね。画題がわからない事にはなんだかわかりません。
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ヴァチカンのサンピエトロ広場を描いた絵なのですね。ブラザージョセフ・ターナーも描いていましたが、古今東西でこの広場を画題とする事は非常に多いようです。恐らく最も象徴として認められたオベリスクはこのサンピエトロ広場のオベリスクなのでしょうね。キリスト教の歴史も奥が深いです。
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これも美しいですが、ピンボケがしょうがないです。
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バルトロメ・エステバン・ムリーリョの蚤をとる少年です。スペイン、バロック画家のセビーリャ派に分類されるようです。
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アンリ4世でしょうか。スペインの画家でしょうか。
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エル・グレコのキリストの磔刑と2人の寄進者です。
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これも同時代の画家のものでしょうか。直角定規と聖書と髑髏が認められます。
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スペインの画家でしょうか。王様を描いたものと思います。
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これもわかりませんね。
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ブラザージョセフ・ターナーの風景画です。
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ポンペイの噴火でしょうか。火山の溶岩を描いた絵のようです。
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これはイギリスの芸術アカデミーの会長の方が描いたものだと思われます。セントポール大聖堂のお墓のところで出てきたのかと思います。
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オベリスクが描かれていて撮っているのですね。
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カサノヴァという名前だけで写真を撮ったのですね。どうも有名なブラザーカサノヴァとは違うようです。
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ブラザードミニク・アングルによるシャルル7世の戴冠式でのジャンヌダルクです。いわゆるオルレアンの乙女として知られる作品です。
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ブラザーポール・ドラローシュによるナポレオンのアルプス越えです。
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ブラザーウジェーヌ・ドラクロワによる(第四回)十字軍のコンスタンティノープルへの入城です。
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ブラザーウジェーヌ・ドラクロワによる民衆を導く自由の女神です。いわゆる最初の自由の女神像の絵でしょうか。
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アントワーヌ=ジャン・グロのヤッファのペスト患者を訪れるナポレオン・ボナパルトです。アントワーヌ=ジャン・グロはルーヴル美術館の略奪した収蔵品を鑑定する委員に任命されたそうです。この作品が出世作となりましたが、実際にはブラザーナポレオンはパレスチナ攻略の際に発生したペスト患者に毒を飲ませて死なせたそうです。アントワーヌ=ジャン・グロはブラザーナポレオン失脚後に名声を失い1835年6月25日にセーヌ川に身を投げて死んでいるところを発見されたそうです。恐らく自殺したのは6月24日だと思われます。後に男爵位を授けられたり、フランス芸術協会の協会員であったりと、フリーメイスンだと思われます。
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アントワーヌ=ジャン・グロのアイラウの戦いにおける、野戦場のナポレオン1世です。
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ブラザーポール・ドラローシュによる若き殉教者の娘(殉教した娘)です。
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ブラザードミニク・アングルによるグランド・オダリスク(横たわるオダリスク)です。
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ブラザージャック・ルイ・ダヴィッドによるテルモピュライのレオニダスです。300なんて映画もありましたが、スパルタの王様がペルシアの大軍勢から死守した逸話を題材にしているようです。しかし本当に裸で戦ったとはちょっと思えません。
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ピエール=ポール・プリュードンのマルメゾンの庭に腰掛けるジョゼフィーヌです。ブラザーナポレオンの最初の妻として有名なジョセフィーヌですが、フリーメイスン達に囲まれたその人生もフランスの激動の時代を合わせて非常に興味深いです。
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ブラザージャック・ルイ・ダヴィッドによるレカミエ夫人の肖像です。ブラザーナポレオンを魅了した当時の有名な美女であったそうですが、最後は全財産を失い修道院に入ってサロンの男性達が通ったそうです。フランス革命での女性達の活躍は相当のものがあります。
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ブラザージャック・ルイ・ダヴィッドによる自画像です。ブラザーダヴィッドはジャコバン党員でブラザーロベスピエール失脚後に逮捕拘留され、その間に描いた絵だそうです。ブラザーアングルなどの弟子も多く、ナポレオン失脚後はベルギーに亡命し77歳まで生きたそうです。ブラザーダヴィッドのベルギーの墓は四角錐ではなく前面の壁面だけのオベリスク型をしています。ルイ16世をギロチンにかけた事でフランスに戻れなくなったそうですが、パリの墓地には心臓だけの墓があるそうです。なかなか死後もフリーメイスンとして認められるのは相当大変なようです。
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ブラザージャック・ルイ・ダヴィッドによる皇帝ナポレオン一世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠式です。恐らくブラザーナポレオンの肖像画とともに最もブラザーダヴィッドで有名な絵だと思われます。この戴冠式の場所がノートルダム大聖堂なのですね。フランス人にとってカール大帝の騙し打ちとも言えるローマ教皇による戴冠はその後のカトリック教会の隆盛をもたらし、それが一般人の生活の困窮とも言える中世の暗黒をもたらしたとの意識があったのかもしれません。フランス革命において教会勢力の抑圧は一つのテーマであったかと思われます。
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ブラザージャック・ルイ・ダヴィッドによるブルートゥス邸に息子たちの遺骸を運ぶ刑吏たちです。主題であるブルートゥスはローマの王国時代の共和制に移行する際に国王を追放した最初の執政官だそうです。息子たちが王政復古を企図していたため死刑判決を下し、その遺骸が自宅に戻ってきた時の様子を描いた絵のようです。ローマの共和制に当時のフリーメイスン達が多くの理想を投影していた事が考えられます。
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ブラザージャック・ルイ・ダヴィッドによるサビニの女たちです。ローマ建国の際に近隣のサビニなどの都市から女性を略奪し子供を産ませ、その女性達をサビニの男性達が取り返しに来た際にすでに結ばれて出産した女性たちが仲裁している図だそうです。新古典主義の典型的な絵柄とされるようです。
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ブラザージャック・ルイ・ダヴィッドによるホラティウス兄弟の誓いです。古代ローマの歴史家ティトゥス・リウィウスによる著書ローマ建国史中に記される逸話に基づいているようです。
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ブラザーダヴィッドによる絵なのだと思いますがどうでしょう。
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ブラザーダヴィッドによるヘクトールの死を嘆くアンドロマケです。古代ギリシアの吟遊詩人ホメロスを代表する長編叙事詩イリアスに登場する同時代のトロイアの英雄ヘクトールの戦死を嘆き悲しむ妻アンドロマケを主題とした作品です。
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ブラザーダヴィッドによるパリスとヘレネの恋です。最高女神ユノ、美の女神ウェヌス(ヴィーナス)、戦争の女神ミネルヴァの3人の女神の中で最も美しい者を選定する大役に任命された逸話パリスの審判でも著名な、トロイア王の息子であった羊飼いパリスが、美の女神ウェヌスを選んだ褒賞としてスパルタ王の娘で絶世の美女として名高いヘレネを妻として授かるパリスとヘレネを主題とした神話的歴史画作品です。
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これもちょっとわかりません。
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ドームの天井画は恐らくヤコブの大天使との格闘を描いているのではないでしょうか。
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アポロンの間があります。下が白黒のモザイクになっています。アポロンの間はルイ14世の使った品々などがあったかと思います。多くはフランス革命時に略奪されてしまったそうです。次回以降はオリエント、エジプトの関連の展示品です。解説は絵画よりさらに少なくなります。
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