2013-01-06 11:39 | カテゴリ:フランス
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
年を越してのパリ・ロンドン旅行記ですがいかがでしょうか。正月をパリ・ロンドンで過ごした方もいるかもしれません。稀にはブログを読んで現地で確認した方もいるかもしれません。まあお金のかかっている内容なのでそれなりに興味深いかもしれませんがもうすぐ終わりです。

さて日付が変わってフランス、パリ最終日です。前日はホテルのレストランで夕食を取りました。まあロンドンよりは料理が凝っているんでしょうがやはり日本人は日本やアジアで食べるのが良いようです。ダシが無い感じというのを感じました。フォンドヴォ―というのもあるんでしょうが、やはり和食や中華とは基本が異なるようです。

まあ余計な事は言わないようにしてヴェルサイユ宮殿訪問の回です。
ヴェルサイユはパリから鉄道で20分位のところでしょうか。サンラザール駅と言うオペラ座の近くの駅からわずか3駅で到着するのでぜひパリに来た際には訪問されると良いのではないでしょうか。サンマルトルの丘やモンパルナスへ行かれる方も多いのだと思いますが、私はなぜかヴェルサイユに行く事に決めていました。やはりロンドンと一緒で革命の都市であり王権の象徴を確認したかったのだと思います。

オペラ座や泊まったホテルからはサンラザール駅へは歩いて10分ほどでパリ北駅より全然近い場所でした。
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朝7時半くらいには出たんでしょうかね。これはギャラリー・ラファイエットのショーウィンドウですね。まあ凝ったディスプレイだと思います。パリらしい感じじゃないでしょうか。モナ・リザなどの肖像画を意識しているのだと思われます。
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こちらが非常に面白かったですね。ルイ・ヴィトンのディスプレイなんだと思いますが、コシノジュンコの小さなマネキンがたくさん置いてあります。パリならではと言った感じではないでしょうか。(2014/4/27訂正:コシノジュンコではありませんでしたね。草間彌生という松本出身の方で文化功労賞受賞者の前衛芸術家をモチーフとしたディスプレイでした。ルイ・ヴィトンとコラボレーションをしていたそうで、2014年にも東京新宿に記念館ができるようです。)
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これがサン・ラザール駅ですね。非常に豪華な感じの駅で、中は非常に合理的な感じにできています。1837年開業の最も古い駅だそうです。建物はいつの建築かわかりませんが、マネやモネなどの印象派の絵画にも描かれていたりと歴史は古いようです。
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出発ホームは窓口で丁寧に教えてくれました。カードでキップを買おうとしましたがうまくいかず窓口で買ったのでしたね。まあロンドンとの対比かもしれませんが、どちらもそれほど難しくはありません。ヴェルサイユ宮殿訪問とのセット割引などはちょっとわかりません。検索すると現在は無いようです。その代わりヴェルサイユ宮殿と離宮の入場のセットなどがあり、これはヴェルサイユ宮殿の方で購入するのだと思われます。乗車券とのセットは無くなったようです。
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車内はこんな感じで完全に通勤電車ですがそれほど混雑しているわけでもありません。
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これはまあ車窓の風景ですかね。
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朝焼けのエッフェル塔ですね。
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まあ同じですね。
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ちょっと珍しい光景かもしれないので全て載せていきます。
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まああんまりブログの主旨と関係ありませんね。
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どうでしょう。
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路線図はこんな感じです。日本語版ウィキペディアでも詳しく載っていました。日本人の滞在者や観光客が多いのでしょうね。
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またゴシックの尖塔があったので撮っています。
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あちらのテレビ番組のポスターでしょうかね。司祭の手にAll Seeing Eyeの刺青のようなものがあります。
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ヴェルサイユ駅です。地図があります。結局この形が再び忘れかけていたフリーメイスンリーの謎なんですね。大きな十字に3本の放射線で謎も何もないようですが一応謎です。
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ヴェルサイユではちょうどバザールをやっていたのですね。もちろんフランス語ではマルシェと言うそうです。
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まああまり見ていませんがチーズやハムなども売っていました。大体チーズやハムがおいしいのではないでしょうか。
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フランスの花壇は面白いです。小さい花が無造作な感じを演出して丁寧に計算されて植えられている感じです。
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良くあるかすみそうをアレンジした花束と言った感じに花壇の花がなっています。そういう流儀があるようです。
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こういうのは日本では見た事ありませんね。
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ルイ=ラザール・オッシュというブラザーナポレオンの最初の妻であったジョセフィーヌの監獄での愛人であった人だそうで、ブラザースタンダールの「パルムの僧院」などのフランス革命での男女の出会いの逸話になったような話ではないかと思われます。軍人として優秀でヴァンデの王党派の反乱などを鎮圧しますが、ポール・バラスの腐敗ぶりを告発して暗殺されたようです。まあ皆フリーメイスンなんでしょうが、フランス革命にまつわる人間模様は日本の神話の世界のようなおっちょこちょいと奔放で機微に長けたそれでいて明らかにイギリスフリーメイスンリーの手のひらで転がされているなんとも言い難い箱庭の世界のような逸話だらけです。まあフランス王制転覆が最大の目的であった壮大な社会実験であった事は間違いないのでしょうか。
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ヴェルサイユ宮殿前の広場ですね。遠くに見えるのがルイ十四世の騎馬像です。
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ヴェルサイユ宮殿です。
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地図ですね。
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こちらも街の地図です。まあこれらを見ると大体分かるわけですが、最初にヴェルサイユ宮殿を建築したルイ十四世とその建築家達は全てフリーメイスンリーの理念でこれら都市と宮殿を建築しているのですね。十字と上下の菱形、そしてその下部に当たる方形の庭園がそれぞれ学習すべき理念を象徴としていて、太陽信仰を中心に置き、その光明が3本の線となって民衆に行きわたるというまさにフランス絶対王政において行き着いた帝王学、イギリスのクイーンズハウスにおいて象徴されていた帝王学とほぼ同じ理念がさらに華麗で壮麗な建築として表現されているのがここヴェルサイユ宮殿と言う事になるのだと思われます。ただ実際にはフランスとイギリスの絶対王政という点ではルイ十四世の時代はヘンリー八世やエリザベス一世の時代より若干下りますし、もちろんイギリスにおいてはその後二度の社会革命を経て流血と内戦により王権とカトリックの抑圧が図られたという事で、そこが結果としてその後の急進的な改革であるフランス革命になったという事でもあるかと思われます。翻って現代の日本は社会的にはまさにフランス革命期の社会情勢のような感じなのでしょうね。誰がポール・バラスで誰がブラザーナポレオンで誰がブラザーロベスピエールで誰がブラザータレーランなのかなど興味深い話です。
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ルイ十四世騎馬像とヴェルサイユ宮殿です。天気は上々ですね。どうもこういう王権の象徴と今回の旅行の天気は相性が良いようです。
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なかなか壮麗な騎馬像です。
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ヴェルサイユ宮殿全景です。
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ほぼ対称形に近い形になっています。一部わざと非対称なのでしょうか。
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まだ時間も早いのでそれほど人は集まっていません。こちらも入場時間となるとルーヴル美術館の次に人が集まっていた印象でした。
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この辺は完全な対称形です。こういう金の使い方は中国の王宮やイスラムの建築から影響を受けているのでしょうかね。ロンドンのものとはこの辺りが違います。
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ちょっとわかりませんがヴェルサイユの歩き方みたいなポスターではないでしょうか。VVでデザインとしているのだと思われます。
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ここは良く撮っていませんが、神殿なんだと思います。床に星のシンボルがあって、一階には良く見るとAll Seeing Eyeと三角形のヤハウェの神の象徴があります。(2013/3/30追記:All Seeing Eyeはありません。YHWHを意味するヘブライ語のテトラグラマトン(聖なる四文字)יהוהがあります。)ネットで検索すればヴェルサイユ宮殿の写真としてあるかと思われます。確かYouTubeのヴェルサイユ宮殿の紹介動画では解説していました。ルイ十四世の死の数年前にはこの象徴を掲げた礼拝堂が完成していたそうです。
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ポイントの床は白黒のタイルになっています。これも微妙ですが、恐らくクイーンズハウスの建築よりも後ですし、床のタイルを革命後に補修するというのもまあありえない事ではないですが、先進のバロック建築のデザイン諸々としてルイ十四世時代からあったのではないかと思われます。つまりまあルイ十四世が王として成人する時代までには宮廷にはフリーメイスンリーの考えを持った建築家や政治家が王の周囲に数多く存在し、彼らがシンボルとして王にこれらの建築を勧めたり、帝王学としての教育を行っていたという事があった証拠なのだと思われます。その代表的人物はかの偉大なルーヴル美術館にもその名を残すリシュリュー卿やマザラン卿なのだと思われます。グーテンベルクの活版印刷聖書の再発見はマザラン卿のコレクションからだそうです。
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ヴェルサイユ宮殿の模型です。
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ブルボン王朝の家系図ですかね。ルイ十四世はまあ横須賀で言うと小泉又二郎さんみたいなもんでしょうかね。強烈な皮肉ですが。
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肖像画が続きます。ルイ十四世の愛妾などだと思います。黒ミサ事件などルイ十四世期のフランスも興味が尽きません。1666年のロンドン大火などと比べるとその文化の違い、ヨーロッパの文化風土が感じられるかもしれません。
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ヴェルサイユの建築前の風景でしょうか。ピンボケですね。
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この模型は非常によくできています。後々の庭園の解釈の部分で取り上げるかもしれません。
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ルイ十四世の銅像のミニチュアとナポレオン三世のヴェルサイユ入場の騎馬像ですね。フランスフリーメイスンリー的解釈で行けばナポレオン三世とルイ十四世の存在は非常に極めて似ているという事を象徴しているのではないかと思われます。
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やはり床が白黒のモザイクになっています。
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恐らく改修した部分もあるのでしょうが、元々こうであった部分もあったのかもしれません。いずれにしても現在はこのヴェルサイユ宮殿がフランスフリーメイスンリーの象徴である事は確かだと思われます。(どうも床のモザイクは改修はしてはいないようです。王権とフリーメイスンリーがほぼ一致していたまさに啓蒙専制君主の時代を象徴する建築のようです。)
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まあフランスではノートルダム大聖堂と並んでこのヴェルサイユ宮殿が白黒のモザイクの床が多いのかもしれません。
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どちらも王権と神権の象徴ですね。
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恐らくルイ十四世時代の重臣たちの石像が並ぶ通路です。どうもフリーメイスンらしい人物は少ないようです。革命期に相当変わったのか、もしくはルイ十四世時代の絶対王政期には逆に王権以外のフリーメイスンリーの活動は抑圧されたのかもしれません。これは専制啓蒙君主では良くある話のようです。(訂正:やはりここにある石像はほとんどがフリーメイスンのようです。ルイ十四世時代からの改変や増築があるのでしょうが、その辺の整合性は歴史という点できちんと繋がるようです。つまりフランス歴史博物館としてのフランスフリーメイスンリーの歴史博物館と言う意味であるようです。)
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アンリ・フランソワ・ダゲッソーの石像です。ブルボン宮の前にもあったかと思いますが、フリーメイスンだと思われます。基本的にはパリもロンドンのウェストミンスター宮殿付近と変わらず石像や銅像がある人物は皆フリーメイスンのようです。
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これは誰でしょうねえ。
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こんな感じです。なんせ電気のない時代ですからガラスを使って屋内に光を取り込むという事が非常に先進的であったのですね。
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これも恐らくフリーメイスンなのでしょうね。誰かはわかりません。
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中庭の装飾でしょうか。
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フリーメイスンリー博物館でくつろぐ人々でしょうか。
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似たような天井画がフランス大東社のグランドロッジにもありましたね。
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ルイ・フィリップの時代に歴史博物館として改修されたそうです。ブルボン朝はそうして幕を閉じたのですね。
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バッキンガム宮殿とは異なる若干寂れたようなそれでいて永続的な安定感、信頼感を与えるような場所となっています。
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絵画もやはりフランス的で優美な線と写実的な面が合わさった、イタリア半島のものとブリテン島の間な感じでしょうか。
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騎馬のルイ十五世でしょうか。
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まあ華やかですね。バッキンガム宮殿の厳粛な感じとも対称的で面白いです。
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これはルイ十四世ですね。太陽王と自称していましたが、太陽王という名称は子供のころに自身が出演したバレエで太陽神の役をやったからであるそうです。まさにフリーメイスンですね。帝王学をそのまま実践した人物であったという事です。
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ルイ十六世でしょうか。
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ここからが有名な鏡の間ですね。まあイルミネーション全盛の現代ではがっかりする事はこの上ないわけですが、夕陽が差し込む際の夕方にかけてはロウソクの炎だけでは得られない明るい時間が得られたのではないでしょうか。ちょうど舞踏会や夕食会が始まる時間であり、そういう催しものに向けて必須の演出であったのでしょうね。まあ日本では障子紙と戸板の時代ですからね。気候が違うとは言え文化、文明の差異は感じずにはいられません。
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鏡の間ですね。手ぶれしています。
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朝方なので暗いのですね。訪問するのであれば夕方か午後が良いようです。
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窓からの風景です。
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透かしたところですね。ワシントンのリフレクティングプールの原型があるようです。

まあ結局このヴェルサイユ宮殿の謎はルイ十四世がフリーメイスンであったという証拠を確認するという作業になるわけですが、まあこのブログを読んできた人は理解できると思うのですね。太陽王ですから。
そしてまあそれを暗に説明しているのがこのヴェルサイユ宮殿の観光施設としての役割なのですが、どうでしょうか。ワシントンD.C.のワシントン記念塔のようにフリーメイスンリーを理解するための施設として良いでしょうか?ルイ十五世なども天然痘で亡くなっていたりと相変わらずフリーメイスンリーにまつわるような逸話には事欠かないこのブルボン王朝最後の3代ですが、後に解説しようと思うエリザベス一世はフリーメイスンであったかどうかというテーマとも重なって、このヴェルサイユ宮殿の項目ではルイ十四世がいかにフリーメイスンであったかというところにポイントを絞って解説していこうと思っています。もちろんエリザベス一世がそうであったという話と同じレベルで、現在のフリーメイスンリーとはまた形式や状況的には異なるが、フリーメイスンリーの理念に基づいた生き方であったかどうかという点に基づいた話となる事はご承知願いたいところです。

欧州の王室とフリーメイスンリーとの関係については以前も触れた湯浅慎一氏の「秘密結社フリーメイソンリー」にこれでもかという位主にやはり大東社系の文書を出典として描かれていましたが、基本的にこのブルボン王朝最後の三代のルイ十四世からルイ十六世までは異なると記していましたが、これはもちろんフリーメイスンリーに対する理解が極めて浅いものから来るものだと思われます。

秘密結社フリーメイソンリー秘密結社フリーメイソンリー
(2006/12)
湯浅 慎一

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フリーメイスンリーの始原をテンプル騎士団やソロモン宮殿の建築者、果てはピラミッド建築の石工にまで求めるのはやはりフリーメイスンリーの本質を儀式や書物や記録だけではなく、その残された建造物や様々な社会情勢から総合的に求める姿勢から必然的に至る結論であり、イングランドにおけるフリーメイスンリーの一つの標準点として1717年のグランドロッジ結成を据えるのは多くの人が同意するところな訳ですが、もちろんそれ以前に思索的メイスンリーに至る1666年のロンドン大火などの事象があるわけで、それらにフランスで当たるのが啓蒙専制君主であるとはいえユグノー戦争などの混乱後のフランスを安定に導いたルイ十四世になるのだと思われます。少なくとも明確にシンボルを伴って現在に残された建築として存在するものがこのルイ十四世が残した最大の建築であるヴェルサイユ宮殿とその街並みであるという事なのだと思われ、それが実際明らかなフリーメイスンリーの思想を表現しているものである以上は彼の時代からフランスフリーメイスンリーが始まっていると考えざるを得ないと思われます。彼の70年以上の治世がもちろんその後のフランス革命によるイギリスのヨーロッパ覇権の揺籃であったとする考えもできない事は無いでしょうが、王権を持つものとしてその後のルイ十五世、ルイ十六世の治世を見るまでも無く、必然的にフリーメイスンリーとの接触は避けがたいものであり、本人が積極的にそれを取り込んだか発展させたかは言うまでも無く、その時代の王として生まれた人間としてフリーメイスンリーに必然的に力を注いだ事は否定しがたいかと思われます。

YouTubeの動画などで取り上げた音楽家の一生などとも相まって、そういう時代の欧州、啓蒙思想の波の中で多くの王や音楽家、画家、作家などがフリーメイスンとなっていったのは必然であり、それにまつわる折れた石柱のシンボルで表現される夭折の事実があったのもまた事実なのだと考えられます。それがまた今日の3.11後の日本の現状を考える上での説明になるのかと思われます。

ヴェルサイユ宮殿はその3までやってその後再びルーヴル美術館を巡ってこの旅もおしまいです。
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