2012-02-06 15:29 | カテゴリ:横須賀
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
中央公園の謎

こう書くと三笠公園のようにいろんな謎が込められているように思うかもしれませんが、単純に中央公園の存在自体が謎と言うだけです。たぶんこれは多くの訪れた人が思う感想なんじゃないかと思います。




中央公園からの猿島の眺め ペリーアイランドとブラザーペリーは名付けたそうです。
見るからに謎のモニュメントですね。書いてある説明も全く謎だらけです。(追記:当時の市長は横山和男さんと言う方で三笠公園の整備やYRP野比の開発を行い、広島県出身だったようです。5期20年にわたり横須賀市長を務め、1993年が最後の年で、広島の原爆投下に関して非核宣言都市のモニュメントが悲願であったようです。)
一つ関係ありそうな気がしたのはソ連の国旗のハンマーと鎌でしょうか。


ハンマーは直接はフリーメイスンリーのシンボルではありませんが、ガベルと言って同じ形の木槌になるとフリーメイスンリーのシンボルです。木槌のガベルはロッジでWorshipful Master(ロッジの主宰者、選挙で選ばれる)が開会や閉会、議決を取るときに音を鳴らすもので、もともとはノミ打ちの木槌だと思います。恐らく金槌でも石材を直接たたく役割でシンボルになるようです。いずれにしてもソ連の国旗ではあくまでHammerでありGavelではないようです。また鎌もSickleといって手鎌であり、Scytheとなると大鎌でよく悪魔が手にしてる図柄で有名なものですが、あちらはフリーメイスンリーのシンボルとなり魂の収穫として、死や生きている時間が短い事を象徴するようです。
いずれにしても東ドイツの国旗の六分儀と同じように、フリーメイスンリーのシンボルとそっくりでありながら名前や定義がわずかに異なり、シンボルではないという形になるようです。
この中央公園のモニュメントもそういうことで、何やら横須賀で最大のモニュメントでありフリーメイスンリーの関わりがあるのかなと思いきや実は一切ない、イメージとしてはソ連のハンマーと鎌が一緒になったようなものなのではないかと思います。このモニュメントができた1993年には既にソ連も崩壊して無くなっている訳ですが、東西冷戦の存在が横須賀が基地の町として存在意義を発揮した理由でもあるでしょうから、何らかの関連があるものと思われます。共産主義の成立や、共産革命にもフリーメイスンリーが関わっているようによく言われますが、公式には関係ないようです。(追記2/21:レーニンはドイツで一応入会し第一階級まではいったようです。これはかなり現代史的には重要な情報だと思うので深く追求しないようにしてください。)
ちなみに現在のロシア軍旗は下のようだそうです。


双頭の鷲でスコティッシュライトを意識しているのかもしれません。もともとロシアの国章だったのでしょうね。


岡田屋モアーズの二つのピラミッドが目立ちますね。
中央公園自体は梅と桜と松の木がたくさん植えられている感じでしょうか。衣笠山とよく似た感じです。


これはよくわかりません。(追記:平和モニュメントの解説のようですね。)


ブラザーデッカーの胸像 横須賀の基地司令官を長く務め、日本人と協力して横須賀市の再建に貢献したそうです。詳しくは

黒船の再来―米海軍横須賀基地第4代司令官デッカー夫妻回想記/ベントン・ウィーバー デッカー
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を銅像。ブラザーデッカーは色々日本を周遊して回ったようです。息子さんが後に岩国基地で墜落して亡くなったりしているそうです。胸像はもともと市役所の前のあたりにあったようですが再開発でこの公園に移ってきたようです。


ご本人はフリーメイスンなんでしょうが、あまりこの胸像自体はフリーメイスンリーとは関係なさそうです。


戦没者慰霊の塔
戦前戦後も含めて現代につながる以上、なかなか史実は描かれなさそうです。
(追記:デッカー司令官は深田台にあった横須賀市民病院の整備にも力を入れたそうで、結局横須賀市民病院は一連の炎上事件の結果長坂に移ったようです。なかなか恐ろしいですね。)


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