2012-02-10 09:17 | カテゴリ:横須賀
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
パーフェクトアシュラーの話はとりあえず引き延ばして、非常に個人的な横須賀についての感想をフリーメイスンリーに関して述べさせていただきます。

私が初めて横須賀に来たのは確かJR横須賀駅からどこかへ遠足みたいに行った事か、JR久里浜駅からフェリー乗り場か何か用事かで行った事があった事が最初だったと思います。横須賀が港である事は知っていましたし、三浦に行く途中で通ったりしたこともあったと思います。

小泉さんは高校生の頃町のポスターで知りました。知っている人の名前とほとんど一緒だったのでそんな人がいるんだという意識でした。

初めて京急線で横須賀中央まで来たのが大学時代でした。京急線に初めて乗ったのが高校時代でその頃の能見台だったと思いますが駅を降りてびっくりした思い出があります。横須賀中央に来たのはソフトバンクの派遣で東芝の電球をラオックスで売る仕事でした。JR横須賀駅の印象しかなかったので横須賀中央を見てまたびっくりしました。どぶ板通りの端っこにあったカバン屋さんが閉店セールをしていて、当時イチローが使い始めていたdj hondaのカバンを格安で買った思い出があります。

世の中もバブル経済、昭和から平成、冷戦終結、湾岸戦争、イラク戦争、テロとの戦いと大きく変化し、身近でも都市化、地球温暖化、個人主義、メディアの発達など変化の兆しはいたるところで進んだ時代でした。

その中で横須賀におけるフリーメイスンリーのシンボルはどのようなものであったのかと考えました。わたしが個人的に最も好きで恐らく多くのライオンズクラブやロータリークラブの方々も好きであろうシンボルは大楠山のらせん階段の展望台ではないかと思われます。いささかの陰りもなく、日本の自然と牧歌的な田舎の良さを体現し、象徴するものではないかと思います。しかしそれ以外の三笠公園や三浦海岸のずれたピラミッド、中央公園のそれらや横須賀美術館のものに至るまで、横須賀のフリーメイスンリーのシンボルにはどことなく呪詛やいま生きる人間たちの恨みの感情を感じさせるものがあります。フリーメイスンリーの教えでは光を求める事が一つの使命であるという命題がありますが、光は常に闇から生じ闇を照らすことで光があるのです。それはすなわち光あるところには闇が必然的にあるという事でもあります。

人間の心の中や人間社会には常に闇があります。それは意識や言葉が始まり、ものを考える人間として始まった時から自覚されるものです。横須賀の闇、それはフリーメイスンリーにとっては一つの日本全土を見る際の同じモデルケースなのだと思われます。日本人の心の闇、日本社会の闇、そういったものを照らし明らかにしていくことで、心を明るくし、社会を明るくしていくことがフリーメイスンリーの日本における役割であるかと思われます。

智恵の力、言葉の力、考える事の大事さ素晴らしさ、それらを新たに感じさせてくれるのがフリーメイスンリーの側面でもあります。またそれらは行動することが考えるよりも大事とする気風の横須賀のものとはやや異にするものでもあります。確かに開国の地において吉田松陰や福沢諭吉など先人たちは考えるよりも行動すること、恐ろしがるよりも試してみる事で結果として名声や名誉を残すこととなりました。しかし果たして彼らの成した事は世界で評価されるものでしょうか。日本で永遠に評価され続けるものでしょうか。わたしの知る限り行動しなかったユダヤ人で記述の残された人はいないでしょうが、ものを考えずに行動だけして評価された人はいません。ものを深く考え発言し評価するのがユダヤ人でしょう。

シンボリズムは一つの行動だと思います。言葉と一緒かそれ以上の言葉であります。しかしそれは多くの考えと考証、明確な認識に基づいていなければなりません。横須賀のシンボリズムにはそれらが弱いと思います。それを最も表しているのはYRP野比のものと中央公園だと思います。大楠山のものは出来が良すぎたのだと思います。そういう事はよくあります。

実際横須賀ロッジには日本人はわずかしかいません。世界の人々は良く勉強しています。日本人もかつては良く勉強していたかと思います。ロッジの扉を叩くのはあなた自身です。


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