2013-08-13 11:01 | カテゴリ:アメリカ
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
原爆投下については事前に日本政府に情報が伝達されていたなど様々なこの時期に関する陰謀論や暴露本的な本に書かれていたりしますが、9.11テロやそれ以前の真珠湾攻撃の日米開戦など世界史を変える大きな出来事にはそれぞれ様々な秘話が付きものであり、後世の人間はそれらをすべてひっくるめて歴史として認識するほか無いものかと思われます。
恐らく信頼できる情報としては原爆投下の約一か月前ほどにインド地域でイギリス政府から日本本土に新型爆弾の使用が予定されているといった情報が日本に伝わる形で伝達されていたというもので、当時は日本全土が連日空襲にさらされている時代であり、新型爆弾の威力自体についてはほぼ未知のものであり、当時に放射能や原子爆弾について知識があったのは限られた人間であり、ある程度予感や予期したものがあったとしても現実的には全く新しい惨劇であったというのが実際であったかと思われます。
当時のエピソードとしては広島の相生橋の目標投下地点となった場所がT字型で、実際に爆心地となった医院の院長だけは往診で爆心から離れており被爆を免れたとか、三笠宮殿下が山を挟んで反対の陸軍の大本営にいたとか、まあほぼ現在では大方の原爆投下への流れの概要は出尽くしているようです。参考となるQ&Aがありましたのでリンクしておきます。



ナショナルジオグラフィックの動画を置きます。

また長崎の原爆投下に関してはもちろん当時の日本で最もキリスト教徒が存在した地域をほぼ爆心地に含んだ形で投下が行われ、それが公式には小倉への投下が天候不良から行われず第二目標の長崎が選ばれ、なおかつ目標地点である中心地ではなく浦上地区の直上に投下されたというなんとも腑に落ちない理由付けが行われていますが、もちろん日本のキリスト教徒が日独伊三国同盟も含めて大政翼賛体制の中で全体主義の一翼を担う形となり、ブラザーデッカーが考えたような民主主義と自由の確固たる信念の元としてのキリスト教思想にはなりえなかったという現実が背景にあるかと思われます。ブラザーデッカーの回想録でも戦後の日本のドイツ人に関する記述がありましたが、敗戦直後の日本においてカトリックやプロテスタントの対立を含んだドイツ系外国人と英米系外国人の間の戦後の清算のごとき凄惨な事件も数多くあったようです。
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こちらについても参考となるブログがありましたのでリンクしておきます。

長崎の原爆投下に関してはフィルムが存在します。

さてそういうわけで本題の広島に原爆投下を行ったB-29爆撃機のエノラ・ゲイの謎になります。
まず前提として広島と長崎への二つの原爆投下の事実についてそれぞれの時刻や出撃機、搭乗員について見ていきます。

広島への原爆投下 1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分

エノラ・ゲイ号(原爆投下を実際に行った機、機長のポール・ティベッツの母親であるエノラ・ゲイ・ティベッツの名前から命名された。)
機長 ポール・ウォーフィールド・ティベッツ・ジュニア 1915年2月23日 - 2007年11月1日
電気回路制御・計測士 モリス・リチャード・ジェプソン 1922年6月23日 - 2010年3月30日
リトルボーイ(広島に投下されたウラン型原爆の名前)
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グレート・アーティスト号(原爆投下の科学観測を行った機)
機長 チャールズ・W・スウィーニー  1919年12月27日 - 2004年7月15日
爆撃士 レイモンド・カーミット・ビーハン 1918年8月9日 - 1989年3月9日
同乗した物理学者 ルイス・ウォルター・アルヴァレズ 1911年6月13日 - 1988年9月1日(マンハッタン計画に参加して爆縮レンズに使用する起爆電橋線型雷管を開発した。1968年、水素泡箱の利用による共鳴状態の発見など、素粒子物理学への貢献によりノーベル物理学賞を受賞した。1980年、地質学者である息子のウォルターと白亜紀から第三紀の境界の粘度層に含まれるイリジウムの濃度が高いことを見出し、隕石衝突による大量絶滅の説を発表した。)
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長崎への原爆投下 1945年(昭和20年)8月9日午前11時02分

ボックスカー号(原爆投下を実際に行った機、通常の機長のフレデリック・ボックの名前から命名された。)
原爆投下時の機長 チャールズ・W・スウィーニー  1919年12月27日 - 2004年7月15日
原爆投下時の爆撃士 レイモンド・カーミット・ビーハン 1918年8月9日 - 1989年3月9日
ファットマン(長崎に投下されたプルトニウム型原爆の名前、シンマン(痩せた男)というそれ以前のプルトニウム型原爆が開発中止となりファットマンに移行した。ブラザーフランクリン・ルーズベルト大統領とブラザーチャーチル首相にそれぞれちなんでいる。)
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グレート・アーティスト号(原爆投下の科学観測を行った機)
機長 フレデリック・カール・ボック  1918年1月18日 - 2000年8月25日
同乗した記者 ウィリアム・レオナルド・ローレンス 1888年3月7日 ‐ 1977年3月19日(ニューヨークタイムスのユダヤ人記者でマンハッタン計画でのトリニティー実験も見学した。二つの核爆弾の目撃と記録からピュリツァー賞を二度受賞した。核の時代という言葉を作ったとされる。)

まあ相変わらずウィキペディアの情報を抜粋したわけですが、原爆投下都市として選ばれた理由は広島が軍都として軍需工場や司令部が存在し、かつ人口も多く空襲をまだそれほど受けていなかった事、山に囲まれた地形になっていったことなどが挙げられるようです。長崎はいわゆる小倉の第二候補地として挙げられ続けたようですが、上述したように宗教的なシンボルとして戦後統治を含めた目的があったものと考えられます。その他の候補地としては横浜や新潟、京都があったそうですが、横浜は原爆投下候補から外れた翌日に横浜大空襲を受けたそうで、新潟は長崎の投下後に原爆投下の噂が流れて疎開しているそうです。実際には第三の原爆投下目標は京都であったそうですが、8月15日のポツダム宣言受託をもってプルトニウムはテニアン島に運ばれなかったそうです。
さてまあそこでフリーメイスンリーのシンボリズムですが、もちろん時刻のシンボリズムは良いかと思います。広島で8時15分に落とされたのはその後の8月15日を連想させるかと思いますし、ちょうど天気の良い朝で日本人が皆外に出ることを予想した時刻であったかと思われます。長崎の11時2分は建国記念日の2.11のシンボリズムと同じでありユダヤ教を連想させるものであると同時に浦上天主堂の聖母被昇天のミサに向けた秘蹟の儀式を執り行っていた時刻であるそうです。日付はそれぞれ3の倍数なんだと思います。
搭乗員で明らかにフリーメイスンというのは分かりませんが、ウィキペディアでも搭乗員の具体的な行状についてはリンクが無いのが現実で、恐らく機長の方たちはフリーメイスンになったのだと思われますが、数十万人の民間人の命ととその後の被爆者の原爆症の災禍があることを考えるとこれが現実のようです。ウィキペディアに項目がある方で誕生日と忌日のシンボリズムがありそうな人と、その他同乗者でフリーメイスンリーに関係してそうな方を挙げました。基本的に原爆投下に関わった軍人は長命な方が多いようです。
エノラ・ゲイの機長のポール・ティベッツの忌日の2007年11月1日というのは一つのかなり分かりやすいシンボリズムだと思われます。またリトルボーイの安全弁を持っていたというモリス・ジェプソンの1922年6月23日 - 2010年3月30日というのもかなり珍しいほどのシンボリズムとなっています。恐らくこの二名の方はフリーメイスンなのでしょう。また長崎で原爆投下機の機長であったチャールズ・スウィーニーの誕生日も1919年12月27日と福音記者ヨハネの祝日でありフリーメイスンかと思われます。同乗したニューヨークタイムスの記者や物理学者がそれぞれピュリッツァー賞やノーベル賞を獲得し、それぞれ重要な功績を残されているところも注目に値するかと思われます。
原爆の名前に関してはウィキペディアの内容をコピペしましたが、そこから考えるとリトルボーイはどう考えてもブラザートルーマンを意味するかと思います。身長175㎝ほどでそれほど平均から比べて小さいわけではありませんがそういう印象を持たれる方であったのかと思われます。
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さてここから問題のB-29の名前についてです。どちらの投下でも観測機として働いたグレート・アーティスト号は明らかにフリーメイスンリーの至高の存在であるGreat Architect偉大なる創造主をもじっているかと思われます。爆撃士の愛称から付けられたとありますが詳しい経緯は分かりません。また長崎で投下したボックスカーは箱という意味で聖櫃やパーフェクトアシュラーを連想させるのだと思われます。
最後の本題のエノラ・ゲイですが、これに関してはウィキペディアで解説がなされています。

でこのブログの意味になるわけですが、まあ要するにFacebookでフランス人のブラザーが投稿していてその内容なわけですね。原文をコピーしなかったので流れてしまったわけですが、インターネットで検索しても出てこないので恐らく原典に当たる事は出来ないかと思います。それぞれこれだけ意味のあるシンボリズムを配して第二次世界大戦を終戦に持って行き、その後の東西冷戦を構築していく中で象徴的な飛行機の名前が単なる機長の母親の名前で意味が込められていないという事はありうるのでしょうか。
まあそこまで考えなくともEnola Gayに何か意味が込められていると考えるのはかなり普通かと思いますが、なかなかそういう確実な話はこれまで聞いたことがなく、私もこの話を見たときはちょっと眉唾ものと思い恐らく陰謀論の作り話の話のようなものでブログにする内容ではないと思いましたが、それなりに周辺も調べてみて結局記事としました。
Enola Gayを逆につづるとYa G Aloneとなり、Yahweh God Alone ヤハウェ神のみの意味になるという事が投下直後にロンドンのイスラエル共和国新聞というようなユダヤ系の新聞に載っていたという投稿でした。私も懐疑的であり、他のフリーメイスンも懐疑的なコメントを寄せたりしていましたが、全体で考えるとそういう含意で機長がそもそもそういう逆さ綴りの意味を込めて命名していてそれを知って恐らくブラザートルーマンかユダヤ系の人物が選んだのだと思われます。まさにユダヤ系の科学者や政治家、英米フリーメイスンリーが総力を結集して行ったマンハッタン計画、ニューヨークのマンハッタンの建設もニューアムステルダムから1666年の奇跡の年の英蘭戦争後の領土の割譲であったわけですが、そういう壮大な計画の最後を締めくくるにふさわしいエノラ・ゲイの謎であったと思われます。
YAHWEH_blue_sm1.pngYHWH Lightning Yahweh 20

宗教的寛容と厳密さは表裏一体であり、日本のような多神教やキリスト教から遠い世界は基本的には一神教の投影などと定義され、厳密に一神教であるところからの派生であると理解されます。それがまたシンボリズムではGloryの表現ともなるわけです。そういう世界宗教への道筋を整えるのもまたフリーメイスンリーの一つの側面であることは間違いなく存在するのです。
(2013/8/30追記:二発の原爆というのも日本の象徴という意味があるものと思われます。ツインタワーの象徴と9.11テロの意味がまた繋がるのだと思われます。)
(2014/8/6追記:Ya G Aloneの元ネタとなるブログがありました。)
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