2013-10-13 08:06 | カテゴリ:スコットランド
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
本日は横須賀で3回目となる魔笛の記念すべき公演日で恐ろしいほどの天気となっているわけですが、また恐ろしいほどの台風で葉を痛めつけられたヴェルニー公園の薔薇は手入れの甲斐あってなんとか一度は満開になりそうな気配ではありますが、去年の今頃はちょうど秋薔薇のローズフェスタが行われていた時期で、恐らくこのままいくとちょうど10月20日頃の秋のベース開放であるみこしパレードの頃に薔薇もいい見ごろになるのではないかと思われる、大きなマンションも立ち、これから人が増えそうな雰囲気があるここ横須賀です。(書き出しが10月12日だったのですね。)

というわけで何やかやでまたもやボランティアブログとなった当ブログですが、スコットランドの旅はまだまだ中盤で、メインであるフリーメイスンリー歴史学会のアブストラクトの翻訳や解説はまだまだ到達しておらず、長い夏休みから明けた如くブログ作成を進めなければならない状況のようです。

で今回の場所はロイヤルマイルズでもっとも目立つ建物であるセント・ジャイルズ大聖堂なわけですが、前々から言っていた通りこの建築が恐らくスコットランドエディンバラの最大の謎、まあ要するにフリーメイスンリーのシンボルが教会の一番上に示されているという事なわけですが、まあそうなるといわゆる長老派教会、プロテスタントというのは結局全部がフリーメイスンリーと一緒なのという話になるわけですが、まあ実際はそういう事なのでしょう。そうすると結局フリーメイスンリーがカトリックと対立関係があるとか、アメリカはフリーメイスンリーが作った国であるとか、イギリスはフリーメイスンリーの発祥の国だとか、ドイツも実はそういうフリーメイスンリーが盛んな国だとか、フランス革命はフリーメイスンリーが関わっているだとかそういう話も非常に分かりやすくなるのではないかと思われます。またフリーメイスンリーはユダヤ教であるとか、フリーメイスンリーは友愛団体であるとか、実は組織ではないとか、規則や罰則は無く個人の信条だとかそういう話も非常に理解しやすくなるのかもしれません。プロテスタントの方々が素朴に感じた、どうも聖書の神は沢山いたり一神教になったり性格が変わったり、どうも聖書は書き手がたくさんいそうだったり、歴史書だったり創作話のようであったりといった、いわゆる自由な読み手の読後感がそのまま宗教的寛容やそれでいて聖書の統一したテーマである、この世の運命論やいわゆる予定説といわれる神と人間の存在の関係性が感じられ、それらはまたユダヤ教徒が長年かけて培ってきたユダヤ教の教えともまた非常にリンクするものであり、それらがまた旧約聖書や新約聖書に隠されたあからさまに語られない知恵や真実の探求へといざなうものでもあったのかと思われます。

フリーメイスンリーの教えや勉強法はそのほとんどがキリスト教とユダヤ教からとられていて、最終的には聖書の引用や解釈と密接に関わっています。日本では今年は伊勢神宮の式年遷宮や、出雲大社の遷宮などもありましたが、古来からの伝統宗教である仏教や神道が宗教的基盤のほとんどでありながら、実際には明治時代以降日本にやって来たこれらフリーメイスンリーの知恵によってもたらされた科学技術や民主主義社会の考え方に基づいてほとんどの生活が行われるというまさに和魂洋才を体現した形となっているかと思われます。仏教や神道の考え方も確実に内包するのが聖書の知恵やキリスト教、ユダヤ教の知恵であり、それらがまた宗教的寛容としてフリーメイスンリーに表されているものであり、真の文明化、日本人自身が真似ごとではなく作っていく文明化社会を築くにはやはりこうした旧約聖書、新約聖書の知恵を自らのものとしていかなければならないと私は考えています。
宗教的寛容とはすなわち自由だと思います。自由とは自ら選択する自由であり、何かをしない自由とともに選択するために十分に理解したうえで選択する事ができる自由であるかと思います。日本人は西洋文明の根幹にあるキリスト教やユダヤ教について無知であります。無知でありながらその表層にある科学技術や社会制度を否応なく取り込み、自らそれを自由と称してそれでありながら伝統宗教に固執しキリスト教やユダヤ教について無知であろうとしています。これは要するに真の自由ではなく無知に囚われた精神的な囚われ人であるのだと思われます。やはりフリーメイスンリーの教えを正しく理解するには聖書に触れる事は必要であり、それら宗教についての自由度が日本は圧倒的に低いものかと思われます。いわゆる日本教と呼ばれるような全体主義的発想は未だにこの国を覆っているものがあるかと思われます。伝統や既存の社会と調和して個人の倫理観や社会性を高める宗教的価値観がフリーメイスンリーで求められる無神論者でないことの条件であり、それはまたどの社会においても人間個人を評価する上での大前提となる倫理観や行動の規範であり、今日の日本においてそうしたユダヤ教やキリスト教から得られた科学文明の生活と神道や仏教における宗教的価値観の矛盾のひずみは相当なものがあるかと思われ、それらを修正する大きな鍵となる知恵がこれらフリーメイスンリーの知恵と呼ばれる、聖書に基づいた教えなのだと思われます。

とまあ能書きを垂れましたがこのブログを書き始めて最初から一貫して同じことを書いていますが、恐らくほとんどの人はそのままだと思われます。ロスト・シンボルが日本で売られ始めたときに新書が山積みに売られていて、その後古本屋で驚くほどの安い値段で大量に売られていた事を思い出します。日本におけるルネサンスとも言える聖書文学とも言える聖書を読む事の普及にはまだまだ時間がかかるのかと思われます。それと恐らくリンクするのがロスト・シンボルの映画化の話であると思われ、これは結局古の知恵とされるものがどのようなものかという理解が浸透した度合いを測っているところなのではないかと思われます。前作のダヴィンチ・コードの本も読みましたが、あれだけでも10年前ほどなのですが隔世の感がありました。日本でも急速に変化は始まっていると思われます。知は力なりというのは知識についても知恵についても言っているわけで、フリーメイスンリーが本読みの愛好家団体というのも確実なものであって、インターネットはその為の強力なツールであり、こうしたブログもそれらのためのものであり、世界で最高のベストセラーである聖書はまず必読の書である事は間違いないでしょう。

ではその宗教改革の聖地であるエディンバラのセント・ジャイルズ大聖堂の様子を見ていきます。(追記:セント・ジャイルズ大聖堂は宗教改革で重要な役割を果たし、カルバンに師事したジョン・ノックスの遺骨が埋められた場所だそうです。A級戦犯の骨じゃないですが、お墓の場所というのも大事なことです。)
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入り口の写真ですね。3つの三角形が認められます。
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内部の全景です。12世紀ころに最初に建築され、現在のものは15世紀の火事の後の改築したものだそうです。12世紀というと日本では鎌倉時代となるのでそのころから残った建築というと日本では鎌倉大仏位でしょうか。手前の天使は寄付金受けの形をしています。ブルーの天井なのも印象的でしょうか。
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確か内部の写真を撮るのに2ポンド程かかったかと思います。こちら側はスコットランドの聖人や歴史上の人物、美の女神や正義の女神などの像のステンドグラスでしょうか。
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これは聖ジャイルズの銅像かと思われます。フランスを中心に活動した聖人で、やはりライ病の治療を行っていたそうです。まあ当時隔離しか対策が無かった時代の治療かと思われます。
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正面部分のステンドグラスでしょうか。図柄は良く分かりませんが、比較的新しいもののようです。
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大聖堂の中心にある祭壇です。明らかにパーフェクトアシュラーの形をしています。ロウソクが二本ありますが、これが三本あったら完全にフリーメイスンリーの3つの小さな光になりますね。どこかから三本目を出してくることもありそうです。
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新約聖書のイエスの宣教の過程を表したステンドグラスでしょうか。
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ユニコーンが左右に配置された紋章があります。スコットランド王室の紋章でしょうか。
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これも新約聖書のシーンでしょうか。
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シンボルとしての太陽が目立つ、三人の聖人を賞讃した碑でしょうか。
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最後の晩餐とゴルゴダの丘へ向かうキリスト、磔にされたのちに復活する様子が描かれているようです。
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これも全てのステンドグラスを撮ろうとしたんですが、やはりカメラが駄目ですね。
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これもキリストの宣教の様子のようですが、ほかの聖人の様子かもしれません。
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パイプオルガンが非常に立派です。
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アーサー王伝説みたいなのを描いているのでしょうか。これだけフリーメイスンリーが集まっているところの大聖堂のステンドグラスですから、様々な寓意が相当に込められたものかと思われます。良く知っている人や解説書に教わると非常に面白いのでしょうね。
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パーフェクトアシュラーと青天井は非常に素晴らしい構成となっています。
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All Seeing Eyeのような円蓋でしょうか。この上に王冠の形をした屋根があるようです。
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この後のセントアンドリュースの教会もそうですが、長老派教会は良く六芒星が目立つようにあるのが普通であるようです。カトリックだとそれだけでカトリックと反対になるようですが、プロテスタントではやはり六芒星がポイントなのですね。まあいずれにしてもみなさん旧約聖書を読んでください。内部にはΧΡとアルファオメガのシンボルがあるようです。
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これもシンボリズムですね。ロバート・ドゥ・ブルースの心臓とは限定されないのだと思われます。信仰や良心、心性の象徴なのでしょうね。
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(追記:検索するとフリッカーに2010年8月のアップロードでありました。そのままステンドグラスの枠内で読むとIn corporation of Wrights. Waru's chapel Masons.でしょうか。職人の協力の元に。Waru'sは恐らく世界中の教会のメイスンの元に。という意味かと思われます。つまりプロテスタント長老派教会の中のフリーメイスン達の協力の元に作られたという事かと思われます。宗教改革以前はカトリックの教会であったことを考えれば、そこにフリーメイスンリーのシンボルがある事はそういう宗教改革の血の歴史を乗り越えた人類の啓蒙の歴史そのものを示しているのかもしれません。)
これがそのセント・ジャイルズ大聖堂の高みに位置するフリーメイスンリーのシンボルですね。あまりフェロークラフトだとかエンタードアプレンティスとか関係ないのだと思われます。シェブロンに三つの塔、青字もイングランドグランドロッジの紋章かと思われます。教会とフリーメイスンリーが協力して王冠を支えるという構成がこのセント・ジャイルズ大聖堂の構成なのですね。
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大天使がホタテの貝をもった恐らく募金用の像なのだと思います。洗礼盤とかではないかと思われます。かつては洗礼盤であったのかもしれません。
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天井が素晴らしいですね。青天井に五芒星の星は完全にフリーメイスンリーのシンボリズムに則っています。
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再びロイヤルマイルズです。369の番号もロッジの場所のようです。
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これもシンボリズムがありそうでとったのだと思います。少なくともドクロはそうですね。
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ジェイムズ・ブレイドウッドという1800-1861の方で、エディンバラで世界最初の消防団を組織した方のようです。(追記:もちろんフリーメイスンなのだと思います。あまりに当たり前になり過ぎたためでしょうか。一応このブログの存在意義なので追記しておきます。)
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大聖堂の裏側のユニコーンの像の下のところですね。三匹のライオンを撮っているのですね。良く見ると小さなガーゴイルもあるようです。
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アダム・スミス像の後ろの鋤です。まあ要するにヨークライトのシンボルのようです。ヨークという場所も興味深いです。
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アレクサンダー大王が馬を引いている像だと思われます。新しい王子の名前にも入っていましたね。
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これはウェイバリー駅の男性用トイレですね。非常に用がたしやすかったのでつい写真に撮ってしまいました。こういうのが英国でしょうか。
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ウェイバリー駅は大規模改修中でした。恐らくそういう感じになるんでしょうね。
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一番上の鉄道でセント・アンドルーズに向かいます。

さて横須賀でも魔笛が上演され文化都市として面目を躍如した感じかと思われますが、実際満席というわけには行きませんし、オペラを幼児に見せようというのはかなりチンプンカンプンなんではないでしょうか。閉幕後に拍手が10分もあるのは素晴らしいですが、なんとも横須賀の歴史の成すが故のようで、以前横浜で見たときとは意味合いが異なり過ぎてなんとも複雑な心持にさせられました。帰っていく出演者のバスも心持ち複雑そうな雰囲気でしたでしょうか。このブログでも書いた魔笛の意味合いの説明の3の強調を日本語で出演者がやっていましたが、オペラ全般の意味合いというところで、なかなか実際に芸術劇場とオペラ自体が横須賀に馴染むようになるのは相当時間がかかるかと思われました。やはり是非個人的には横須賀で蝶々夫人のオペラが見たいものだと思いました。かつての衣笠病院、市民病院、聖母の園の火事の際には、聖母の園で蝶々夫人のオペラの制作に協力した駐イタリア大使の奥さまが亡くなられたそうで、さらに火事になった日が蝶々夫人のオペラの初演日であったという事もあるそうです。まあ未だに偏見と無知と浅慮が街を覆っているような横須賀ですが、失敗は失敗と認め、それができないようであれば黙っているというのが必要なのではないでしょうか。小泉さんの訳の分からない発言もありますが、郵政民営化も含めて失敗が認められないようであれば黙るか去るかしかないのではないでしょうか。

(追記:魔笛の映画バージョンが2006年にイギリスで作られたそうです。戦争と平和をテーマに第一次世界大戦を舞台に英語版に改変したもののようで、なかなか面白そうなのでYouTubeにあったものをリンクしておきます。

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