2013-11-10 21:23 | カテゴリ:横須賀
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
まあちょっと色々あって、ブラザーデッカー司令長官の話もかなり昔の話のようですが、横須賀に対するインパクトはこれが一番あるかもしれないので最後までなんとか継続するよう頑張るつもりです。フリーメイスンリーについて基本的な事が理解されると横須賀基地司令官がフリーメイスンであることや、その人の仕事や業績がつまびらかに公開されるのは当然な訳ですが、それが日本人とどう関係あるのかというところで、横須賀においてはブラザーヴェルニーの業績や、ブラザーペリーの業績、フリーメイスンで無くともウィリアム・アダムスなどの業績などが正当に評価されるのと同じく、戦後の日本を統治した彼ら占領軍のフリーメイスンの業績が正当に評価されるためには、今日の日本の繁栄と平和を築いた礎が彼らに多くあるというところを考察する事は必要であり、開戦時の色々な経緯や開戦に至る様々な状況をとりあえず抜きにして、日本におけるフリーメイスンリーの正当な評価に繋がるものかと思います。真珠湾攻撃の経緯についてはとりあえずブラザーヘンリー・クラウゼンの日本語訳がある「真珠湾最後の真実」を読んで記事としたいかと思っています。ブラザークラウゼンは弁護士と共にスコティッシュライトのグランドコマンダーを務めた方であり、この真珠湾攻撃の調査を行った業績が認められているためとも考えられます。

今日でも日米の間では政府間の交渉やTPP問題、NSAによる情報収集問題などでも様々に利害関係が対立する状況が未だに存在しており、それらを考える際にフリーメイスンリーの活動や日米のフリーメイスンの様々な活動や意見は大いに状況を左右する重要なものかと思われますが、そもそも今日の国際化社会においても他国に滞在する外国人や外国人と接するその国の人は共に情報社会においては立場はスパイやそれらを認識しない情報伝達者であり、様々に個人の利害が絡む時代ではありますが、国際化社会において非常に価値が高く興味深いと考えられるのはやはり自国以外の他国の状況やその比較であり、そうした情報が最も価値が高く普遍性が強いとも考えられるものであり、そうした状況はフリーメイスンリーが発足してそのままそれらを取り扱うのがまさにフリーメイスンリーでもあったわけであり、国際化社会の中でさらにそうした価値のある情報を得られる繋がりというのがまさにフリーメイスンリーとなる相乗的な作用があると考えられ、基地問題があったり過去の歴史を抱えていながらさらにそれらを将来に生かそうとする横須賀の状況において、ブラザーデッカーの業績やフリーメイスンリーの活動について知っていく事は価値があることではないかと思われます。
このブログでは盛んにブラザーダン・ブラウンの著作であるダ・ヴィンチ・コードやロスト・シンボル、恐らくもうすぐ翻訳版が出るインフェルノについても取り上げる事になるかと思いますが、この方に関しても非常に名前の良く似たブラザードン・ブラウンという対日諜報を担当したCIAの前身のOSSで勤務した方の対日研究についてまとめたものが横浜開港資料館から出版されており、基本的にフリーメイスンリーについて紹介したり解説したりすることはそれがNSAの重点対策拠点である日本に対する基本的なアメリカの情報政策の一環であるという事も示されており、それがアメリカの建国から刻まれたシンボリズムの宿命でもあり、またそれが基地問題と呼ばれるような今日の日米摩擦を生じる根底に存在する基本命題でもあり、それらを知ることはすなわちフリーメイスンリーについて知ることとイコールでもあるという事があるかと思います。
まあそういうわけで第四章を解説していくわけですが、前回にも解説した通り、この後はほぼ性病の撲滅の話以外はほとんどブラザーデッカーの業績披露やパーティーなどの楽しい思い出の披露というところで、特に第四章は防空壕でキノコを栽培して、えらくそれをブラザーデッカーが良いアイディアと考えて何度も触れたりしているという、中小企業のカリスマ経営者という感じのなんともありきたりの話であったりと、やや幻滅するような話ではありますが、まあ基本的にはフリーメイスンも様々な要素がありますがそれほど何でもスーパーマンではなく一芸に秀でる事はあるわけですが、普通の人であるという事の証明でもあるのかなと思います。それでは解説に入っていきます。

最初は副題が入っていませんが、いわゆる通常の基地司令官の業務です。港湾に残された船の残骸を引き上げて回収し、港湾の通常機能を回復するという事です。もちろんブラザーデッカー司令長官はその仕事だけやっていたのではこうして回想録を書くことはありません。
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次の副題はクレーン、ドック、道路です。その後にも長きに渡って横須賀の象徴ともして残されたガントリークレーンやその他の基地内のクレーンの話です。ブラザーデッカー司令長官は基本的にリサイクルを旨とする方針でなんでも事に当たります。クレーンは現在も空母の横に大型のクレーンがあったり、また昭和20年製としての産業遺物になるようなものが浦賀ドックの脇にあったりします。まああまり一般人が興味あるものではないかもしれません。ドックも完全再利用します。もちろん国宝級のブラザーヴェルニーが建築したドックも現在まで利用されています。後は日本人作業者を積極的に活用したそうです。単純作業に関してはほぼ日本人を使って行い、食糧の配給が最も喜ばれたという話になっています。回天や特殊潜航艇の話があり、それを展示した話が載っています。
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防空壕でキノコ栽培です。上述した話です。現在米軍基地に入ると非常に目立つコンクリで入り口をふさいだ防空壕跡がありますが、それらの一部を最初は観光名所として公開し、その後キノコ栽培に使ったそうです。防空壕の解説があり、慰安婦の部屋まであったと書いてあります。
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三つの発電所。基地内にあった発電所を中国に賠償で送ったそうです。基本的にブラザーデッカー司令長官は反共の姿勢が明確なので共産化しつつあった中国を支援するような動き全てに否定的です。日本に条件を付けたり指導しながら返還していくのが良いというのが基本姿勢です。大和や武蔵の補充用の砲やこれらの大砲を作る機械の処分の経過について詳説しています。やはり軍艦の艦長だったので基本的には日本海軍の当時の軍艦建造技術や飛行機製造技術に非常に関心が高いのですね。当時の米軍がそれらを中国に渡してしまったり爆破してしまうのを非常に残念がっています。追浜の風洞などはほとんど破壊してしまったそうですが、一つだけマッハ1.1のものをブラザーデッカー司令長官の判断で残してそれが約一年後にアメリカの大学が教育用に引き取ったそうです。まあ効率はともかくとしてブラザーデッカー司令長官のリサイクル精神は戦時の司令長官の当然必要な資質であり、賞讃されるものであり、そのためにも保存しておいた風洞は再利用する必要があったという事でしょう。
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エドウィーナヒル。これは基地に入るとすぐに目につく中央の丘ですが、名前を付けたそうです。
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ヨットクラブ。ブラザージョージ・アイ・パーディーの話でもありましたが、やはり駐留海軍基地では必ずヨットクラブが設立されるようです。マーガレット・ウォーカーという方が設立に尽力したそうです。
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第31海兵隊航空戦闘軍の帰国と松根油。追浜から左記の軍が撤退して、追浜飛行場が不要になったそうです。松の根から日本軍がガソリンを作っていたそうです。バイオエタノールの先駆けですね。放置したガソリンを混ぜて使って再利用したそうです。追浜飛行場を陸軍が車の修理場に使うために希望したので、代わりにブラザーデッカー司令長官は厚木飛行場を希望したそうです。その後厚木飛行場は海軍基地になったのでしょうかね。
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日本一のPX。PXは日用品販売所で、横須賀基地が日本の基地で一番品数も品ぞろえも良いものにしたという話です。スーパーマーケットの経営みたいな話でしょうか。香港で買い出ししてきたそうです。こうした際の仕入れにも劣悪品をまとめ買いさせるシステムがあったのを直接交渉して個別に仕入れられるようにしたそうです。その際に参謀長ビル・カーテン大佐の忠告に従ったとのことで、この方も恐らくフリーメイスンなのでしょうね。アルゼンチンから食肉を大量に引き取る話が非常にまたブラザーデッカー司令長官を象徴する話でしょうか。陸軍と一緒にローストビーフ用の肉とハンバーガー用の肉を1トンずつ抱き合わせで輸入したそうですが、途中で口蹄疫の情報があり陸軍がビビってしまって全部をブラザーデッカー司令長官が引き取ったそうですが、ハンバーガー用の肉が余ってしまってEMクラブでダンスを一緒に踊ってくれる日本人女性にコカコーラとセットで食べさせるようにしたという事です。まあこういうのが後々の横須賀に50年以上に渡って禍根を残すことになった原因なわけです。
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クリスマスプレゼント。倉庫に陸軍のPXのユニットからの売れ残り品がたくさんあったのでクリスマスプレゼントとして放出したという、いわゆる米軍の放出品というやつです。もちろん海軍のものもあったのは上記のハンバーガーの話でも同様かと思われます。日本人に無料であげて非常に好評であったようです。こうしたPXのユニットで売れた売上の儲けをワシントンが直接送るように指示があったのに20万ドルだけ前任者分までを送って、ブラザーデッカー司令長官の時代の売り上げは全部横須賀基地で独自採算で儲け分を基地の福利厚生に使用したそうです。ワシントンが利益率を14-15%に引き上げるよう指示があっても4%に維持したそうです。まるでフランチャイズチェーン店の店長が中央の指示を無視して売り上げを上げているようなものでしょうか。離任後にそのシステムは全て戻されたそうです。押しの大佐という事で、時にブラザーマッカーサーの名前を使い、時に海軍の名前を使って押し通したそうです。こうした姿勢はその後の横須賀の悪い部分を助長した面もあるのでしょうね。結果的に中央公園の焼け出された市民病院の跡地に胸像が移されたのが象徴的であるかもしれません。その横に立つのが核兵器廃絶と平和都市宣言のモニュメントというのも皮肉を通り越して現在の小泉さんの主張に通じるものでもあるのでしょう。まあやはりそういうのは最終的には中央の評価や歴史的に評価されるものではないのでしょうね。
米軍放出品
鯨を食用に。吾妻島の重油タンクからの油の盗用について話しています。現在長浦の自衛隊基地として利用されている区域だと思われます。田浦の冷蔵倉庫を捕鯨業者に払い下げた話が書かれています。田浦は教会もあるのでそうした捕鯨業者は恐らくその後の大洋ホエールズの親会社である鯨の大和煮の大洋漁業やマルハだと思われます。ブラザーデッカー司令長官は捕鯨と鯨の解体について興味が無かったようです。恐らくメルビルの白鯨の影響などで捕鯨はキリスト教関係者にとっては日本の興味深い習慣であったようです。牛や豚を食用としなかった日本人の鯨食の習慣はキリスト教的価値観からは明らかに野蛮の範疇であったのでしょうが、捕鯨で鯨食せず油のみを取って捨てていて太平洋を渡って日本に来た経過のアメリカ人宣教師にとって日本人の捕鯨と鯨食のあますことない食習慣は明らかに合理性を認めたのだと思われます。
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劣悪な電話システム。日本の電話システムについて文句を言っています。まあ現在も大して変わらないようです。それはまた一方でアメリカが必要としたシステムでもあるのでしょう。栄光学園のフォス神父、恐らくイエズス会宣教師でフリーメイスンであった彼が基地内の不要な電線を撤去して校舎改築費用とした際に、基地司令官のわざわざ敷設した電線を切ってしまったそうです。また戸塚の無線基地へのケーブルも切断されたそうです。当時のOSSや後のNSAに繋がるフリーメイスンリー絡みのの典型的な話だと思われます。沖縄から持ってきたアスファルトを利用して基地内の道路を舗装したそうです。舗装した少尉の名前でルドヴィッチ通りと名付けたそうです。
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石炭不足、「そなえよ つねに」。恐らくブラザーデッカー司令長官はボーイスカウトの経験があるのでしょうね。石炭市場での買占めに成功したそうです。ちょっと意味が違う気がします。上司のグリフィン中将宅でパーティーの際に石炭不足になった時に迅速に石炭を届けたそうです。旧友の補給部隊司令長官などが視察に来たりしています。明らかに中央の評価を気にし始めますが、なんと回想録でも日本軍の節約精神と補給が全くないシステムを批判したりしています。その上明らかにブラザーデッカー司令長官の行動規範が社会主義システムであり共産主義的なのですが、徹底した反共的な姿勢で日本を批判したりほめたりと明らかに矛盾しており、それで評価がされずに昇進できないことを上司に訴える手紙を出したという内容が書かれています。まあなんというかブラザーデッカー司令長官を適材適所に配置するアメリカ軍のシステムが明らかに賞讃に価するのでしょうね。まあ手紙からは基地司令官を楽しんではいるが、恐らくその代わりとなる人材がいないことを見越して昇進を引き出そうとしている手紙を送っています。なんとも横須賀基地司令官の職自体がある種の特殊な職務であり誰もが希望する職ではないことを明らかに示した手紙かと思われます。
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少将への昇進はお預け。これらの手前味噌の評価をものともせず希望の少将選抜に失敗したそうです。というか、恐らく業績をあげたからそのまま基地司令官を続けてほしくてニンジンをお預けしたのでしょうね。ブラザーマッカーサー元帥の「私の指揮下で任務を遂行すると命取りとなる」という警告は非常に皮肉的で状況を冷静に分析しており、アメリカのフリーメイスンの軍人の見識の高さを表すものかと思われます。現在まで続く日本人のブラザーマッカーサー元帥に対する評価はまさにその通りなのだと思われます。なかなかの名言ですね。その後の朝鮮戦争と満州への原爆の使用を主張して解任されるのは明らかに必然であったのでしょうね。なかなかフリーメイスンリーもなんとも。まさに予定説の世界です。ブラザーデッカー司令長官は念願であった少将への昇進に失敗して非常にがっくりしますが、横須賀での仕事には満足していてそれが続けられることが喜びであると綴っています。その後はさらに細かい基地の改善策について上層部に要請する手紙を出しています。昇進ができなかった代わりに予算を多く要求して通ったという事です。なかなか組織も厳しいですねえ。
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住宅不足に陸軍が譲歩。戦後すぐは鎌倉に住んでいた基地の兵士を基地内に住まわせるようにするために住宅を作ったそうです。徐々に現在の基地問題に近づいてきます。その際にも陸軍と条件や引き延ばしで色々駆け引きがあったそうです。まさに戦後なのでしょうね。
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日本刀300振りを没収。ちょっと昇進ができなくなってから乱暴になりましたかね。没収した日本刀を贈り物としたり、鎌倉での刀剣作りの見学を通してちょっと日本文化に興味が出てくる感じとなってきます。突然刀の詳細な作り方を表記して賞讃したりしています。通常の基地司令官の仕事に蹴りがついたので徐々にフリーメイスンっぽい仕事にウェイトがかかってきているのですね。突然内容もブラザーキップリングのような内容となってきています。このブログでもブラザーキップリングの日本探訪記を読み終えたら記事としたいかと思います。二人の元日本人大将と一緒に刀の試し切りを勧められて、それら二人の様子に違和感を覚えたそうですが、まあむしろブラザーデッカー司令長官が異質であるという演出であったのでしょうね。まさに鎌倉っぽい話ではあります。戦後60年たっても状況はあまり変わらないようです。
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さてまあ当初より大分勢いが無くなって来たこのシリーズのようですが、まあ大体細かいところを省略し始めています。何度も言うとおり数千円の本なので是非購入して読んでみてください。産業まつりや自衛隊の観艦式の話などもありますが、まあそれらも書くかどうかは今後の流れだと思います。気付かれた人もいるかもしれませんが、ヘッダーからは日章旗と靖国神社と皇居東御苑と首相官邸の写真を削除しています。日章旗ももちろんデザイン的にフリーメイスンリーのシンボルとはなりますが、歴史的経過は明らかにフリーメイスンリーのものではありません。また靖国神社や皇居東御苑と首相官邸のラフアシュラーも明らかにフリーメイスンリーを象徴するものではありません。
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