2014-09-23 20:05 | カテゴリ:バラ
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
さてまあしょうもないシリーズですが一番書き易いので書きすすめることとします。
イングランドグランドロッジとしてはアンダーソン憲章の邦訳を最も期待しているようですが、まあこういう日本的な環境に馴染んでしまうとどうも聖書の世界のような西洋的な大陸的な世界は遠い世界となってしまうのはいたしかたないかなと思いますが、まあどう考えてもそれらが私の使命でもあるようですので徐々に進めていくこととします。

バラシリーズの2番目はジョセフィンブルースですが、これはかのブラザーナポレオンの最初の妻、ジョセフィーヌをテーマとしたバラです。(と思って買いました。)ジョセフィーヌに捧げられたバラとしてはエンプレスジョセフィーヌ、その名の通りジョセフィーヌ皇后というオールドローズのバラがあるのですが、これは一季咲き(春しか咲かない)で作出年が1815年以前、つまりジョセフィーヌが亡くなった後に、彼女のバラ栽培を担っていたフリーメイスンのブラザージャック・ルイ・デスメが捧げたバラという事で、まあ由緒正しいフリーメイスンリーを象徴するバラなのですが、まあその時はそこまで知らなかったので、もう一つの1949年にイギリスで作出されたジョセフィンブルースを買ったのだと思います。ブログで紹介するものは自分で栽培して一応基本的なところを理解したものだけにしていますので。
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というわけで、背景のところからケチがつくジョセフィンブルースの紹介なんですが、単純にバラの花の様子から私のお気に入りのバラの一つです。ジョセフィーヌにまつわるバラとして購入したのですが、どうもいわゆる有名なジョセフィーヌに捧げられたバラではなく、別に実在するジョセフィン・ブルースというアメリカのワシントンD.C.での女性運動家の恐らくフリーメイスンの女性に捧げられたバラのようです。
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つるバラもあるようで人気のバラのようですが、まあ一度は育ててみたくなるいわゆる真紅のバラだと思います。カタカナにするとジョセフィーヌに関連のある、ジョセフィーヌの歌やジョセフィーヌの憂鬱のようなJosephine Bluesと考えそうですが、英語つづりにするとJospehine Bruceで、いわゆるスコットランドのロバート・ブルースの名前と同じスコットランド系の名字という事になるようです。紹介のホームページを読むと、アメリカの裕福な家庭に生まれた方で、結婚してブルースの名前を冠し、結婚後にワシントンD.C.で黒人の権利の運動に目覚めて活動したようです。まあそういうわけで、ジョセフィーヌの憂鬱ともかけたダジャレで個人の女性活動家の名前を潜めた、いわゆるそういう事なのですね。作出年がほぼあの有名なバラ、ピースとも同年頃という事で、第二次世界大戦終戦後の平和の到来を予期した、その後の時代を想定した二人の有名な女性フリーメイスンの名前を冠したバラという事になるのだと思います。

女性フリーメイスンと書きましたが、いわゆるブラザーナポレオンの最初の妻のジョセフィーヌについてどこのロッジに所属していたなどの情報は持っていないわけですが、まあ彼女がフリーメイスンであったことについて恐らく異論はないのだと思います。もちろんいわゆる正統派の英米フリーメイスンリーではないわけですが、1733年の大東社結成後の男女共同ロッジの会員であったであろうことは間違いないでしょうし、彼女の人生での数多くの男性遍歴の相手は皆フリーメイスンであるようですし、そもそもいわゆるローズという名前やジョセフィーヌという名前を付けた両親もフリーメイスンであったのでしょう。ウィキペディアを読むと彼女をジョセフィーヌと呼ぶようになったのはブラザーナポレオンだそうで、それまではローズと呼ばれていたという事で、彼女がバラをマルメゾン城で蒐集するようになったのはそういうフリーメイスンとしての必然であったようです。まあバラの歴史を知ればその大元がほぼこのマルメゾン城でのバラ栽培に行きつくという事で、近代のバラの歴史が全てフリーメイスンリーに行きつくという所が分かるかと思います。
バラといえばフリーメイスンリーでも薔薇十字会やそれ以前のいわゆる修道士や修道会でのバラの栽培、貴族の象徴としてのバラがあって、それらがシンボルとしてこのブラザージョセフィーヌ(フリーメイスンリーでは一般に女性会員もブラザーと呼ぶようです。シスターと呼ぶと伝統的に修道女になってしまうからだと思われます。)のバラ栽培に集約したわけですが、まあバラそのものがキリスト教、ヨーロッパの貴族の象徴であり、宗教改革のルターのシンボルも白バラでありましたが、それでありながら原産は中国などであり、特にこのジョセフィンブルースのようないわゆるバラという形はそういうルーツが濃いようでもあり、薔薇の名前という映画もありましたが、バラという存在自体がシンボルであるという所、秘密そのものであるという事はまあなんとも否定しがたい事実という事なのではないでしょうか。

それでまあブラザージョセフィーヌの人生についてウィキペディアを読んでみると、最初の誕生日が6月23日であるという事もそうなんですが、やはりブラザーナポレオンと同じくフランス本土から離れた離島の出身者であるという事と、16歳で貴族と結婚して子供をもうけているという事が、なかなか当時の革命前のフランスという国の状況で、またその後の革命期に6月24日生まれのこれまたヴェルサイユ宮殿前に銅像が残る貴族との獄中での恋物語や、いわゆるフリーメイスンらしい悪人というブラザーポール・バラス(追記:ポール・バラスがフリーメイスンかどうかについては特に出典はありませんが、この時代の革命派、ジャコバン派の人々はほとんどがフリーメイスンだと思われます。ちなみにポール・バラスの墓には特に表示はありませんが、その墓地は砂時計のシンボルを表示しています。もちろん砂時計も、大鎌も伝統的な夭逝や死を意味するシンボルではありますが、恐らく墓地の死者がほぼすべてフリーメイスンであることを象徴しているのだと思われます。
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)の愛人であったことや、ブラザーナポレオンとの関係ができた後も全くそれに重きを置いていなかったことや、いわゆるチーズの逸話、ブラザージョゼフ・フーシェとの逸話など、ルイ15世の愛人であったポンパドゥール夫人やマリー・アントワネットと並ぶ、権力と時代に翻弄された女性の象徴としてまさにフランス革命とナポレオン時代を象徴する人物なのだと思われます。現代でもフランスなのにオランド大統領を冠するスコティッシュライトを巡って英米フリーメイスンリーと公的には激しく対立するフランス大東社のフランスではありますが、その後のブラザーナポレオン三世の逸話やブラザーアレクサンドル・デュマの三銃士などまあそれらしい話には事欠かない華やかでそして儚い光と影のフランスグラントリアンの話かと思われます。

ちなみにブラザーナポレオンについては兄弟や父親は皆フリーメイスンという事で、本人がフリーメイスンかどうかは分からないという事が一般的ですが、エジプトのグランドロッジのホームページ(フェイスブックで見たのでちょっとページはリンクできません。)などでもマルタ島でエジプト遠征以前に正式に入会したという事になってきているようです。まあ何をもってフリーメイスンとするかという話になってしまうわけですが、ナポレオンという名前、それはナポリのライオンという意味のようですが、そもそもイタリアのトスカーナ地方の貴族の流れで、コルシカ島出身であったそうで、トスカーナ地方というのがフィレンツェやピサの斜塔のピサがある地方という事で、その後のブラザージュゼッペ・ガリバルディやスペインやイタリアのボナパルト兄弟の支配や、ブラザージョセフ・ボナパルト、ロシア遠征とその失敗、トスカーナ地方に属するエルバ島への配流など、それらはまさにフリーメイスンという一生になるのだと思われます。8月15日生まれという事でパリで結成したイエズス会の結成した聖母被昇天の日の生まれという事で、6月24日の近代フリーメイスンリー結成の日の洗礼者ヨハネの日にまつわるブラザージョセフィーヌとの関係は死の時点まで続き、それは必然であったのだと思われます。

ブラザーナポレオンとブラザージョセフィーヌの関係はまるでシンボリズムでは日本の関ヶ原の戦いの徳川家康と石田三成のようでもあり、そういったイエズス会とフリーメイスンリーという構図、フリーメイスンリーの教えでは最も基本的である二元論、ヤキンとボアズの教えになるわけですが、そういう構図がフランス革命とその後のナポレオン時代、そして大東社と正統派の対立という構図、スコティッシュライトのシンボルとしての双頭の鷲とそのルーツであるフランス革命にまつわるハプスブルク家出身の女性達、マリー・アントワネットマリア・ルイーザの波乱の生涯とも結びつくという事で、まあ薔薇十字会とロスチャイルド(Rothschild赤い表札が語源という事だそうですが、有名な赤い楯とか薔薇の野原とか色々語呂合わせがあるようです。まあその辺が多言語のヨーロッパの方言ではないですが、良くあるダジャレという事なんでしょうね。)のいわゆるワーテルローの戦いでの逆張りではないですが、薔薇にまつわるフリーメイスンリーの逸話という事になるのかもしれません。ロスチャイルド家も薔薇の庭園を築いた事で有名ですが、それらにまつわるバラにも触れていこうかと思います。ロスチャイルド、ロックフェラーの陰謀論も日本で有名なようですが、どちらもロータリークラブの導入なんでしょうかね。バラと石の掛け言葉なのかもしれません。

さて段々長くなってきたバラの能書きの内容ですが、まあ日本には同じバラ科の桜や梅があるという事で、それはあまり世界規模のフリーメイスンリーでは象徴とならないわけですが、まあ日本でフリーメイスンリーが盛んになればそれはまたすぐ変わるのがフリーメイスンリーという事で、まあややこしくなってきましたが、バラにまつわるブラザージョセフィーヌのお話でした。

あとはブラザージャック・ルイ・デスメについてですが、どうもバラの栽培家としてブラザージョセフィーヌの寵愛を受けたときは市長などもやっていたようですが、死後はすぐにロシア軍に捕まって、ロシアでバラ栽培をして最後を迎えたようです。なかなかこの辺りもフランス革命期のフリーメイスンリーとさらにロシアフリーメイスンリーという壮大なテーマを含んだ話で、ロマノフ王朝のシンボルとしての双頭の鷲と共にフリーメイスンリーの象徴としてのバラの逸話として印象深い話でもあります。

ちなみに今回のジョセフィンブルースはバラとしては育てやすいです。横張り型でなかなか綺麗な樹形に自然となっています。

後はJosephineで検索すると出てくるJosephine Bakerも有名な女性フリーメイスンです。まあ有色人種の女性フリーメイスンという事で、プリンスホールフリーメイスンリーと男女共同ロッジの両方にまたがる話ですのでそういう意味でとてつもなく先進的な話という事になるのでしょうか。それだけヨセフの話は大事という事になるのでしょう。ちなみにマリー・アントワネットもミドルネームにはジョセフが入るようです。ハプスブルク家は潜在的にフリーメイスンリーの庇護者であったのですね。
(追記:作出年を考えると当時のジョセフィンはこちらの女性歌手のブラザージョセフィン・ベイカーにかかっているのでしょうね。つまりジョセフィンのブルースと、人名のジョセフィン・ブルースと、ジョセフィーヌの憂鬱と三重にかかった名前という事のようです。ここでも3の象徴なのですね。納得です。)
(追記:三人の女性フリーメイスン全員がJ.B.の名前になっているようです。もちろんJachin, Boazの二柱の名前ですね。まあなかなか素晴らしいバラです。)
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