2012-01-10 10:25 | カテゴリ:横須賀
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
さて新年早々からかなりディープなネタを無料で提供してきたこのブログなわけですが。

さすがに疲れてきました。

基本的にフリーメイスンリーは砂時計や大鎌で象徴されるように、人生は短く常に全力で充実して生きることを目的とするのが基本なので、フリーメイスンリーの内容そのものでいくと結構疲れます。
フリーメイスンの人が書いた文章や、フリーメイスンの人と話すと常に頭の動きが普通の人の10倍くらいで動いている感じなので私なんかにとっては心地よくもありますが、やはり通常に比べると疲労が強いです。

みなさんの疲れも相当なものだと思います。
ブラザーモーツァルトが短命なのもむべなるかなと思います。そう思っていただければ十分だと思います。

さてそういうわけで、少しフリーメイスンリーからは離れた息抜きと言ってはあれですが、YRP野比という横須賀にあって横須賀らしくない日本の情報産業の研究のかなり重要な拠点らしいところについてフリーメイスン的考察を加えていきましょうか。

実はYRP野比は横須賀市の地理的にほぼ中心部にあるので近くなのですが、ほとんど用事がないのでめったに近寄ることはありません。しかしこういうブログも始めたので、日本の情報産業に深い関わりを持ってしまった素人としては一度は見ておこうと思いつい先日のみなさんがお休みの間に自主的に見学してきました。その時に思ったことなどを書こうかと思います。
YRP野比でウィキペディアやアンサイクロペディアなど見るとなかなか歴史もあるようで、一時代前のクリントン政権時代のIT革命とは何かと言っていたような時代が懐かしく思われる内容でした。


通研通りというまあまさに城下の桜並木の通りを登っていくとまさに現代のお城のごときNTTの通信研究所が見えてきます。お城という表現がまさにふさわしい作りとなっています。組織ができたのは電電公社時代だそうですが、バブル真っ盛りの時代に建物は出来たのでしょうか。実質的に日本のCIAやMI6のような感じでしょうか。桜並木に石垣で本丸という並びはおそらく江戸時代に出来た封建制の象徴なのでしょうが、日本人の平和ボケというかなんというか美意識というか、少なくとも合理的ではない事は確かだと思われます。ソメイヨシノの桜並木はバブル期に非常に日本的という事でもてはやされた一つの形ですが、果たしてどうなのでしょう。


テニスコートにつながるらせん階段。テニスコートといえばフリーメイスンリー的にはテニスコートの誓いは三部会結成で重要なシンボルでしょうね。もちろんフランス革命にまつわるものですから正統派フリーメイスンリーとは異なります。まあこのらせん階段にそこまでの意味があるとはどうでしょうか。


二の丸方向より見た本丸の景色。ランニングの中高年の方が多いですね。
まさにお城という格好でしょうか。しかし入り口からすぐに本丸で、二の丸三の丸が後ろに控えるおかしなお城ですね。


本丸の下にある控えの間でしょうか。All Seeing Eyeを模そうとしてなんだか分からなくなってしまった、日の丸の丸を象徴としているようななんだかぼやけた形です。
シンボルの木は一つの自然の象徴なのだと思います。フランス革命時のジャコバン派全盛期にロベスピエールが敢行した理性の祭典で一つのシンボルとされたのが自然の象徴としての樹木でした。

後ろに控える二の丸三の丸でしょうか。


ヨハネの黙示録1章8節 神である主、今おられ、かつておられ、やがて来られる方、全能者がこう言われる。「わたしはアルファであり、オメガである。」
まあ最初という意味でしょうね。ヨハネの黙示録は聖書の聞きかじりの人はあまり気にしないほうがよいかと思います。黙示録文学というのはひとつの標語や目標のようなもので、がんばろう日本みたいなものです。


へんてこな形の三角形。ドコモに近付いてきます。


突然気の抜けた感じのバラの花壇が現れます。


オシャレなカフェも突然出てきます。Rose Cafeと名前もバラにかかっていますね。
このバラの感じはなかなかフリーメイスンリーの様々な勉強をしていないとわからないと思いますが、わたしがすぐ直感的に思いついたのはフィンセント・ファン・ゴッホの白バラです。国立西洋美術館にあるおそらく日本で日本人が一番実物を見ているファン・ゴッホの作品です。


いわゆる松方コレクションを代表するものとされるでしょうか。
ついこの前まで国立新美術館で行われていたワシントンナショナルギャラリー展で最後に置いてあったファン・ゴッホの白バラがこちらです。


ファン・ゴッホの作品といえばバブル期に史上最高値で大昭和製紙の会長が買い求めた医師ガシェの肖像が日本では有名でしょうか。


手に持つのはジギタリスですかね。
この先生がファン・ゴッホの最後を看取ることになるわけですが、彼はフリーメイスンだそうです。
ファン・ゴッホ自身もオランダのプロテスタントの牧師の長男として生まれ、牧師学校で語学が不得意で牧師の道を諦め画家を志したそうです。ファン・ゴッホの絵には多くに聖書の題材をモチーフとしたものがあります。
ファン・ゴッホのバラの絵はいくつかありますが、やはり白バラの絵が有名で数も多く、サン・レミの精神病院に入院する前後に多く描かれています。彼がその後にいわゆるファン・ゴッホの代名詞ともいわれる大胆な筆致のスタイルを確立していく転換期です。
そういえば最近でもオリンパスや大王製紙などで日本企業の世襲や内部監査が入りづらい体質などが問題となっていますね。ファン・ゴッホもキリスト教社会の伝統的な風習と生涯にわたって反目しあう運命にあった人生だったのでしょうか。

さて横須賀に戻ります。


中華料理の店もあります。光の丘にかけた名前なのでしょう。


白バラの中に紅い原種のバラも少しあります。ドコモのマークや日本の国旗にあわせているのでしょうか。


パナソニックの建物が一番近くにあります。その他富士通など携帯電話機のメーカーがあるようです。


奥に行くと散歩の人が多い水辺公園があります。光の丘という名前は光ファイバーの研究とかけた名前なのでしょうか。
光というとフリーメイスンリーでは創世記1章1節

初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。

この天地創造の第一日の様子から転じて光を智恵や理性のきらめきととらえ、封建制や従属から離れた啓蒙や理性の象徴ととらえます。

さて水辺公園の様子です。


全体が龍の落とし子か小型犬のような形でしょうか。


冬なのであまり生き物の気配は多くないです。


ベンチに四つのラフアシュラーがありました。


春から秋にかけて奥まで開放されているようです。


水仙が咲いていました。根に毒があるのでしょうか。
ギリシア神話のナルシスの生まれ変わりともウィキペディアにはありました。

全体に極めて小雀公園と同じ感じになっていました。なかなかどうなんでしょうか。


管理事務所の上に島津の紋所がありました。キリスト教の十字というよりは薩摩島津の紋といった感じです。


フランス料理のラ・ルーヴルです。ルーヴルといえばルーヴル美術館の前庭にあるガラスのピラミッドの照明が東芝のLEDに変更されたとやっていましたね。またルーヴルといえばレオナルド・ダヴィンチのモナリザが有名ですが、これを題材としてダヴィンチ・コードでは最後の晩餐のΛ∨に込められた謎というテーマでした。なかなか面白いですね。

最後に反対側のトンネルを抜ける前にお稲荷さんがありました。横須賀はお稲荷さんがそこらじゅうにあります。やはり日本のアイヌ系の農村地帯にはお稲荷さんは欠かせません。未開の地で最後に頼りになるのは身近な家畜というのは世界共通でしょう。

日本の情報産業の中心地は一種の護送船団方式がそのままの形で残るものでもありました。横須賀には戦前にも海軍の通信学校があった伝統もあり、現在この地でも様々な教育が行われていると思います。シンボリズムとしてはかなりあいまいなフリーメイスンリーからは外れたものであったことがお分かりいただけたでしょうか。
この地でもやはり最も印象的だったのはラフアシュラーです。これはフリーメイスンリーのシンボリズムですが、以前にも示した通りあまり好ましいものではありません。今後もいくつもの場所で認められますが、是非ラフアシュラーとパーフェクトアシュラーの教えを良く理解してパーフェクトアシュラーとなるべく努力するのがフリーメイスンの日々の勤めでもあります。

シンボリズムはひとつの言葉の定義が文脈で変わるようなものと近いところもありますが、人によって解釈が異なるようなものからは遠いものです。あくまで厳密な一神教的なものに近いのです。恣意的な解釈や悪意が感じられるような言葉遊びのようなものではなく、フリーメイスンリーのプロヴィデンスの目に象徴されるような、どの時代、どの場所、どのような状況であっても同じ意味をもつようなものとして常にシンボルとして設定され選ばれているものなのです。

そのうえで見るとやはりYRP野比にあるようなシンボリズムもどきのようなものは情報産業がバブル期以降に発達の萌芽が認められる日本的な一種の言葉遊びのようなものでしょうか。それがまたシンボリズムとして印象派の絵画に似たものとなり、小雀公園を模倣したような中にラフアシュラーが自然とおかれてしまっているのは皮肉という他言いようがありません。
ただただそこを散歩する中高年の方々の時代を思う他に特に感想を抱きませんでした。
横須賀の戦後がそこにあるという感じでしょうか。横須賀中央公園も後に触れるつもりですが、似たものを感じました。バブルという時代、ラフアシュラーで象徴されるような時代でしょうか。

ご意見ご感想をお待ちしております。陰謀論は勘弁してください。

関連記事
秘密

トラックバックURL
→http://freemasonry.jp/tb.php/9-5b075194