2012-03-12 09:33 | カテゴリ:福岡
ジャンル:ニュース テーマ:フリーメイスンリー
さてなんのブログだか全然分からなくなってきましたが、単なる地方都市の散歩の日記みたいになってきました。
まあフリーメイスンリーの参加者も減ってきて、ライオンズクラブやロータリークラブの参加者も減ってきているというのはそういう事も関係しているのかもしれませんが、しかし全国津々浦々を徘徊しその都市の特徴を記録し伝えるというのはかつては乱破や素破といって非常に情報戦では重要な仕事だったのですが、最近はインターネット時代も成熟してきて誰でもスマートフォンでネットにどこからも投稿できる時代で、あまりわざわざ重要性を強調する事もなくなりました。
一応まあ黒田如水というのは聖書の聖絶を行うジョシュアから来ているのだよという所が基礎知識として強調した所で、その後いわゆる文禄・慶長の役のウィキペディアを読んだのですが、まさに日本版聖絶であって、これを読むと実は秀吉なんかも強烈にキリスト教に影響されていた可能性があるかもしれないと思いました。宣教師にしたらキリスト教化された日本が朝鮮から中国まで攻め込んで中国をキリスト教化すれば世の中もっと良くなると考えていたかもしれません。信仰や宗教の力というものは量り知れません。フリーメイスンリーでもやはり信仰や宗教を物事の中心とする、基本に置くという所は絶対的であり、それはすなわち自らの基本や根本を見つめる、出自や教育、考え方、自らという人間を知るという事に尽きるかと思います。

さてでは福岡城の探訪記です。

大濠公園のグーグル・アース図です。大濠公園の横には美術館や日本庭園、かつての平和台球場と福岡城の天守閣に当たる舞鶴公園、移築した建物、運動場などがあります。やはり桜の時期はきれいなようです。

大濠公園はでかいです。大阪城を見た後だったのですが、堀だけ見ると大濠公園はすごくでかいです。やはり難攻不落の条件なのでしょうね。

アメリカ領事館があります。やはり黒田如水を顕彰しているのでしょうか。

公園の脇にはかなり良くできた日本庭園があります。やはり戦国大名は太平の時代には京都の寺社のような日本庭園を造形して楽しんだのでしょうか。一種の箱庭療法でしょうね。(追記:一応念のため書きますが、もちろんこの日本庭園は黒田如水とは一切関係ありません。由来はホームページには書いてありませんが、もちろん大名家の住まいでしょうから日本庭園くらい江戸時代からあったでしょうが、それと現在のものが関係あるかは知りません。ここに書いたのは当時の心境とかその他庭造りと戦国大名を重ねて書いた感想のようなものです。)



確か入場料が300円くらいでした。お茶会でもあると雰囲気も絶妙なのだと思いました。

大濠公園は外周を回っていくとスターバックスがあります。ここは非常に込んでいました。暑い夏だったので非常にクーラーが効いていた印象があります。スターバックスのシンボルマークは自由の女神でしたね。(訂正3/13:スターバックスのシンボルマークはセイレーンという海の半魚人の女神であり、もともとはダーゴンとかアプカルルとかメソポタミア由来の古い異教のシンボルみたいです。キリストのシンボルとしての魚とも共通するのかもしれません。ブラザーハイネがローレライの詩にしているようです。)マックは3の転倒だと思います。

非常に良い公園なのでライオンズクラブの方々が整備されているようです。

平和台公園を抜けると舞鶴公園、福岡城址に行きます。


石垣の作りがやはり日本全国で最もきれいな部類なのだと思います。そこがやはり黒田如水とフリーメイスンリーの接点ではないでしょうか。熊本城もきれいで有名だそうなのでそのうち見に行きたいと思います。やはりフリーメイスンリー発祥の地エディンバラ城は相当きれいなのではないでしょうか。エジプトのピラミッドとかはまあそれらの全てオリジナルなのだと思います。エルサレムの嘆きの壁なんてのもあります。

やはりライオンズクラブの碑があります。

天守閣 当時は天守閣再建とかで盛り上がっていたようで、立ち入り禁止になっていましたがやはり人もいないし登りました。

こんな想像図のようです。確か名古屋城は木造で再建とかあったと思います。この後でどっかで出しますが、皇居東御苑の江戸城天守閣は江戸時代初期に明暦の大火で焼失して以降再建しなかったそうで、それに準じてか福岡城も取り壊したようです。名古屋城は空襲がたまたま当たって燃えてしまったようです。姫路城は大改修を今やっているのではなかったでしょうか。お城も都市のシンボルなのだと思いますが、同時に封建時代の象徴でもあり複雑です。西洋の城も保存に色々お金をかけているようですね。

天守閣跡からの眺め。タワーがあるようです。

福岡ドームが見えます。この後に小諸城など行きましたが、あれは穴城でなかなか興味深かったです。小諸も島崎藤村などと関係が深く、キリスト教の影響もあるのかと思いました。

建造物はこれくらいでしょうか。要するに弾薬庫とか武器庫とかそれくらいで、実質江戸時代は封建制で戦争はあり得なかったので立てこもる必要はなかったようです。
文禄・慶長の役でも最後は朝鮮半島に日本式の城を作って交替で大名家が番をして朝鮮半島に植民地を置くみたいな発想があったそうですが、豊臣秀吉の死亡で撤退したようです。秀吉の死因も良くわからないかと思います。いずれにしてもいきなり攻めて来られた方は本当にいい迷惑だったのかと思います。その後300年して伊藤公を総督として日韓併合が行われるわけですが、現在では南北に分裂して南ではキリスト教徒が増えたりしていてアジアの歴史も色々です。福岡城は朝鮮の石積みを参考に作られたとウィキペディアにも書いてありますが、実際は宣教師に教わったのではないでしょうか。石垣の整然さを見て個人的には江戸城や大阪城よりもきれいだと思いました。
文禄・慶長の役で南蛮から渡来した唐辛子が朝鮮半島に入り、現在の韓国の代表的な食文化であるキムチが生まれ、また一方では朝鮮人陶工が日本に連れて来られ江戸時代の日本の陶器の文化も発展するわけです。日本が対外的な水軍で戦ったのもこの時代がやはり最初でしょうか。

やはりライオンズクラブの碑があります。そういえば平和台球場はかつての西鉄ライオンズの本拠地だと思います。現在は福岡ソフトバンクホークスです。

やはり非常に石組が美しいですね。曲輪というのでしょうか、縄張りというのかもしれませんが、迷路のような構造から一種の実用的な美的な美しさが感じられます。他の城跡とはちょっと違う感じを受けます。

実用的というか、いわゆる実務的メイスンリーというものかと思います。恐らくそういう感じが日本で一番感じられるものなのではないかと思います。如水という号と合わせて、400年前の日本人の智恵を間近に認められる日本の貴重な建造物かと思いました。

是非福岡・博多に立ち寄りの際には福岡城址、大濠公園を自分の目で確認してください。私は非常に感心しました。もちろんフリーメイスンリーに関連した目で見てです。

次回九州大学の新しいキャンパス内にあるフリーメイスンリーのシンボルと、太宰府天満宮にあるフリーメイスンリーのシンボルです。